軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35.

アベニウス公爵邸に帰宅したのは昼を少し過ぎた時間帯だった。

私を出迎えたアイリに手伝って貰い着替える。

その際に手について尋ねられた為紅茶が跳ねただけだと答えた。

「僭越ではございますが、次から実家にお戻りになる際は手袋を身につけられた方が宜しいかと」

「そうね」

布の上から熱湯をかけられるのもそれはそれで大変だと前世で聞いたが、あのメイドの嫌がらせ程度なら手袋で防げただろう。

彼女自身も私が紅茶をかけ返した直後こそ悲鳴を上げたがすぐにそれどころでは無くなっていた。

今考えれば中途半端な悪意だと思う。

それをあのメイドの善性故だとは当然思わない。

(……恐らく、痕が残る程の怪我をさせるのは不味いと理解していたのね)

オルソン伯爵は私が自分の正妻と娘のローズに甚振られようと放置していた。

そんな彼がローズに怒ったのは彼女が異母妹を面白半分に鞭打った時だけだった。

エリカへの愛情やローズへの教育の為叱った訳では無いだろう。

恐らく母親に似て美しく成長すると見込んだ娘の商品価値が損なわれるのを恐れたのだ。

「奥様、昼食は如何なさいますか?」

着替えを手伝い終え、紅茶を運んで来たアイリに問われる。

精神的な疲労は強いが、馬車内でも伯爵家でもずっと座っていただけだ。

正直食欲は無い。

それでも少し考えて私は軽く食べたいと彼女に答えた。

(食べられる時に食べておかないと)

この後急用が入り夕飯がお預けになるかもしれない。

アイリが公爵夫人室を出て行くと私は溜息を吐いた。

カーヴェルは今頃屋敷内の執務に戻っているだろう。

彼はちゃんと昼食を摂るだろうか。後回しにした結果夕飯まで我慢しそうだ。

「カーヴェルとレインの分もアイリに伝えて置く必要があるわね」

レインがいつ頃帰って来るかはわからないが、軽食は用意しておくよう指示はしておこう。

流石にオルソン伯爵家で食事まで御馳走になって帰って来る筈も無いだろうから。

「でもメイドの手当の為にわざわざ居残りなんて……」

彼女は医者だ。怪我人を捨て置けなかったのかもしれない。

ただ手当てをするというのならもっと早く言い出せた気もする。

理由を幾つか考えるが決め手に欠ける。帰宅した本人に尋ねるのが一番良いと結論付けた。

その間にアイリがシチューとパン、そして果物の昼食を持ってくる。

彼女にカーヴェルとレインの分の昼食について伝え私は自分の食事に取りかかった。

食欲が無いと言いながらも一度口を付ければ体は次々と料理を欲する。

体が若いせいだろうか。それとも今まで実家でろくな食事をさせて貰えなかった生活がそうさせるのか。

出された料理を完食すると私は食休みを決め込んだ。

自分以外いない部屋でこれからの予定を考える。

「結構早く帰ってこられたし、あれこれキャンセルしたのは勿体なかったわね……」

ローズが居ないのは想定していたがオルソン伯爵まで出かけているとは想定外だった。

もし伯爵夫人に言った通りケビンが伯爵にも苦情の手紙を出したのだとしたらタイミングが悪すぎる。

「もしかして、私に無駄足を踏ませる為にわざとそれぞれに手紙を出したとか……?」

乱暴に言えば私の所に伯爵宛の手紙も一緒に届ければ良かったのだ。

どうせ私はケビンの命令でオルソン伯爵家に行くのだから。

そしてオルソン伯爵にも対処を命じたのなら別に私にどうにかしろと言う必要は無い。

ひたすらお前の異母姉に迷惑をかけられたと文句でも書いておけばいい。

「……それも含めた制裁ってことかしら?」

エリカが実家を好んでいないと知った上で。ケビンの歪んだ笑みを思い出す。

嫌がらせで無理やりキスをさせてくるような男だ。有り得なくはない。

「オルソン伯爵が王都に向かったなら、ローズやケビンと合流して全部片づけてくれるのが一番良いのに」

しかしオルソン伯爵がローズに対しどんな処分を下すのかは想像出来ない。

可愛がっていた様子は無いがどう見ても令嬢として不味い行動をし続けるローズを放任し続けた実績がある。

流石に公爵家を敵に回したくないだろうから暫くは外出禁止ぐらいはするかもしれない。

ローズがその命令を素直に受け入れるとは思わないけれど。

「本当にオルソン伯爵は伯爵家をどうするつもりなのかしら」

あの家の跡継ぎはローズしかない。しかし彼女に伯爵の後継が務まると思えない。

そもそも伯爵家長女であるローズがアベニウス公爵家へ嫁いだ場合オルソン伯爵家はどうするつもりだったのか。

順当に考えればエリカに婿を取って伯爵家を継がせるのだろうけれど、伯爵夫人がそれを承知するとも思えなかった。

だとしたら伯爵の縁戚から男の養子を取るのだろうか。

そうだとしてももっと早く行動に移すべきだ。

「もし彼が屋敷に居たなら……」

私は伯爵にローズを病人扱いし王都や公爵家から遠く離れた場所で生涯療養させるよう勧めただろう。

(実質幽閉処分みたいなものね)

彼女の心が本当に病んでいるかは関係ない。非人道的と言われても構わない。

もうローズに好き放題悪さをさせない為の処置だ。

ローズも伯爵夫人も私の案を聞いたら激怒するだろう。

しかしオルソン伯爵はどうだろうか。

考えを読める程彼と触れ合った記憶は無い。

オルソン伯爵家の中で一番何を考えていたのかわからない男だった。