軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

29.

レインをケビンと誤解したらしき家令は慌てて私たちを応接室に案内した。

そしてすぐに居なくなってしまった。

掃除以外では入ったことのない室内は一見豪奢だが公爵家と比べて見劣りする。

(伯爵家と公爵家を比べるのが間違いよね)

そんなことを考えているとレインが飾られている壺や彫刻などを興味深そうに見ていることに気付いた。

「どうかしたの?」

私が尋ねると彼女は何とも言えない表情で口を開く。

「うーん、伯爵たちがわかっていて飾っているならいいんだけどね」

「その壺が何か?」

「この壺もあの彫刻もきっと贋作だね、本物を患者のところで見たことがあるから」

壊れても大丈夫な物を選んで飾っているとかなら良いけれど。

そうレインが付け足すが私はそうでない事を知っている。

掃除の際に年上のメイドたちから口を酸っぱくして超高級品だから傷一つ付けるなと言い渡されていたからだ。

ならまだ幼かった私ではなくベテランである彼女たちが担当すれば良かったのにと今の自分は思う。

(……きっと自分たちが責任を負いたくなかったのね)

もしくは私が失敗して調度品を壊すことを期待していたのか。

あのメイドたちがまだこの屋敷にいるなら真意を訊いてみても良いかと考える。

「超高級品だとメイドたちは私に説明していたわ、私が雑な手入れをしないよう脅しただけかもしれないけれど」

「奥様がこの壺の手入れを?」

カーヴェルが驚いたように言う。けれどすぐに察した表情をした。

私のオルソン伯爵家での扱いを思い出したのだろう。

「私は公爵家へ嫁ぐまでメイドとして働いていた。屋敷内の掃除も私の仕事の一つだったのよ」

「しかし自分の娘をメイド扱いするなんて本当に妙な事をするものだね」

レインが複雑そうな顔で言う。

多くの貴族と関わって来たらしき彼女から見てもオルソン伯爵の行動は奇異なものなのだろうか。

「貴族がメイドに手を付けて産ませた子供って、普通はどうなるものなのかしら」

言いづらそうな顔をする彼女に何を聞かされても大丈夫だと微笑んで見せる。

レインは少し逡巡した様子で口を開く。

「私生児として扱う場合が殆どだと思う。他には適当な男性使用人と結婚させて二人の子にするとか」

「つまり私みたいに伯爵が認知するのは珍しいって事かしら」

「そうだね、更に認知までしたのにメイドとして扱うというのは殆ど無いと思うよ」

それって自分の血筋を馬鹿にすることになるからね。

レインにそう言われて成程と思う。

「昔のレオだって自分や身内以外がロンを奴隷扱いしたらきっと激怒しただろうし」

「じゃあこの家って本当に変なことをしていたのね」

「私が言える立場じゃないけれどそうだね。わざわざ実子だと認めたのに令嬢として育てなかったのが本当に不思議だ」

「もし私を令嬢として育てようとしたら伯爵夫人や異母姉が大反対したのは想像出来るわ」

「だったら実子として認めること自体がおかしい……おや」

レインが扉に視線を向けたと同時にメイドが入って来る。

ワゴンの上に茶器やティーポットなどが置かれている。

入室の許可どころか扉を叩く音さえ聞こえなかった。

「お茶をお持ちしました」

メイドはレインの方を向いて言う。

男装の麗人の美貌に目が引きつけられているのか、この場で一番身分が高いと判断したからか。

どちらにしろそのメイドが私を無視したのは事実だった。

このメイドの顔は知っている。私と組まされた時にいつも仕事を押し付けてきた。

それでも偶に茶や菓子を振舞ってくれたのでマシな部類ではある。

エリカを便利に使う使用人は彼女だけでは無かった。罵倒したり虐めてきた者もいる。

伯爵家当主の実子なのに下女のような扱いの彼女は、使用人たちの鬱憤晴らしの相手として適任だったのだろう。

「じゃあ頂こうか」

レインがメイドの言葉を受けて言う。

「こちらへどうぞ、公爵夫人」

彼女のエスコートを受けまず私が椅子に座る。

その横にレインも座った。

向かいに伯爵家の人間が着席するのを想定しているのだろう。

カーヴェルは私の斜め後ろに立つ。

メイドはレインの前に紅茶の注がれたカップを置いた。

彼女は作り笑いで何も言わない。アイリが紅茶を提供した時には毎回礼を言うのに。

先程から伯爵家のメイドが私で無く自分を優先し続けていることに何か感じているのだろう。

ただその事自体は判断が難しい。

メイドが私を伯爵家の人間だと認識した上でレインのみを客扱いしている可能性もある。

しかしそんな疑問は彼女の次の行動で解消された。

何故か私の分だけ目の前に空のカップを置いてそこに勢いよく茶を注いだのだ。

過去の記憶が蘇り咄嗟に手で庇ったが掌に数滴熱湯が飛び込む。

「……熱っ」

「奥様!」

カーヴェルが後ろから叫ぶ。レインも顔を怒りに強張らせた。

それなのにメイドは薄笑いを浮かべている。きっと、その醜い表情が私にしか見えてないと思っているのだろう。

「申し訳ございません、でもお嬢様はお優しいから許してくれますよね?」

そう言って悪びれない彼女にエリカの記憶が蘇る。

昔もこうやってメイドはエリカの掌に小さな火傷を何回も作った。

紅茶を御馳走してあげると言って出涸らしの茶葉を使って。

わざとエリカの目の前で乱暴に湯を注いで火傷させた。わざとじゃないから許してくれるわよねと笑いながら。

そしてエリカはその言葉を信じ笑顔で許し続けた。

孤独なエリカはそんな自分へ誰かがお茶を御馳走してくれるという行為だけできっと嬉しかった。

彼女を自分に優しくしてくれる親切な先輩だと思っていたのだろう。

そこに悪意があることなど考えもせずに。

(でも結局は嫌がらせだったのね)

私はカップに入った紅茶を全部メイドの手へぶちまけた。