作品タイトル不明
第23話 王都の犬にお願い
翌日。
今朝は早起きできました。さらに早起きのハドソンおじいちゃまのお手伝いで、庭の薬草畑にジョウロで水撒きをしています。
フンフンと薬草の匂いを嗅いでいたヘンリーが、“エルシャちゃん! これ! これだよ!”と、興奮して尻尾をブンブン振っています。
あの様子は、遠吠えをはじめる時の感じです。わたしは急いでヘンリーに抱きつきました。こんな朝早くに遠吠えしたら、ご近所に迷惑です。
「わふ!」
ヘンリーがわたしの顔をベロベロ舐めながら言いました。
“エルシャちゃん! これだよ。 あ(・) の(・) 葉(・) っ(・) ぱ(・) からは、この草の匂いがしたよ!”
「これって、紫ニガハッカ……ですよね? そう言えば、王都では見かけないかも……」
ニガハッカの仲間の“紫ニガハッカ”は、若い葉っぱを齧ると苦みと清涼感、それから気管支の拡張作用があります。
目が覚めるので、細かい作業をする職人さんや、夜勤の人が 咥(くわ) えているのを時々見かけました。
辺境では風通しの良い草原でよく見かけましたが、強い作用と常用性があるので子供は絶対に齧ってはいけないと言われました。
好奇心から、ほんの少しを噛んだことがありますが、とても苦かったのを覚えています。
「コーヒーの匂いもありますし、霧の爆弾魔は苦くて目が覚めるものが好きなんでしょうかね? あっ、ロリポップキャンディは、口直し……?」
ともかく……。
これで七つ、全ての匂いが揃ったのです。
「あとは、いい感じに混ぜるだけですね!」
なんて……、軽く考えていたわたしがおバカでした……。
「匂いの割合に、ヘンリーがあんなにうるさいとは思いませんでした……」
ヘンリーの“ヨシ!”がもらえるまで、二時間もかかりました。ですが、これで完璧です!」
わたしは匂いを染み込ませた布を、口の広い瓶に入れて、しっかり蓋を締めました。
これを持って、協力してくれる犬さんを捜しに行きます。
* * *
昼下がりの路地で、茶色い垂れ耳の犬さんが日向ぼっこをしていました。
ヘンリーが足を止めると、垂れ耳さんはすぐに顔を上げてくれました。
『あれ、ヘンリーじゃないか』
犬さんの尻尾がぱたん、と地面を叩きます。ヘンリーの知り合いみたいですね。
『今日は子犬と一緒なの?』
子犬って、わたしのことですかね……。
『エルシャちゃんだよ。ぼくのお姉ちゃん」
『へえ、ちっちゃいね』
茶色い犬は、わたしを見て首をかしげました。
『でも、まだ子犬なのに、しっかりしてる』
褒められてしまいました。えへへ。
「あの、お願いがあります」
『うん、聞くよ』
わたしはガラス瓶を取り出しました。
「この匂いのする人間を、探しているんです。手を……いいえ、鼻を貸してもらえますか?」
瓶の蓋を少し開けると、犬さんはフンフンと匂いを嗅いでくれました。
『……くさい』
鼻の先に皺を寄せて、ゲフンと口から息を吐き出しました。
『嫌な匂い。こういう人間、大抵ろくなことしない』
「そうなんです。弾け飛んで燃える箱を作っています。家も物も壊します」
『それは困るなあ。昼寝できなくなる。……わかった、この匂いの人間がいたら、ヘンリーを呼べばいいの?』
「はい。でも、この匂いの箱があったら、逃げて下さい。チクタク音がしていたら、すごく危険です」
肩掛けカバンから懐中時計を出して、犬さんに聞かせます。
『わかった。いいよ、ヘンリーには世話になったし』
茶色い垂れ耳さんは立ち上がって、路地の奥へと歩いて行きました。
「ヘンリーは、あの犬さんに、何のお世話をしてあげたんですか?」
「わふっ!」
“内緒”ですか……? なんだか手の掛かる弟が独り立ちしたみたいな寂しさがありますね……。
瓶の蓋を閉めて、次の犬さんを探します。地道にやっていきましょう。
王都の犬さんは、みんなが大きな群っぽいですね。森でのショーンのような、確固たる絆というよりは、薄く繋がっている……そんな感じです。
「ヘンリー、王都の犬たちに、ボスはいるんですか?」
『ぼくのボスは、エルシャちゃんのお父さんだよ!』
ダグラスお父さんですか……。お父さんは今、どうしているのでしょうね。
最後に詰所で会った時、少し危うい感じでした。……心配です。
次に出会ったのは、子犬を連れたお母さん犬でした。白くてふわふわの、毛足の長い犬さんです。
ヘンリーを見つけた二匹の子犬が、コロコロと駆けて来てじゃれついています。
「わふ!」
こんにちはと挨拶をしたら『はい、こんにちは』と返してくれました。
そして『人間さん。あなた、犬語が話せるの?』と、不思議そうに言われました。
「はい、少しだけ。ヘンリーのお知り合いですか?」と聞いてみます。
『ええ、時々子犬たちと遊んでくれるの』
肩掛けカバンから、匂いの瓶を取り出して蓋を開けます。
「この匂いがする箱があったら、近づかないで欲しいんです」
『どうして?』
「雷よりも強い力で弾け飛びます。建物が吹き飛んで燃えます。とても危険です」
『それは嫌ね』
子犬たちも近寄って来て、お母さん犬と一緒にフンフンと匂いを嗅いで『くさい!』『くさいね!』と言いながら、走り回りはじめました。懐中時計の音も聞いてもらいます。
「この匂いと、この音です。両方だったら、すぐに子犬を連れて、走って逃げて下さい」
『わかったわ。気をつける。人間さんも気をつけてね。走るの遅そうに見えるわ』
それは……その通りです。わたしはあまり身体を動かすのが得意ではありません。
「はい、ありがとうございます」
わたしのことまで心配してくれる、優しいお母さん犬でした。
ほんの思いつきで、はじめたことです。霧の爆弾魔の正体を暴くヒントになればと思いました。
でも犬と直接話すごとに『巻き添えにならないように』という気持ちが強くなっていきます。もう誰も、傷ついて欲しくないです。
わたしはこの日から、少しでも時間があるとヘンリーと“匂い瓶”を持って王都中を歩き回りました。
そして出会った犬さんたちを、ちびっこ隊員の道案内用地図に、どんどん書き込んでいきます。
そんな二週間が過ぎた頃。
霧の爆弾魔から、新しい予告状が届きました。