軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

外伝 ピートくんの初恋

皆さま、こんにちは。

エルシャ・グリーンフィールズ六歳です。

詰所にわたしの部屋を作ってくれる工事がはじまりました。

「あの、わたしは仮眠室で夜勤の方と一緒に寝るの、けっこう好きなので……」

費用の件もありますし、遠慮しようと思ったのですが、エバンスお父様が頑として譲りませんでした。

「レディが男性と同室で寝泊まりするなど、言語道断です」

ダグラスさんは『金持ちの道楽だと思えばいい』とため息をついていました。

隊員の皆さんは『良かったなぁ!』『これで嫁に行くまで詰所にいてくれるな!』と、好意的に受け止めてくれています。皆さん、おおらかですね。

そんなある朝のことです。

「本日付で事務員として勤務することになりました、ジェーンです。よろしくお願いします!」

週のはじめの朝礼で、元気に挨拶する女性がいました。これがわたしとジェーンさんの出会いです。

「ジェーン? ジェーン・ハミルトン?」

「あっ、ピートくん!」

ジェーンさんとピートくんは、平民学校の同期生だったらしく、その後ちょくちょく仲良く話しているのを見かけるようになりました。

ジェーンさんは、とにかく熱心な人でした。朝は一番に出勤しますし、退勤時間を過ぎても残って調べものをしています。

自然と、詰所の半住人であるわたしと顔を合わせることが多くなり、親しくなるのも早かったです。

「エルシャちゃんも、読書や調べものが趣味なの?」

「はい。今は図鑑や百科事典を、わからない言葉を辞書で調べながら読むのが楽しいです」

「わかる……! 新しい知識って、わくわくするよね!」

「はい! もっと……って欲張りになっちゃいます」

そんなふうに盛り上がるわたしたちに、ピートくんは違う生き物を見るような目をしていました。ピートくんの集めている冒険小説も、わたしは大好きですよ!

そんなジェーンさんですが、近頃ちょっと気になることがあります。

ジェーンさんとピートくんが一緒にいると、詰所の皆さんが冷やかしたり、茶化したりするのです。

「ヒューヒュー! お二人さん!」

「ピート、ちゃんとエスコートしろよ!」

そんな時、ピートくんは真っ赤になっていますし、ジェーンさんは困った顔をしています。これは、あんまりよろしくないですよね?

「どうして皆さん、変なことを言うんですか? 二人とも困っています」

ピートくんとジェーンさんがいない時に聞いてみました。

「えっ、応援してるんだよ?」

「周りが盛り上げると、うまくいくかなって!」

うまくいくって……どういうことですかね?

「ピートはジェーンちゃんが好きなんだよ」

「えっ、そうなんですか?」

「見てればわかるよ。いいなー若いって! 青春だよなー!」

でも……それって、逃げ場を塞がれたようなジェーンさんの気持ちは? そんな風に担がれたピートくんは?

「エルシャの言う通りだ。お前ら、大人ぶって、やり過ぎてる。二人の顔を、ちゃんと見てるか? 応援したいなら、ほかのやり方があるだろう」

ダグラスさんがピシャリと言うと、皆さんしょんぼりしてしまいました。本当に悪気はなかったんですね。

「反省しろ。あと、初恋の頃の自分たちを思い出せ」

「俺たち、ダメな大人だったな……」

「ピートに謝りたい……」

しょんぼりを通り越して、どんよりになっちゃいました。

「わたし、皆さんがピートくんのこと大事に思っているの、ちゃんと知ってます。一緒に遠くから、こっそり見守りましょうね」

「そうだな……。それが一番だよな……」

「うん……」

わかってくれて、よかったです。

たぶん大人たちは、“あの頃の恥ずかしい自分”がピートくんに重なって見えて、笑い飛ばしたい気持ちがあったんだと思います。

きっと大人って、ある日突然、なれるものではないんですね。そして常に大人でいられるわけでもない。

「大人って……どうしたらなれるんでしょうね、ヘンリー」

とりあえず、横にいたヘンリーに聞いてみました。

「わふっ!」

いつも良いお返事でえらいですね。ヘンリーは“知らない!”って元気いっぱいに言いました。

そんな裏でのやり取りがあってから、二人をからかう人はいなくなりました。

そして、ピートくんの初恋はどうなったかというと……。

「エルシャちゃん……。ダグラス隊長はエルシャちゃんの後見人なんでしょう? ダグラス隊長って……こ、恋人とか、いるのかな? 知ってる?」

ジェーンさんに、こんなことを聞かれてしまいました。幼女の、わたしでもわかります。ジェーンさんは、ダグラスさんのことが気になっているんですね……。

「あ、あの。恋人は、わかりませんが、結婚はしていたみたいです……」

そうなのです。ダグラスさんの家に行った時、部屋に写真がありました。金髪のきれいな女の人と赤ちゃんの写真です。

でも……ダグラスさんはお母様と二人暮らしなのです。

「あ……エルシャちゃんは知らないんだね? うーん、ちょっと私の口からは言えないけど、事情があるの」

あれ? おかしいですね。この詰所に来たばかりのジェーンさんが、なぜダグラスさんの“事情”を知っているのでしょう。

それに……。困りました。ジェーンさんがダグラスさんを好きなら、ピートくんは……。

「あっ……、私ったら。小さな女の子にこんな話をしたりして……。ちょっとどうかしてたみたい。ごめんね、忘れてくれると嬉しいな」

ジェーンさんは照れくさそうに笑って、走って行ってしまいました。残された私がちょっと混乱してぼーっとしていると、廊下の向こう側からヘンリーのクゥーンという鳴き声が聞こえました。

「あっ、こら! ヘンリー、しーっ!」

見ると、ばつの悪そうな顔をしたピートくんと目が合いました。……今の話を聞いていたのでしょうか。

「あ、あの……」

「あー、あー! エルシャ! ちょっと僕、用事があって。出掛けて来るから、隊長に言っておいてくれるかな?」

ピートくんは、わたしが何か言おうとしたのを、遮るように言いました。そうですよね。六歳の幼女に慰められたりしたら、十六歳のピートくんの立つ瀬がないですよね……。

「はい、わかりました。任せて下さい!」

「ありがとう! じゃ、いそぐから!」

「はい! 行ってらっしゃい!」

ピートくんが元気に走っていきます。

「はあ……」

わたしは六歳の幼女です。恋などわかるはずがありません。ですが、好きな人に自分よりもっと好きな相手がいるのを知ってしまった気持ちなら、少しわかります。

ましてや、ダグラスさんはピートくんの尊敬する人なのです。

「ヘンリー、恋ってわかりますか?」

隣にいたヘンリーに聞いてみました。

「わふっ!」

いつも良いお返事でえらいですね。ヘンリーは“わかんない!”って元気いっぱいに言いました。

ちょっと複雑な気持ちで、ダグラスさんの執務室へと向かいます。ピートくんの伝言を伝えなくてはいけません。

扉をノックしようとすると、話し声が聞こえました。

「……ずっと……憧れていて……。ダグラス隊長に……」

ジェーンさんの声です。何か深刻な話のように聞こえます。

「子供の頃に、新聞の切り抜きをスクラップしていたんです。シリアルキラー『霧の 爆弾魔(フォグ・ボム・フィーンド) 』を追う特殊捜査部隊の若きエース『ダグラス・リード』は、私の 英雄(ヒーロー) でした」

「……昔の話だ……」

「奥様と幼い息子さんが犠牲になった時は、ショックで三日も寝込んで……」

「自分を過信して調子に乗り、妻と子を守れなかった情けない男だ」

「隊長は格好いいです! 今でも私の憧れの人です!」

「……ありがとう。だが、もうおっさんだよ。君もエルシャも、娘だと思っている」

「こ、子供じゃありません……! 私、隊長のことが……!」

それ以上は、聞いていられませんでした。立ち聞きなんて……わたしはなんて卑怯なことをしてしまったんでしょう。

シリアルキラー『霧の 爆弾魔(フォグ・ボム・フィーンド) 』。わたしも聞いたことがあります。

五年くらい前に、王都を騒がせた連続爆弾魔です。

そんな事件に、ダグラスさんが関係していたなんて……。

「わう、わうわう」

「あっ……」

ヘンリーに言われて思い出しました。わたしはダグラスさん宛ての伝言を、ピートくんに頼まれていたのです。

重い足を引きずって、ダグラスさんの執務室へと戻ります。

廊下の途中で、窓から中庭にジェーンさんとピートくんがいるのが見えました。

「ピートくん、もう戻ったんですか?」

「うん、もう用事は済んだよ。それより今度の週末、中央公園にピクニックに行かない? そろそろアーモンドの花が咲いていると思うんだ」

「ふふ、ピートくんが、サンドイッチを作ってくれるんだって。私もクッキーを焼くよ! エルシャちゃんも一緒に行きましょう、もちろんヘンリーも」

ジェーンさんの目が赤いです。ピートくんも、少し話し方がぎこちないです。でも二人とも笑っています。

「はい! ぜひ一緒に行きたいです!」

二人が中庭で、どんな話をしたのかわかりません。でも、笑って未来の話をしているなら、心配はいらないかも知れません。

まっすぐで健やかな二人が、楽しそうにしている様子は、なんだかとても眩しく見えました。

初恋は実らないと、よく言いますが……。実らなくても、花は咲くのかも知れません。

花は、どんな花でもきれいです。花咲く春は、とても良い季節です。