作品タイトル不明
第209話 魔導書
家に帰った俺たちは、早速屋敷の書斎にやってきた。
理由はもちろん先ほどの本を見分するためである。
改めて本を見ると、英語でもない言語で書かれた文、科学では見ない図形。しかし、見覚えがある。
「これは……ウェールズ語、ですかね。それも古い」
「流石だなセレス。俺は翻訳魔術を使わないとわからないぞ」
「私もしっかりと読むことはできません。言語を特定したほうが魔術の精度は上がりますから」
俺たちは翻訳魔術を使って本を読む。
『体に流れる血、精神、それとはまた違った氣のようなもの。俺はそれを”マナ”と呼ぶことにした』
そんな文言から始まるその本には、”マナ”を循環させて身体強化を行う。その試行錯誤が書かれていた。
こんな内容、現代人が見たら気でも触れたかと一蹴されてしまうものだが、異世界で魔術・魔法を体感している俺たちからすれば興味深いものだった。
もちろん、大概の物は異世界における”魔術”とは全く違う絵空事である。
しかし、この本に書かれている内容は魔術理論にとても似通っている。
『戦士でなければ持ち上げられぬ槍を持ち上げることができた。俺の”マナ”の力を使えば戦士たちはより強力になるに違いない』
描かれている魔術式は辛うじてだが、機能するものだ。
まったくの素人がここまでたどり着けたことに驚きを隠せないが、それには続きがあった。
『賢者に直訴したが、”マナ”は俺以外機能しなかった。どうしてだ。また一から練り直さなければ』
魔術とは相応の訓練の後に成功するもの。理論を見ただけで成功させることなどまず不可能。
しかし、それを知る余地もない作者は迷走していた。
しばらくページをめくると、空白のページが目立つ様になった。
『”マナ”は本当にあるんだ!』
そんな切実な叫びが何かのシミと共に残されている。
最後のページ。そこには、今までにないほどに緻密な魔術式が書かれていた。
『いつかこれを見る者よ。”マナ”は存在する』
「……凄いですね」
一人の人間……いや魔術師が書き残した魔導書はそんな言葉で終わっていた。
「”古、我らと共にあるマナよ、その在り方、その力を現したまえ”」
「セレス?」
「”ファイア”」
そう唱えたセレスの手には小さな、ピンポン玉よりも小さな火球が浮かんだ。
「……この魔術式は完成しています。ですが、一点だけ欠点が存在します」
よく読んでくださいと言われて確認してみると、その理由が分かった。
「これ、自分の魔力だけで行使しようしている?」
その言葉にセレスは頷いた。
通常魔術というのは、自分の魔力と大気中・大地の魔力、そして精霊によって行使される。
それを自分だけの魔力で完結させようとしている。
それはまるで――
「 魔(・) 法(・) じゃないか」
自らの手でのみ現象を引き起こす。
それは、並みの魔術師では到達しえない魔術世界の根源。
魔法と呼ばれるものだ。
「イーディス様から、この世界の人々は魔力は辛うじて持っているものの、微々たるものだと伺ったことがあります」
「この作者のいう”マナ”はすべて魔法。根本的に魔力が足りなかったのか」
「素晴らしいですね。独学で魔法の域まで足を延ばしていたとは」
「末恐ろしいな」
この魔導書の作者、名もなき魔術師……いや魔法使いに敬意を表してその本を掃除する。
「もしかしたら、この世界でも魔術を扱える人間がいるかもしれませんね」
「……かもしれないな」
俺は驚きと敬意、そして焦りと様々な感情を整理しながら、買ってきた本たちを眺める。
「さ、そろそろご飯にしましょうか」
「――ああ。そうだな」