軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第97話 プロローグ・たった二人の

カチャカチャと、器具を動かす音を耳にしながら一心不乱に手を動かす。

まるで小学生や中学生のときにやった工作の授業のように、魔物の素材をくっつけたり、切り離したり、またくっつけたりして、弄くり回す。それを自分の体でやっているのだから、常に意識を手放しそうになるほどの痛みがあった。だけどその痛みのおかげで意識を手放さずに済む……だがいっそ手放せてしまえば、楽だったかもしれない。

視界は赤色で埋め尽くされている。

液体の入ったパックから伸びた管が、身体にはいくつも伸びて繋がっている。

周囲の『部屋』の中では、魔物の素材が溢れ散乱していた。

皮、皮膚、血管、内臓、目玉。それらが切り分けられていたり、動いていないが生きていたり、薬品漬けにされていたり。それ以外にも植物や鉱物なんかも加わって、この部屋は乱雑としか言えない有様になっていた。

ベッドの上で上半身だけを起こして、それらの中から素材を選んで手にとる。

とった素材の使い方は…………わからない。

一応【鑑定】をすればそれが何かは分かるが、親切にそれをどうすれば、何をどうできるのかなんて書いてはいない。

「ゴホッ……。……?」

一度軽く咳払いをしたつもりが、堰が切れたかのように吐血が止まらず、とめどなく血がながれだす。慌てたようにやってきた春が血を拭いてくれたけどそれでも止まらない。やっと止まったときには、相当血がぬけたのか頭がふらつく。

おそらく魔物の素材が合っていなかったのだろう。

でもこんなことはよくあることだ。なんせ使い方がわからない素材なのだから。

種類のわからないきのこを博打で食べているみたいなものだ。

それでもわからないのだから仕方がない。誰も教えてはくれない。

知りたいならば、自分で自分を使って『試す』しかない。

【人体改造】のスキルも最初はレベルが1だった。

あてにするには低いレベル。どうにかするためにはレベルを『上げる』しかない。

何度も『試して』素材のことを知って。

何度も『練習』してスキルを上げる。

それを繰り返していくだけの日々。

それが『身体を半分失った代償』だった。

召喚されて前の世界で五年は過ぎていた日の出来事だった。

そもそも魔物の部位が人の体にくっつくというのは基本的にありえないそうだ。

特殊なスキルや能力が無い限り。

俺がしたことを聞いたティアルはそう言った。

そのときは何も答えなかったが、おそらくユニークスキルの【吸収】にその効果があったのだと思考の片隅で勘づいていた。スキルを奪えると言われてもらったが、その割には一回しか奪えなかったり、奪える時と奪えない時があったりと微妙な効果だと思っていた。だが遠くで倒した敵でもレベルがあがったりと、思ってもいない場所で効果を発揮することがある。振り返ってみれば見えないところでこのスキルに支えられていることは多かった。

「秋様。今朝も、ゴブリンから素材が届けられました」

【アイテムボックス】から素材を取り出しながら春は言った。

そうしてまた素材が無くなった場所に、新しいものが並べられていくのをみて、言った。

「ありがたいな」

「そうですね」

素材は新しく新鮮なものの方が、体に適合する確率が格段に高かった。

しかし外に出て狩りにいけるわけじゃない状況で、これまで貯めていたものがあるとはいえ増えなければ素材は減るしかない。消費するペースを見ていると、目的を達するまでに素材がもたないことは一目瞭然だった。

そんなとき独断で春が『ゴブリン』に頼み込んだ。

ドア付近でたむろしてるいつものゴブリンたちに、通じない言葉を使って、身振り手振りでお願いしたら、なんと次の日から持ってきてくれて、それが毎日続いているらしかった。

「あのゴブリンたちも、もう少し節度を弁えれば

愚かじゃないと言っていいかもしれませんが」

少し不満を滲ませながら、春は言った。

その様子に少し苦笑をする。

ドアの外から呼びかける方法として春はゴブリンたちに『ノック』を教えたそうだ。仕草の意味を理解したゴブリンたちは、どういうわけかいたくノックのことを気に入ってしまって、それからことあるごとにノックをしてくると春は困っていた。一度ブチギレて以降は、減り気味ではあるらしいが、春の様子を見るに完全にいたずらがなくなったわけではないらしい。

「たぶん『お返し』のつもり、なんだろうな」

死にかけたゴブリンの長を一度だけ助けたことがあった。

今でもそのことを恩義に感じてくれているから素材を持ってきてくれているのだろう。

「だけどそろそろ、貸したものよりも返してもらったものの方が、多くなってきたかもしれない」

「……そうですね。あの日、秋様が『災害』に遭われた日も。ドアの中まで傷ついた秋様を持ち運べなかった私のところにやってきて中まで運んでくれました。あれがなければどうなっていたかと考えると……私たちにとっても『恩人』と言わざるをえないのかもしれません」

「そうなると何か俺たちも返さないといけないな。何がいいかな?」

「『装備』とかはいかがでしょうか。『武器庫』の武器と防具を一人ずつに渡してまわれば、戦力があがって生き残りやすくなり、ゴブリンもありがたがることでしょう」

「装備か……。最近気づいたけど『武器庫』の武器って、意外と作りが安っぽいから……どうだろうなぁ」

「むっ…………」

ちょっと不機嫌そうな雰囲気をだす春をみて慌ててフォローをした。

別に作りが安っぽいことを俺は気にしていない。むしろ使い捨てられると考えれば、作りがいいものと同じくらい使い道がある。

だがそれはあくまで【RP】で武具をいくらでも供給できる俺だからで、ゴブリンにとっていいかは別の話だ。

そういうと春は納得したように頷いた。

ちょっとほっとしながら、話を続ける。

「それにほら、『生き残ること』を目的にするならば

俺たちは装備よりももっといいものを渡せるんじゃないか」

「……確かにそうですね。それもいいかもしれません。

秋様がいいならば。すべての秋様の選択に、私はついていくだけです」

「うん……。まぁ、そのためにも

今は目の前の状況から生き延びることが先決だな」

会話を止めて、作業に戻る。

その途中でふとあるものが目に入って思わず動きを止めた。

そのことに気がついた春が、同じものに視線を向けて不安げな声を漏らした。

「秋様……。何度も言ってますが、あの『魔石』だけは、使わない方が……」

そこには禍々しい色と気配を放つ、握り拳より多少小ぶりな『魔石』があった。

雑多で異様なものが溢れたこの部屋ですら、それは異質な存在感をもって浮いていた。中ではどす黒い魔力が渦巻いていて、凄まじいものを無理やり小さな箱に閉じ込めたような不安が、みていると尽きずに溢れてくる。

「…………」

春の言葉に……返事はしなかった。

今こうしているのは『体を治すため』じゃない。

より『強くなるため』だ。

強くなるためには、『対応』しなければならない。

常軌を逸したこの場所で生き残るためには、同じように常軌を逸することが必要だ。

だから遠からず、この魔石を使うことになる予感があった。

それだけが、自分という脆弱さの『壁』を乗り超えさせてくれるただ一つの方法なのだから。

また一つ、『無駄』な何かを削ぎ落として強くなる。

それこそが対応のはずだ。

災害のような、世界の『厳しい環境』への対応。

世界がそうだから、俺も対応してそうするだけ。

…………いや。

本当は『環境に対応する』なんて言い訳でしかなく。

心のどこかでずっと望んでいたのかもしれない。

だからこんな思いついても絶対にやりはしないはずの、おぞましい事を躊躇いもなく実行できるのだろう、俺は。

『強い』──ただそれだけの『化け物』になるために。

──『ケルラ・マ・グランデ』。

それが終焉の大陸から出て、初めてたどり着いた場所だ。

景色は木ばっかりの鬱蒼としたもので、今もまだその樹海の中に居続けていた。

「本当にっ、本当にダメですかぁ〜っ!?」

そんな樹海で、少し泣きそうな千の声が響いていた。

「ダメ」

きっぱりと、確固たる精神で告げる。

「大分派手に動いて、顔がどれだけ割れてるのかもわからないんだし。これから行く街で、誰に気がつかれるかも分からない。だから千には悪いけど一旦帰ってもらうしかないと思う。そっちのほうが万全だ」

そういうと向かい合っている千の瞳に、見る見る涙がにじんでいく。

「せっかくこっちにきて……秋様のお供を任されたのにっ。全然お役に立ててなくてっ、千はあまりに不甲斐ないですっ! うぅー! もっと頑張りなおして、出直してきます〜っ!!」

そう言いながら、ぽろぽろと涙がこぼれおちていく。

「(!? 本当に泣いてる……)」

それをみて、結構びっくりした。

そんなひどいことを言ったつもりはないんだけど……。

というか意外だ。千がそんなタイプだと思っていなかった。

使用人のことは結構、知ってるつもりだと思っていたんだが。

しかしよくよく考えてみると、出会ってからの期間に比べて実際に交流した時間は意外と少ないのかもしれない。なにせ終焉の大陸では一人で外に出てる時間が大半だった。その間ずっと春に任せっぱなしで、戻った数日の間だけが唯一、話したりできる時間だった。

千の様子を見て、思ったよりも使用人のことも分かっていないのかもしれない、なんてことを思った。

「大丈夫です、千。駄目だったとしても、また頑張って挑戦すればいいだけですから。一緒に頑張りましょう」

「うぅ、はいぃ〜っ。春様、ありがとうございますぅ〜っ!」

……もう少し交流した方がいい、のか?

春と千がお互いに励まし合っている横でなんとなくそう思う。

「……街の様子をみて、大丈夫そうなら、休憩時間や休みの日に顔を出したり、遊びにきたりすればいいんじゃないか。そこまで厳しく来ちゃダメなんて言うつもりはないし、『ドア』も置くつもりだから」

横からそう声をかけると、千の表情がいつもの笑みに戻った。

心なしか普段よりも満面な笑みだ。泣くよりはやっぱりそっちのほうがいいな。

「わあっ! 行ってみたいですっ! 嬉しいっ!

楽しみにしてますっ!!」

千の言葉にうなずく。

「では、千。戻るついでに『代わりの二人』を呼んできてもらえますか」

「わかりましたっ。……交代で来た二人は、今度こそお役に立てるようにこき使ってあげてくださいっ、秋様っ! ではっ!」

そう言って『ラウンジ』へつながるドアを通って、千は帰っていった。

ぱたりとドアが閉まる。

それとほぼ同時に、ため息とともに春が口を開いた。

「はぁ……。しかし冬は本当にどこへ行ったのでしょうか。

全く……愚かでしかありませんね」

「確かに……」

結局冬の行方は分からず終いだ。

追ってくれている彗も音沙汰がなくなって久しい。

探すにしても当てがなさすぎて、どうにもしようがないのが現状だ。

「生きてはいるはずだとは思うけど」

弱いといっても精霊だ。全く力がないわけじゃない。

彗がこっちの大陸の魔物に負けるとも思えないし。

竜みたいに召喚したりできないのだろうか?

……分からない。

興味がなくて聞いていなかったことが多すぎる。よもぎも含めて。

あんまいいことじゃないな、当然だけど。

後でよもぎにだけでも契約のことを聞いておこう。

もし、答えてくれるのなら……だけど。

「……そういえば『荷物』をもらったんだったか」

辺りを見回すと視界の端で、無造作に落ちている袋をみつけた。

袋を拾って中に手を入れる。すると吸い込まれるように手はどこまでも入り、明らかに袋を突き破ってもおかしくないところまで入れてるというのに破れなかった。これはすごいな。異世界特有の不思議袋の構造をしているみたいだ。魔道具というやつだろうか。

中には袋の許容量を超えて荷物が大量に入っている。

とりあえず袋に手を入れて、掴めるものを片っ端から取り出して並べておいていく。すると気になったのか、この場にいる全員が様子を見に近づいてきて、並べた荷物の中から各々が手にとってみていた。

荷物は結構な量あったが、やはり種類は、サバイバルするのに偏っている。

食料、調味料、貨幣、衣服、鎧、武器、杖。

医療品、薬品、しっかりした作りのテント。

中には息抜きのためか酒やカードゲームらしきものが。

それと本も少しだけ入っていた。

あの人たちの中に本好きがいたのだろうか。

「これ……」

日暮が小さく呟く声が聞こえて、なんとなく視線を向けてみると、一冊の本を手に取っていた。小説だろうか。覗き込んでも書かれている文字は日本語ではないため、わからない。

いや……。一部だけ読み取られる部分がある。

『著者の欄』の文字だけが、なぜか『日本語』の漢字で書かれている。

「( 髑髏(どくろ) ──?)」

書かれている文字を読んでいると、日暮が何ともいえない微妙そうな顔で本を戻していた。首をかしげながら見ていると、その奥に小さな影がうろちょろしているのを見つけた。

「(千夏もいたのか)」

興味津々で、おかれた本をみている。

本類は千夏に渡してもいいかもしれないな。

いや、持ち帰って『錦』に渡して『図書室』においてもらおう。

そうすれば千夏も好きにみることができる。

それから荷物を取り出し続けた。結構な量だ。

結構よく分からないものも多くなってきた。異世界特有の物だろうか。

「ん……」

次に物を出そうとしたときだった。

明らかにこれまでとは違う大きくて重い物の感触があった。

気軽に取り出したら不味そうだ。

スペースのある場所へ少し移動して、中身を取り出す。かなり持ち辛い。

そして出てきたものを見て、驚いた。

想像以上に巨大で、重いわけだと納得した。

「ふむ……、これは『獣車』といったかの。人間が移動手段によく使っておるやつじゃ。飼い慣らした魔物に引っ張らせて、よく走っておる。飛べない種族は大変じゃのう……むっ、中も見た目より大分広いぞ、秋! さすが、ボンボン騎士の国じゃ。作りは無駄にいいの。これなら移動に役立つのではないか?」

……なんでこんなものが袋の中に入っているんだ?

そんなことを思いながら、ティアルの声に答えていた。

興味津々に色々と嗅ぎ回るように、獣車を見ているティアルは、何かを見つけるごとに声をかけてきた。

だがティアルの言う通り、千夏の願いのためには、いいアイテムかもしれない。移動手段としてはすごく有効そうだし、図らずも最初から質のいいものが手に入ってしまった。居心地が良さそうだし、中に『ドア』を設置すればそれだけで拠点としては事欠かなくなりそうだ。

ただ見た目が唯一気になる。結構な装飾がされていて、貴婦人のティーカップみたいな柄だ。これに乗って走るのは目立ちそうだし、少し恥ずかしい。あの人たちもこれに乗ってたのだろうか。結構なゴツい男たちだったけど。

そんな風に獣車を観察していると──。

カチャリ。

とドアの開く音が、背後から聞こえる。

振り返ると『二人の使用人』が、ドアから出てきているところだった。

二人はドアの前に並んで立ち、そのうちの片方が胸の辺りに片手を添えながら綺麗なお辞儀をして言った。

「使用人──『 驃(しらかげ) 』、参りました」

ゆっくりと顔を上げて、驃は優しく微笑んだ。

甘さのある整った顔立ちに抜群にあっている表情だった。

体もスラリとしているし、顔や仕草だけを見れば男版のアイドルとしてやっていけるかもしれない。執事服も完全に着こなしているし。おそらく部屋で執事服が一番似合う男なんじゃないだろうか。

だが一方で、ふと見え隠れする犬歯や爪は鋭く尖っていて、笑みに歪んだ瞳の奥は獲物を狙うように細くて鋭い。目も心なしかギラギラとしていて、髪型も攻撃的な雰囲気が感じられるためか、甘い見た目の中にもかつて魔物だった獰猛さが滲み出ているような気がした。

驃の言葉に頷くと、満足げな表情を浮かべて、驃は隣にいる人物に目を向けた。

後を追うように、俺ももう一人の使用人に目を向ける。

「…………なぁ、本当に言わなきゃダメか?」

視線を向けられた人物は、頭の後ろを触りながら、少し気恥ずかしそうに言った。

「何か問題でも?」

「何か問題があるのかい?」

春が驃が同時に尋ねる。

淡々とした声だが、明らかに圧がある声だ。

助けを求められるように視線を向けられる。

気持ちはわかるが……残念ながら俺にはどうにもできない……。

そんな気持ちで視線を返すと一瞬悲しげになりながらも、次の瞬間には表情は引き締まっていた。どうやら覚悟が決まったみたいだった。

「あー……。オホン。

使用人──『サイセ・モズ』参りました!!」

その言葉にうなずく。

「だいぶ印象が変わったな。

すっきりして、かっこよくなった」

「まぁ……、おかげさまで」

サイセは照れ臭そうに返してきた。

前みたときのサイセは、やさぐれたベテランみたいな感じで、雰囲気はあったが薄暗さが際立っていた。

それが今は髭もそって、髪も両端を刈り上げて、残っている伸びた金髪部分も後ろに流しているため、袖のないベストと相まって執事というより渋いバーテンダーみたいな印象を抱く見た目になっている。雰囲気もいじけた感じがなくなって、全体的に明るくなった。元々そういう性格の男なのかもしれない。

「しかし本当にいいのか? 春が無理言ったみたいだが。せっかく生き残ったんだから、戻る場所があるなら戻っていいし、それまで居たいっていうなら気にせずいてもいい。俺たちに気を使ってるんだったら、気を使わなくていいんだけど」

そう尋ねると、サイセは首をふった。

「……まあ正直なところ、やっていけるかどうかは不安なんだがな。主に実力面で……。だが行く当てが無いところを拾ってもらえたのは感謝しているんだ。ちょうど新しく仲間でも探そうと思ってたところだったし、二度命を救われた恩人に尽くせるなら、それもいいかなと思ったんだ。だから……俺の方こそよろしくお願いしますッ」

そう言って、サイセは姿勢を正して、緊張した面持ちで頭を下げた。

「そうか。春がいいって言って、本人もそれでいいなら、それでいいと思う。あぁ、それと命を救った恩とかも別に気にしなくていいから。正直あんま覚えてないし。態度とか口調も、俺に関しては自然な感じでいい」

「おっ、そうか? そういってくれんのは助かるわ、へへっ。たまーにならいいんだが、ずっとってなると堅苦しくてボロがでるからなぁ〜。ちょっと心配してたんだ。ま、よろしく頼むわ、旦那!」

途端に砕けた態度に変わって、サイセは笑いながら軽く手をあげた。

「(旦那……。旦那かぁー……)」

また新しい呼ばれ方が増えたな……。

好きにしろって言ったんだから、文句はないけど。

「旦那もなんかあったら、遠慮なく頼んでくれよ。

そういう役割のためにある役職だって、聞いたしな」

「あ、それじゃあ早速頼みたいことがあるんだが──」

そう言ってサイセをさっきまで荷物を整理していたところまで連れて行く。

「これの整理を少し頼めないかな? 戦利品なんだけどみるのが初めてのものが多くて、何なのかが分からないものが結構あるんだ。サイセが見て分かる感じならちょっと頼みたいんだが──」

サイセをみると、大量に並んだ物を見て笑顔をひきつらせていた。

「あ、あぁ。全然そんくらいのこと、いくらでも構わないんだが……。この『鎧』……まさか『シープエット』の……。戦利品って言ってたが……マジか……? シープエットの奴らを……やったのか……?」

サイセの言葉が尻窄みに小さくなっていく。

最後の方は、ほとんど独り言に近い声量だった。

「いや……。覚悟してただろ、俺も……。ヤバイことだらけになるなんて……全部わかりきってたことだ……。なら多少それが早まっただけか……。一員になるって決めたなら俺もとっとと覚悟決めて、慣れていかないとな…………」

ボソボソと、自分に言い聞かせるように呟く、サイセを見守っていた。

口に手を当てて声量を抑えているつもりだろうが、それでも聞こえてしまっていることは、いちいち言わなくてもいいことなはずだ……。

気合いを入れるようにサイセが自分の顔を両手で叩いて、元の様子に戻って言った。

「よしッ!! 任せといてくれ」

振り切ったように、気持ちのいい返事をするサイセに少し好感を持ちながら頷いた。

「それともう一つお願いがあって、これから近くにある人間の街に一度行ってみようと思ってるんだけど、そのときにも色々と教えてくれないか? 街に行くのは初めてでたぶんわからないことが多いと思うんだけど、俺たちの中で合法的に街を出歩けるのって、たぶんサイセくらいだと思うんだ」

「あぁ……一応俺も微妙に脛に傷がついちゃいるが……。

竜王だの、魔王だのにくらべれば、はるかにマシだろうな……」

神妙な面持ちでそう言う。俺も似た顔をしている気がする。

「ここから街に行くとしたら『テールウォッチ』か?

それなら見知らぬ場所ってわけじゃないし、何かしら役には立てると思うな」

「よかった。じゃあよろしく頼むよ」

「あぁ! 了解だ、旦那。それじゃあさっそく、俺は荷物の整理に取り掛かっとくわ。たぶんこのまま街まで歩いてくんだろ? だったらまだ数日くらい樹海を歩くことになりそうだし、ついでに使えそうな物資も見繕って使っちまおう。俺なんて獲物以外手ぶらだしな。こんな装備で危険地帯歩くなんて怖すぎるわ」

「手伝いますよ、サイセ」

そういって作業に取り掛かかる驃とサイセに、もともとの荷物が入っていた袋を渡して、その場をあとにする。

そして獣車のそばでティアルと春と一緒にいた千夏の方へ歩いて行く。

「千夏」

呼びかけると、こちらに気づき、おどおどした様子で近づいてくる。

その間しきりに春やティアルの方へ視線を不安そうに向けるのをみると、やはりまだ信用はされてないのだろうなと思った。そばまでやってきた千夏に、目線をあわせて話かける。

「これからひとまず、一番近い『街』に行ってみようと思う」

そういうと、少し首を傾げながら、伺うように頷いた。

「……街は、人がいっぱい住んでいる場所だ。ここみたいに誰もいない場所じゃなくて、建物がいっぱいあって、たくさんの人が協力しあって生活している。まだこれからのことはあまり決まっていない。だけど俺と千夏の目的のためには一度街へ行ってみた方がいいと思う。ずっと避けて通るなんてことは、たぶん、できないからだ」

大きな目をじっとこちらに向けて聞いている。

だが話を分かっているのかどうかは、よくわからなかった。

「俺はそう思っているけど、千夏はどうだ? それでいいか?」

「うん」

こくりと、頷いた。

その反応に頷き返す。

「だけど一つ『問題』がある。それはこれから行こうとしている場所が『人間の街』、ということだ。人間と魔族は少し仲が悪いらしい……みたいだ。だから人間の街に、魔族の千夏が行くと、問題が起きるかもしれない」

わざわざ最初にそんなところを選ばなくていいかもしれないが、他に行くあてもない。樹海にかなり食い込んで作られている人間の街に比べて、魔族の活動してる生活圏へは、かなり大回りする必要があるためにいくのに時間がかかる。

なにより人間に街に比べて、小規模な集落なのだそうだ。

とにかくこの世界の情報が、今はなんでも欲しい。そのために街へ行くという目的もあったため、街の規模が大きいほうを今は優先させた。一度人の生活圏にさえ辿り着ければ、道を使って魔族の国へも効率的にいくことができるだろう。手に入れた馬車も使えるだろうし。

だが流石に真っ白の髪のままで人間の街に入るのはマズイらしい。

典型的な魔人族の特徴なためか、警備の人などに見つかるとすぐに検査にされてしまって、魔族とバレてしまうようだ。人間で白髪の人はどう過ごしてるんだろうか? 謎だが最悪俺だけ街に入って、千夏は部屋から出られないという可能性もある。

「でも今千夏は、そのまま『普通の魔族』じゃない。理由は──」

頭を振って、余計な罪悪感を振り落とす。

「……後にするけど、とりあえず千夏は今『種族を変える力』を持っている。その力を上手く使えば、簡単に問題が解決できて、街にすんなりと入れるかもしれない。だからその力の効果を確かめさせてほしい。分かりやすく言うと、千夏が今『何の種族になれるか』を試して知りたいんだ」

──『混人族』。

身体をいじくり回して、体内に魔石を埋め込んだ。

そして押し寄せる苦しさと痛みにのたくり回っている間に、気がつけばこんな種族になっていた。それがこの種族の発生した経緯だ。

何故発生したかは、思い当たる節が逆にありすぎるためにわからない。たくさんの偶然もあっただろうし。だから理屈で説明なんてできないし、もう一度やれと言われてもきっと無理だろう。

先日、作った薬を千夏に飲ませたあと、ティアルにはこっ酷く問い詰められた。俺が千夏のユニークスキル【運命の放浪者】を黙っていたためにだ。それから俺は洗いざらい千夏のことを話すことになり、その流れで俺自身のことも話すことになった。

そして俺と千夏の種族を知ったティアルは相当驚いていた。

魔石を摂取したことはこの世界ではどの種族にとってもタブーだと教えられた。

そもそも自殺行為だと顔をしかめ、かなりきつく、厳しく言われた。

そしてティアルは『混人族』という種族を、これまでにみたことは一度もないそうだ。

最終的にティアルはこう結論づけていた。

──『世界で唯一、秋一人だけの種族であろう』、と。

……だけど、それもついこの間までの話だ。

今はもう一人、千夏がいる。

種族が変わって……変えられて……。

世界で唯一の種族は、世界でたった二人の種族になった。

果たしてこれ以上の繋がりがこの世界にあるのだろうか。

深く結びついた、最大の繋がり。どう足掻いても逃れらない、

そんな『混人族』には『固有スキル』がある。

それは種族ごとに使えるスキルで、本人の強弱は関係ないものだ。

だから俺の『固有スキル』と同じものが千夏の《ステータス》にも載っている。

見ていると「本当に同じなんだな」と突きつけられている気分になる。

混人族の固有スキルは【種族変更】というスキルだ。

何故このスキルなのか、どういう理屈で発動されるのか、理解できないことが多い。

ただそれに目を瞑って、機能だけをみれば利便性の高いスキルであることは間違いない。

文字通り『種族』を変えられるのだから。

はっきりいってデタラメだ。

「千夏は、何か、別の種族になれそうな感覚はあるか?」

「……ない」

千夏は首を横に振った。

それから千夏に俺の知ってる範囲で【種族変更】のスキルについて教えて、種族を変えられるかどうかを試行錯誤していった。

だが、かなり難儀だった。

スキルの発動の仕方を教えるのすら手間取った。

利き手の動かし方を教えろと言われているみたいだ。

感覚的に当たり前すぎることを、言葉にして伝えるのは難しい。

「今は何の種族になろうとしたんだ?」

何かに変わってみようとしていた千夏に聞いてみる。

なれなくて途中で諦めていた。

「ゴブリン」

「……ゴブリンか」

種族を変えられると聞いて、真っ先にゴブリンに変わってみようとする。

大分、趣味が渋いな……。

『部屋』にいたときにでも、見かけたのだろうか。

【種族変更】といっても、何にでも無条件に変われるわけじゃない。経験上、大きく元の自分から姿形が変わるものには、なろうとしてもなれない。スキルが全く発動しないのだ。例えば『魔物の種族』なんかはそれでほぼ全滅だった。変わりたくても変わることができない。

その条件にゴブリンが当てはまるかどうかは微妙なところだが、なれていない以上、今は無理なのだろう。

「(……そもそも千夏に『なれる種族』はあるのか?)」

それが現状の最大の疑問だった。

『種族を変えるための条件』として最大のものがもう一つある。

変更したい対象の種族に【鑑定】をかけていることだ。

だが千夏は【鑑定】のスキルをもっていない。条件の満たしようがそもそもない。

それでも千夏に試してと言ったのは、俺が知ってる条件が完全な条件かはわからないから。

俺とは別の『条件』が存在するのか?

あるいは【鑑定】が手に入るまで固有スキルは使えないままなのか?

そもそも結果的に【鑑定】をすることで、たまたま条件を満たしていただけで、条件そのものが違う可能性もある。

わからないことばかりだ。一つ一つ辛抱強く試していくしかない。

唯一の種族なんて聞こえはいいが、実際は何の前例もなく誰をあてにもできない、闇中を進むことを余儀なくされた種族なのだから。試してみなければ、どうにもしようがない。

「……千夏は何か、なってみたい種族はないのか?」

だからダメ元でもアドバイスを繰り返した。

「…………?」

少し疲れた様子で首をかしげる千夏に、話を続ける。

「それを想像しながら、スキルを発動してみるのはどうだ?

もしかしたら、その種族になれるかもしれないよ」

「…………」

少し落ち込んだように、千夏は肩を落とす。

その様子を見て思い出した。

「(いや、そうか……記憶がないんだった……)」

『種族を変える』といっても、そもそも千夏は知ってる種族の数が絶対的に少ない。

知らないものを思い浮かべろなんて無理のある話をいっているのは俺の方だ。

やっぱりまだ早かっただろうか。

申し訳ない気持ちで声をかける。

「千夏……ごめん。思い浮かばないなら、無理しなくても──」

次の瞬間だった。

パァと、視界の光が強くなる。

千夏の身体が淡い虹色の光に包まれていた。

数秒でその光は、弾けるように消えていく。

──ヒョコリ。

「……これは……?」

光がなくなると、千夏の様子はかなり大きく変わっていた。

真っ白だった髪は、黒みを増して濃い灰色に。

さらに一番大きな変化として──頭に獣耳が生えていた。

犬の耳みたいなやつが、髪の毛から少しだけ飛び出て、ちょこちょこ動いている。

どうやら種族を変えられたらしい。

だが、この種族は……?

「『獣人族』じゃの」

様子をずっとみていたティアルが言った。

「これが獣人族か……」

よくある異世界物に出てくる定番の種族。実物を見たのは初めてだ。

辺りを伺っているのか、耳が忙しなく動いている。ちゃんと身体の一部として機能しているみたいだな。

見た目も変化前とは少し違っていて獣人族特有らしき、かわいらしさが感じられるような気がする。

やはり耳の効果なのか?

「うーん、すごいな。本当の耳だ」

千夏の頭に生えた耳を触ってみて、そんな感想が浮かんだ。

今みたいに巨大な身体になってない、昔の大型犬くらいだった雹の耳もこんな感じだった気がする。

「耳ですね」

「耳じゃ」

春とティアルも、フニフニと耳を触ったり摘んだりしている。

「ぅ〜〜〜……。やぁっ!!」

千夏が嫌がったように声をあげて、大人たちの手から逃れるように走りだした。

しまった……。

あまりに珍しくて自然と触っていた。

よもぎの時といい、この手の失敗はよくやってしまうな。

謝ろうとすると、走り出した千夏は既に止まっていて、自分の頭に向けて両腕を伸ばしていた。

「わっ……耳だ……」

フニフニと自分で耳の感触を楽しむように何度も触っている。

どうやら触られて嫌だったというより、自分も触りたかったらしい。

自然と笑みが溢れている千夏をみていると少し和んだ気分になった。

春とティアルも少し微笑む様子で見守っている。

それにしてもなぜ千夏は『獣人族』に変われたのだろう?

【種族変更】をする条件として【鑑定】が必要な理由は、想像しやすい。

変わるために『情報』が無ければならない、ということだ。

全くみたことがない種族に、想像でなろうとしても、なれるはずがないのだと思う。

千夏が獣人族に変わったということはおそらく、部屋にくる前に何らかの関わりがあったのだろう。部屋に獣人族はいないから必然とそうなる。そしてそれで条件を満たしていたから変わることができた。

だが不思議なのは条件をみたした部分の記憶を無くしてしまっていることだ。

千夏の記憶喪失自体もわかってないことが多い。それに加え、種族変更の条件もわからないまま。

……あまりいい状態だとは、思えないな。

不確定要素が多すぎる。ただでさえ出自やスキルと色々と拗れているのに、余計に拗れたものを加えてしまっている気がする。それらの何がいつ、致命的な影響を引き起こすか。十分ありえることだ。

あまり楽観視せずに、調べられるものは調べておいたほうがよさそうだ。

千夏自身にも細心の注意を払っておこう。

「人間の街に入るのであれば、見た目はこっちの方がいいであろうな。白い髪だと、みられた瞬間に問答無用で魔力を通されることもある。魔人族は髪が虹色に光ってしまうゆえ、それではすぐにバレてしまうだろうからの。この姿なら、大きめな帽子でもかぶって、周りを人間で囲ってしまえば不信感はもたれまい」

ティアルの助言にうなずく。

できれば『人間』になれるのが一番よかったが、この分だと今はなれなさそうだ。

「【鑑定】」

※ステータス※

千夏(ちなつ) LV100

『種族』

獣人族(混人族)

『職業』

なし

『スキル』

環境適応 LV2

虚弱 LV2

悪食 LV2

生命力強化 LV1

『ユニークスキル』

運命の放浪者

『固有スキル』

種族変更

獣化

身体強化魔法

ステータスの変化も、概ね予想通りだ。

獣人族特有の『固有スキル』が追加されており、レベルも上がっている。

【種族変更】で変わった種族の『レベル』は、その種族ごとに『独立』している。

その種族であげたレベルが、他の種族にも反映して上がることはない。

『魔人族』であげたレベルは『魔人族』のレベル。獣人族のレベルはそのままといった感じだ。レベルを上げたいならその種族になってあげるしかないのはデメリットの一つかもしれない。

だが千夏のレベルが今大幅に上昇しているのもこの法則の影響だ。

【種族変更】をすれば、最初は変わった種族の『基本的なレベルの数値』になる。

獣人族の基本的なレベルは『100レベル』なのだろう。だから『28レベル』だった千夏は、獣人族になった時点で大幅にレベルを引き上げることになった。自衛能力のことを考えた場合も、千夏は獣人族のほうが都合がいい。

ちなみに同じ理屈で、俺のレベルも現在『レベル1』だ。

種族を現在『人間』に選んでいる。人間の基本的なレベルがこの数値なのだろうか。

生まれたときから百倍の差があるこの世界でよく人間が繁栄できたなと少し思った。

そして俺の変われる種族の中で一番レベルが高いのは『勇者』だ。

結局一番長くその種族でいて、ほとんど種族なんて変えずに終焉の大陸で過ごしていたわけだから、当然のことだった。

だが『勇者』でこっちの大陸にいると、力が過剰に高すぎる。それを問題に感じていたところだったので、『人間』のレベルになって力が弱くなるのは都合がよかった。このまま人間の種族はレベルを上げずに、人間としてこっちの大陸では活動しようかと考えていた。

「(……強さもたぶん、ちょうどいいだろうしな)」

投石用の石を取り出して、手で握る。

力を入れると、すぐに石は手の中で砕けた。

何度か繰り返すうちに、粉々にまで砕けた石がサラサラと手から漏れて溢れ落ちていく。

この世界に召喚された瞬間の俺は『レベル1』だった。

だけど当時はこんな、前の世界から見れば人間離れしたことは到底できなかったはずだ。

しかし今の俺は、レベルの数字上は当時と同じなのにそれができる。

レベルが低くなったことで力は落ちているものの、額面上通り『レベル1』というわけでもないようだ。

結局これまで積み上げたものというのは、無くなりようがない。

身体の中か、あるいは全く別のどこかでなのかは分かりはしないが。

どこかで確かに『繋がっている』のだろう。そんな気がする。

手についた石のカケラを、払って振り落とす。

何もなくなった手のひらに──『剣』を取り出して握った。

そのまま立ち上がって、今『殺気』を放っている人物に近づく。

「…………それは、どういうつもりの殺気なんだ?

──日暮」

「…………」

日暮は、何も答えない。

抜け落ちたように表情がなかった。

片手で抜き身の剣を強く握って、構えてはいないものの殺気を出し、剣呑な雰囲気を纏って抑えようとしていない。さらに憎悪を色濃く浮かべた虚ろな瞳は、あろうことか千夏に真っ直ぐ向けられていた。明らかに普通の様子じゃない。

「坂棟日暮、その剣をしまって、物騒な雰囲気を抑えなさい。

誰に向けてると思ってるんですか。

……聞いているのですか?」

春が千夏の顔をスカートに押し付けるように抱きとめる。

さらに二人を隠すように、ティアルが間に入っていた。

つまらなさそうに腕を組んで、見下すような視線を日暮に向けている。

そんなティアルの横を通って、日暮に歩いて近づく。

手には『剣』を握ったまま。

日暮の憎悪の瞳に、徐々にもう一人の無機質な瞳が写りこんでいく。

……日暮。

多分何か、事情があるんだろうな。きっと。

だから──残念だな、と少し思う。

こんな『結果』で、終わってしまうなんて。

「坂棟日暮ッ!」

春が怒鳴るように声をあげる。

初めて聞いたほど荒らげたものだった。

その声を聞いて、日暮が正気に戻ったように、はっとする。

「えっ……あっ……」

カラカラと、音を立てて剣が地面に落ちる。

「ちっ、ちがっ……私は……」

血の気が引いた顔で周りを見回し

落ち着かない様子で、日暮は狼狽えた。

「ごめん……。どうかしてた……。私は……。

ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」

蒼白の顔で、声を震わせながら言う日暮。

じっと日暮を見つめ続けていると、何度も「ごめん、ごめんなさい……」と日暮は繰り返して言い続けた。そのうち馬鹿らしくなって、息を吐き出した。

「はぁ……いじめてるみたいだな、これじゃあ」

「…………」

少しずつ様子がおかしくなっているような気はしたが、ここにきて顕著に出てきた。

そもそもなぜ千夏に憎悪を向けるのか分からない。千夏本人と因縁なんて作りようがないはずだから、おそらく『獣人族』と何かあったのだろうが……。でも確か日暮は獣人族の奴隷を『救った』って話じゃなかっただろうか。

まぁ、どうでもいい話か。

色々あったのだろう。そう想像するのは難くない。

だけど皆それぞれ色々あるものだ。

だから深く話に入り込む意味も理由もない。それが無難だからだ。

急に剣を持って殺気を出すような人を信用して、一緒にいていいのかどうかは、思うところはあるが……。

「?」

春が千夏が気づく前に抱き留めてくれたおかげか、肝心の千夏はよく分からないまま辺りを見回していた。千夏に影響がないのは不幸中の幸いだった。

「まぁ、いいか。次はないから、気をつけて」

「……わかった。本当にごめん」

「あぁ。それで俺たちは街へ行くけど、日暮は? どうする?」

「…………私も、行く」

元気なさげに、日暮は答えた。

その答えに俺は頷いた。

ティアルはどうかと思って顔を向けると、一度日暮の方へ視線を向けたあと、ティアルは口を開いた。

「わしは別行動しておこうかの。少し、やりたいこともできた。それに人間の街に、そうほいほい入るわけにもいくまい。余計な騒ぎになるのが目に見えておるからの。……まぁ別にわしは、それでもいいが」

ニヤニヤと、獰猛に笑みを浮かべる。

その表情のままそばに寄ってきたティアルは脇腹を小突きながら、コソコソと言ってきた。

「だが人間の街に入り込むのは、かなり興味がある。こんな機会普通ならありえないからの。変装の準備をしておくから、『ドア』を作ったらわしにも伝えるのじゃ。わかったの? 秋」

少し呆れながらうなずくと、笑みを浮かべて頷き返し、ティアルは羽を広げてどこかへ飛び立っていった。

「私たちも部屋に戻っておきます。

秋様、道中お気をつけて。ほら、戻りますよ千夏」

春も千夏の手を引いて、部屋の中へと帰っていく。

まだここからかなりの距離があるから千夏も部屋で留守番だ。

でも千夏もいつかこうした場所を通るときがくるだろう。目的が目的だから。

「坂棟日暮、ちょっとこっちにきなさい」

「……春さん」

去り際に、少し二人で会話をしていたが、声は聞こえなかった。

それから春たちが部屋に戻ったあと、荷物の整理を終えたサイセと驃がそばにくる。

あれだけ乱雑に出してしまった荷物もすっかりなくなった。獣車も【アイテムボックス】にしまうと、いろんなことが起きて、いろんな人がいたこの場所も随分とスッキリした。少し寂しいくらいだ。

残っているのは驃とサイセと日暮の三人だけ。

ドアは撤去せず残していくので、迷彩の加工を施す。

それを終えると、三人に向き合う形で告げた。

「それじゃあ、行くか」

そうして樹海の中をまた歩き出す。

目指すのは、樹海に面した人間の街、『テールウォッチ』だ。

「本当にこのまんま行くんだな……。

あれか? またあの扉みたいなやつを道中で出すのか?」

歩きながらサイセに尋ねられる。

「いや、もう街につくまでは作らないと思う。人目につく確率があがってくるし、費用も無駄だから」

「マジか。持ってる食料で街まで持つか?

……まぁ、最悪そこらへんにいる魔物でもとっ捕まえて食べればいいか」

「えぇ……んぐっ……そうですよ。こんな豊かな森なら、やりようなんていくらでもあります」

何か変な音がしたな……。

そう思って驃のほうへ向いてみると、何か小動物みたいな魔物が口から飲み込まれ咀嚼されているところだった。真っ赤で新鮮な血液が手についていて、それをハンカチでぬぐっている。

その姿を同時に目撃していたサイセは……ドン引きしていた。

「いや、もう食ってんのかよ……早くないか?

どこで捕まえたんだよ。

しかも生だぞ、それ。大丈夫なのか……?」

「大丈夫です。口から入るものはすべて消化してみせる自信がありますよ」

そういいながら、驃は口もハンカチで拭っていた。

「……そうかい。(やべーな……)」

最後にバレないよう小さく呟かれたサイセの言葉を、驃と一緒に聞き流した。

背後に目を向けると、日暮が黙ったままついてきている。

よく考えたらついこの間まで女三人だったのが今は逆転して男三人だ。日暮も少し居辛いだろうから、少し配慮したほうがいいかもしれない。

そんなことを思いながら、樹海を進んだ。

ゆっくり進んだためか、街についたのはそれから『四日後』のことだった。