軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第94話 『竜王』

『天使族』との戦闘を終えてもなお──ゴブリントリオの三人の姿は未だ樹海の中にあった。

『死んだ魔物』の体が横たわっている隣で、三人は座り込んでいた。

周囲には直前までの戦闘の痕跡が残っており、地面には魔物が残した残火があちこちにありパチパチと音を鳴らしている。焦げ付いた木からは独特の焼けた香りが漂ってきていた。

そんな光景の中で三人は思い思いにすごしていた。

──ゴクゴク。

『赤鬼』が手で掬ったものを、喉を鳴らしながら体内へ流し込む。

黒鬼は魔物の肉をまだ消えてない残火で焼いて食べ、青鬼は果実を口に運びながら、側でその様子を眺めていた。

ぷはっ、と満足気に息を吐き出す赤鬼。

見ている二人が「おっ……」と期待したように顔を動かした。

だがその直後に赤鬼が、うっ、と手を口で抑えだすのを見て、「ダメか……」と二人は直前に浮かべた表情を消した。

「オエ゛ぇぇぇ…………まッズっ……」

そうして飲んだものを吐き出そうとする赤鬼を青鬼は注意した。

「吐き出しちゃあダメである、赤!!

【鬼化】の条件がすでに満たせなくなってるのでござるから、とれるうちに『血液』の摂取はしておかねば」

「……本当ニ……最悪ノ、スキル、ダ……おぇ……。

生き血ナンて……飲む物じゃナイ……ゼッタイ……。

青……ソレ分けテ……」

「仕方ないでござるなぁ」

持っている果実を、青鬼は赤鬼に分け与える。

もらった赤はすぐにそれを口に含んだ。

赤鬼の強ばっていた表情と雰囲気が緩む。お気に召す味だったようだ。

しかしそんな様子を、黒鬼は渋い顔をしていて見ていた。

「おい、青……。お前、そうやって何でもかんでも得体のしれないものをとりあえず口に含めるのをやめろよ」

「む。大丈夫である! これは当たりだったから!!」

「その前ははずれだっただろうが……。泡吹いて白目むきながら、痙攣して倒れてたぞお前。気を緩ませすぎだろ。ここだって『外』なんだってことを、忘れてるんじゃねぇのか。何が起きるか、分からないんだぞ」

「『外』といってもここなら大丈夫だと、思うでござるけどなぁ……?

拙者の知っている場所とは、随分と違う場所であるよ、ここは」

「……んだと?」

少し凄んだ黒鬼をよそに、青鬼は魔石を取って手に持ち、膝の上で遊ぶように転がした。三人の側には魔物の死体の他に、山盛りになった『成果』があって、そこに手を伸ばして取ったものだった。剥ぎ取った『素材』や廃墟をあさって持ち出した『戦利品』、豊かな森から拝借した『食材』などが雑多に置かれている。

「だって……そうじゃないでござるか。『あの場所』で、今と同じようなことを黒はできるのであるか? こうしてゆっくりできているだけで何もかも違うでござる。それに生息している魔物だって拙者たちだけでも倒せるほど弱くて、少なくて、食べ物も探せばいくらでもあるでござるよ。変わらない環境も過ごしやすくて楽である……。オジキ殿の与えてくれた『部屋』と同じくらいに。

いっそ『あの場所』よりも『この場所』で過ごせばもっと楽になっていいんじゃないでござるか?」

「…………」

「…………」

黙って耳を傾けていた黒鬼とは対照的に、赤鬼は果実を頬張りながら、久々に青が言葉を言い間違えなかったことに頭の片隅で驚きつつ、青の話を聞いていた。

「……そんな簡単な話じゃないだろ。確かに俺たちでもどうにかなることはあそこに比べれば多いが……全部が全部、そうじゃねえ。実際、あの羽つき人間との戦闘は思っているよりギリギリの戦いだった」

終わってからまだ数時間も経っていない戦闘のことを黒は思い返しながら言った。

「お前だって何度も身体にでかい穴を開けられてた……そうだろ、青」

「むう……」

「それにあんだけ追い詰めたってのに、俺たちはやつを仕留め損ねた。あいつが影の中に入って消えたからだ。それを許した理由は、結局俺たちが雑魚で、相手が『上手』だったからに過ぎない。ここは確かに向こうと比べれば『楽』だが、だからといってお前が思ってるほど、俺は『楽』じゃあない気がする」

「……確かにそうでござるな。黒のいう通りでござる」

「……青の身体に大穴をあけた原因の一つが、俺のヘマだっていうのに、偉そうに言えたことじゃないけどな……」

魔族との戦いで、青鬼は大きな傷を二回負った。

一回は魔物にやられ、残る一回は、魔族の攻撃を避けられる状態じゃなかった黒鬼を庇って負ったものだった。

「別に、『酸性』持ちだから気にしないでいいのでござるよ!!」

「……『再生』ダ」

暗い調子の黒鬼の言葉に、青鬼が明るく返す。

だがその後の黒の言葉は、変わらず同じ調子だった。

「いつもいってるだろ……青。身を挺してまで庇うなって。なのにまた庇ったな、俺を……。『再生スキル』があるっていっても、身体が消炭になるような攻撃だったら、跡形もなくなって簡単に死んじまうんだぞ」

「まーた黒は、そういうことを言い始める〜。

大丈夫でござるよぉ。こうして今大丈夫だったんだから〜」

「今回は大丈夫でも次庇った時に大丈夫な確約はどこにもないだろ……。そうやって庇う動きを身体に染みつかせてると、しちゃいけないときにも咄嗟に同じ動きをしてしまう。だから普段から気をつけて染みつかせないようにしなきゃいけないのに……」

「でも……あぁしないと、黒が危なかったでござるよ?」

「それこそ仕方ない話だろ……。俺が未熟だった……それだけだ。そこで死ぬなら受け入れるだけだ」

「なら拙者が助けたのも黒の実力でござるな!!!」

「…………。馬鹿なことを言うな……。俺には……。青鬼みたいな『再生スキル』も、赤鬼の【鬼化】みたいなユニークスキルもない。今生き残ってるのも不思議な程度の実力しか、本当はありはしない。強いやつが生き残るべきなんだ。結局そっちのほうが村の仲間も守れるんだから。俺にお前らみたいな実力はない」

「デモ……黒ハ……青ヨり、頭がイイ……」

「そうである!! それに赤よりも村の皆に好かれているでござるよ!!

黒の頼みなら、誰も嫌な顔せず聞いてくれるし、黒ちゃんと『力実』はある、黒にも!

黒が戦いから生き残る方法や、この先にどうすればいいか教えてくれるから拙者も赤も生き残ってこれたのでござるよ!」

「ソウ……言ウなレバ……俺達ハ黒の両刀……。

俺達ノ力も……黒の力……」

「むむ!? 黒の両刀!?

赤、むちゃくちゃカッコいいでござるよ、それ!!

そうなのだ、三人集まれば怖いものなんかない!!

親父殿にも勝てるのである!!」

そう言って、赤鬼と青鬼は盛り上がっていた。

「…………」

そんな二人を見ながら思う。

二人はいいやつだ。

一緒にいて楽しい。だからできれば死んで欲しくない。

でも他にもいた、片腕に模様を入れたゴブリンは、みんな死んでしまった。

自分が生き残って欲しいと思う気持ちと──

実際に起きる世界の無慈悲な結果はあまり関係しない。

なのに目を背けて投げ出すと、悪い結果を引き寄せるようにできている。

「(なら……青鬼の考えもあながち間違ってはいないのか……?)」

生きるのが楽であればそれだけ死ぬ確率は低くなる。

もし自分が何かの手を打たなきゃいけないとなったら、青の考えも一理ある。

いやむしろかなり正しいような気がする。だが同時に何かが致命的に間違ってる気もする。

解らない。難儀だ。

難しいことを考えていると、黒鬼は、自分がただゴブリンの群れの一部でしかなかったころを思い出す。

黒鬼という名前もなかった、終焉の大陸の外を生き続けていた日々は、嵐の海原で小さな小舟を漕ぎ続けるかのように当ても、果ても、途方もないものだった。今思えばずっと疲れはてていて、思考や精神にはモヤがかかっていたように思う。だが生まれてからずっとその状態が常に続くのが当たり前で、他の状態を知らなかったから、疑問に思ったことすらもなかった。

隣にいた群れのゴブリンがいつの間にか消えて、全く別のゴブリンになっているなんてことも日常のよくある出来事だった。いつか自分もそうなることを漠然と分かってもいた。

──その頃に比べれば、随分と状況が変わった。

まさか自分が仲間に死んでほしく無いと思うとは思わなかった。いつでも勝手に入れ替わるものだとずっと思っていた。日々がとても楽しく、何かが豊かになっているのは間違いない。

だがその分、苦難を難しく苦しいものに感じるようになった。

果たして変わったのはいいことなのか、悪いことなのか。黒鬼には答えがわからなかった。

とりあえず今は、間違いなく分かっていることだけを黒鬼は答えた。

「……オヤジに勝つのは、無理だろ」

話が盛り上がっていた青鬼と赤鬼は、打ちのめされるように項垂れるように頷いた。

「それじゃあ、そろそろ行くか……」

黒鬼の言葉に、赤鬼と青鬼は声をあげて返事をした。

休息を切り上げて、側にあった山積みの戦果を、整理して背負っていく。持ちきれないものはここで消費できたので、三人でちょうどいい量だった。

戦闘をするために、両手だけはのぞいて、三人とも山盛りの荷物を背負う。

しかし一人だけ唯一、荷物をさらに多く片手にもちはじめた。

「……よし全部もったな。

じゃあとっとと戻るぞ」

片手に荷物をもった黒鬼が、しきるように言った。

「…………」

「…………」

赤鬼と青鬼の二人が、物言いたげに沈黙を保つ。

その視線は、黒鬼が小脇に抱えている『荷物』に注がれていた。

「……どうかしたのか? お前ら」

「本当ニ……ソレ持っテくノカ……?」

答えた赤鬼の言葉には、少し戸惑いの色が含まれていた。

黒鬼は自分の抱えているものに目を向ける。

それは──『ゴブリン』だった。

気絶しているのか、死体をそのまま持っているかのように動かない。

そのゴブリンは、この樹海に生息しているゴブリンの一体だった。

終焉の大陸で生息するものではない。

だから細くて小柄で、肉付きも悪い。およそ自分たちと同じ種族とは思えなかった。

だからか青鬼と赤鬼は拾ったゴブリンに懐疑的な視線を向け続けていた。ゴブリンを連れ去って群れの数を増やすといっても、このひ弱そうなゴブリンにまで当てはめていいのかどうかわからなかった。

「連れ帰っても、すぐに死んじゃわないでござるか?

見つけたときなんて、死体みたいに転がって、やたらと虫が集ってたでござるよ」

手に持っているゴブリンを見つけたときのことを思い出す。

確かに青のいうように、ズタボロになってこのゴブリンは森の地面に転がっていた。

見つけたのはたまたまだ。羽つき人間との戦闘を終えて歩いていると泥の塊のようなものの臭いを何度もかいでいる魔物に遭遇して、その魔物を殺したあとふと何を嗅いでいたのか気になってよくみてみたところ、それが倒れたゴブリンだった。

『こいつ……ゴブリンじゃねぇのか……?』

『む……これがでござるか!?』

『…………絶対違うダロ』

『オイ……お前……。生きてるのか?』

そばに近寄って声をかける。だが反応はなかった。

何度か声をかけてもダメで、諦めかけたときに、ほんの微かに顔が動く。

『…………ギィ』

『!』

そしてこちらを見て、一度だけそう鳴いた。

「…………」

ゴブリンの声を聞いて、連れていこうと言い出したのは黒鬼だった。

意識を失ったゴブリンをもの同然に運んでいる。秋に作ってもらった貴重な回復薬を口から適当に流し込んだため、回復はするだろうが。

向けられた視線を感じて、目をむけると、青と赤がこちらをみていた。

その視線は、「なぜ、連れていくのか」と理由を尋ねていた。

「……別に。選んだのは俺じゃない。こいつが選んだんだ。まぁ一回試しに連れて帰ってみてもいいだろ。良いか分からないってことはダメかも分からないんだから」

「そうでござるか……。黒が言うなら……」

「…………」

反応は、それぞれ芳しくないものだったが会話を続けていられなかった。

唐突に、目の前で行く手を阻むように爆発のような衝撃が起きる。

土埃が上がり、たくさんの木が弾けるように折れて飛びかっていた。

そんな飛び交う木の破片を避けながら、和やかだった雰囲気を消して、臨戦体勢を取る。

「……新手の魔物の攻撃でござるか??」

青がつぶやく。残りの二人も一瞬、同じことを考えた。

だがそれが的外れの考えであることに、すぐ気がつく。

この樹海に蔓延る『新手の魔物』なんかよりも、『ずっと恐ろしい存在』を三人は失念していた。

──ゾッと。

三人の背筋に悪寒が走る。

それと同時に脂汗が吹き出した。

土煙が止んで、そこにあったのは魔物の死体だった。

人間を丸呑みできそうなほど大きな魔物が、凄惨な様子で横たわっている。この巨体がどこか遠くからぶっ飛んできたのだとしたら、今みたいな事態が起きるのも不思議ではない。

魔物の身体には直接死因に繋がった可能性の高い、生々しい『拳の跡』が、身体に刻まれたようにくっきりと残っていた。その拳のあとを見たとたんに、ゴブリントリオは狼狽し始めた。今何がおきていて、自分たちがどれだけ危機的な状況にいるのかを理解してしまった。

それはあまりにも──『見慣れた』拳の形をしていたから。

ふと、上空で魔物が通り過ぎる。

最初に吹っ飛んできた魔物が樹海をめちゃくちゃにしたおかげで、上空は開けており、よりはっきりとその様子を捉えることができた。

魔物は、ここを通り過ぎてずっと遠くの方へ飛んで行く。

その直後に、ぶわりと、風が巻き起こた。

「赤ァァアアアアアアアAAAAAAAA──!!!!」

またどこかで魔物が落下する音が聞こえる。地面が微かに揺れた。

「黒ォォオオオオオオオOOOOOOOO──!!!!」

凄まじい音量の咆哮のような声が、ビリビリと痺れるように皮膚を震わせる。

「アァァアアアアアアアAOOOOOOO──!!!!」

気付けば無意識に、三人はその場で真っ直ぐにピンと立っていた。

血の気は、当たり前のように引いている。

「おめぇらぁぁぁぁぁ──!!!

仕事放り出してッッッ!!!!

どこほっつき歩いてんだァァ────ッッ!!

ア゛ァア゛!?

聞いてんのかゴラァァァァアアアアアアアア──────!!!」

ドン、ドン、ドン、と不安になるくらい何度も地面が揺れる。

同時に凄まじい戦闘の音が聞こえてくるが、一方的に何かを虐殺する音のようにも聞こえた。

脇目も振らずに逃げていく魔物の姿が、余計にそう思わせる。

「ヤバイ……オヤジが、キレてル………………」

震えた声で、怯えながら赤鬼が呟く。

残りの二人も似たりよったりの調子で続いた。

「は、早く戻らないと不味いでござるよ……」

「あ……あぁ……そうだな……。急いで戻るぞ!」

そうして三人は、鬼気迫る様子で森を駆ける。

あまりいいことが起こらないだろう今後のことを考え、赤鬼と青鬼の顔は強張っていた。

そんな中、黒鬼は手に持っている意識を失ったままのゴブリンに目を向けていた。すでに身体は回復しているはずなのに、こんな騒ぎと振動の中で起きないのは、鈍感なのか肝が座っているのか。

「(──実は大物なのかもな……)」

冗談まじりにそんなことを考えていた。

そうしないと青鬼と赤鬼と同じように、良くない未来に顔が強張りそうだったから。

だからその思考はただの現実逃避の一種だったのかもしれない。

その後、ゴブリントリオは秋が設置したドアに無事たどり着いた。

そこでは村の長である『剛』が待ち構えており、言い訳を挟む余地すらなくボコボコに殴られ、気を失いながら『ゴブリンの村』へと運ばれたのだった。

◇◆◇◇◆◇

「それでですねっ」

「うん」

テレストと花人族の長を送り、戻ってきた千からの報告を受けていた。

少し別行動をしている間に千も樹海で色々あったようだ。勇者と遭遇した話は詳しく聞きたいと思っていた。

だが話を聞き終える前に、力強くドアを開く音が響き渡り、会話は中断された。

「うぉぉぉぉぉおおおいッ!!! 秋ッ!!!」

一瞬、千が不機嫌さを表情に浮かべる。

だが「あぁ、剛さんですかっ」と剛の方へ視線を向けた途端に不機嫌さは消えていた。

他の面子も視線を送るだけだったりと、似たような反応だった。

ただ千夏は、唐突な出来事に驚いて、慌てるように春の方へ走っていってしまった。しがみつかれた春が、千夏の頭を撫でている。直前まで春と話していたティアルが、和やかな視線を向けていた。

日暮は一人で少し離れたところに突っ立っていて、何か思い詰めたように虚空を見つめていた。なんだかずっとあの調子だが大丈夫なのだろうか。

「剛。よくここが分かったな」

現れた剛に声をかける。

「あぁん?

見かけねぇドアに入れば、秋は大体そこにいるからなッ!!

ガハハハハ!!!!」

「……なるほど」

確かにそうかもしれない……。

「ところでよぉ……悪いなぁッ!! 秋ッ!!

赤黒青が世話になったみたいでよッ!!」

「あぁ、別にそんな世話はしてないし、気にしなくていいよ」

「そうかぁ? 秋がそういうなら、そうなんだろうな! ガハハッ!」

だから赤鬼と青鬼と黒鬼を怒るなら手心を加えてほしい……。

と口から出そうになったが、やめておく。

ゴブリンたちにはゴブリンたちの都合があるしあんまり介入するべきじゃない。

それにきっともう……手遅れだろうし……。

「(随分荒れてたみたいだからな……)」

「ところでよぉ、秋にちと、相談があるんだが……」

剛の言葉に対して。

──だろうな。

とは思っても口には出さなかった。

この場に現れたときから、剛の片手に『ゴブリン』が抱えられてるのを見て、なんとなく分かっていた。

「もしかしてそのゴブリンのことか?」

「あぁ、そうだ!!

黒のやつが持ってきたんだがなぁ!!」

あえて意識せずいたゴブリンに、意識を向ける。

終焉の大陸ではなくこの樹海のゴブリンのようだ。居心地が悪そうにしながらも、耐えるようにじっとしている。

顔を覗き込むように見てみると、目が合う。

そして驚いたようにゴブリンが目を見開いた。

なんだ……?

不思議に思っていると目の前を『緑色の虫』が横切る。

よく見るとその虫はゴブリンに多く集まっていた。

「(このゴブリン……。

もしかして樹海で初めて見たあの時のゴブリンか?)」

不意に前にみた虫を治療に使っていたゴブリンを思い出した。

ハエのような虫にでもたかられているのかと思ったが違うようだった。

【鑑定】をしてみると、一度見たことある《ステータス》が表示された。

これで裏付けが取れた。

見た目ではわからなかったが、このゴブリンは間違いなく前に会ったのと同じ個体だ。

果たしてこの場で再び出会うことの運がいいのか悪いのか。

何にせよどちらも数奇な因果を辿っているのは間違いないように思えた。

「それで、相談っていうのは?」

「おぉ!! コイツの、名前をつけてほしいんだ!! 秋よおッ!!」

「やっぱりか……」

最初にゴブリンたちの群れに、名前をつけて回ってしまった名残からか。

未だに群れの新入りの名前をお願いされてしまっている。

だけど名前を考えるというのも、数が増えると結構大変だ……。

最近はつける名前も、かなりおざなりになっていて、ゴブリンの好きな魚の名前をつけていることもある始末だ。

「今回は剛が名前つけてみればどうだ?」

良い機会だから、一つ、剛に提案してみる。

「アァン!? 俺がかぁッ!?」

「あぁ、ちょうど良い機会だろ。

案までは一緒に考えるから」

「ふーむ。じゃあ試しにやってみるとするかッ!!」

よかった。

これで自分たちでも名前をつけるきっかけになるんじゃないだろうか。

「それでじゃあ、剛はどんな名前をつけてあげたいんだ?」

「うーむ……」

剛は子猫をもつように、ゴブリンの首を掴んで顔の正面に持ってくると、まじまじと見つめる。

「こいつは……なーんか弱っちそうだから……。

逆にすげえ強そうな名前にしてやりてえなぁ!!」

「強そうな名前か……」

ぱっと思いつくのは、単純にライオンとかだろうか。

それを少し言い換えて獅子とか……。

あぁ、俺がつけるならそうつけたかもしれないな。

だがこれは所詮、前の世界のイメージだ。

異世界であるこっちの世界で生まれた剛にライオンが強いなんてイメージあるはずがない。しかも剛は、それに加えて『終焉の大陸』という場所で生まれて出たことがないという、さらにこの世界でも特異な存在なわけだが……。

そもそも剛がどんなものに強いイメージを持つのか、全くわからないな……。

「剛はどんなものに『強い』とか思うんだ?」

気になってそのまま尋ねた。

「あぁん、俺が、どんなものに強いと感じるかァ?」

「うん」

「うーん……そうだな、俺ァやっぱり『秋』だな!!。

秋みたら、めちゃくちゃ強そうに思えるぜ、俺は!!

そうだ!! 名前は『秋』っつーのはどうだァ!?

ガハハ!! 結構いいんじゃねーか!?」

「……それはなんか嫌だな」

考えてもわからなさそうなので少しアプローチの方向を変えてみる。

「こっちの大陸で一番強い生き物ってどういうのがいるんだ?」

春の側にいるティアルに視線を向ける。

ティアルは自分に話が振られたことに気づいて、こちらに身体を向けた。

「──『竜王』よ」

ティアルが口を開きかけたところで、声が遮った。

未だに竜の姿のまま、この場に留まっていたよもぎだった。

「私たち『竜王』がこの世界で『絶対最強』。

当然を前に、当然の話を、尋ねないでくれない。

愚問すぎるから」

横から入ってきたよもぎは、心の底から当たり前のことを話すように告げた。ティアルの方へ視線を向けると少し呆れながらも、肯定するように頷いた。

「おぉ……さっきから気になっていたんだが、アンタのその姿は『竜王』っていうのか!! ガハハ!! 見たことねえ姿だが、確かに強そうでかっこいいじゃねえか!!」

剛がよもぎを見上げながら、豪快な口調で言った。

よもぎは剛の様子を気にしない素振りを見せているが。心なしか普段よりは少し柔らかい雰囲気を纏っているように感じた。やはり褒められて悪い気はしないのだろうか。

剛は何かを思うように、手に持ってるゴブリンを見つめる。

そして大声で「よぉし!!」と言った。

「決めたぞ、秋!!

こいつの名前は『竜王』だ!! どうだ!?

我ながら、いい名前じゃねぇか!? ガハハハハ!!」

信じられないものをみるかのようによもぎが剛へ視線を向ける。直前までの雰囲気は一瞬で消えていた。ここまで表情が崩れたよもぎを見たのは初めてかもしれない。

「いや、剛……ちょっと……」

さすがに剛を止めるが、よもぎの視線にも気づかない剛は、ガハハと大きな笑い声をあげながら「これからは俺も名前をつけてみるとするか!!」と満足げに声をあげて用が済んだからか『ドア』の中へと帰って行った。

──『ありがとよ!!』

ドアの奥からそんな声が聞こえた。

間にドアを挟んでいるのに、よく響くのは

それほど場が静まりかえっているからだろう。

「………………」

剛が去ったあとに残されたのは、尋常じゃないほど凍りついた空気……。

せっかくゴブリンの名付けから解放される兆しが見えたのに、代わりの置き土産にしては、随分なものを置いていってくれるなと少し剛を恨む。

恐る恐る、よもぎの様子を伺うと、竜の両手で顔を隠している。

怒っている……のだろうか。

いや……きっと怒ってるんだろうな……。

話の最中に横から入ってくるくらい自分の種族に対してプライドが高いよもぎが、この大陸でも最弱の魔物に、自分の種族の名前をつけられたときにどう思うのか。それは考えなくても、わかることだった。

よもぎの身体が、全身を覆うように光に包まれる。

その光は凝縮するように小さくなっていき、はじけると人の姿になったよもぎがそこにいた。

艶のある緑色のショートボブ以外の顔部分は、竜のときと同じように両手で覆われている。

だが竜のときと違い、指の隙間からはよもぎの瞳を垣間見ることができた。

「(あぁ……やっぱり怒ってる……)」

テレストと調合室にいたときに一度見た、怒っているときの瞳を今も浮かべてた。

相当怒りを堪えているのか、身体もぴくぴくと揺れている。

ふと指の隙間から、何かを伺うようによもぎは視線をズラした。

その視線の先には『千夏』がいた。

漏れ出る怒気を怖がって、春の後ろに隠れてふるふると震えている。

「……チッ……」

舌打ちを一度したあと、目が普段の形に戻る。

怒気が消え、殺伐とした空気が霧散した。

「……帰って寝る……」

そういってよもぎも『ドア』へ入って帰っていく。

ほっ、と息を吐く音が聞こえて、そちらに視線を向けるとティアルが安堵の表情を浮かべていた。

……本当に前途多難だな……。

果たして大丈夫だろうか……いろいろと……。

いろいろなものを不安に思いながら、怖がっている千夏のところへ向かった。