軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ⅱ460.騎士達は合流し、

数十分前。

「よっ、カラム。講師お疲れさん」

お疲れ様です!と直後にはエリックもアランに続いて頭を下げた。

セドリックと共に校門前でプライド達を待ち続けていたアランだが、遠目ですぐに近付いてくる同僚に気が付いた。パタパタと気軽に手を振りながら笑い掛けてくるアランに、軽くカラムも手を一度振り返した。

声が届く距離まで近付いたが、その後に彼らの表情を見れば何とも気まずくなった。講師としての職務を終えた自分を笑顔で迎えてくれたが、何ともその顔が苦笑いに近い。更には視線が自分だけに向いていないことを思えば、彼らが何を言いたいかは聞かなくても察することができた。

アラン達相手なら未だしもセドリックまでもが「ひと月間お疲れ様でした」と笑い掛けてくる中で、眉間に皺も寄せられない。視線を向けられた自分まで何とも言えない表情になってしまう。

一度だけ咳払い、それからさっきまで少し丸めていた姿勢を伸ばす。王族であるセドリックにきちんと挨拶を改めて返した後に、今度は自身の傍らへと声を掛けた。

「ネイト。ハナズオ連合王国のセドリック王弟殿下だ。しっかりと頭を下げるように」

ん……、と目をぐしぐし擦りながらも顔を上げる前にそのまま頭を深々下げた。カラムに頭へ手を置かれそっと沈めるようにする促しに素直に従った。

しかし王族の名前を出されても今はあまり驚けない。学校に王弟がいることは知っていたが、何故その王族が校門の前にいるのか。いつもであれば疑問どころか絶句することもできた筈の彼だが、今はその余裕もなかった。カラムから背中へ手を添えて連れられ、やっと校門へ辿り着いても未だしゃくりあげで肩が揺れている。

えぐっ、えぐ、と小さく濁った音と丸くなった背中を見れば顔を俯けていても、手の甲で擦り隠していても誰の目にも明らかだった。

大きく膨らんだリュックと花束をカラムが担ぎ、身の丈に合った真新しいリュックを背負っているネイトが泣いて並ぶ姿は、微笑ましくも見えるが同時に何があったのかと疑問も浮かぶ。

花束自体は大体察しが付いたアラン達だが、使い古され大きく膨らんだリュックはカラムの私物とは考えにくい。同時に彼が生徒を理由もなく泣かせる人間でもなければ、むしろ懐かれた結果だということは容易に想像ついた。

セドリックに向けて頭を下げたまま未だ顔を誰にも見せようとしないネイトを、カラムが代わりに学校の生徒であることを紹介する。

溜息混じりになりながらここに来るまで過程を説明すれば、やっとエリック達も頷きながら納得できた。やんわりといくつか敢えて伏せるか略した部分もあるが、つまりはカラムと別れを惜しんで泣き出した彼を校門まで送ったのだと理解すれば充分だった。

「流石はカラム・ボルドー騎士隊長殿。たったひと月でそこまで生徒に慕われるとは」

「いえ、セドリック王弟殿下には遠く及びません。校内でもセドリック殿下の噂も惜しむ声も絶えませんでした。先ほどは御多忙な中、わざわざ職員室までのご訪問ありがとうございました」

教師達も光栄と喜んでおりました。と続けながらも、カラムの表情はいつもより固い。

自分よりも遥かに生徒教師の注目も集め、そして惜しまれたセドリックへの言葉は本音だ。しかし王族相手になんとも恥ずかしい姿を見せてしまったと思う。

今は講師とはいえ、騎士である自分が大荷物を両手に泣かせたままの子どもを連れて訪れてしまったのだから。

しかも、視界の端ではアランとエリックから暖かすぎる眼差しを向けられているのも自覚している。特にアランに関しては「やっぱ懐かれたなぁ」と言わんばかりの表情だ。肩に力が入りそうなのを意識的に抑えながらカラムは深々と礼をした。

とんでもない!とセドリックが手放しで褒めてくれるが、それすらも居た堪れない。

このような恰好で申し訳ありません、と謝罪すればエリックから「荷物を半分預かります」と手を伸ばされた。護衛中のアランと違い、校門前で生徒を待っているだけのエリックは荷物が増えても問題はない。

あまりにも大荷物の状況に、カラムもありがたく彼の善意を受け入れた。

ネイトのリュックだけを左肩に掛けたまま、残りの荷物をエリックへと預ける。どれも教師達からの貰い物だと告げるカラムに、エリックも尊敬の眼差しを返した。

たったひと月担当した講師への送り出しではない。精神的な距離の近さもあるだろうが、教師達からは間違いなくセドリックよりも人気なのではないかと考えた。アランが馬車へと先に積み込んだセドリック宛ての手紙の山とも良い勝負だ。

「では私とはここまでだ、ネイト。また会う時までしっかりと勉学に励むように」

「……言われねぇでもそうするし……なんだよ王族にへこへこしてたくせに偉そうに……」

「元気で宜しい」

ぽつぽつと零すネイトの悪口を一言で切ると、カラムは改めて古びたリュックの中を探り出す。その調子なら一人で家まで帰られるだろうと考えながら、リュックの中に腕を入れて一つ一つ探っていった。

ネイトから贈られた際に見かけた筈だと思いながら中の発明を壊れないように丁重に掘り起こすカラムに、ネイトも足を止めたまま首を捻った。まさかこんなところで質問でもしたいのか、と考えながら腫れた瞼でカラムを見上げた。

手で擦り隠された目を上げれば、自分が思っていた以上に王族が近かったことに今更ながら慄く。

うわっ、と声が出そうなほどに金色ピカピカに輝くセドリックによろけて半歩下がった。やっと生徒の顔を確認できたことに、セドリックも笑みで返したがネイトの方は狐色の目を白黒させるばかりだ。

男性であるネイトの目にもセドリックの王族らしい顔つきは眩しい。何故こんなにも連続で王族に会わないといけないんだと、喉の奥で飲み込みながら今度は自分からぺこりと頭を下げた。

ずずっと鼻を啜ってしまう音が思った以上に大きくなり、不敬だったらと慌てて今度はカラムの影に半分隠れてしまう。鼻を啜る音よりも、王族に背中を向けることと無言で離れる方が不敬ということまでは気付かない。

「ネイト。選択授業では必ず礼儀とマナーも学ぶように」

その一連を視界に入れながら、淡々と告げるカラムは壁になりながらも小さく息を吐いた。

相手がセドリックだから許されたが、そうでなければと不安も覚えてしまう。

リュックの中からやっと目的の物を見つけながら、今後の彼には王族への対応も学ぶべきだなと考える。プライドの正体は知らないが、それでもレオンやセドリックと民相手に寛大な王族しか彼はまだ知らない。

今後の彼がどう他の世界と接していくかはわからないが、レオンやセドリック相手と同じような対応をすればそれこそ不敬罪や反感を買いかねない。いつまでも会う王族が全員寛容な人間とは限らないのだから。

そう考えながらカラムが発明を片手にリュックから手を引くと、改めてセドリックへ向き直る。申し訳ありません、と言葉にしながらネイトの見本となるべく改めてセドリックへ彼の不敬を謝罪した、その時。

「…………セドリック王弟殿下?」

ふと、謝罪の言葉を言い終えたところで、カラムは違和感に下げた頭のまま視線を上げる。

さっきまでは一言で許してくれたセドリックから返事がない。自分の背後に隠れるネイトも顔を上げあんぐりと口を開ける中でカラムもセドリックへ顔を覗く。見れば、さっきまではこちらを向いていたセドリックが今は顔ごと大きく背けて固まっていた。

ライオンのように靡く金色の髪しか向けられずどうしたのだろうかと思案する中、カラムとは別位置に立っていたアランだけがその顔色に苦笑いを強めた。……耳まで真っ赤に染め上がったセドリックの顔色を。

「~~もう、し訳ありません。お気になさらず……‼︎」

まさかこんなところで顔色に出してしまうなど‼︎と心の中で叫びながら、セドリックは必死に言葉を絞り出す。

顔色が燃え上がっているのをわかりながら、なんとかまともな顔色にならねばと意識的に呼吸を深める。

今、自分の脳内だけで鮮明に映像が蘇れば、頭を抱えたくなった。今にも上げてしまいそうな両手を堪え、片手で顔を鷲掴むだけで止めた。

嫌でも一度思い出した所為で、芋蔓式に次々と浮かぶ記憶を見て見ぬふりをしようと意識する。過去に自分がマナーと教養を疎かにした所為でどれだけの大惨事と恥を犯してきたかは誰よりもセドリック本人がよくわかっている。

カラムがそういうつもりではないとわかっていても、遠回しに自分のことを言われたような錯覚に羞恥でセドリックは自分の方がカラムに謝りたくなった。

しかし、自分にはつい数秒前のことのように思い出せても、カラムにとっては今更言われても困る過去である。

絶対的な記憶能力を持つ彼には初めてフリージア王国へ訪れた時に自分がどんな暴挙に出たかも、初対面だったカラムに一度ならず二度も窘められたこともはっきりと鮮明に記憶が残っている。

当時のカラムに向けられた眼差しも、自分が王族でなければあんなものではなかったのだろうと痛感してしまう。今もカラムのネイトへの窘めが、遠回しに自分への戒めのように感じられた。

カラムの性格上、そんなことはないと頭ではわかっていても同時に過去の自信の愚行を思い出せばせめて目の前の未来ある少年は同じ過ちを犯さないで欲しいと切に願う。

真っ赤に茹った顔を背けているセドリックに、アランも敢えて苦笑い以上は誰にもヒントを与えずに黙した。

セドリックの絶対的な記憶能力のことは知っているアランには、彼がカラムの言葉をどう受け取ったかも少しは想像がついた。まさかネイトへ窘めを入れたカラム本人の方が遥かにセドリックへダメージを与えているなど言えるわけもない。

あちゃー、と心の中だけで呟きながら、深刻さだけは否定する苦笑いでカラムたちに返した。

アランのその表情に、カラム達も少しだけ困惑に眉を寄せながらも黙して待つ。

それから三分近くじっくり時間をかけて、顔色を戻したセドリックが口元から手を降ろして彼らに振り返る。「失礼いたしました」と男性的に整った顔立ちをそのままに、王族らしい表情筋の動きで彼らへ姿勢を正す。

「私も、カラム隊長と同意見です。……後から不敬を後悔してももう遅い」

言葉を選びながら、最後に低く思い声色にカラムもそこでハッと顔色を変えた。

背後に半分隠れていたネイトはその低過ぎるセドリックの声に自分が怒られたと感じて肩を上下したが、カラムは今度こそ正しく自分の発言を顧みた。大人として当然のことを言っただけのつもりだったが、第二王子としてフリージア王国に訪れた当時の彼こそが礼儀を反した末路の良い例だったと思い出す。

まさか今の発言に引っ掛かるとは思わなかったが、そうだとすればセドリックが顔を背けたこともアランが苦笑いしたことも納得できた。

慌てて謝罪をしようとしたが、顔色を変えたカラムに「いえ、貴方が正しい」と首を振りながらセドリックが断った。察しの良い騎士だと、カラムへ思いながらもここは流した。こんな少年にも当然のように言われる注意を、十七だった自分はできていなかったという事実に再び顔が火照りそうになりながらも口の中を噛んで堪えた。

「それよりも」と言葉を切り、話を変えるべく赤い眼差しをカラムからその手元へと移した。

「その手の品は何でしょうか……?初めて目にします」