軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ⅱ220.私欲少女は先へ向く。

「では、授業を始めます。本日は資料を使わないので、しっかりとこちらに集中するように」

出欠確認を終え、一限目の授業が始まった。

私とステイル、アーサーも無事いつもの席に腰を下ろして前を見る。

一限前に三年生の教室で、一と二組に続いて今回は三組を確認することができたけれど、残念ながら今回もハズレだった。セフェクに会わないで済んだけれど、攻略対象者らしき子も見つからなかった。

これで三クラス、残されたのは二クラス。いよいよ数も絞られてきたけれど、それでもここまで来て見つからないとなると私自身のくじ運の悪さにも落ち込んでしまう。全十六クラスで残り二クラスになっても当たらないなんて相当だ。幸運の女神であるティアラがいれば、もう少し早く見つかったのかしらと現実逃避のようなことまで考えてしまう。

ふと、窓際の席へと視線だけを向ければアーサーの横顔が目に入る。今朝は少し眠そうだったアーサーだけれど、やはり意図的に居眠りする気はないらしい。寧ろ真剣に先生の話を聞いている様子は他の生徒と変わらない。私の護衛の為に寝れないのもあるだろうけれど、アーサーのこの真面目さは何度でも尊敬してしまう。私なんて前世では居眠りしてしまったことなんて何度もある。授業を真面目に受けなきゃと思った時すら眠くなる時は眠くなったのに。

アーサーは勉強関連があまり得意じゃないことに少し落ち込んでいた時もあったけれど、根の真面目さから考えてもきっと騎士になる為の鍛錬を勉強方面に費やしていたら凄く秀才にもなっていたのだろうなと思う。集中力が違うもの。

そんなことを考えて気が付けばじっと横顔を見つめてしまうと、先生より先にアーサーに気付かれた。私の方に顔ごと向けて「どうしました?」と丸い目で小さく尋ねてくれるアーサーに笑みだけで首を横に振る。私より年上のアーサーにまさか「居眠りしなくて偉いと思った」なんて言えない。

再び正面に目を向け、先生の授業に集中する。最後列だと教師の様子だけでなくて、その生徒の様子も見れるのが良いところだなと思う。

『では、明日にでも城から正式にその旨の意見を集めるように命じておきましょう』

……早ければもう届いている頃だろうか。

ジルベール宰相の言葉を思い出しながら、一人そう考える。

昨日、学校から帰った後の打ち合わせはまた忙しないものとなってしまった。ネイトのこともそうだけれど、中等部生徒にもライアーを調べている存在が現れたことや私達が接触したことを話せばジルベール宰相と休息時間を取ってくれたティアラも驚いていた。

ステイルもステイルでジルベール宰相から生徒名簿を見せて貰った後は眉を寄せていたし、一つの話題だけでも論議にかなりの時間が掛かった。特に中等部生徒については、ジルベール宰相やティアラも学校からの報告書である程度気づき始めていたところだったらしい。しかもライヤーについてまでは突き止めていないまでも、……〝彼〟についてはかなり核心に近いところまで辿り着いていた。ジルべール宰相の手腕の恐ろしさを目の当たりにさせられた。

ステイルもジルベール宰相から情報さえ共有すれば、同じ結論に辿りつくのに時間は要らなかったし、知性派二人本当に凄まじい。ゲームの設定で知っている私も気分は追い詰められた犯人の共犯かスパイだ。

この調子だと、来週には片が付いてしまうだろう。私の予知という名のゲーム知識無しで解決をしてくれるならそれが一番だ。……ただし、一つだけ問題が生じる。

このままだと〝彼〟が、救われない。

それどころかまた変な方向に暴走しちゃうのではないかとまで考える。

ゲーム通りであればもともと城下にいると信じて疑わなかった子だ。

ラスボスに出逢っていない彼がこのままどんな方向へ行ってしまうかは私にも想像がつかない。昨日の時点で私の予想を遥かに上回るほどジルベール宰相とステイルが短期間に核心へと詰め寄ってしまった。このままとんとん拍子で決まれば、ラスボスに出会う前に彼の目論見は潰やされる。けれどゲームであそこまでやらかした彼がすんなり諦めるとも思えない。本来なら、ネイトの問題と攻略対象者を全員思い出せてから極秘視察後にでも取りかかろうと思っていたことだけれども、この調子だとそうは言ってられなくなるかもしれない。彼の場合は繋がりを勘付かれた瞬間全てが終わると言って良い。

最優先がネイトであることには変わりない。けれど、私も私で来週には動ける準備をしておかなければ。どこからどこまでを〝予知〟として説明してステイル達に協力を仰ぐか。そしてそこからどういう段取りで彼に接触を図るか。そして何よりも、……叶えるにはどうすれば良いか。

説得という方法もなくはないけれど、やっぱりできることなら叶えたい。ゲームでの設定を思い出してしまった以上そこは通したい。ならやっぱり、接触を図るのが早いのだろうけれども……。

「そして、特に私達が住むこの城下では多くの貴族も住んでいます。特別教室にいる生徒の殆どが当てはまりますが……」

ロバート先生がそう言って私達の上を一度指差した。

聞き慣れた話題でもある貴族の説明に何となく意識が授業へ戻る。

私やステイルは特に式典や社交界でもよく会うし、公務でも欠かせない存在だ。貴族の中には城内に住むことを許される家もいるし、王族の身の回りの世話をする侍女や従者も元を辿れば上級から下級と階級は違えど貴族の家だったりもする。城で働く女性の貴族率はわりと高い。私の専属侍女であるロッテは違うらしいけれど、もう一人の専属侍女のマリーやティアラとステイルの専属侍女は皆もともと貴族の家出身だ。王族に直接関わらない仕事でも、厳しい試験を受けて実力を認められた者しか雇われない。だからこそ貴族としての教育を受けた人間が圧倒的に受かりやすい。貴族の家も娘をただ雇わせ稼がせる為ではなくて城で王族の元で働いて人脈を作ったり、ある意味教育課程の一つとして扱われてたりもする。

勿論、役職や下請け仕事担当によっては敷居の低いものもある。厩番とか庭手入れ専門とか洗濯専門とか塵汚物回収専門とか。男性なら一定の能力さえあれば採用されやすい職もある。衛兵が良い例だ。侍女と違って貴族ではない人達が殆どだし。流石に従者とか直接城の立場ある人に関わる役職は女性と同じく厳しい試験を通らないとだめだけれど。

貴族でもなくて試験も素通りして城で働ける人間なんてそれこそ後はコネ推薦か縁故採用…まぁそれも正直グレーで場合によって規則違反にもなるかねないけれど。あとは試験は受けても優秀な特殊能力による一芸合格くらいのものだろうか。そう考えると、ロッテは本当に実力あっての採用だったんだなぁと思う。少なくとも私が八歳の頃には王居で働いていたもの。

「皆さんとは関わりが薄いとも考えがちですが、そんなことはありません。貴族の家で働くのも将来の働き先としては良いでしょう。職種も多い為、得意分野を生かせる可能性もあります」

学校でも就職斡旋先には多くの貴族が協力してくれている、と話を続ければ僅かに教室の空気が震えた。

本当にその通りだ。貴族、と一言で言えば木の上を見上げるような感覚かもしれないけれど、城下ではわりと身近な存在だ。都外や地方とかになると領主的な役割の家が多くなるから偉いとか権力者の印象が強くなりやすいだけだ。その辺の大型商人の屋敷の使用人をするのと働く側としては大して変わらない。

「もし、使用人などを目指すようでしたら教養とマナーの授業は推奨します。働く幅も広がりますし、公的な場で働ければ給料も良くなります」

その言葉の途端、一部から「マナーかぁ……」みたいな空気が過ぎった。

選択授業でマナーを体験した彼らには、既に苦手意識を持った生徒もいるのだろう。特に男子生徒は顕著だ。女性だと、玉の輿を夢見たりそうでなくても女性らしい仕草に憧れて意欲的になるけれど、男の子にはなかなか馴染みの薄いものだ。

私としては独学で身に着けるのが難しい分、これを機会に身に着けていって欲しいのが本音だけれど。勿論、マナーを知らなくても敬語さえ話せれば何とかなる仕事も多いし話せなくても良い仕事だってある。ゲームのネイトがその良い例だ。

ゲームのネイトは発明で稼いでいたから、敬語なんて必要なかった。発明して売ってまた発明しての繰り返して生計を立てていたも同然の子だもの。主人公であるアムレットに発明をプレゼントする場面から考えても、自転車操業ではなくて自分のペースで発明する余力くらいはあったのだろうと思う。……いや、今のネイトも傘とか鍵とか絆創膏とか色々作っているか。

ゲームでもアムレットと会う度にかなりの確率で発明中だったネイトだけれど、その度に一体何を製作中かは語られない方が多かった。むしろ作り終わった品ばかりアムレットに紹介したり見せたり使ったりしていた。

『これ使えよ。目立たなくなるから』

ゲームのネイトの台詞が頭を巡る。

高校二年生から途中入学したアムレット。頭の良さと妙な時期での途中入学を果たした彼女は、周囲から一目置かれてしまうこともあった。

バド・ガーデンは頭の優秀な子達しか入れない学校だったし、下級層も上級層も入り交じったクラス編成だったから貴族関係の生徒には特に良い目で見られなかった。猫に引っかかれた頬を指摘されて恥ずかしそうにするアムレットに、自分の発明をくれたネイトはそれまでの少年らしい態度からちょっと変わって男前だったなと思う。「女なんだから顔の傷は隠したいだろ?」と笑ってくれて、こんなすごい発明を自分に使っちゃって良いの?と驚くアムレットに彼は

『どうせ俺を──』

「…………」

あの時の、哀しげな笑顔も今はしっかりと思い出せる。

きっと彼も、大事だったものも欲しかったものも変わらなかった。だからこそ全てを利用され尽くされてしまった。彼にあの特殊能力さえ無ければ、……ゲームの彼はもっと幸せだったかもしれないとも思う。

そう考えていると、何だかネイトのことが無性に気になってきた。早く昼休みにならないかなと今から気が急いてしまう。レオンとの約束が確定した今、彼に依頼した発明の経過も気がかりだ。

そんなことをぐるぐる考えて頭を濁せば、落ち着かなくて机の下で小さく足首だけを組み直したり、つま先を立てたり踵をついたりしてしまう。昨日は家に誰も帰らないと話していたし余計心配になる。あの時、せめて治療だけでもできて本当に良かった。今もカラム隊長が付いていてくれているから大丈夫だと思うけれど。

彼もネイトの怪我は把握しているし、事情もある程度知っている。ネイトからの態度は悪いけれど、アーサーからの指導もあって呼び方も少しは改めてくれてもいる。カラム隊長ほど頼れる人はなかなかいないし、ネイトも少しくらい相談したり頼ってくれても良いのにと勝手に思ってしまう。

それができない子だから、アムレットしか救えなかった。

今、アムレットとネイトに接点はない。

二人ともゲームスタート時とは環境も立場も全てが違う。

顔が教師の方から僅かに机へ俯いてしまうと、その途端にトンッと隣から肘で触れる程度に突かれた。顔を向ければステイルが眉を寄せた顔で私に目を向けてくれていた。どうやら暗い顔をしてしまっていたらしい。

心配を掛けてしまったと、慌てて笑みを作って返せば少しだけ彼の肩が降りた。改めて正面に向き直し、気を取り直す。

レオンとの取引まで残り僅か。あと少し、あと少しと自分に言い聞かせる。

まさか問題が起こっていたなんて思いもせずに。