軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ⅱ219.私欲少女は向かう。

「大丈夫?ジャック。今日は寝不足?」

プライドからの投げ掛けに、アーサーは慌てて口を絞った。

翌朝。いつもの時間に学校へ到着した彼らは、校門でエリックと別れたところだった。エリックに背中を向け、無事に校内へ到着したところで僅かに気が緩んでしまった。

口を開けるまではいかなかったが、噛み殺したままに目尻に力が入ってしまったのをプライドは見逃さなかった。続けてステイルからも視線を受ければ、観念して「すみません」と二人へ頭を下げる。

「昨日、ちょっと手合わせしてて……。寝るの遅くなりました」

「辛かったら言ってね」

「なんだったら、授業の時にバレないようになら寝ても良いぞ」

いやそれほどじゃ、とアーサーは首を振る。

気が抜けたのも、寝るのが遅くなったのも自己責任。

まさか気が付けば睡眠時間が四時間以下になったとは口が裂けてもいえない。更にはそれに騎士団長であるロデリックまでも巻き込んでしまった。騎士として不眠不休にも慣れているアーサーだが、つい平和な校内の空気に和んでしまったなと自覚する。頭を掻き、すみませんともう一度謝った。

「……今日は、あそこにネイトも居ませんね」

アーサーがそれ以上言おうとしないのに、プライドとステイルも彼が無理はしていないのならばと思いながら話を切る。

ステイルの言葉にプライドとアーサーも、昨日ネイトが座り込んでいた場所へと目を向けた。木陰と芝生になったその場所に今日は誰もいない。

昨日は足を引き摺った分早く出過ぎただけの彼は、もともと登校するのは自分達より遅かった。それを考えると、今日はちゃんと時間を測れたのかなとプライドは思う。

「足、良くなってると良いのだけれど……」

「それは大丈夫だと思います。カラム隊長の処置は完璧ですし、骨も折れてはいませんから」

思わず心配を吐露するプライドにアーサーが断言する。

彼もまた騎士として怪我人の処置は理解している。その上でネイトの怪我の状態も、そしてカラムの完璧な処置目で見てわかっていた。一日で治るような怪我でもないが、悪化の心配もないと思う。

アーサーからの言葉にプライドもほっと息を吐いた。良かった、と笑顔を見せながら気を取り直す。

「レオンからの書状も今朝届いたものね」

今朝、身支度を済ませている間にアネモネ王国から遣わされた使者。

早朝に届けられたそれを、出発前にプライドは確認していた。レオンから週明けの件も全て了承との旨が返され、それだけでも肩の荷が降りた。多忙であるアネモネ王国の次期国王の時間はたとえ一時間でも決して安くはない。

これで今日はネイトに良い報告ができそうだと、プライドは今日も一度は彼に直接その報告をしたいなと考える。今朝はまだカラムに会えていないが、ステイルにカードでまた連絡を取ってもらうことにもした。

ネイトにはまさか相手がアネモネ王国の第一王子とまでは話していないが、それでもしっかり週明けに取引確定をできたことが朗報であることは違いない。

登校中の途中でもエリックと共に話した内容に自然と三人の表情も明るくなってきたその時、別方向から別の聴き慣れた声が飛び込んできた。

「もう!ケメトってば!お散歩するなら私も誘ってくれればよかったのに!結局一人だったんでしょ⁈」

「ごめんなさい、セフェク。けど女子寮に僕は入れませんし……」

「寮母さんに言ってくれれば起きたわよ!ケメトに何かあったら大変じゃない!」

ネイトの代わりに今度はセフェクとケメトだ。

入学初日ぶりの二人のやり取りと会話の内容に、いつもは自分達より早く登校しているのかなと考える。ならばもっとセフェクより先に登校すれば安全に三年のクラスも確認できるかもしれないと考えるが、寮住みの上三人の関係を知られないように早々にヴァルに送られている彼女達の登校時間は考えれば一時間二時間の可能性もある。

二人に気づかれないように声が聞こえた途端振り返るよりも先にプライド達は早足に物陰へと逃げた。セフェクも中等部だし、同じ方向に逃げるよりこっちの方が安全だ。

「二人とも、やっぱ寮の時は朝も一緒なんだな」

「まぁ男子寮と女子寮は建物は別で離れてこそいるが、併設されていることに変わりないからな」

待ち合わせをすれば余裕だろう、とアーサーに相槌を打つステイルにプライドも頷く。

地区としては同じ範囲内。近所の友達と一緒に学校へ通うくらいにはなる。何よりも、ああしてケメトの手を引くセフェクの姿を見ても彼らは全く揺らぐ気配もないとプライドは思う。

その上ケメトやセフェクはそれぞれ友人が作れていることを知る三人は、今は怒るセフェクの姿にすら安堵を覚えてしまう。友人ができていても、変わらず互いを必要としている姿でもあるのだから。

「今日はまた三年の教室に行きますか」

ステイルの潜めた投げ掛けに返しながら、セフェクがケメトと分かれて中等部へ向かうのを見送る。

彼女の背中が消えて充分な間を取ってから三人も中等部へと向かった。昇降口から階段を昇り、教室へと入る。

いつもの席に荷物だけ置いて上階へと向かおうとした彼女達だが、扉を潜ってすぐ立ち止まった。いつも自分達が座っている最後列窓際の席三つ。今までは自分達以外が座ろうとしていなかったその席が今は

「待ってたぞジャック‼︎‼︎」

「フィリップ!女子だけじゃなく俺とも勝負できるよな⁈」

超満員となっていた。

昨日の続きと同じく、また今日もアーサーへ腕相撲をすべく彼らの定位置に男子生徒が詰めかける。更にはアーサーに腕で勝てないならばとステイルに暗算で勝負を望む男子生徒まで待ち構えていた。

席を取られてしまったかと一瞬だけ思ったプライド達だったが、自分達に向き直った彼らが席を譲るように立ち上がったのを確認する。寧ろ即刻ここに座れと言わんばかりの彼らに枯れた笑いを零しながら、招かれるままそこへと足を動かした。

「……ジャンヌ。十分だけお時間頂きます」

「いンや、五分でいきます」

溜息の代わりに口だけを動かしたような潜めた声を放つステイルと、腕を軽く回すアーサーは彼らへの朝の挨拶より先にそう告げた。

プライドが周囲に挨拶を返しながら、僅かに覇気の上がった二人の背中に続く。「何人にする?」「任す」と短い距離の間に打ち合わせをする二人に頼もしさしか感じない。

セフェクから隠れる為に少し時間が押してしまっている彼女に時間を作るべく手心は加えない。

アーサーが腕相撲で六人沈めるのに、相手を決める時間も含めて五分も掛からなかった。

それではまた一限後に、と。

その言葉を最後に荷物を置いたステイル達は三年の教室へと向かった。

……

「スティーブ先生、ネル先生をご存知ですか?少し確認したいことがあるのですが……」

「被服室には居ませんか?でなければ講師ですし、まだ来られていない可能性もあるかと」

職員室。

一限開始を告げる予鈴が鳴った後、担当クラスも授業も受け持たない教師だけがそこに残っていた。

男女別の選択授業だけを受け持つ講師は勤務時間も他教師よりも短い。講師役も担いながら、教師としてクラスや他授業を受け持つ者もいるが、殆どは正規職員である他教師と出勤時間からずれていた。

そして正規職員である彼らも、自分の授業が無くとも仕事がないわけではない。授業の準備や他教師の補助、書類関係なども彼らの仕事である。まだ新機関として立ち上がって間もない学校では、暇な時間など彼らにはない。

スティーブからの返答に、そうですか……残念そうに肩を落とした教師は手の中にある書類に再び目を通す。学校内の教師や講師への確認だったが、今この場で学校にいながら身体が空いているのは自分を含めても少人数だけだと理解する。中等部と高等部に絞られているが、それでも全員へ確認するだけで時間がかかる。

「私も頂いた書類ですか?講師教師関わらず匿名で答えよという、この」

「ええ。期限は来週中ではありますが、城からの通達ですし……」

ピラリと未記入の紙を摘んで掲げるスティーブに、紙束を抱える教師は頭まで重そうに沈めた。

期限こそ一週間はある。しかし、城から直々の命となれば彼らにとっても最優先事項。心の平穏の為にも一日でも早く返答したいというのが本音だった。

今朝方届いたその問いを各教師講師分用意したが、その返答を全員分集めるとなると時間も必要になる。

「それにしても、何故突然こんな問いがあるのでしょうね?まだ創設してひと月も経っていないというのに」

「やはりこの前のレオン王子とティアラ王女の学校見学でしょう。レオン王子は何せプライド王女の元、……。何より盟友と有名ですし、ティアラ様は妹君です。我々の不始末がそこから漏れたのかと」

いえ、しかしあれは……!とスティーブの言葉に教師は慌て出す。

確かにそれならこれも遠回しな炙り出しかとも思えるが、まさか城まで動くかと驚きも強まる。狼狽を露わにする彼にスティーブは「いや仮定ですよ」と軽く否定した。まさか自分の軽口をそこまで本気で受け取られるとも思わなかった。

「まぁ、正直に答えれば良いんじゃないですか。少なくとも一つ目は匿名でなくても問題ないものですし」

そう言って、紙に記載された問いを目で撫でる。

一枚の紙にはシンプルな問いが二つのみ。そのうちの一つは自分が書いたことを誰に見られようが問題ない。しかしもう一つは……下手に書けば密告状と捉えられる可能性もある。

今はまだ無記載だからこそ平然と紙を掲げるスティーブだが、記載を終えた後は回収されるまで誰にも安易に見せられないと一人冷静に考える。

「どなたか他に教師か講師はいませんかね……一人でも早く渡したいのですが」

「講師でしたらそろそろ一人来られるんじゃないですか?ほら、今週から……」

ガチャン、と。

そこで職員室の扉が開かれた。一限が始まる時間で職員室に訪れる者といえばと彼らもすぐ理解した。おはようございます、と会話を中断して挨拶すれば、もう見慣れた一人の騎士が入ってきたところだった。

赤毛混じりの髪をしたその騎士は、特別講師にも関わらず今週からは学校の警備強化の為に一限から出勤している。

騎士団の隊長格、しかも城から遣わされた彼は城下ですれ違えば彼らにとっても「騎士様」と呼ぶ存在だが、人当たりの良さから今は恐縮する者も殆どいない。

カラム隊長、と早速用紙を一枚託そうと教師が歩み寄る。講師である以上、彼もその対象である。しかし

「っ⁈……あ、あの……、カラム隊、長………………?」

眼前にまで歩み寄った教師は、紙一枚どころか腕に抱えた紙の束を落としかけた。

一限から彼が訪れたのは今日だけではない。昨日も2日前もそれより以前も、一限前に職員室へ訪れた。今までより早めの出勤になったにも関わらず、全く疲労も不満も感じさせず寧ろ自分達を労って敬意を表してくれた彼が、今は様子が違う。

あまりにも険しく見える表情と、僅かな覇気。

職員室に残っていた教師達は全員が目を疑う。

現在停学処分中の生徒が当時授業から逃走しては彼が確保するを一日に三度以上繰り返してた時すら、こんな顔はしなかった。

その彼が停学処分中の今、彼にこんな顔をさせるのは一体何者なのかと彼らは思考を巡らせた。