軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六話:尊貴なる賓客

天文三年 師走 / 西暦一五三四年 十二月

阿波の冬風が勝浦川を渡る頃、平島館に三好家からの使者が訪れた。

送り主は、亡き元長の跡を継いだばかりの三好孫次郎(後の長慶)。名目は「足利の若君を勝瑞城へお招きし、寒さを凌いでいただきたい」という招待であったが、その実態は、三郎の「異能」をその眼で確かめようとする呼び出しに他ならなかった。

「三郎。粗相のないようにせよ。三好は我が家を支える執事のようなものだが、今の阿波の実権は彼らが握っておる」

父・左馬頭義維は、あくまで「主君が家臣の城を訪ねる」という体裁を崩さない。三郎は理解していた。今の足利家には兵も金もなく、三好の庇護なしには明日をも知れぬ身であることを。

数日後。三郎は柳斎を伴い、三好の本拠・勝瑞城へ入った。

広間で待ち構えていたのは、十三歳の少年、三好孫次郎。彼は三郎の姿を見るなり、畳に額を擦り付けるような最敬礼で迎えた。

「足利の若君。遠路、勝瑞までお越しいただき、恐悦至極に存じます。……なにぶん、この孫次郎、若君が平島館で見せられたという『奇跡』を、どうしてもこの眼で拝見したく、無理を申し上げました」

言葉こそ丁寧だが、孫次郎の瞳は、三郎を敬う対象としてではなく、測量すべき「土地」のように観察していた。

「……孫次郎。私はただ、泥遊びをしていただけだ。不便だったのでな」

三郎は、四歳児らしい幼さを残しつつも、相手を呼び捨てにすることで貴種としての格を示した。家格の上では三郎が圧倒的に上。ここでへりくだれば、三好に完全に飲み込まれる。

「ははっ、これは失礼いたしました。では、その『泥遊び』、この孫次郎にもご披露願えるかな? 我が勝瑞城の北門は地盤が緩く、馬が足を取られて困っております。……もし若君がここを直せると言うのなら、三好家は若君を『阿波の守護神』として、より厚く遇することをお約束しましょう」

(……「お預かりする」という名の監禁、あるいは技術搾取か。孫次郎は、俺を神輿にするか、便利な道具にするか選別しようとしている)

三郎は頷き、城の北門へと向かった。

そこは湿気が多く、大軍が通ればすぐにぬかるむ急所だった。三郎は柳斎に命じ、用意させていた「生石灰と焼き粘土の粉」を持ってこさせた。

「三好殿、見ておれ。これは『龍の粉』だ。これを土に混ぜると、龍が地中の水を飲み干してくれる」

三郎は短い指で粉を泥に振り撒き、職人たちに力一杯踏み固めさせた。

現代の「地盤改良」である。数分後、先ほどまで足が沈んでいた場所が、まるで石畳のように硬く変貌した。

「……何だと」

孫次郎は自ら泥を跨ぎ、その硬さを確かめた。その顔から、余裕の笑みが消えた。

「若君……。これは遊びなどではない。この術があれば、あらゆる湿地を平らな道に変え、敵の城壁の下に一晩で道を敷ける。……これは、国の形を塗り替える『武器』だ」

孫次郎は、三郎の前に再び跪いた。今度は礼儀としてではなく、畏怖を込めて。

「若君。お主を単なる賓客として遇するのは、もはや失礼に当たろう。……我が三好の力を、若君の『指先』にお貸ししたい。この阿波を、そしていずれは畿内を。我らと共に、石のように強固な国へと造り替えませぬか?」

三郎は、その鋭い誘いに背筋が凍るのを感じた。

家臣になるのではない。三好という強力な「重機」を動かすための「操縦士」として、三郎は選ばれたのだ。

(……畳の上で死にたいだけなのに。これじゃ、天下の普請奉行にされてしまう)

四歳の少年の生存戦略は、予期せぬ方向へと加速し始めた。