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作品タイトル不明

第六十三話:阿波からの風 〜細川持隆の思惑と三郎の帰郷〜

天文八年 三月 / 西暦一五三九年 三月

視点:足利 三郎(維直)

「――阿波守護、細川持隆殿からの使者、か」

雪解けの風が京の街を吹き抜ける室町御所の書斎。俺は届けられた極上の阿波産の紙に目を落としながら、小さく呟いた。

三郎による京の 市場開放(リバイバル・プラン) が始動して一ヶ月。

淀川から運び込まれる圧倒的な物資と、関所撤廃による物価の下落は、飢えていた京の民や公家たちを文字通り熱狂させた。朝廷や室町幕府の残党も、今や俺が提示した「銭が三倍になる仕組み」の前に、完全に牙を抜かれて従順なビジネスパートナーへと成り下がっている。

三好長慶の武力と、俺の経済・物流改革。この二つの歯車が噛み合ったことで、畿内の新秩序は急速にその根を張りつつあった。

だが、このあまりにも早すぎる「四歳児の躍進」は、遠く離れた四国の地――俺たちの本国である阿波の主君にとっても、決して無視できない事態となっていた。

「はっ。守護・持隆様は、若君が畿内において細川高基を破り、公家衆をも従えられた知略にいたく感銘を受けられております。……同時に、阿波・讃岐の国人らの間でも、若君を『阿波の神童』と称える声が日に日に高まっており、一度本国へ戻り、その御尊顔を拝したいとのことにございます」

平伏する使者の言葉は丁重極まりないものだったが、その裏にある守護の「思惑」は透けて見えていた。

細川持隆にしてみれば、名目上の臣下である三好家や、預かり子である俺が、自分のあずかり知らぬところで畿内の主導権を握りかけているのだ。放っておけば自分を追い抜いて天下の覇者になりかねない怪物への、強い警戒心と、今のうちに自陣営の枠組みに繋ぎ止めておきたいという焦燥。それがこの呼び出しの本質だった。

「若君、いかがいたしますか。持隆様の誘いとはいえ、今の畿内を離れるのはいささか危険が伴います。細川の残党がいつまた不穏な動きを見せるか分かりませぬ」

影から現れた賀茂柳斎が、不審げに眉をひそめて進言する。

「いや、柳斎。これはちょうどいい機会だよ。私も一度、阿波と讃岐に戻る必要があると考えていたんだ」

「本国へ、戻る必要が?」

「そうさ。京の市場を開放し、流通のハブ(中心地)に仕立て上げる基盤は整った。けれど、市場がどれだけ大きくなっても、そこで売るための『商品』や『資源』を供給する生産拠点が脆弱なままでは、すぐに経済は頭打ちになる」

前世のグローバル経済において、最重要視されたのは 物流(ロジスティクス) だけではない。それを支える圧倒的な「サプライチェーンの川上(生産基盤)」の強化だ。

「千満丸が讃岐で始めた鉄砲の量産も、神太郎殿が淡路で進めるプレハブ造船も、すべては阿波と讃岐の豊かな資源があってこそ成り立つ。阿波の藍、勝浦の木材、讃岐の塩田や鉱物資源……これらをもう一段階上の『近代的な 産業基盤(インフラ) 』へとアップデート(最適化)しなければならない。そのためには、守護である持隆殿の全面的な協力と、お墨付きが不可欠なんだよ」

持隆が俺を値踏みしようとしているのなら、逆にその権威を利用して、四国全土を巻き込んだ巨大な産業改革のグランドデザインを認めさせてやる。

「長慶殿にも伝えておいてくれ。京の守護は任せたとね。私は黒縄衆の少年たちを何人か連れて、安宅の水軍で阿波へ帰る」

「御意にございます。すぐに快速船の手配を」

数日後、俺は長慶たちに見送られながら、淀川を下って堺の港へと向かった。

神太郎殿が手配してくれた、あの寸分の狂いもなく規格化された安宅の新型快速船に乗り込み、瀬戸内海の穏やかな波を蹴って四国へと針路を取る。船の甲板には、初陣を終えて一段と精悍になった夜叉丸たち黒縄衆の姿もあった。

――待っていろよ、細川持隆殿。

四歳となった「阿波の泥公方」の帰郷。それは、ただの挨拶などではない。四国全土を畿内と直結する「巨大な一大生産工場」へと作り変える、新たなる産業チートの幕開けとなるのであった。