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作品タイトル不明

第六十一話:守旧の終焉 〜細川高基の最期と京の開城〜

天文八年 正月 / 西暦一五三九年 正月

視点:足利 三郎(維直)

「――勝負はついたね」

飯盛山城の書斎、次々と飛び込んでくる黒縄衆からの早馬の報せを並べ替えながら、俺は深く椅子にもたれかかった。

山崎・天王山の決戦は、こちらの完全な勝利で幕を閉じた。

麓からの千満丸の『規格化鉄砲隊』による圧倒的な面制圧、そして安宅水軍による淀川の水上封鎖。これらに敵の全神経が向いた一瞬の隙を突き、百地弦十郎と夜叉丸たち黒縄衆が断崖絶壁を駆け上がって本陣に火を放ち、「退路遮断」の偽報を流した。

正面の暴力と、背後の暗闇から迫る正体不明の恐怖――『情報の檻』に閉じ込められた細川方の国人衆は、恐慌をきたして一斉に瓦解したのだという。

孤立無援となった細川高基は、逃亡する味方の兵の波に呑まれながらも、最期まで旧世紀の執権としてのプライドを捨てなかったらしい。

長慶の鋭い槍に囲まれ、炎上する本陣の真ん中で、「足利の権威を、乱世の秩序を汚す不届き者めが!」と狂ったように叫びながら、自ら太刀を喉元に突き立てて果てた。

権威という実体のない虚像にすがり、経済という仕組みを理解せぬまま市場を統制しようとした男の、あまりにも象徴的な自滅だった。

「若君、三好長慶殿よりの使者にございます。細川高基の首級を確保し、これより軍を京へと進め、室町御所および公家衆の警護にあたるとのこと。……若君にも、即座に京へ入洛していただきたいと」

部屋の影から進み出た頭領・賀茂柳斎が、いつも通りの淡々とした口調で頭を下げた。足利の直臣としての矜持を持つこの老修験者は、たとえ畿内を動かす実力者となった三好であっても、決してへりくだるような態度は見せない。

「分かった。すぐに発とう。柳斎、黒縄衆の子供たちを労っておいてくれ。彼らの初陣が、この畿内の盤面を完璧にひっくり返したんだからね」

「ははっ! 子供らも、若君にそうお言葉をいただければ、これ以上の誉れはございませぬ!」

柳斎が嬉しそうに顔を綻ばせる。俺はすぐに旅装を整え、三好の精鋭に守られながら、雪の残る街道を北上して京へと向かった。

――四歳の俺が、ついに「京」の土を踏む。

数日後、俺を乗せた輿が京の入り口に達したとき、出迎えたのは静まり返った街並みだった。

かつての細川高基による無理な経済封鎖のせいで、京の街は塩や物資が決定的に不足し、民も公家も困窮しきっていた。そこへ、山崎で細川を粉砕した三好の軍勢が怒涛の勢いで雪崩れ込んできたのだ。住人たちは恐怖に震え、息を潜めて我が軍の動向を伺っている。

室町御所へと続く大通りを進む中、輿の御簾を少しだけ上げて外を眺める。

立ち並ぶ家々の隙間から、怯えた目でこちらを見る大人たち、そして、その背後に隠れるようにして飢えに震える幼い子供たちの姿が目に入った。

――足利の血、か。

前世の知識を持つ俺にとって、室町幕府の権威など、ただの形骸化したシステムに過ぎない。だが、この世界の人々にとって、俺の身体を流れる血は、いまだに天下を動かす絶対的な意味を持っている。

ならば、その呪われた 血(システム) を徹底的に利用させてもらうまでだ。

御所の門前では、返り血を拭ったばかりの三好長慶が、家臣一同を率いて片膝を突き、俺の輿を待ち構えていた。

「三郎殿、細川の賊軍を討ち果たし、京の逆徒をすべて粛清いたしました。本日より、この京の治安と秩序は、我が三好と足利三郎様が預からせていただきます」

長慶の力強い声が、冷徹な冬の空気に響き渡る。周りで見守っていた公家や門番たちが、四歳の俺に向かって一斉に頭を下げた。

「見事な戦いぶりだったよ、長慶殿。……さて、細川を排除して京を開城させたのは良いけれど、本当の戦いはここからだ」

俺は輿から小さな足を下ろし、地面を踏みしめて長慶を見据えた。

「本当の戦い……にございますか?」

「そう。細川の悪政のせいで、京の経済は完全に壊死しかけている。民も公家も、このままでは冬を越せずに餓死者が出るよ。武力で街を従わせるだけでは、ただの占領者に過ぎない。すぐに、次の『仕組み』を始動させるんだ」

俺は懐から、飯盛山城で密かに書き進めていた新たな設計図を取り出し、長慶へと手渡した。

「これは……?」

「京の『救済と 市場開放(リバイバル・プラン) 』の設計図さ。堺の特区にプールしてある塩と硝石、そして備蓄米を、安宅の水軍を使って淀川経由で一気にこの京へと運び込む。関所はすべて撤廃し、物価を強制的に引き下げて、飢えた民に炊き出しを行うんだ」

恐怖ではなく、圧倒的な「豊かさの仕組み」で京の人間すべての胃袋を掴む。

足利の血を引く四歳の神童が、三好の武力を従えて京の飢えを救う――その圧倒的な大義名分の前に、室町幕府の旧守派も、気位の高い公家衆も、二度と俺たちに逆らうことはできなくなるはずだ。

「……御意にございます、三郎様。すぐに手配を」

長慶の瞳に、深い畏敬の念が宿る。

旧き執権・細川高基が遺した、飢えと混沌の京。その中心に立ちながら、俺は四歳の小さな手を突き上げ、新時代の経済と物流による「京の完全統治」へ向けて、次なる巨大な歯車を回し始めるのだった。