軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十二話:静かなる爆辞

天文五年 十一月 / 西暦一五三六年 十一月

羅生門の頂上、月光に照らされた白き「石の床」の上で、刺客の放つ殺気が三郎の肌を刺した。

数えで四歳の身体は恐怖で硬直しかけていたが、その内側にある樫山三郎としての理性が、冷徹に状況をシミュレーションし始める。

(間合いは約二メートル。相手は抜き身。四歳の歩幅じゃ逃げ切れない。……だったら、この『現場』の特性を使うしかない)

「……死んでもらうぞ、稚児公方。その知恵、冥土へ持っていくがいい」

刺客が踏み込み、鋭い一撃が振り下ろされる。三郎は転がるようにしてそれを避けた。刀の先がコンクリートの床を叩き、火花が散る。木造の床とは違い、三郎が打設したこの床は、刀を通さない。

「くっ、この床……石か!」

「……ただの石じゃないよ。僕が計算して配合した、最強の基盤だ」

三郎は袖の中から、掌に乗るサイズの小さな土器の器を取り出した。中には、生石灰と細かい砂、さらに摩擦で発火する薬品を仕込んだ「特製目潰し弾」が詰まっている。前世で災害復旧やダム建設に携わったエンジニアとしての、咄嗟の応用だった。

「…… 化学反応(ケミカル) を舐めないで」

三郎がその土器を刺客の足元へ叩きつけた。パリン、という軽い音と共に白い粉煙が舞い上がる。刺客が反射的に息を呑み、目を細めた瞬間、三郎は手近に置いてあったバケツの水を、その煙に向かってぶちまけた。

「ぐあああああッ!? 目が、目が焼ける!」

生石灰と水が反応し、一瞬にして百度を超える高熱の蒸気が刺客の顔面を襲う。強アルカリの粉末が粘膜を焼き、刺客は刀を落として悶絶した。

「……お見事でございますな、若君」

闇の中から、拍手をしながら松永久秀が姿を現した。その手には、血に濡れた短刀が握られている。どうやら、他にもいたであろう刺客は、すでに彼の手によって片付けられた後だった。

「久秀……。見てたなら、もっと早く助けてよ」

「いえいえ、若君が自らの『知恵』でどのように敵を屠るのか、興味がございまして。……それにしても、火も使わずにこれほどの熱を生み出すとは。やはり貴殿は、地獄の業火を袋に詰めて持ち歩いておいでだ」

久秀はのたうち回る刺客の首筋に冷徹に刃を立て、その息の根を止めた。三郎は顔を背け、激しく脈打つ胸を押さえた。

(……阿波の康長殿の差し金か。身内からの毒。これだから名門の血筋は呪わしいんだ)

久秀は刺客の懐を弄り、一通の密書を取り出した。そこには、三郎を連れ戻し、その知恵を三好康長一派の独占とするための計画が記されていた。

「長慶殿には内密にしておきましょうか? それとも、叔父甥の殺し合いを楽しみますかな?」

「……そんな必要はないよ。康長殿が欲しいのは、僕の『知恵』そのものだ。だったら、それを餌に彼をこちら側の『工事の出資者』に変えてしまえばいい」

三郎の言葉に、久秀は目を見開いた。命を狙った相手を殺すのではなく、システムの歯車として組み込む。組織に使い潰された前世の経験から、彼は「敵を排除するコスト」よりも「敵を利用する利益」を優先するリアリストだった。

翌日から、三郎は刺客の襲撃などなかったかのように、さらなる大規模工事を宣言した。ターゲットは、京の都を蝕む「悪臭」と「疫病」の源――堀川の下水処理である。

「長慶、京の民が病に倒れるのは、祟りでも仏罰でもない。排泄物が飲み水に混じっているからだ。……まずはこの羅生門から、一条大路まで貫通する『石造りの 暗渠(あんきょ) 』を築く」

三郎は、前世で見たパリやロンドンの下水道をモデルに、設計図を公開した。木製の樋ではなく、三郎特製の「石灰コンクリート管」を地中に埋設していく。

この工事の莫大な費用として、三郎は阿波の康長に対し、秘密裏に「独占交易権」をチラつかせた書状を送った。

「僕を殺しても技術は手に入らない。でも、出資すれば石灰とコンクリートの利権を貴殿に委ねよう」という、冷徹な取引である。

「若君、それはあまりにも危うい橋では……」

心配する三好長慶に対し、三郎は白い粉で汚れた顔を上げて笑った。

「大丈夫だよ、長慶。……人は、自分を殺す相手よりも、自分を『豊かにしてくれる相手』を裏切れないものだから」

数週間後、羅生門の地下には、人が通れるほどの巨大な石のトンネルが出来上がりつつあった。京の民たちは、三郎が地下に「龍の通り道」を造っていると噂し、その恩恵……消えていく悪臭と、目に見えて減っていく病人の数に、驚愕した。

三郎は、完成したばかりの暗渠の入り口に座り、一人で夜風に当たっていた。

四歳の小さな背中に、京の都の数万人の命が、そして戦国の荒波が、物理的な重みとなってのしかかる。

(……僕は、歴史を変えている。でも、これは本当に僕が望んだ『土木』なのかな)

畳の上での大往生を願う彼にとって、この目立ちすぎる功績は、皮肉にも平穏を遠ざけているように感じられた。空を見上げると、月は変わらず冷たく輝いている。

三郎は、中世の闇を照らす白いコンクリートの輝きの中に、かつての社畜時代とはまた違う、奇妙な寂寥感を感じていた。だが、その背後に再び足音が近づいてくる。

「……若君。京の町衆が、貴殿のために酒宴を催したいと申しております。……行きましょう。新しい都の、始まりの日です」

三好長慶の声だった。三郎は立ち上がり、泥のついた手を長慶の大きな手に重ねた。生き残るために始めた「現場」が、いつしか彼を時代の中心へと押し上げていく。戦国の設計者は、孤独を抱えたまま、自ら築いた「石の都」へと歩み出した。