作品タイトル不明
第二十五話:キルゾーンの悪魔
天文五年 皐月 / 西暦一五三六年 五月
細川晴元の先鋒大将・薬師寺国隆は、眼前の光景に激昂していた。
「防柵も、逆茂木もないだと? 舐められたものだ。門を開けて誘うているつもりか!」
星型要塞(サカキ・ベース) の正面。そこには、ただ緩やかな傾斜を持つ土手が広がり、中心には「どうぞ通ってください」と言わんばかりの広い通路が口を開けていた。薬師寺は千五百の突撃隊に全速前進を命じた。
「若君。敵の先陣、完全に 射程内(インレンジ) です」
松永久秀が、三郎の横で冷たく告げる。
三郎は、4歳の視界を確保するために積み上げた踏み台の上に立ち、観測用のレンズを覗き込んでいた。
「……まだ。彼らが一番『密集』する地点がある。そこに先頭が差し掛かった瞬間、流速を止める(ストールさせる)」
細川軍が通路の中ほどまで差し掛かった時、三郎が短く命じた。
「第一、第二、掃射開始」
次の瞬間、通路の「両脇」にある、一見ただの土手に見えていた場所から、凄まじい火柱が上がった。
三郎が設計したのは、正面から迎え撃つのではなく、V字に突き出した稜堡から**「横から挟み撃つ」**十字砲火の陣形である。
「ぎゃあぁぁっ!」
「横だ! 横から撃たれているぞ!」
鉄砲の弾丸が、横一列に並んで突撃する武士たちの列を、串刺しにするように貫いていく。正面を向いて盾を構えていた兵たちは、無防備な脇腹を鉛の玉で食い破られ、次々と泥の中に沈んでいった。
「怯むな! 突き進め!」
薬師寺が怒号を飛ばすが、三郎の罠はここからが本番だった。
混乱した兵たちが進路を右に変えようとすれば、そこには三郎が計算して配置した「跳ね返り(リコシェ)」を狙った石壁がある。
三郎はさらに、指揮車から伝声管を通じて命じた。
「長慶、第三段。…… 榴弾(りゅうだん) を」
三好長慶の合図とともに、城壁の裏に隠されていた大型の投石機が、岩ではなく「特製の泥炭」を放った。それは三郎が火薬を詰め込み、着弾と同時に飛散するように設計した、原始的なクラスター弾である。
ドォォォォン! と腹に響く爆発音が戦場を支配した。
爆辞が鉄の破片を撒き散らし、密集していた細川軍の頭上で炸裂する。もはやそれは 戦(いくさ) ではなく、幾何学的に最適化された「屠殺」であった。
「……若君、貴殿は。……貴殿は、地獄の風景を計算で描くお方だ」
久秀は、窓の外で血飛沫が上がる光景を見つめ、陶酔したように呟いた。
三郎は、震える手で図面を強く握りしめていた。
(……ごめん。でも、中途半端に戦えば、もっと死ぬんだ。一瞬で絶望させなきゃ、この戦は終わらない)
土煙の中から、ボロボロになった大将・薬師寺が一人、血刀を下げて三郎のいる指揮所を睨みつけた。
「……おのれ、泥公方! 卑怯な小細工をぉっ!」
薬師寺が最後の一歩を踏み出そうとした瞬間。
三郎の目の前、指揮所のすぐ下にある隠し銃眼から、一発の銃弾が放たれた。
放ったのは、柳斎でも長慶でもない。
三郎自身が角度を微調整し、紐を引いて発火させた固定式の火縄銃だった。
弾丸は薬師寺の眉間を正確に貫いた。
眉間を赤く染め、細川軍の勇将・薬師寺国隆が、糸の切れた人形のように泥の中へ崩れ落ちた。その背後で、死地を潜り抜け、主君と共に突破口を開こうとしていた精鋭たちが、一瞬の静寂ののちに絶叫を上げた。
「薬師寺様が……討ち取られたぞ!」
「馬鹿な、あんな小さな穴から……。何が起きたのだ!」
大将の死。それも、槍を交えることも、名乗ることも許されず、顔も見えぬ場所からの「不可視の弾丸」によって命を奪われた事実は、生き残った武士たちの心を粉々に砕いた。
彼らにとっての 戦(いくさ) は、勇猛さを競い、名誉を勝ち取る場であった。しかし、三郎が構築したこの星型要塞は、ただ一方的に、効率的に命を「処理」するためだけの機械に過ぎない。
「化け物だ……。あの中にいるのは、公方様などではない。人の形をした夜叉だ!」
誰かが上げた悲鳴が伝染病のように広がり、細川軍の統制は完全に瓦解した。かつて「精鋭」と呼ばれた五千の軍勢は、もはや互いを踏みつけ、我先にとキルゾーンから逃れようとする烏合の衆へと成り果てていた。
三郎は、指揮所の薄暗い闇の中で、硝煙の臭いが残る紐をゆっくりと手放した。
「……若君。敵部隊、完全撤退。追撃の指示を」
松永久秀が、興奮で充血した目を三郎に向けた。逃げ惑う背中を撃つのは、彼のような男にとって最も甘美な作業である。
しかし、三郎は首を横に振った。
「……もういい、久秀。追いかけなくていいよ。……長慶、旗を振って。これ以上の射撃は禁止だ」
三好長慶は、返り血を浴びた顔で三郎を見つめた。その瞳には、自分の主君が「単なる神輿」ではなく、一瞬にして数千の命運を断ち切ったという事実への、底知れぬ畏怖が宿っていた。
「……御意。若君の仰せのままに」
三郎は踏み台から降りると、膝が笑っているのを隠すように、どっかと床に腰を下ろした。四歳の小さな身体には、一人の武将の命を奪った反動が、あまりにも重くのしかかっていた。
「……これで、しばらくは攻めてこないはずだ。……掃除を始めて、長慶。……生き残った人たちには、僕の『石の知恵』で造った薬を。死んだ人たちには、一番立派な石の墓を造ってあげて」
静寂が戻った戦場には、硝煙の臭いと、三郎が築いた「星の形」だけが冷酷に残っていた。