軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1-5

夜空を映した瞳の色を持つ、黒髪の青年ハーヴェイは、背が高くスラリとしていながら、騎士らしい力強さが感じられる人だった。

「……ハーヴェイ殿下。お目にかかれて光栄でございます」

「うん。……とりあえず、こちらへ」

ハーヴェイはアリスの手を握り、東屋から距離を取るように促した。

彼のおかげでようやくアリスの足は動くようになる。

おぼつかない足取りで、アリスはどうにかその場から離れることができた。

「……あの……恐れながら……殿下はどうしてこのようなところへ? 私になにかご用でしょうか?」

「ご用、というより……君がひとけのないほうへ行こうとしているから、陰ながら護衛をしていたんだ。私たち白鹿騎士団の者以外、宮廷では帯剣できないからね」

剣を持っていないアリスは、ただの令嬢でしかないと彼は言いたいのだろう。

「……ご、ご配慮、感謝……いたします……」

ハーヴェイは四年前の事件の当事者でもある。

そしてエイルマーと違い、侵入した賊を倒した者の正体を覚えている。

おそらく彼は、アリスに恩を感じ、気遣ってくれているのだろう。

(失礼かもしれないけれど、かなりの変わり者……よね?)

第二王子で騎士団長の彼が、なぜただの伯爵令嬢を陰ながら守っていたのか……。

恩人だとしても、そこまでする義理はない。アリスにはハーヴェイの行動が、理解できないのだった。

「ほら、震えているじゃないか。とりあえず、座って」

「は……はい……恐れ入ります」

彼がアリスを導いてくれたのは、東屋から少し離れた場所にあるベンチだった。

まずはアリスに座るようにと促して、ハーヴェイも人一人ぶん隙間を空けて、隣に腰を下ろした。

「……で……先ほどの会話は、聞かなかったことにするつもりだろうか?」

ハーヴェイもあの話をしっかり聞いていたらしい。

哀れみの視線を向けられている気がして、アリスは自分という存在が恥ずかしくなってしまった。

「はい。……殿下はご存じのこととは思いますが、彼が妻にしたい相手その一も、その二も、同じ人間ですから」

どうにか声を絞り出しながらも、今の言葉は自分の本音ではない気がしていた。

もやもやとよくわからない感情が、胸の中を満たしていく。

惨めで、苦しくてたまらなかった。

「そうか。だったら、早めに憂いを取り払えばいい。君が望むなら、私が彼に恩人の名を伝えてあげよう」

「そんなこと……」

確かに、ハーヴェイの言葉ならエイルマーも信じるはずだ。

そして剣姫の正体を隠蔽した父も、情報を漏らしたのが王族ならば、強い抗議ができないだろう。それは、良案のように思える。

「真実を知ったら……侯爵は心から君を愛するようになるだろう。それもいい人生だと思う」

ハーヴェイの気遣いを受け入れたら、どうなるのだろうか。

彼の言うとおり、エイルマーは間違いなくアリスを愛するようになる。

おそらく彼は、すぐにでも結婚してくれるだろう。

賢く将来有望なエイルマーの妻になれるのだから、アリスは果報者だ。

それなのに……。

ハーヴェイの言葉の裏には、それ以外にもいい人生があると言っているように思える。

(お父様の言葉に従って……エイルマーの本音も聞かなかったことにして……そうして笑っているのが、私の幸せ……なの?)

アリスは、そんなふうには思えなかった。

けれど、ハーヴェイの案以外に、この心の痛みを少しでも早く取り払う方法はない。

だから、彼にお願いすべきだ。

「い、いいえ……それは……やめてください……」

どうして否定の言葉が出てきてしまったのだろうか。

アリスは、自分の気持ちがわからなくなっていた。

(私……エイルマーに……剣姫の真実を知られたくない……)

最終的に愛されるのは 自分(アリス) 。だから、過程はどうでもいい。

アリスはエイルマーの剣姫に対するこだわりをわかっていて、けれどそれでいいと思っていたはずだった。

(本当に、それは私の考えだったの……?)

アリスではなく、父の考えだ。

エイルマーにとってのアリスは都合のいい保険だった。

今のアリスが彼に愛されていないことは確定している。

けれど剣姫は結局アリスだ。このまま行けばアリスは、自分を利用し、裏切り、捨てた相手と結ばれるのだ。

「彼に教えてあげないと。……君が無駄に、半年間苦しむことにならないか?」

ハーヴェイの言うとおりだ。

けれどそれでアリスは救われるのだろうか。

事実を公表した瞬間、婚約者の裏切りが存在しなかったもののようになってしまう。

苦しみたいわけではないけれど、やはり公表されたくもなかった。

このままでは裏切りと愛が同時に押し寄せて、溺れてしまいそうだ。

精神的に裏切っていた相手に好かれて、喜べるとは思えない。

急激に夢から覚めていく。

「な……なに、これ……。ぜんぜん幸せじゃない。……私らしくもない……。馬鹿みたい……!」

アリスは大きな声で感情を吐き出していた。