軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1-4

「半年経てば正騎士になれる! これでようやく剣姫に近づけるんだ」

いつになく陽気なエイルマーの声が響いた。

準騎士は大きな成果をあげると、その時点で正騎士になれる。

そして大きな成果がない場合でも、半年間の訓練に耐えられれば自動的に昇格する仕組みだ。

剣姫に近づける――とは、かつてエイルマー自身が命を救われたから、今度は救う側になる、という意味かもしれない。

(本当に、誇らしいわ……)

いけないことだと思いつつ、アリスはそのまま東屋の近くで話の続きを聞いてしまった。

「正騎士と剣姫になんの関係があるというんだ?」

友人の一人と思われる青年が問いかける。

「正騎士には、法務省で保管されている過去の事件資料を閲覧する権利が与えられるんだ」

得意げなエイルマーの言葉を聞いて、アリスの身体から血の気が引いていった。

もちろん彼が閲覧する資料とは、四年前に宮廷内で起こった賊の侵入事件に関するものだろう。

捕らえられた賊の調書のほか、事件の経緯が記された資料が保管されているのは法務省だ。それをエイルマーは正当な方法で閲覧しようとしている。

(知らなかった……。正騎士にそんな権利があったなんて……)

もちろん、機密性の高い資料まで閲覧できるわけではないはずだ。

けれどアリスが関わったあの事件は、家の希望で公表がなかっただけで、国にとっての極秘事項ではない。

実際賊が侵入した事実は公になっている。

剣姫も、存在そのものが隠されているわけではないから、こうやって気軽に話題にできるのだ。

「本当に予想外だったよ。……この制度に気づいたのは半年前だったんだ。時間をかけてどうにか入団しても、準騎士のうちはダメだと言われてしまって」

「器用なエイルマーも、剣術は得意じゃなかったもんな。その執念に感心するよ」

(エイルマーは……だから、結婚の延期を……?)

彼は半年前に制度を知ったという。

貴族の当主や後継者で、騎士になろうとする者は少数派だ。

普通は家を継ぐ立場ではない、次男や三男が、そういう道を志す。

アリスの母方の生家のホールデン子爵家など、とにかく全員が騎士になる家もあるが例外的だった。

今にして思えば、エイルマーは唐突に騎士を目指すと言いはじめた気がする。

剣姫に憧れて同じようになりたいのであれば、四年前から剣術を習っていたはずだった。

そして家を継いで一年という時期に入団試験を受けたのは、どう考えても不自然なのだ。

そのわけが、ようやくわかった。

今回の結婚の延期理由はこれだったのだ。

「なるほど。エイルマーは天才だな! だが、今の婚約者はどうするんだ?」

核心に触れる質問だ。

(ダメ……聞きたくない……)

アリスはきっと、この先の言葉を聞かないほうがいいのだろう。

震える手で耳を塞ごうとしたけれど、どうしてもできなくて……。

「剣姫だって年頃の令嬢のはずだろう? そうなると婚約や結婚をしている可能性もある。婚約だけなら金を積んで覆るかもしれないが、結婚だと難しい……」

「じゃあ、保険ということか……」

「アリスは可愛いし、それなりに頭もよく、私の母にも気に入られている。……なにより私に従順で、尽くしてくれる……理想的な婚約者だよ」

「従順って……酷いな、それ」

酷いという言葉とは裏腹に、友人たちは皆楽しそうだ。

エイルマーから発せられる言葉の一つ一つが残酷だった。

「それから、ここが一番重要なんだ。……後妻を優先する父親のおかげで、アリスなら、勝手な都合で破談にしても、大ごとにはならない予想がつく。……本当に完璧だろう?」

「ハハハッ! これだから、頭と顔と家柄のいいやつは」

ドッと笑いが巻き起こる。

彼らは、令嬢一人の人生が滅茶苦茶になっても、心なんて痛まないのだろう。

「でも、ヴァーミリオン嬢の将来は大丈夫なのか? ただでさえ侯爵であるエイルマーのおかげで、かろうじて居場所がある状態なんだろう?」

エイルマーは、婚約者の事情を随分と詳しく友人に語っていたみたいだ。

確かにアリスは、十四歳まで母方の実家に預けられ、モーンフィールド侯爵家との縁談がきっかけとなり、伯爵家に戻ることになった。

高位の家との縁――それが見込めなくなれば、父にとってアリスは完全にいらない存在となる。

「アリスがほかの男のものになるのはなんだか嫌だな。修道院を勧めるつもりだよ」

胸の奥に見えないナイフが突き刺さった気分だ。

(だ……大丈夫よ。……だって、エイルマーが資料を見たら……結局、選ばれるのは私なんだから……)

エイルマーはアリスのことを理想的な婚約者だと言っていた。「ほかの男のものになるのはなんだか嫌」とも言ってくれている。

そして、剣姫に恋い焦がれている。

それなら半年後、エイルマーとアリスは相思相愛の恋人になれるはずだ。

(今も、一番ではないかもしれないけれど……愛されている……はず……)

そう思い込めば、まだ絶望せずに済むのだろうか。

アリスは早くこの場から立ち去りたかった。

この話を聞いても聞かなくても、結果は変わらない。これ以上留まり続けても、意味なんてない。

けれど足が震え、身体が動かなかった。

「ヴァーミリオン嬢……」

突然、気配もなく近づいてきた誰かが、至近距離で名を呼んだ。

アリスはビクリと身を震わせたが、かろうじて悲鳴を上げずにいられた。

東屋にいる青年たちに気づかれないように注意しつつ、振り向く。

そこにいたのは第二王子にして現在 白鹿(はくろく) 騎士団長の地位にあるハーヴェイだった。