軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4-2

見習い騎士の一日は、訓練と座学、宮廷内の巡回で終わる。

巡回は、宮廷内でも貴人と接する可能性の少ない場所が中心だ。

訓練と実践を通して、立ち居振る舞いや目上の人物に対しての接し方、緊急事態となったときの対応方法などを学んだのちに、王族への正式な挨拶の機会がもらえる予定だ。

以降、先輩騎士たちと一緒に、各部隊に与えられた職務をこなすこととなる。

ジュリエットとは別の部隊となってしまったが、座学のときなど、結局三人の新人団員が一緒に学ぶ機会は多かった。

本日の教師役はアリスたちの上官であるヒュームだ。

午前中に走り込みなどの訓練をしたのちの座学は、なかなかにつらいものがある。

先日、居眠りをしてしまったジュリエットは、座学のあとに追加の訓練が課された。

アリスは、彼女の二の舞にならないように必死だ。

「さて、近衛騎士は隣国との関係を正しく理解している必要がある。それはどうしてだと思う? ……では、ノックス。答えなさい」

「はい! お守りすべき王家の皆様が、どのような輩に狙われているのかを把握するためです。隣国との関係が悪ければ、それだけ暗殺の可能性が高くなりまーす!」

「……途中まで、よかったが、『まーす』はいらない。……わかったか?」

「はーい!!」

ヒュームの顔が引きつっている。

けれど、ここ数日でジュリエットの態度はかなり改善された気がするので、あと一歩なのだろう。

(もしかしたら、次は私が当てられるかもしれない……)

理由が複数ある場合、引き続き別の者に質問が回ってくる可能性がある。

アリスも実際に四年前、王家に放たれた暗殺者に遭遇したので、真っ先にジュリエットと同じ答えが浮かんだ。

そのため、ほかの回答がすぐには思いつかない。

(……パトリシア王女殿下の婚約者がヴァルシュタイン帝国の皇太子殿下で……白鹿騎士団の騎士は、場合によっては帝国の関係者の護衛をするわけで……)

婚約期間中にそれぞれが相手の国に訪問する機会はあるだろうし、隣国からの大使も訪れるはずだ。そのとき、白鹿騎士団員はどう動くべきだろうか。

想像すると、おのずと答えは見えてくる。

「では、ホールデン。ほかになにか思いつくだろうか?」

「はい……。隣国からの貴人を迎える際、または王家の皆様が他国を訪問される際の警備に、大きく影響するためです。例えば、微妙な関係の国から大使を迎える場合、国内で大使が害されたら戦になりかねません。それを防ぐための対策を講じるため、知識は不可欠です」

暗殺者対策という点ではジュリエットと変わらないけれど、友好的ではない誰かを守らなければならないという部分は、言及されていなかったはずだ。

「うむ、いいだろう」

アリスは胸を撫で下ろす。

「では次に、アルヴェリアにとって、現在最も憂慮すべき隣国はどこだ?」

ヒュームはブラッドリーに向けて問いかけた。

「ヴァルシュタイン帝国です」

「まぁ、ラドクリフがわからないはずもなかったな。……というわけで本日はヴァルシュタイン帝国について詳しく学んでいく」

そこからヒュームによる講義が始まった。

ヴァルシュタイン帝国とは、国境に位置する湖の所有権を巡り戦を繰り返してきた。

最後に大きな戦が起こったのは五年前だ。

ちなみに、アリスの義父であるテレンスは当時白鹿騎士団長だったが、この戦に参戦している。

宮廷や王族を守っている白鹿騎士団だが、戦の際には騎士団の者の中から前線で指揮する者を送る必要がある。

国境を侵されたら、比較的安全な都にばかり力のある騎士を集めたままではいられないのだ。

テレンスはその戦の最終局面で負傷してしまい、引退を決断せざるを得ない状態となったのだが、勝利に貢献したという。

そして、多くの騎士が参戦したこの戦に勝利したアルヴェリアは、有利な条件でヴァルシュタイン帝国と和睦を結ぶことができた。

「陛下のお考えは、漁場かつ水源である湖の権利をアルヴェリア側が持っても、一時的な停戦にしかならない……というものだった……」

戦により国境線が変わると、水源を失ったほうの国の民が疲弊し、不満が溜まり、取り返そうという動きに繋がる。

これが何度も戦が繰り返される原因だった。

そのためハーヴェイの父であるアルヴェリア国王は、平等な国境線を引くことにより、恒久的な平和の実現に向けて動き出した。

勝利したのに権利を主張しなければ、国民からの反発に繋がる。

この方針には難しい舵取りが必要だっただろう。

四年前のハーヴェイ暗殺未遂事件は、そんな混乱の最中に発生したのだった。

この事件の直後、ヴァルシュタイン帝国側で代替わりがあった。

老いて頑なだった皇帝が崩御し、若き新皇帝が誕生したのだ。

新皇帝は恒久的な和平を実現させることに前向きだった。

それでも長年争ってきた両国のあいだに溝はあり、条約の締結まで長い道のりを要することとなった。

「そして現在十歳のヴァルシュタイン帝国皇太子殿下と、八歳のパトリシア王女殿下の婚約、さらに帝国の公爵令嬢をラドクリフ公爵家の子息に嫁がせることを条件に、条約が締結された。これが一年前の出来事だ」

要するに、それぞれの国が皇族または王族の中から、花嫁を差し出すかたちとなったのだ。

帝国から嫁ぐこととなった公爵令嬢というのは、現皇帝の姉の娘であり、先代皇帝の孫である。

未婚の女性の中で、彼女が一番身分が高く、現皇帝に近い人物だ。

そしてラドクリフ公爵家の子息とは、ブラッドリーの長兄のことである。

互いに結婚適齢期であったため、こちらの婚姻はすでに成立している。

帝国皇太子とパトリシア王女は、年齢的な理由で婚約を結んだだけとなっているのだった。

「……若い世代の諸君らは、条約の締結を素直に喜べるかもしれない。だが、繰り返された戦の最中に近しい者を失った経験をした者にとってはそうではない。これは帝国にも、我が国にも言えることだ。実際、条約締結直前に……外務大臣フロックハート伯爵が犠牲となる事件が発生している」

聞き手のアリスたちも、重い話題であることを悟り、いっそう気を引き締めた。

この事件に触れずにはいられないため、座学の担当がマルヴィナではなくヒュームになったのかもしれない。

条約締結の立役者と言える人物は、マルヴィナの祖父、先代フロックハート伯爵だった。

彼は、大詰めの交渉を終えて、アルヴェリアに戻る最中、帝国の条約締結反対派に襲撃され、命を落とした。

瀕死の重傷でうなされつつも、彼は自分の死によって、交渉が白紙に戻ることがないように強く願っていたそうだ。

最終的に外務大臣の補佐官をしていた息子が伯爵の遺志を継ぎ、二国間の和平は叶ったのだった。

マルヴィナの父である現フロックハート伯爵は、外務大臣として王家を支え続け、娘のマルヴィナは白鹿騎士団の隊長として王族を守護している。

フロックハート伯爵家は真の忠義者だ。

マルヴィナが令嬢たちのあこがれの対象となっている根本には、三世代に亘る王家への忠誠への敬意がある。

多くの者の犠牲と苦労の末に、帝国との関係は改善された。

それでもまだ、和平を望まない者はいる。

その者たちが標的にする可能性が高い人物が、パトリシア王女なのだ。

「約二ヶ月後にヴァルシュタイン帝国の大使訪問が予定されている。諸君ら準騎士にも、そこではなんらかの役目を負ってもらうことになる。それまでに、しっかりと学び、もっと強くなれ」

ヴァルシュタイン帝国との関係についても知っているつもりだったアリスだったが、騎士という職に関連して改めて講義を受けると、得るものがあったと思える。

二ヶ月後にあるという大使訪問を無事に乗り切ることが、騎士団にとっての目標となるのだろう。