軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24

熱で朦朧とするアメリアはぼんやりとハルバートと視線を合わせる。

「積もる話もあるだろうが、

今は家に運ぶのが先だ!」

ラスタ卿は果たして彼女を誰が運ぶべきか、と逡巡し、

「マテオ!こっちこい!」

「え、ママは?」

「そのお兄さんは力持ちなんだ。

任せておけ」

「わかった!」

マテオは元気にハルバートの腕を飛び出し、ラスタ卿にしがみつく。ハルバートはえ、え、とあたふたするが、腹を決めてアメリアを抱え上げた。

「すまない、アメリア。もう安心して良い」

その言葉を聞くなり、アメリアはそっと目を閉じた。

ーーーーー

ラスタ卿に案内されたアメリアの家で彼女を寝かせ、部屋を一回り眺めると、彼女が愛用していた石けんの懐かしい香りがして、ハルバートの目頭は熱くなった。

「さて、この調子だと一人にできん。

この母子の世話を誰かに任せんとな」

そうラスタ卿が呟いたその時、リーン、と家のドアベルが鳴る。

皆が玄関のドアに注意を巡らせる中、ドアの外から

「私よ、カリファです」

と女性の声が聞こえてきた。

「マダムか。俺が出る」

ラスタ卿が出迎えたその女性は、そのまま観劇にでも出られそうな体の線に沿ったタイトなベルベッドのドレスに、孔雀の羽が飾られたヘッドピースを合わせた女性だった。白い手袋に大きな日傘を携え、後ろに黒髪の背の高い助手らしき女性を連れていた。

ハルバートは後ろの助手のほうに釘付けになった。

彼女はそっとバートに目配せをする。

黙っておけ、ということか。

「あら、イアン君ね。お久しぶり」

「麗しきマダム・カリファ。

またお会いできて光栄です」

イアンは流れるように片膝を突き、女性の手を掲げ持った。

「そちらは?」

マダムの目がハルバートに向く。

「こちらはバート。

俺の今の仕事の相棒です」

「アメリアさんの体調が優れないと聞いたわ。

見知らぬ男性をふたりも家に上げるのは如何なものかしら」

ちらりとラスタ卿を見て、マダムが苦言を呈する。

「すまない。緊急事態だったんだ」

「・・・まぁ、仕方がないわ。

皆出てちょうだい。

アメリアさんとマテオのお世話は彼女が」

「ま、待ってください!」

ハルバートは慌てて止めた。

「あの、そちらのマダムはまだしも、

その、その人はちょっと・・・」

と、助手のほうを見ながら汗をかいている。

「バートさん、だったかしら。

あなたに何の権限があって?」

マダム・カリファはハルバートを睨み付ける。

「・・・すみません、ちゃんと名乗るべきでした」

ハルバートは変化を解いた。

マダムは片眉を上げ、その姿を上から下まで見る。

「俺はハルバート・イーヴランド。

『蒼の隊』の称号を得ています」

しかしマダム・カリファは怯まない。

「初めまして、『蒼の隊』。

でもあなたが誉れ高き『蒼の隊』であっても、

彼女のプライベートに口を出す権利はないわ」

「それも申し訳ない。

これから彼女と話し合うべきことですが、

俺はかつての彼女の恋人。

そして、・・・マテオの父親です。

恐らくですが」

「ふぅん。

案外受け入れてらっしゃるのね。

で、どうしてウチの助手を拒むの?」

「あなたこそ、

その人が誰であるか、分かっているんですか?」

マダムは答えず、今度は口角を片方だけ上げる。

「・・・分かっているんですね」

肩をすくめたのが答えだ。

「じゃあ分かって頂けると思いますが。

その人はどっちかわからない」

「まぁ、失礼しちゃうわね」

と、ここで少し砕けた口調の助手が会話に参加した。

「そもそもあなたがどうしてここに」

「もちろん、アメリア・ハーバーの護衛よ」

「なぜアメリアを?彼女はただの魔術師だ」

「いいえ、ただの、ではないわ。

魔虫被害を防ぐアイデアを出した功労者。

そして稀少な技術を持ち、

貴族にその身を狙われる魔術師よ」

「だからといって、なぜ『金の隊』が!」

ハルバートはしまった、と口をつぐんだ。

「・・・バート、今なんて言った?」

イアンが頬をひくつかせて言う。

ラスタ卿はまた天を仰ぎ、「俺はギルド長を辞したほうがいいかもしれん」と嘆いている。

ハルバートは己の失言の尻拭いをするべきと悟った。

「・・・その人は我が国最高の魔術師、

『金の隊』フリッカー殿です」

イアンは思わずといったように、ヒュウ、と口笛を吹いた。

「ギルド長はご存じでしょうが、

フリッカー殿は変化の術を得意とし、

年齢、性別、体格、どれをとっても、

オリジナルの姿を知る者はほとんどいません」

そして助手のほうをビシっと指さし、

「だから!男女どちらかわからないから!

アメリアを任せるのには不安があるのです!」

『金の隊』はカラカラ笑い、

「そんな細かいこと気にするなんて、

君もまだ青いねぇ。だから『蒼』なのか」

そして瞬時に姿を変えると、隣にいるマダム・カリファそっくりの姿になる。

「おお、マダムがふたり」

「ラスタ卿、お知らせせずごめんなさい。

フリッカー様は、

私が貴族の夜会に招集されて困っている時、

この姿で助けてくださったのよ」

「アメリアさんの生活を崩さず、

近くで見守るのにはマダムのところがちょうど良かったの」

「まぁ、あなたが守ってくださるならこれ以上心強いことはありませんが」

「だからね、安心して出てお行き。

なぁに、着替えの間だけ。

少し周辺の警護でもしてくるといい」

しっしっ、と男性陣を追い払う。

「あぁ、そうだ。良い知らせがあるよ。

『紅の隊』と開発部がやったよ。

例の物、量産化に成功したそうだ。

すぐにでも国中に出荷だとね」

マテオ、寝間着の替えはどこかな?

と、何でもないことのように言い、バタンと扉を閉めてしまった。

「え、えー・・・」

玄関の前には追い出された男が三人、呆けたように立ち尽くす。

イアンが困ったように頭を掻いた。

「話を整理しても?」

うん、とラスタ卿とハルバートが頷く。

「殺虫布が量産化される、ということは、

俺たちの仕事はまあ、なくなる」

「そうだな、秘密や急ぎではなくなったな」

「そいで?

バートは彼女を見つけて、

マテオは夫じゃなくて息子で、

しかも父親があんた?

そもそも心当たりはあんのか?」

「・・・ある」

「あんのかよ・・・。

で、彼女はあの殺虫生地の考案者で、

貴族に狙われていて、

『金の隊』の護衛対象だと」

「そうらしい」

「で、体調を崩して寝込んでる」

「うん」

「訳がわかんねぇよ・・・」

イアンは思わず笑ってしまった。

「仕方ない。

しばらくはこの街に留まろう、

どのみちバート、あんたがいないと俺は飛べないしな」

ーーーーー

その後、ハルバートが再びアメリアの家に入室を許されたのは数刻後だった。

マテオもあの後眠ってしまったようで、静かに眠らせておくよう言われたのだ。

「・・・じゃぁ、何かあったらドアベルを鳴らして。

あれは私につながってるから」

そう言って、ハルバートと入れ違いにフリッカーは出て行った。

ラスタ卿とイアンは気を遣ったのか、付いてきていない。

変化を解き、ベッドで眠る母子に近づく。

アメリアは既に起きていたようで、体を横たえたまま気だるげに瞼を持ち上げた。

その視線はハルバートを捉え、

「・・・ハルバート、久しぶりね」

と薄く笑った。

たった一言、それだけで、ハルバートは感極まってしまった。

「すまない・・・すまない、アメリア」

マテオを起こさぬようそっとベッド横に腰掛け、アメリアの細い手を握る。水仕事に荒れた、懐かしい手だった。

「マテオは・・・あのときの子だな」

「・・・あなたによく似てるでしょう?

最近ぐっと背が伸びたのよ」

否定するでもなく、あっさりと認めるアメリア。

「一人で産んだのか」

「そうよ、あなたがいなかったから」

「なぜ知らせてくれなかった」

「終わりにすべきだと思ったから」

「・・・俺のせいだな。俺がそうさせた」

「いいえ、言ったでしょ?

私はもう、あなたに姿を偽らせたくなかった」

あなたには光の当たる道を行って欲しかったの。

アメリアはそう言って目を伏せ、繋がれた手を見つめた。

「・・・アメリア、聞いてくれ。

俺はここしばらく、ずっとこの姿で生活していた。

貴族の立場も魔術師としての立場も捨てて、

何者でもないただの男として暮らしたんだ。

・・・この上なく、幸せだった」

アメリアはそっとハルバートをのぞき込む。

「ああ、俺は何も要らなかったんだ。

・・・君との未来以外、何も。

そう実感したよ。

出世を急いだのも、無茶な依頼を受けたのも、

君と堂々と結婚したかったからだ。

それで得た功績すらも全部捨てて暮らして、

でもやっぱり君に会いたいという気持ちは消えなかった」

視線をマテオに移す。

「マテオのことも・・・。

抱き上げて、彼と目を合わせた途端、

どうしようもなく愛しくなった。

もう、彼を知らなかった自分には戻れない。

お願いだ、アメリア。

俺と一緒になってくれ」

ハルバートは、出立前のあの日、気を失ったアメリアにかけた言葉を思い出す。

『帰ったら必ず、プロポーズするから』

きちんと伝えなかった自分を幾度も恨んだ。

アメリアが眠っている時でないと言えなかった卑怯な自分を恥じた。

何とでも誹りは受ける。でも伝えたかったのだ。

アメリアはしばし黙り込んだあと、ぽつりぽつりと話した。

「私、ひとりで大丈夫だと思ったの」

「うん」

「だけど、自分が熱を出して、

マテオがどこかに行ってしまったとき、

心の中であなたを呼んでいた。

どうか助けて、って」

「うん」

「あなたは『蒼の隊』で、

貴族令息で、

輝かしい道を行くべき人で。

私は孤児で、

今は魔力も減ってしまっていて、

何者でもなくて。

逃げたかったの。

あまりに、私たちは違うから。

でも、マテオの父親はあなただわ。

さっき、あなたからマテオと同じ魔力を感じた。

我が儘だと分かっているけど、

・・・一緒にいてほしい、って願った。

一緒にマテオを育ててくれたら、

どんなに心強いかしら、って」

罪深いことよね。

アメリアは、はっ、と自嘲した。

「俺も、君たちと家族をやり直したい。

家のことも、仕事のことも何とかなる。

この姿にも立場にも何の未練もない。

アメリア、君を一人にして悪かった。

これまでも、君を蔑ろにして悪かった。

俺に君たちの傍にいる権利をくれないか」

握った手に汗をかいているのが分かる。

それでも放す気にはならない。

ハルバートは今、彼女をつなぎ止めなければならない。

今なお追い続ける、恋人を。

アメリアはそっと口を開いた。

「・・・マテオが起きたら、

パパだよって言わないとね。

これからは一緒だよって」

もはや涙を隠すことも忘れたハルバートは何度も頷いた。

「ああ、ああ。

たくさん謝って、お礼を言わないとな。

ママを守ってくれてありがとう、って」

ふたりは笑い合った。

ママと、パパだって。