作品タイトル不明
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「家を出たとは・・・本当ですか、ダフネ様」
その日ダフネがキースを呼び出したのは、
王都のはずれにある平民用の宿だった。
「ええ、本当です。
ハルバート様との婚約は白紙。
父が私を売り、金銭と引き換えに別の方に嫁ぐようにと」
「なんて横暴だ」
「もはやハルバート様にお会いする意味もないのです。
キース様、私を逃がす手伝いをしてくださる?」
「そんな。なぜ貴女が逃げなくてはならないのです。
悔しくはないのですか」
「悔しいわよ!」
ダフネは叫んだ。
キースは驚いたように目を丸くしている。
「悔しいに決まってる。
少女の頃から、私は虚仮にされ続けだったわ。
誰もが私の大切なものを、尊厳を、
何でもないもののように軽く蹴り飛ばすのよ」
ダフネは父のこと、学園のこと、ハルバートとのことをキースに語って聞かせた。
「哀れでしょう?
計略に破れて何も残らなかったわ」
キースはよく分からない、という顔をして、
「あなたはちっとも悪くないでしょう。
欲しいものを得るために計略を練って何が悪い」
キースという男はそういう男だ。
自分に絶対の自信があり、認められない者に負ければ勝つまで計略を巡らせる。
そのためには相手を陥れることも当然のようにする。
「・・・でも、得られなかったら敗者よ」
「得られるまで粘れば勝者です。
ハルバート様が得られずとも、
あなたが欲しいのはそれではないでしょう」
「私が欲しいもの?」
金?名誉?・・・いや、尊厳だ。
見返したい。
私を踏みつけていいなどと思わないでほしい。
舐められたくない。
「そうね・・・思い知らせてやりたいわね。
私を踏みつけたことを後悔させてやりたい」
キースはそうこなくちゃ、とにやりと笑った。
「実はね、僕に考えがあるのですよ」
ーーーーーーーー
「ここは?」
キースはダフネとともに、とある廃屋へ向かった。
「ここは僕が子供の頃からの空き家です。
ときどき使わせてもらってるんですが」
廃屋の扉の前で、ふたりは立ち止まる。
「ここから先はちょっとご婦人には刺激が強い。
中に入らず見ててください」
そう言って、キースだけ扉の向こうへ消える。
すぐにザザザ、と音がしたかと思うと、
廃屋の煙突から真っ黒な煙が吹き上がった。
いや、あれは煙ではない。
真っ黒な川の流れのようなものが飛び出し、空中を1回転してまた煙突に衝突して潜っていく。
衝突したものの一部がこぼれてダフネの近くにぼとりと落ちた。
それが魔虫であることに気づき、
「キャァ!」
とダフネは思わず後ろへ飛び退いた。
キィ、と音がして、キースが扉から出てきた。
「驚きましたか?」
出てきたキースは満足そうに言う。
「な、何ですの、今の」
「色々ありましてね、
魔虫を操る術を見つけたんです。
この廃屋においてある餌で繁殖した魔虫たちは、
僕の言うことを忠実に聞きます。
本当は、本物が良かったんですけど」
キースが何かつぶやくと、
ざざざ、とまた煙突から魔虫が大量に吹き出し、また近くの森のほうからも魔虫が川のように集まってきて、屋根の上に集合しだした。
「小さき虫も、集まれば巨大な魔物になる」
真っ黒な魔虫の塊は、巨大な竜の形を作りだした。
「こいつをどこかの街にぶつけるのはどうです?
食糧を軒並み食われ、酸をかけられたら怪我もする。
そうだ、あなたの家のある王都がいいでしょう。
きっと単騎隊にも招集がかかる。
出てきたハルバート様に平手でも食らわせてやればいい」
ダフネは怪しく笑うキースを恐ろしいと思ったが、慌てふためく父の顔を想像し、
「いいわね」
と頷いた。
ーーーーーーー
「パパ?!
このお兄さん、パパなの?!」
マテオがハルバートの膝の上で跳ねている。
「そうよ。
訳あって今まで一緒にいられなかったの」
「そっか!でもわかる!
このお兄ちゃんの魔術、ママと同じで気持ちいいもん」
「魔術が気持ちいいとは?」
アメリアはハルバートに語って聞かせた。
マテオの中の膨大な魔力はまだ不安定で、マテオに定着していないこと。マテオとくっついて魔術を使うと、マテオはガス抜きになって気持ちよさそうにしていること。また、魔力が減ってしまったアメリアでも、マテオの魔力を借りれば以前と遜色ない力が使えること。
「へえ。なるほどな」
「多分マテオの中にハルバートの魔力もあるのね。
魔力といえば、私の体が不思議なの。
熱が出てるのに、なんだか魔力が充実しているのよ」
試しにアメリアは例の火魔法の網をぶわっと広げてみる。
間違いなく以前より大きな網が作れている。ここが家でなかったらもっと広げられる。
「この細い火魔法の糸を瞬時に出して、
編んで広げるまで2秒かかってない。
相変わらず君は規格外だな」
「そうかしら?こんなに弱い火魔法なのに?」
「いや、決して弱くはないよ。
火は噴かないがしっかり熱い」
「そうなのね」
「確かにこれは護衛が必要なはずだ」
よくぞ今まで無事だったと、ハルバートは胸を撫で下ろした。
その日は差し入れの食事を三人で食べ、
ひとつのベッドで狭い狭いと言いながら眠った。
ハルバートは度々泣いた。
マテオはそれを見て、
「泣き虫なのも僕といっしょ」と笑った。
ーーーーー
「久々だねぇ、お三方が揃うのは」
「ああ、『蒼の隊』の任命以来か」
魔術師協会の貴賓室に、『金』『銀』『紅』とそれぞれに与えられた称号を表す重いローブを纏った男が三人並んで座っている。
その向かいに座するのは、王都ギルド長スウェイン卿、そして魔術師協会総帥、その側近の三人だ。
魔術師総帥が切り出した。
「まずは『紅』。
防虫生地の作成、大義であった」
「いえいえ。
あれはオリジナルをだいぶ改変しました。
結局魔法を編むことは諦めて、
漁師の目の細かい網を借りたんです。
我々はそれに付与しただけ」
「まぁそれでも、効果は同じだ」
『金の隊』フリッカーが笑う。
スウェイン卿はからかうように、
「『金の隊』、今日のその姿はどうした」
と問いただす。
「これ?先日偶然会ってね。
彼、綺麗な姿形だから気に入ったんだ。
借りちゃった」
本日の『金の隊』フリッカーは、なんと『蒼の隊』ハルバート・イーヴランドの姿である。『蒼の隊』の姿で金のローブを羽織るものだから、紛らわしいことこの上ない。
「重いローブ着る時は男の姿って決めてるんだけど、
これからも借りちゃ駄目かなあ」
「駄目だ、怒られるぞ」
「ところで、『蒼の隊』はどうするの?
これからのことだけど」
魔術師総帥は重い口を開く。
「まぁ、ひとまず婚姻は白紙となった。
ただ貴族の中には不満もあるようだ。
防虫生地を平民に先に卸したのも、
未だに気に食わんらしい」
総じて魔術師協会への貴族の風当たりは厳しい、という。
『金の隊』も低い声色で告げる。
「防虫生地の考案者にも、身辺の危険がありました。
国中を捜索する貴族の手合いが目撃されてます。
実際、家まで来た貴族もいた」
まぁ、私が追っ払いましたがね、と憎々しげに言う。
「ご苦労、『金の隊』。
その貴族はどの家の者か分かるか」
「すべて記録してございます」
『金の隊』は胸元から紙片を取り出し、その上にドアベルを置いた。
「ちょっかいをかけてきた家のリスト、
考案者の支援者を脅してきた際の音声、
あと家まで来た者の映像です」
ドアベルの口から映写機のように映像が浮かんでいる。
「・・・ふむ。ジャバ侯爵一派か。小物じゃな」
「で、『金の隊』。
今彼女はどうしてる?まだ危険はあるか」
そもそも匿名で送ったはずのアメリアの防虫カーテン。これがアメリアの作であることを見抜いたのは『紅の隊』であった。その情報を元に『金の隊』が出向いたところ、家の中で同様の生地を作成するアメリアを窓から確認したという流れだ。
スウェイン卿はかつての部下を思い、親のような心持ちで聞く。
「喫緊の危険は去ったと思っていますがね、
ちゃんと護衛されていますよ。
この顔の男にね」
「な・・・!あいつ・・・!」
「どういうことだ、スウェイン卿」
総帥が怪訝な顔で問う。
「考案者のところには今、
ハルバート・イーヴランドが詰めていますよ」
「奴は仕事に復帰する気になったということか」
「どうでしょうね?
今は新婚気分でそれどころではないでしょう」
「・・・どういうことだ。きちんと説明しろ」
「いいんですか?スウェイン卿」
眉間に深いしわを刻んだ総帥と対照的に、いたずらな笑顔で『金の隊』は言う。スウェイン卿はため息をつき、
「・・・俺から説明する。
防虫生地の考案者は、ハルバートの恋人だ。
ちなみに子もいる」
と、簡潔に説明した。
「そこが繋がるとは。そして子があるのか」
総帥も目を丸くしている。
「婚姻を拒んだのも彼女のためですよ」
ほっほっほ、と総帥は気分が良さそうに笑い出した。
「それはなかなか骨のある話だ。
若者はこうでなくてはな」
じゃぁ、事態は一件落着。
考案者についてはハルバートに任せよう。
では、解散!
とはならなかった。
これまで一言も喋らなかった『銀の隊』が、ぽそりと呟いた。
「僕、やらかしちゃったんですよねえ」