軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18

ダフネは失意の中、屋敷に引き籠もっていた。

まだ正式に言い渡されてはいないが、婚約が白紙になるのは時間の問題だろう。

お茶会や夜会の招待状は、あの新聞掲載のあと馬鹿みたいに増えたが、それにのこのこ出ていくような愚か者ではなかった。出て行ったが最後、「望まれなかった女」として嘲笑を受けるに決まっている。

父が何度か来て、いつものようにダフネの服飾品を持ち去った。

侍女が抗議しようとしてくれたが、

「捨て置きなさい」

と止めなかった。どうせもう着る機会もないのだ。

ダフネはこの婚約が駄目になった今、今後貴族社会で生きていくのは難しいだろうと感じていた。かと言って家に残っても、自分は父と違って金を出し渋るため、領民には嫌われている。受け入れられはしないだろう。

そうなれば、貴族籍を離れて平民として生きていくほかあるまい。

「見返してやりたかったのに、ね」

未だダフネの中の復讐の炎は消えてはいない。

父に、貴族たちに、領民たちに、ハルバートに。

ダフネをコケにしたすべての人間に。

むしろ今、敗北という燃料を得て高く燃え上がっている。

自分が貴族でいられる残り少ない時間を使って、何としても一矢報いてやる。

ダフネはずいぶん軽くなった衣装箱から簡素なデイドレスを持ち出し、そして父の手を逃れた宝飾品をかき集めて袋に入れた。

「街へ出るわ」

「お嬢様、どちらへ?」

「魔術師ギルドへ」

哀れな人生を送る女の八つ当たりであるとは分かっていても、一暴れせずにはおれないのが自分だ、とダフネは自嘲した。

ーーーーーー

「あら、いらっしゃい!」

その日アメリアの元を訪れたのはマダム・カリファだった。後ろに女性の助手を従えている。

「こんにちは、魔術師クロシェ・サンドイッチ」

まだ馴染まない通り名で呼ばれ、アメリアは背中がむずがゆくなる。

「先日は無理なお願いを聞いていただいて、

ありがとうございました」

先日マダムにお願いし、王都ギルドの魔道具開発室へ虫除けカーテンを持ち込んで貰った。自分ではどうしても知り合いに会う可能性が高かったからだ。

「いえいえ、うまく量産化できると良いわね」

「ええ、彼らは頼りになりますから」

最近のアメリアと言えば、虫除けカーテンを作ってはせっせと街のギルドに納品している。ギルドでも少しずつ数が出来てきて、街の多くの店には行き渡りそうだった。

悪いが、国全体を背負うことはできない。

だがこの街くらいは何とかしたい。

こんな我が儘は許されるだろうか、と罪悪感に囚われることもあるが、いずれにせよ自分の減退した魔力では出来ることは限られているし、と開き直っている。

「今日はね、彼女を紹介しに来たの」

マダムは後ろに控える助手を指した。

「初めまして」

黒髪をきちっと結った、背の高い女性に握手を求められる。

「初めまして、クロシェ・サンドイッチです」

きゅ、と握った手が離れ、黒い瞳にじっと見つめられる。

「ちょっと最近物騒だからね、護衛も兼ねて。

彼女実は魔術が使えるの」

「はい、少しですが」

「頼もしいですね」

「これ、お近づきの印に」

助手の女性はアメリアにドアベルを手渡した。

「私、金属加工が趣味なんです。

手作りのドアベルです」

それは美しく磨かれた真鍮のベルで、

彼女の黒い髪と同じ、黒いベルベッドのリボンで飾られていた。

「素敵ですね、軒先に吊すのが勿体ないくらい」

「受け取って頂けたらそれだけで嬉しいです」

アメリアは遠慮せず、それを扉に掛けた。

「これ、魔除けのおまじないもしてあるのよ」

マダムがにこやかにそれを揺らす。

チリチリ、と涼やかな音がした。

「災いからあなたが守られますように」

助手はそう言い、両手を祈るように握った。

「ありがとう」

アメリアはなぜか、彼女の黒い瞳から目が離せなかった。

ーーーーーー

その頃、王都ギルド魔道具開発部。

「面白いじゃねえか!

電熱線カッターって訳だな!

おい、出力もっと上げろ。

大抵の魔獣はミンチだぞ、やれ」

「だから!

駆除対象は魔虫だって言ってるでしょう!

屋内に置くんですからあんまり熱いのはダメなんです!」

開発部により招集された『紅の隊』ことジル・ロウリーズは、アメリアの虫除けカーテンを見るなり眼を輝かせた。鼻にひっかけた丸眼鏡をひくつかせ、隅から隅まで舐めるように顔を近づけている。

「シケてんなぁ。

まぁいいや、俺の可愛い妻と子は虫が苦手なんだ。

確かにこのままでは制作者を選ぶ高等技術だが、

量産できる形に落としこめばいい。

全員俺に手を貸せ。モノができるまで帰さねえぞ」

そうと決まれば俺様試作第一号を作らんとな、と腕まくりをしている。

「始まった・・・」

開発部職員たちはそろって肩を落とす。

『紅の隊』によるスパルタ量産作戦が始まろうとしていた。

「で、制作者は出てこねえのか」

「匿名ですって言ったでしょう」

ぷりぷり怒って工房へ向かう職員たちの背中を見つめ、『紅の隊』は首をかしげた。

「匿名も何も、

こんなの作れるの一人しかいねぇだろうに」

と実に不思議そうにするのであった。

ーーーーーーーーー

「開発部も頑張ってるわね」

魔術師の詰め所で、ルーナは大きく伸びをした。

国の現在の懸念事項としては各地の虫の被害であるが、こちらは開発部が頑張っている。もうひとつ、王都の懸念事案として続発する火事があり、こちらは魔術師たちが昼夜交代して消火に当たっている。

「昨日もあったのね」

昨夜はとある貴族の屋敷。

1週間前は何もない空き地の草むら。

何の脈絡のないところから火が出るのである。

「不気味ねぇ」

「まったくだ。

昨日はキースがいて助かったぜ」

除隊処分になったキースは、ここのところ大人しく書類仕事に勤しんでいる。昨日の火事の際には急ごしらえの助っ人として一緒に消火に当たっていた。

「ああそうね、キースは水魔法が得意だから」

「あれだけの量の水が出せると重宝するよ」

「他の隊も手伝ってるみたいね」

「ああ、隊にこだわらず動けるのも今は都合がいい。

先日は誰よりも早く現場に到着していたそうだ」

「期待したいところね」

・・・・・・ふたりの先輩魔術師の会話を盗み聞きし、キースはほくそ笑んだ。

ここ最近、キースはギルド内での評価を上げている。

書類仕事を厭わず、急な応援にも駆けつけ己の得意分野を生かし、そして団体行動に囚われない素早い挙動ができる。

どうだ、まるで単騎隊のようではないか。

『あいつに頼んで正解だった』

気分よく鼻歌も出る。こうでなくては。

キースには便利な『お友達』がいる。

魔術学校を出ても、「魔術師試験」に合格できなければ「魔術師」を名乗ることは違法となる。通常の仕事の中で限定的に魔術を使用するのは許されているが、魔術のみの依頼を受けて活動することは禁じられている。

が、中には通常の仕事に就くことができず、脱法的に安く魔術を請負い生活している者たちがいる。キースの『お友達』は、そういう奴らに詳しいのだ。

もちろん正式な魔術師であるキースは彼らのことを例外なく見下している。

先日『お友達』に紹介してもらったのは、複雑な魔道具作りが得意な奴だった。喋るのが下手くそで、ああこれでは普通の仕事には就けまいな、とあざ笑った。

そいつに作らせたのは、『自動火入れ玉』と名付けた魔道具だった。

この冬に向けて考案しているアイデア商品の試作という形で依頼した。朝起きて寒い中暖炉に火をくべるのはつらい仕事だから、時間を置いて発火させる商品を作り、朝起きたときには暖炉に火が付いて暖かい状況で起きられるといいな、と。

そしてそいつが作ってきたのがこれだ。

芯の部分に火魔法の種を入れ、その周りを土魔法に水を加えてぎゅっと固めたカプセル状の土魔法で包み、小さな空気穴を開けたものだ。

一見ただの土玉に見えるが、寝る前に魔力を通してから眠ると、中で灯った火魔法が土魔法の水分を乾かし、そのうち土が崩れて火種を顔を出す。あらかじめ薪を空気が通る形で設置しておけば、火だねさえあればある程度燃えてくれる、という寸法だった。

家で試したいから、と言って一月分作らせ、キースは手元に30個の『自動火入れ玉』を手に入れた。

『百発百中じゃないのがまたいい』

周りの環境の湿度や空気の入り方で、上手く火が付くこともあれば煙だけくすぶることもある。

キースは最初に用途通り、暖炉で試した。

その機能を確認すると、今度は周りに何もない草原で試した。

そして、平民の民家に投げ入れた。簡素な木で出来たあばら小屋はよく燃えた。

気を良くしたキースは貴族の屋敷や様々な場所へ投げ入れ、何食わぬ顔で消火活動に加わった。

迅速な対応?

そりゃ可能だ、次にどこで火事が起こるか知っているのだから。

得意分野を生かす?

そりゃそうだ、自分の得意分野が生かせる事件を、自ら起こしているのだから。