軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12

高く澄み渡った青空を、ハルバートとイアンは飛んでいた。

「すげぇ、すげえよ!」

「あまり端に寄るな、落ちたら助からんぞ」

あの日ビールを飲み直しながら、

イアンはこう提案した。

『俺は商会で仕入れや納品を主にやってる。

旅商人みたいなもんだ、色んな街から街へな。

それに乗じて手がかりを探すってのはどうだ』

『正直・・・時間の無駄だな』

『そんなこと言うなって!

メリットもあるぞ、

まずは俺の社会的信用をそのまま使える!

あともし恋人が魔術師として生計を立てていたら、

その筋の情報は手に入れられるかもしれんぜ』

『それはギルドに寄れば公開されてる情報だ』

『宿とか飯とか奢ってやるから!!』

『貯金はたんまりあるから大丈夫だ』

『銀行で本人確認したら足がつくだろうが!!』

『それはそうだが、捕まらなければいい話だ』

『あー言えばこう言う!

話聞いてやるから!

アドバイザー!カウンセラー!』

『素直に頼めば良かろう、

仕事の手が欲しいのだろう?』

『まぁそれでもいいさ。

だから一緒に行こう、魔術師様』

・・・というわけで、ハルバートは「バート」と名を偽り、イアンの付き人として旅をすることとなった。

ハルバートは荷馬車での移動では時間がかかるとして、今自分が使用している空飛ぶ布での移動を提案した。荷物にも羽根を付与すれば、一緒に移動できる。

イアンはすぐに自分の商会から大きな絨毯をかっぱらい、荷馬車の代わりに荷車を用意した。車輪の大きな、シンプルだが美しい手仕事のものだ。それらに翼を付与すると、世にも珍しい空飛ぶ商人のできあがりである。ちなみに地上で荷車は誰が引くのか?もちろん魔術で身体強化したハルバートである。

「いいなぁ、これ。

流行んねえかなあ」

「そう簡単ではないと思うぞ」

「そうなのか?魔術学園出てるだけでは無理か」

ハルバートは絨毯に寝転がり、青い空を眺めて言った。

「自分以外の人を飛ばすのはなかなかに魔力を消費するからな。

俺でも飛べるのはせいぜい2つ向こうの街までだ。

それ以上は事故が起こるかもしれん」

「あんたのそういう慎重な仕事が好ましいぜ。

おっ、見てみろ、鳥の喧嘩だ」

「いやあれは食事だな。虫の群れを追いかけてる」

「へえ。鳥ってのは飛んでる最中も食事するのか。

・・・ううん、腹が減ったな。

よし、我々も食事にしよう」

イアンは荷から弁当(リサに作らせた)を取り出し、

広げてその前にあぐらをかいた。

「素晴らしきかな、青空弁当!

空飛ぶ商人に乾杯!」

イアンの声が高く抜けていく。

ハルバートは、鬱々とした自分の気持ちも、イアンの声とともに少し晴れるのを感じた。

こんなに自由だったこともないかもしれない。

家も出た。

仕事も放棄した。

自分の姿形すら捨て置いた。

生まれて初めて、何者でもない自分で身ひとつで飛んでいる。

これはこれで、いいかもしれない。

ハルバートはサンドイッチをごくりと飲み込んだ。

ーーーーーーーー

「マテオ、大丈夫?

つらくない?」

「大丈夫。ママ、お手手」

マテオが熱を出した。

モーリーが言うには、

「普通の風邪かもしれないけど、

魔力定着が関係しているかもしれないわね」

と。

高魔力児、特に母親から膨大な魔力を受け継いで生まれて来た子は、おおよそ3年から6年ほどかけてその魔力を自分のものに定着させる。完全に定着するとそれはさらに増幅し、結果として母親のものを遙かに超えた高魔力として安定することが多いという。

その定着までの間、魔力は不規則に増幅したり減少したりし、それが季節の変わり目のように風邪をひきやすくなるのだそうだ。

最近、保育園から帰ってきてからアメリアとマテオは一緒に仕事をしていた。マテオを背中にくっつけて仕事を行うのが心地よく、つい無理をさせてしまった。

「ごめんね、マテオの魔力を借りすぎたわね」

「ううん、お仕事きもちいいからしたい」

「今日はおやすみ」

まるい額をなでる。

最近のマテオは、さらにハルバートの面影を濃くしている。

あまりにハルバート寄りの顔立ちのため、『私の遺伝子はどこかしら?』とアメリアが訝しんでしまうくらいである。

『そういえば、彼はもう結婚したのかしら』

ハルバートが貴族の姫と結婚が決まったらしい、と噂が出回ったのはもう3年以上も前になる。あの新人魔術師のキースだって、ハルバートの結婚式がどうとか言っていた。

あれ以上私のような者といたら、彼はきっと幸せにはなれなかった。

アメリアにはマテオというかけがえのない宝物をくれた。

わたしたちの終わり方としては、上々だわ。

その時、リーン、と呼び鈴が鳴った。

「はぁい」

「やあ、アメリアさん。

マテオはどうだい?」

ギルド長のラスタ卿だった。

手土産の新聞と新鮮な牛乳とフルーツ、そしてたくさんの小さな柔らかいパンのサンドイッチをアメリアに渡すと、「ちょっといいかい?」と肩をすくめた。

「もちろんどうぞ」

アメリアはラスタ卿を仕事用スペースへ案内する。

ベッドからマテオがブランケット付きで降りてきて、

「おじちゃん」

と顔を綻ばせた。

「やあマテオ。体はどうだい」

「大丈夫。ママといれて嬉しい」

「そうか、そうだな。良かったな」

ラスタ卿はマテオを膝に乗せると、

「マテオに負担にならんように手短に話すが」

と切り出した。

内容は先日のマダムからの依頼と、「そういう訳でアメリアさんの名は隠すことになるがすまん」ということであった。

「お気遣い頂いて申し訳ないわ」

「それでなんだが。

アメリアさんが隠れてる理由付けが欲しくてな」

「理由付け」

「ああ、うちの魔術師たちにも納得してほしいからな」

「なるほど」

アメリアがなぜ隠れたいか知らないよりは、知ったほうが協力しやすいということだ。

「包み隠さず言って頂いて大丈夫です。

子の父親に妊娠を告げずに出産したので隠れたと」

「だがな、お節介な奴はどこにでもいる。

『子には父親が必要だ』とか言うかもしれん。

ちょっと色を付けて良いか」

「色ですか」

「相手は裕福な家の男で、子がいるのがバレたら取り上げられる、とか」

「まぁ」

母親であるアメリアが孤児だからそれはないと思っていたが、これだけハルバート似ならそうなるかもしれない。

想像してぞっとした。

「あり得る話で怖くなりました」

「はは、ではこの線でいこう」

「あ、では私、通り名を付けましょうか」

魔術師は基本的には本名で活動する者が多いが、中には通り名を新たに付けて活動する者もいる。芸名のようなものだ。

アメリアには自分の名に特に思い入れはない。

自分に紐付いた名で功績をあげることにも興味はないし、正直何でも良いと思っている。

「いいのかい?確かにそれは良い案だが」

「ええ。そうね。

編み物が得意な魔術師だから・・・

クロシェはどうかしら」

「名字はどうする?」

「うーん。サンドイッチは?」

マテオがラスタ卿の膝の上で食んでいる、彼の手土産のサンドイッチを眺めながら言う。

「クロシェ・サンドイッチ?」

「そう」

もともと「サンドイッチ」は考案者の名前から来ているのは有名な話だ。

「いいじゃねえか!実にアメリアさんらしい」

「そうかしら?」

「ああ、じゃそういうことで。

今後ともよろしく、

魔術師クロシェ・サンドイッチ」

登録のほうは任せとけ、と笑い、

ラスタ卿はマテオを膝から降ろした。

「じゃ、今日はこれで。

ママとの時間を邪魔して悪かったな、マテオ。

よく眠るんだぞ」

「うん、おじちゃん、サンドイッチありがとう。

また来てねえ」

ラスタ卿は玄関先でアメリアに向き合うと、

「そうだ。

差し入れの中の新聞、読んでみるといい。

知っておいたほうがいいかもしれんぞ」

思わせぶりな視線をくれ、去って行った。

「新聞?」

アメリアは不審に思いながらも新聞を手に取る。

一面は先日の大火事について。

街の多くの家を焼いた火事の原因が、なんと呪いの魔道具だったらしい。

これの何が?

と思ったが、答えはその次の紙面にあった。

『魔術師協会、

『蒼の隊』ハルバート・イーヴランドの書簡を公表

ストライキは望まぬ婚姻の強要に抗議する目的

魔術師協会は支持する方針』

とんでもない爆弾であった。