軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

05.海で拾われた元公爵令嬢は【新品】になりましたが、主様が尊すぎて初日から抱き枕になりました【Side:アナスタシア】

【Side:アナスタシア】

冷たい、冷たい、海の底。

わたくしの記憶は、そこで途切れているはずでした。

わたくし、アナスタシア・クライスは、全てを失いました。

その発端は、あまりにも理不尽で、滑稽な茶番劇でした。

わたくしには、親同士が決めた婚約者がおりました。

しかし、その方とは一度も心を通わせたことはありません。彼はいつも、どこか冷ややかな目で、「可愛げのない女だ」とわたくしを遠ざけておりました。

そんな冷え切った隙間に入り込んできたのが、あの女、男爵令嬢のマリアです。

彼女は自分を「聖女の生まれ変わりだ」と自称しておりました。

平民上がりの彼女は、王宮の礼儀作法も知らず、無邪気を装って男性たちに媚びを売る。そんな姿を注意したわたくしを、彼女は「いじめ」だと騒ぎ立てたのです。

『きゃあっ! 酷いですわアナスタシア様! 階段から突き飛ばすなんて!』

わたくしは指一本触れていません。彼女が勝手に転んだだけです。

ですが、婚約者は彼女の嘘を信じました。

そして、あろうことか彼女は、自作自演でわたくしに「呪い」をかけたのです。

ある朝、目覚めると、わたくしの顔の右半分は、醜く焼け爛れたような黒いあざに覆われていました。

鏡を見て悲鳴を上げたわたくしを、彼女は嘲笑うように指差しました。

『見なさい! 聖女である私を傷つけたから、神罰が下ったのです! その醜い顔こそ、あなたの心の現れですわ!』

嘘つき。

それは神罰などではありません。彼女が裏で入手した「闇魔法の呪具」によるものです。聖女どころか、彼女こそが魔女だったのです。

けれど、誰もわたくしの言葉に耳を貸しませんでした。

婚約者は「化け物」と蔑み、実家の父さえも「家の恥だ」とわたくしを見捨てました。

全てを奪われ、濡れ衣を着せられ、絶望のあまり身を投げた荒れ狂う海。

冷たい海水が肺を満たし、意識が薄れていく中で、わたくしは思いました。

(ああ、これでやっと楽になれる……)

けれど。

次に目を覚ました時、わたくしが見たのは地獄でも天国でもなく、輝くような笑顔を向ける一人の子供でした。

『おはよ、お姉ちゃん。生きてるよ』

リオン・サイハーデン様。

まだ8歳だという、幼く愛らしいその方は、わたくしにとっての「神様」でした。

信じられませんでした。

あの女が「神罰」だと偽り、国一番の高僧ですら解けなかった呪いを、この方は一瞬で消し去ってしまったのです。

それだけではありません。

古びて使えないカーテンを、魔法のようにふわふわのタオルと寝間着に変え(リメイク)、廃墟だった部屋を、王宮の寝室のような温かい空間へと作り変えてしまいました。

奇跡としか言いようがありません。

ですが、わたくしが何よりも救われたのは、その「力」ではありません。

『捨てられたものは、拾った人のもの。だから――今日からお姉ちゃんは、わたしのモノね!』

その言葉です。

世界中の誰もが「汚らわしいゴミ」だと捨てたわたくしを、この方は「自分のものだ」と胸を張って言い切ってくださいました。

そのことが、どれほど嬉しかったか。

冷え切っていた心に、どれほどの熱を与えてくれたか。

窓から差し込む月明かりが、隣で眠るリオン様の横顔を照らしています。

あどけない寝顔。

長く伸びた睫毛に、白く透き通った肌。月光を浴びて輝く髪は、まるで天使のようです。

こうして見ていると、どこにでもいる8歳の可愛らしい子供にしか見えません。

でも、わたくしは知っています。

この小さな体の中に、海よりも深く、鋼よりも強い魂が宿っていることを。

(不思議な方……)

「ゴミじゃない、疲れているだけだ」

そう言って笑ったリオン様の横顔は、8歳の子供とは思えないほど、優しく、そしてどこか懐かしい温かさに満ちていました。

わたくしもまた、リオン様に「直して」いただいた道具の一つ。

あのような温かい手で触れられたなら、どんなガラクタだって、もう一度輝こうと思えるでしょう。

「……んぅ……アナ、あったかい……」

リオン様が寝返りを打ち、わたくしにぎゅっと抱きついてきました。

子供特有の高い体温が、じんわりと伝わってきます。

その温もりが、凍りついていたわたくしの心を、ゆっくりと溶かしていくようでした。

「ふふっ。甘えん坊な寝相ですこと」

わたくしは愛おしさを込めて、リオン様の頭をそっと撫でました。

この方は、わたくしの命の恩人であり、新しい 主(あるじ) 。

そして。

「……大人びていて、素敵です」

わたくしは誰にも聞こえない声でそう呟くと、リオン様の小さな背中に額を押し付け、深い眠りへと落ちていきました。