作品タイトル不明
その時〇〇は!:山陰山陽の反応①
――1533年、極月
中国地方。
冬の日本海は荒れていた。
だが、山陰、山陽の大名たちの心をざわつかせていたのは、波ではない。
四国だった。
阿波。四州近衛。
“帝が直接、国を作り始めた”という事実。
それは、中国地方の武家たちにとって、決して他人事ではなかった。
なにせ瀬戸内海を挟めば、すぐ隣なのだから。
安芸・毛利家
吉田郡山城。
毛利元就――この時、まだ三十代前半。
彼は静かに文を読んでいた。
部屋には重苦しい空気が漂う。
「……正二位」
ぽつりと呟く。
「しかも帝直轄か」
家臣たちも困惑していた。
「阿波三好は、そこまで帝に食い込んでいたのでしょうか」
「違うな」
元就は静かに首を振った。
「帝が、“選んだ”のだ」
毛利元就は、この頃まだ“大大名”ではない。
だからこそ、冷静だった。勢いではなく『構造』を見る。
「帝は、幕府を信用しておられぬ」
「……!」
「だから、新しい器を作った」
静かな分析だった。
「しかも四国丸ごとだ」
普通なら有り得ない。
だが、現実に起きた。
「恐ろしいのは」
元就はゆっくり言う。
「阿波が“戦で伸びていない”ことだ」
空気が止まる。
「港」「学」「寺」「流通」
「全部、“国を富ませる方向”へ動いている」
それは戦国武家としては異質だった。
普通は奪う。だが四州近衛は“増やしている”。
「……長くなるぞ」
元就は低く呟いた。
「こういう国は、簡単には崩れぬ」
その言葉は、妙に重かった。
周防・大内家
山口。西国随一の文化都市。
大内義隆は、京から届いた報せを興味深そうに読んでいた。
「ほう」
細い指が文を撫でる。
「学を広げよ、か」
義隆は文化人だった。
だからこそ他の武家と違う部分へ反応する。
「寺社を学問所へ変えるとは」
「異様ですな」
「いや」
義隆は静かに笑った。
「先進的だ」
家臣たちが顔を見合わせる。
「民へ文字を広げれば」
「商いは伸びる」
「文書行政も強くなる」
「ですが、統制が難しくなるのでは」
「短期ならな」
義隆は遠くを見る。
「だが長期では“読める民”の国は強い」
大内家は交易国家でもあった。
だから分かる。
明との交易。
朝鮮との外交。
文書。契約。会計。
全て“知”で動く。
「……四州近衛」
義隆は少し笑った。
「面白い」
それは敵意ではない。
むしろ、知的好奇心だった。
「一度、会ってみたいものだな」
「十一歳の“国造り”に」
家臣たちは少し青ざめた。
当主が興味を持ってしまった。
これは危険な兆候だった。
尼子家
月山富田城。
尼子経久は、険しい顔をしていた。
「帝直轄……」
低い声だった。
老将は理解している。
これは単なる名誉話ではない。
「海を押さえる気だな」
「阿波が、ですか」
「違う」
経久は即答した。
「四州近衛がだ」
瀬戸内。
あれは物流の動脈だ。そこを整え始めた。
つまり…
「金が集まる」
戦は金だ。
兵糧。
船。
人。
全部、金で動く。
「しかも帝の威光付き」
最悪だった。
地方武家は“反逆者”には強い。だが“官軍”には弱い。
「……面倒なものが生まれた」
経久は吐き捨てるように言った。
その目には、明確な警戒があった。
備前
浦上家家中。
まだ幼い八郎こと後の宇喜多直家は、廊下を走っていた。
「待て八郎!」
「やだー!」
四歳児である。当然政治など分からない。
その奥で大人たちは深刻な顔をしていた。
「四国がまとまれば備前にも影響が来る」
「海運が変わるぞ」
「塩の流れも」
備前は商いが強い。
だからこそ理解が早い。
戦より先に、“経済圏”が変わる。
「……阿波が、西国の商流を握るかもしれん」
その言葉に、皆が黙った。
そして、廊下では八郎が転んでいた。
「いたぁい!」
彼が育つ頃には、既に“四州近衛体制”が西国へ深く食い込んでいることになる。
瀬戸内海
冬の海。船が進む。商人たちは既に動き始めていた。
「阿波へ行くぞ」
「港整備、本当らしい」
「寺子屋で算術教えるとか」
「商人向けか?」
「知らん。でも儲かる匂いがする」
戦国時代、最も早く時代の変化を嗅ぎ取るのはいつだって商人だった。
武家がまだ“面子”を見ている間に金はもう動き始めている。
そして、徳島城。政所。
「なんで西国まで話広がってんの!?」
私(稀仁)は半泣きだった。
途切れることなく届けられてくる、机の上には山のような文。
港整備。
寺社。
塩流通。
水軍交渉。
「処理量がおかしい!」
側近の一人の大西小太郎(頼武)が静かに茶を置く。
「殿、とは言われても、帝が“繋げ”と仰ったので」
冷静に一言。
「うっく、でも、でも、反応早い。それに繋がりすぎ!」
脳内の『長慶おじさん』が頷く『うむ。国家運営は物流である』
(私まだ十一歳!)『もう皆、忘れておる』
そう、忘れられていた。
もはや誰も、この“正二位の少年”を、普通の子供とは見ていなかったのである。