作品タイトル不明
その時〇〇は!:四国の反応②
――1533年、師走
四国。
冬の海は冷たい。
だが今年の瀬戸内は、妙に騒がしかった。
京から流れてきた噂が、あまりにも大きすぎたからだ。
四州近衛。
天領四州。
正二位。
錦の御旗。
そして…
『帝が、“戦ではなく民を生かせ”と言った』
その話は、武家よりも先に、商人と船頭たちの間で広がっていた。
讃岐・塩飽諸島
塩飽の船頭衆は、焚き火を囲みながら酒を飲んでいた。
「で、結局どうなるんだ」
「知らん」
「でもよ」
一人の老船頭が言う。
「海を繋げ、ってのは本気らしい」
「海?」
「港を整えるって話だ」
ざわつく。
この時代、港はあっても整備など滅多にされない。
自然任せだ。
潮、風、岩礁。船乗りは命懸けだった。
「阿波じゃ、港に倉作ってるらしいぞ」
「は?」
「あと、船の大きさ測ってる」
「何のために」
「税を決めるためらしい」
「細かっ」
船頭たちは笑った。
だが、老船頭だけは笑わなかった。
「違う」
「え?」
「港を管理するってことはな」
火の向こうで、老人は低く言う。
「“海そのものを支配する”ってことだ」
その発想は、この時代にはまだ薄い。
陸の領地は奪う。だが海は曖昧だった。
しかし四州近衛は違う。
海路を繋げ、港を整え、船を管理し物流を押さえる。
「…… その子供」
「うん?」
「本気で“国”を作る気だぞ」
誰も否定できなかった。
伊予・村上水軍
能島。
村上家でも、京からの報せは衝撃だった。
海賊衆――いや、水軍衆たちは混乱していた。
「朝廷直轄?」
「四国全部?」
「いや待て待て待て」
若い衆が騒ぐ。
「じゃあ俺ら、誰に通行料取ればいいんだ?」
「そこかよ」
笑いが起きる。
しかし当主格の者は笑っていなかった。
「……海を繋げ、か」
その言葉に、周囲が静まる。
「今までの武家は、海を“道”と思っておらん」
「ですが四州近衛は違う、と」
「違う」
瀬戸内海。それは巨大な交易路だ。
だが戦国武家の多くは、海を“境界”として見ていた。
ところが四州近衛は、海を“国を繋ぐ血管”として見ている。
「危険だな」
「敵か?」
「いや逆だ」
男は苦く笑った。
「味方になれば、とんでもなく儲かる」
それが水軍衆の現実だった。理念ではない。流通だ。金だ。
海を制する者が富を制する。
そして。阿波は既にそこへ手を伸ばし始めている。
土佐・国人たち
土佐山間部。
小豪族たちは、京の話など半信半疑だった。
「帝?」
「知らん」
「遠い」
だが別の話には反応した。
「寺子屋?」
「女子も?」
「農民も?」
「……字を覚える?」
土豪たちは、本能的に理解していた。
“文字”は力だ。
契約。
年貢。
証文。
命令。
読めぬ者は、従うしかない。
しかし、もし農民が読むようになれば?
「面倒になるな……」
誰かが言った。
しかし別の老人は、静かに呟いた。
「いや」
「?」
「騙せなくなるだけだ」
沈黙。その言葉は重かった。
阿波・寺社
そして、最も空気が変わっていたのは、寺だった。
阿波国の寺社では、既に寺子屋化が始まっている。
子供たちが集まり。
板へ字を書く。
僧が読む。
娘たちも混じる。
異様な光景だった。
「これは、本当に良いのですか」
若い僧が問う。
老僧は静かに答える。
「帝が認められた」
「ですが、知は選ばれた者のものでは」
「その時代が終わるのだろう」
老僧は遠くを見る。
「……あるいは、始まるのか」
寺は理解していた。
学は、武力以上に世界を変える。
ゆっくりと。だが確実に。
徳島城:政所
その頃、元凶こと私(長慶)は
「なんで寺子屋増える速度がこんな早いの?」
書類に埋もれていた。頭を抱えていた。最近デスクワークが異常に増えている。
側近である篠原小字小一郎改め篠原孫四郎(長房)が真顔で答える。
「帝の勅へ組み込まれましたので」
小一郎はしれっと宣う。
篠原小字小一郎、小一郎のことだ。
二歳年上の彼は私(長慶)の元服に合わせて阿波で元服をした。
ちなみに側近候補全員、ほぼ同時期に行った。
元服後の通称は『孫四郎』になるのだが、私(長慶)もそうだが、それぞれ父親の通称と被ってしまうので、孫ができるまでは幼名で呼ばれることになったらしい。
彼の父親は父、海雲の側近であり、私(長慶)の傅役でもある。
「いや効力強すぎるでしょ……」
そんなことをぶつぶつ言っている私(長慶)に、同じ年の一宮次郎九郎(成助)こと次郎は、すぐ横で微笑む。
「皆、“帝のお言葉”だと思っておりますから」
それはそうなんだけど、勿論わかってはいる、自業自得なことは…
側近である彼らも、よく考えれば令和の小中学生。ブラックな環境で働かせている感は否めない。
「けど、私(長慶)の胃が死ぬ」
脳内の『長慶おじさん』が頷く。『うむ。国家運営である』
(私、まだ十一歳!)『もう諦めよ』
諦めきれなかった。
とはいえ、外では…
海が動き。
寺が動き。
商人が動き。
水軍が動き。
四国そのものが、静かに組み替わり始めていた。
まだ戦は起きていない。
だが既に“戦より恐ろしい変化”が始まっていたのである。