作品タイトル不明
未來の日本③
その時だった。
――こん。
小さく障子が叩かれる。全員の視線が向く。
「主上」
外から、年嵩の女房の声。
「夜も更けましてございます」
「ああ」
主上が穏やかに返される。
「もうそのような時か」
話し込みすぎていたらしい。
方仁親王が少し名残惜しそうな顔をした。
「まだ聞きたいことが山ほどございます……」
「余もだ」
主上まで頷かないでください。
完全に夜更かしする親子になってる。
私(長慶)は苦笑した。
「また別の機会に」
「約束ですよ?」
「はい」
すると主上が、ふと思い出したように言われた。
「そういえば稀仁」
「はい?」
「令和には、“学者”はおるのだろう?」
「もちろんいます」
「余は、その者らと話してみたい」
はあ?
えっと、令和の学者と話をしたいとおっしゃった?
無理でしょ?
私(長慶)は思わず頭を抱えたくなった。
主上、知的好奇心が強すぎる。
当然のことながら、令和の学者と直接話すことは不可能だ。
「どのような話をなさるのです?」
とりあえず話を聞くことにした。
主上は実に真面目な顔で答えられた。
「なぜ日本が滅びなかったのか」
え? 場が止まったように感じた。
方仁親王も静かに息を呑む。
主上は続けられる。
「余には不思議なのだ」
炭火を見つめながら、ぽつりぽつりと言葉を落とす。
「この国は、本来なら何度も滅んでおる可能性もある」
戦乱。
飢饉。
疫病。
内乱。
天災。
そして、外敵。
「されど、五百年後にも残っておる」
主上はこちらを見る。
「なぜだと思う?」
そんな質問投げかけられても、当然ながら私(長慶)にも答えられなかった。
そんなもの、現代人にだって分からない。
経済か。
地理か。
文化か。
共同体か。
運か。
理由は色々あるだろう。
でも、それだけでは説明しきれないものなのだ。
すると、方仁親王が静かに言われた。
「……皆が、諦めなかったからでは?」
主上が目を細められる。
親王は少し照れながら続けた。
「武士も農民も。公家も。町人も」
小さな声。
「“次へ渡そう”としたから」
私(長慶)は息を止めた。
主上は、しばらく黙って息子(方仁親王)を見ておられた。
「其方、本当に余の子か?」
「失礼では?」
「余より立派なことを言う」
「父上が急に褒めると怖いです」
そのやり取りに、空気が緩み思わず笑ってしまう。
けれど、主上はすぐ静かな顔へ戻られた。
「稀仁」
「はい」
「令和の民は、未来を信じておるか?」
私(長慶)は少し考えた。
難しい問いだ。令和には令和の、戦国と違った不安は多い。
災害もある。少子化もある。閉塞感もある。
未来に悲観的な人も少なくない。
でも
「……信じたいと思っています」
主上が静かに頷かれる。
「それで十分よ」
「え?」
「未来などな、誰にも見えぬ」
その声音は、驚くほど穏やかだった。
「されど、“次へ渡そう”と思う者がおる限り、国は続く」
その言葉を聞いた瞬間。
私(長慶)ははっとした。
戦国の帝は、未来を楽観しているわけじゃない。
むしろ逆だ。
滅びの可能性を、誰より理解している。
それでも渡すことを諦めない。
だから続ける。
主上は立ち上がられた。
細い。痩せている。決して強健な体ではない。
けれど… その背中には、千年の時間が乗っていた。
「さて」
穏やかな声。
「そろそろ休むとしよう」
方仁親王も立ち上がる。
私(長慶)も慌てて頭を下げた。
すると主上が、退出しかけたところで足を止められた。
「……ああ、そうだ」
主上は振り返る。
「稀仁」
「はい」
「“あいす”は、いつ完成する?」
方仁親王の目が輝いた。
「父上!」
「いや、大事であろう?」
「はい!」
この親子、本当にぶれない。
私(長慶)は思わず額を押さえた。
「……善処します」
主上は満足そうに頷かれた。
「うむ。令和へ続く皇家のためにも頼むぞ」
「そんな重大案件なんですか!」