軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13.「普通」の品定め(3)

「なんだ……この場所は……!」

ルーカスは、激しく地面に叩き付けられそうになったところを、持ち前の反射神経でかろうじて受け身を取り、腰をさすりながら言った。

落下した先は、地面とは思えぬ柔らかさで、おかげでこの程度の衝撃で済んでいる。

未だ動悸が収まらぬまま、恐る恐る「地面」に触れ、ルーカスは眉を寄せた。

「――……ゼリー状の、なにか……?」

「第三層一帯に生息する、発光性スライムですね。おかげで、この辺りは灯りが無くとも視界が確保できて、大変過ごしやすいかと」

そして、エルマにしゃらっと説明され、ぎょっと腰を浮かした。

それが刺激になったのか、下敷きにしていたスライムがぼうっと光の明滅を始めたので、ルーカスは一気に警戒心を引き上げ、剣を構える。

その様子を見て、エルマがおずおずと口を開いた。

「あの、スライム、狩ります? 最初に狩ってしまうと、結構重量や体積があるので、荷物になりますし、草食性のものは淡白すぎてお勧めしませんが……」

「スライムなぞ食うか! というか、なぜ魔物が平然と存在しているんだ!」

「なぜと言われましても」

エルマは不思議そうに首を傾げる。

「私が物心ついた頃から、第三層と言えばスライムでしたから。どこのご家庭も、共通なのかと思っておりましたが」

「どこのご家庭にもこんなダンジョンがあってたまるか!」

ルーカスが吠えると、エルマは「あ」と目を見開き、イザークに向かって頷きかけた。

「殿下のおかげでしょうか。ラッキーですね」

「ああ。幸先が、いい」

彼らは「おっ」みたいな感じで顔を輝かせるが、なんのことだかわからない。

ルーカスは怪訝に思って彼らの視線を辿り、思わず顔を強張らせた。

まず視界に飛び込むのは、おどろおどろしい色合いをした、無数の赤い瞳。

ルーカスたちはいつの間にか、全身を針のような毛皮で覆われ、鋭い牙の隙間から涎を垂らした、凶悪な面構えの獣によって囲まれていた。

「こいつ、A級魔獣の――」

「黒うさぎさんですね」

独白を思いもよらぬ言葉で繋げられ、ルーカスはつい反射的に突っ込んだ。

「 魔小獣(デーモン・ハーゼ) だろうが!?」

「え? ですが、長めの耳がありますし……。赤い瞳と硬めの毛皮が特徴的な、黒うさぎさんですよ、第四層在住の。今回は、スライムの異常発光に惹かれてやって来たんでしょうね」

「ああ。筋線維が、細かくて、柔らかい。脂肪分が、少なく、淡白な味わいは、ウサギ肉で、間違いない」

「味で種別を判断しないでくれ……!」

ルーカスはふと自らを襲った予感に、眩暈を覚えそうになった。

もしや、先ほどイザークが「兎」と言っていたのがこのA級魔獣か。

ということは、これから自分は、A級どころか、S級、いや、SSS級くらいの、わさわさ湧き出る魔獣と戦い続けねばならないのか。

しかも、

(たった一人で、この二人に突っ込みを入れながら――!?)

無茶だ、あまりに人手が足りない。

ルーカスは天を仰ぎそうになったが、それよりも早く、魔獣が唸りを上げて襲い掛かってくる。

「くそっ!」

ルーカスは舌打ちし、すぐに応戦の構えを取った。

これで彼も、若くして騎士団の中隊長まで上り詰めた男だ。

本能の命じるままに体を動かせば、A級魔獣は一撃のもとに首を貫かれ、スライムの地面に散った。

「おお、見事」

「さすがは殿下です」

イザークとエルマは真顔で頷きながら、片や拳で魔獣を昏倒させ、片や身を躱すことで魔獣同士を衝突させている。

ぐったりと動かなくなった魔獣を手際よくロープで縛りながら――どこから出てきたのかは、もはや愚問だ――、二人はちょっと言いづらそうに続けた。

「ただ……、ウサギは、生け捕りに、してくれると、嬉しかった……」

「血抜きの段階からハーブを使いたかったので、できれば調理場に戻ってから、首を落としていただきたかったのですよね……」

至極残念そうである。

ルーカスは「知るか!」と叫びかけ、しかししょんぼりとしたエルマを見て、口を引き結んだ。

そう言えばこれは、一応「クッキング対決」なのであった。

(とすれば、彼らの主張もまた、的外れではない……はずだ。…………たぶん)

自分は定義に忠実で、一度決めたことを投げ出さない男だ。

ルーカスは自らに言い聞かせた。

べつに、変装を解き、ドレスアップしたエルマの憂い顔ひとつで、引き下がったわけではない。

「…………第五層以下にも、『食材』はいろいろあるわけだろう。そいつらは、もっとうまく狩る」

仏頂面で告げると、エルマはぱっと顔を輝かせた――食事会が始まった時から思っていたが、獄内にいる彼女は、リラックスしているためか、いつもより少しだけ表情が豊かで、またそれがすごく可愛い。

「嬉しゅうございます。第五層から第十層にかけては、一本角の馬や毒爪を持つ熊、雷を操る鳥などもおりまして、大変食材のバリエーションに富んでいるのですよ」

「もしやそれは、ユニコーンに 毒巨熊(ギフト・ベア) に 使徒鳥(アポステル) のことを言っているのか!?」

「まあ、平たく、言えば、 野生鳥獣肉(ジビエ) だ」

S級魔獣や聖獣の類を、イザークたちはあっさり「ジビエ」の言葉で片付ける。

ルーカスは、とうに破壊され尽くしたと思っていた常識や価値観が、今また盛大に蹂躙されるのを感じながら、剣を握り直した。

(いちいち動じていては、身が持たん。……もう、毒を食らわば 魔獣聖獣(ジビエ) まで、だ)

切れ長の瞳に、ルーカスはぎらりと強い意志を滲ませる。

それは、「ヤケクソ」と呼ばれる感情に、とてもよく似た色をしていた。

一方。

「信っじらんない。もう二十五層ですって……?」

獄内に留まり、蝙蝠エコーをモニタリングしていた面々は、感嘆の溜息を漏らしていた。

大罪人もイレーネたちも、寄り集まって画面を覗き込んでいる。

そこには、音声こそ伴わないものの、激闘、と呼んで差し支えない光景が映っていた。

視界を縦横無尽に動き回るのは、蠢く山のような体に、大量の目を備えた魔物、イービルアイ。

そして、素早い身のこなしでそれに対峙するルーカスの姿だ。

ルーカスは、魔物の変則的な動きや、時折目玉から発される奇妙な光線を、最小限の動きで躱し続ける。

彼が身をよじるたび、あるいは、岩壁に突いていた手を離すたび、その場所は豪快に抉られていった。 あと一秒でも動きが遅ければ、粉微塵になっていたのはルーカス本人だったであろう。

だが、彼は構えた剣を揺らすことすらせず、防戦に徹すると、あるタイミングで一気に攻勢に打って出た。

一度、右側の目玉を狙うと見せかけて、光線をそちらへと集中させる。

その先の岩盤が崩れ、どっと魔物に向かって降り注いできた瞬間に、素早く回転し、中央の最も小さな目玉を貫いた。

途端、画面越しにも音が聞こえてきそうなほど、魔物が激しく吠える。

びりびりと細かに震えていた画面が、徐々に静止し、安定すると、ルーカスは剣を振って血のりを落とした。

「――……」

どうやら、背後にいたエルマたちに向かってなにか告げているようである。

「『今度こそ、急所以外傷付けず倒したぞ。これでいいか』でしょうかね。いやはや、イービル・アイはSS級魔物だというのに、こうもあっさりと。彼がここまでの実力者だったとは、驚きです」

唇の動きを読んだモーガンが――元詐欺師の彼は、この世のあらゆる言語だけでなく、読唇術にも精通しているのだ――、速やかに翻訳する。

イレーネたちは、神妙な顔で頷き、同意を示した。

「私、今まで殿下のことを、単なる苦労性まじめ微受けポジなどと思っていて、正直申し訳なかったですわ」

「彼は中隊長のはずだけど、これじゃあ騎士団長を超えるレベルだもんねえ。僕にまで爪を隠していたとは……まだまだこき使えたと思うと、過去が悔やまれるなー」

二人は、今までエルマ無双の影に隠れてろくな活躍をしてこなかった男に、しみじみと賛意を贈る。

そういえば、誰もが忘れていたが、ルーカスには「戦場の 黒豹(くろひょう) 」などという二つ名まであったのだった。

「ねェ、この子たち、【 怠惰(モーガン) 】の読唇術にもはや突っ込みすらしなかったわね」

「というか、この行為全般を『クッキング対決』とくくることに対してすら、なんの疑問も無いようなのだが……。俺はこの監獄の良識担当として、その辺りを指摘したほうがいいのだろうか」

背後では、リーゼルとギルベルトがひそひそと囁きを交わしていた。

ちなみに、こんな時まっさきに茶々を入れるはずのホルストはと言えば、

「第十三層の魔界樹の樹液……あれ幻覚剤に使えるな……この魔獣の眼球、自然のレーザー発生装置じゃないか……生きたまま欲しい……やばいな、ただの筋肉馬鹿の遊び場だと思っていたら、こんな魅力的な素材の宝庫だったなんて……」

ルーカスの活躍などそっちのけで、モニターに齧りついている。

「ちょっと、蝙蝠三号。その色男の姿なんざどうでもいいから、可愛いエルマか、さもなきゃそこの可愛い魔物を映してよ。あー、くそ、これ以上ズームはできないかぁ……!」

ぼやくホルストの命令をどう受け取ったものか、モニターはやや撮影範囲をずらした。

途端に、狂気の笑みを浮かべたイザークの姿が大写しになる。

ぎょっとする一同の前で、彼はぶんと剛腕を振るった。

すると、周囲の岩盤が一斉に砕け、見る間に画面上に砂嵐が掛かったようになる。

イザークは舞い上がった砂塵の中に、ぐいと腕を突っ込んで、無造作に引っ張った。

その強靭な掌に引き寄せられたのは、なんと小型のイービル・アイ、それも二体だ。

「まだいたの……!? それも二体……!」

「わお。素手で掴むなど狂気の沙汰だ」

おぞましい図に、イレーネは声を上ずらせ、フェリクスも微かに笑顔を強張らせる。

が、ぎょろぎょろと目玉を蠢かせる魔物を、イザークは風が唸るような速さで壁に叩き付け――ぐったりとした魔物の、その喉笛と思しき部分に齧りついた!

「ひ……っ!」

びしゅっ! と飛び散る血飛沫が、黒くイザークの顔を覆う。

ぼたぼたと落ちる血や臓腑をまとわりつかせ、哄笑する巨漢は、もはや彼自身が魔物のようですらあった。

常軌を逸した行動に、さすがのエルマも顔を強張らせて何かを叫び、ルーカスもまた叫びながら、エルマを庇うように地面に引き倒している。

「イザークさん……! まさか、狂って……!? もしや、エルマや殿下まで襲おうとしているのでは――!?」

「『うめー!』『あっ、ずるいです、イービル・アイの刺身をひとり占めですか? 私も――』『ダンジョン内で味見をするなああああ!』と叫びあっているようですよ」

「……………………」

どうやら、単にイザークは通常運転で食欲を爆発させているだけで、ともに 味見(・・) をしだしそうなエルマを、ルーカスが必死に止めている図であったらしい。

イレーネはもちろん、さすがにフェリクスも、そして大罪人たちも、ちょっと同情的な表情を浮かべた。

「殿下……おいたわしい……。こんな非常識な二人の間に、一人放り込まれるだなんて……」

「ルーカスがんば……」

「なんだか申し訳ないね、うちの【 暴食(バカ) 】が……」

代表してホルストが詫びる。

繰り返すが、彼らもまたそれぞれの領域でぶっ飛んでいるが、別に全方向にイッてしまっているわけではないのである。

「こんな原始的な方法で狩りをしなくても、遺伝子を採取して完全養殖すればいい話なのに……」

「そうよ、こんな暴力的な光景を見せて申し訳ないわ。全食料庫在住生物を対象に、時期が来たら自死するよう洗脳しておけばいいだけの話なのに……」

「立ち食いなど、マナー違反ですよね」

……残念ながら、やはり、それぞれの領域に対してはぶっ飛んでいるのだが。

それでもイレーネたちと、大罪人たちは、ほのかな連帯感を抱きはじめながら、じっとモニターを眺めた。

ルーカスは戦う。

SSS級と思しき魔獣が現れても、その端正な顔にやけくその表情を浮かべて、真っ当な方法で戦う。

その傍らでイザークは、およそ人間であることを放棄したようなやり方で、次々と「食材」を狩ってゆく。

技量というか、攻撃力としては、やはりイザークのほうが上だ。

これが単純な闘技対決であるならば、ルーカスは彼に及ばないと言っていいだろう。

とうとう彼らが第三十層――ドラゴンの棲みかに到達すると、いよいよその力量差は明らかになってきた。

だが――。

「あ、今度はイザークさん、うっとりした顔でドラゴンの尻尾を掴もうとしてる……」

「それに対するルーカス様の叫びは……『やめろ! 踊り食いは、絶対にやめろおおおお!』、ですかね」

ルーカスの姿を見守っていたイレーネたちは思った。

なんて面倒見のいい男なのだろう。

次から次に襲い掛かる上級魔獣を薙ぎ払い、怒涛の勢いで押し寄せる「異常」の現場を前にしても、根気強くツッコミ続けるだなんて。

しかも、イザークが尻尾を手に取った瞬間「踊り食い」の意図を察するとは、もはや才能のひらめきすら感じる理解力、そして順応力だ。

かつ、魔獣の遺骸や砂塵がエルマの方に飛んでくるたびに、きちんとかばおうとする点も、実に律儀である。

「この技量に、このツッコミ力。エルマ相手でも騎士道精神を発揮する真っ当さ。もう、『友人』としてくらいは、認めてやってもいいのではないか?」

中立の立場を掲げるギルベルトは、同情を滲ませた声で呟く。

だが、エルマ溺愛隊の中でもタカ派のホルストは、けっと不機嫌そうに言い捨てた。

「僕の可愛いエルマのために、肉の盾になろうとするくらい、人として当然の行為でしょ? それに見なよ、肝心のエルマ本人は、なんだかご機嫌斜めみたいだよ。王子サマがなんかやらかしでもしたんじゃないの」

「え?」

思わぬ指摘に、その場にいた面々は目を見開く。

男同士の対決、という建前を信じてか、大人しく二人の後ろに付いて、粛々とこれまでに狩った「食材」の下処理を済ませていたエルマ。

よくよくその表情を見てみれば、たしかに、狩りを楽しんでいるというよりは、首を傾げ、物言いたげに目の前の二人を見つめていた。

いや、どちらかと言えばルーカスよりも、イザークを見ている気もするが――なにか、不満がありそうではある。

「どうしたんだろうねえ」

「……なんだか私、嫌な予感がいたしますわ」

フェリクスがのんびりと呟けば、エルマ 無双探知機能(フラグレーダー) を搭載しはじめたイレーネが、顔を強張らせる。

果たして数秒後、それは起こった。

――ぐわぁ…………っ!

先ほどイザークが昏倒させたはずの巨大なドラゴンが、突然眠りから覚めたように、凶悪な 咢(あぎと) を全開にして襲い掛かってきたのである!

イザークやルーカスが驚いて振り返るのが見える。

時を同じくして、監獄の外、つまり食料庫の方角から、地鳴りのような轟音が響き渡った。

「伏せろ――!」

ギルベルトが素早く吼えると、面々は慌てて身を低くする。

が、地鳴りはやがて収まり、壁の外の森にはしん……と沈黙が戻ってきた。

「今のは……?」

恐々とモニターを覗き込んだ一同は、しかしそこで怪訝な顔つきになる。

ドラゴンと三人が向き合っていたはずの空間には、誰も映っていなかった。

「――……? いったい皆は、どこへ……?」

――どごぉおおおおんっ!

誰かの呟きに呼応するように、ちょうどその時、監獄の外で再び爆音が炸裂した。

ぎょっとして窓、というか砕かれた壁の外を見やり、息を呑む。

夜空を、巨大なドラゴンが駆け上がっていた。