作品タイトル不明
27.春の日ざし
「死者の尊厳を大事になさる――父上ならば、このお話……納得いただけますよね?」
「……っ」
シューベルトの言葉を受けた陛下は、黙る一方になった。
それを見たレインが、再び口を開き。
「殿下、お話をありがとうございます。そのようですので、伯爵家の養女の告発内容――それを補うように提出された陛下の証拠資料は……死者を冒涜する陛下を筆頭に――信頼性に欠けるものになりますね」
レインがそう話したのち……周囲は結論が出たとばかりに、各々が魔法陣を起動し始めた。
それは魔法具を起動する合図にもなって――。
色んな席から光が現れて――中央の天秤に集まっていく。その結果――。
シューベルトが天秤を見たのちに、告げた。
「ふむ、判決が出たようですね? 左に傾いた――ということは……オリビア嬢、ひいては公爵家は無罪判決となります」
「む、無罪……」
「ええ、オリビア……僕たちの容疑は晴れたんです」
「! レイン様……!」
レインと顔を見合わせて、私は嬉しくなる。
安堵した瞬間に「良かった……」と、口から漏れていた。
リアーナは現実が受け入れられていないのか、「嘘、嘘嘘ウソ……」と言いながらその場で気絶してしまったようだ。
そしてレインはあらたまったように、陛下のほうへ視線を向けて。
「陛下……王妃殿下の墓を荒された容疑で……司法院へ来ていただけますかね?」
「……父上、公爵のもとへ行きましょう」
レインの言葉を受けて、シューベルトもまた陛下に言葉をかけていた。
そして一方の陛下は、俯いた様子になっていて。
「……息子に裏切られるとは、な……」
「父上……?」
「まったく……この手段は使いたくなかったが――致し方ない」
陛下は、懐から紙の箱を取り出して――それを握りつぶした。
その瞬間――。
――ドォ――ン!
「なっ! 裁判所の地盤が揺れて……いや、爆発……!?」
「ふっ、公爵の権威を示す場所など――この裁判後にすぐになくす予定だったからな。先んじて仕込んでいた魔法具が役に立った」
「父上……! なんてことをっ……!」
シューベルトは理解不能とばかりに慌てた様子になって、声を出していた。
そして陛下は、どこか暗い笑みを浮かべている。
大きな衝撃が走ったことで、裁判所の崩落が始まりそうになる。
揺れも大きく、私が転びそうになった時――レインは素早く、私の腰を支えてくれた。
「レイン様……!」
「大丈夫ですか、オリビア。この裁判所は、建物が崩れてしまうでしょう――ですが」
レインは手を上空に、掲げると魔法陣を起動して――ピタッと崩落を食い止めた。
「僕が魔法を発動している内は、安全です。皆――逃げてください!」
レインがそう言うと、室内にいた貴族たちは我先にと逃げていく。
お父様は気絶したリアーナを肩に持って、お兄様はそれを支えて――その場から出ていった。
(きっと――容疑者が死なないように、保護してくれたのよね?)
彼らの全部を信じるわけではないが、確かに今日は約束通りに証言しに来てくれた。
そんな彼らの行動なら――リアーナへの対応を任せてもいいと思った。
一方で、レインの魔法を見ていたシューベルトは、レインの隣に立ち――「私も、力添えしよう」と彼も魔法陣を起動し、水を崩れそうな外壁にかけて、凍らせていた。
しかし崩落は酷いようで、崩れる速度が速い。
レインとシューベルトは間髪入れずに、魔法を発動し対処に追われている。
素早く魔法を起動するスピードは……並大抵のスキルではなく。
(私も協力したいけれど……どこに魔法をあてればいいのか……難しいわ)
彼らの魔法は、互いに何も言わずとも領分が分かっているように発動している。
そんな間に、まだまだ魔法が使えて――数か月の私が乗り込めるわけもなく。
「オリビア、崩落が少し食い止められたら……一緒に出ましょう!」
「レイン様……!」
「殿下、次の魔法のタイミングで……ここから出ますからね」
「分かった! 問題ない! 魔法具で、私はいつでも出ていける」
彼は少しでも逃げるチャンスを作ろうと、必死に魔法を起動させている。
私は待つしかできないのか――と必死に周囲を見渡していれば。
(あれは……! 陛下も魔法陣を起動して……)
私の視線の先には、陛下が天井上部に向かって――魔法で強い水流を放った。
そして天井は見事に吹き飛び、そこから……次は自身の足元から噴水を魔法で出したかと思うと――その天井の穴に向けて、上昇していく。
レインが言った裁判所の出口から出ていくのではなく、あくまで自分一人のために出ていく逃げ道を確保していた。
つまり――。
(自分の罪から、逃げようとしているのね……!?)
今回は裁判を行った中で――入ろうとした時に、裁判所の外には司法院の騎士たちが待機していた。
すなわちそのまま外に出るのは危険と思った陛下は、自分勝手な逃げ道を確保しようとしている。まだ自分の犯したことと向き合いたくないのだ。
このまま彼を取り逃せば、最悪再び――レインを陥れる計画を立てる可能性だってある。
私は鋭く陛下を睨むのと同時に、逃げようとする陛下のほうへ身を乗り出す。
「オリビア……!?」
レインが私の名前を呼ぶ中――私は無我夢中で、火の魔法を起動する。
もちろん目標は――陛下を押し上げようとする噴水。
(逃がしはしないわ……! 周りに迷惑をかけて、レイン様を苦しめて――許せない……!)
私の手から大きな火球が放たれる。
その火力をもって――噴水の水をジュワッと蒸発させれば……。
「なっ……なにがっ……うぐっ」
陛下は足元の噴水が途切れたことで、床へと落下しそうになる。
そんな彼を支えるように――私は、彼のすぐ下に氷で大きな受け皿を作ろうと。
「凍れ……!」
――パキン!
陛下は、相当な高さから地面へ落下して命を落とすことはなく――固い氷の受け皿に、しりもちをつく形で、着地した。
どうやら腰を打ったようで、受け皿のところで呻いている。
その様子を確認した直後。
「父を引き留めてくれて、礼を言う。あとは――私に任せてほしい」
「で、殿下……っ?」
急に私の隣に現れた殿下が、宙に水の塊を出現させ……瞬時に陛下のもとへ行き、魔法具を使って――二人とも炎に包まれた。
(雪山の時に見た……瞬間移動できる魔法具を使ったのね……!)
そう理解したのと同時に、自分の身体が後ろへ引き寄せられ――温かな身体に支えられる。
そして手をギュッと握られたかと思えば。
「まったく……僕の愛おしい妻は、無茶が過ぎます」
「レイン様……!」
「みんな出ましたから――僕たちも出ますよっ!」
天井からは大きな瓦礫が落下して――こちらにぶつかりそうになる……その間際。
レインの魔法陣が起動し――私とレインは瞬間移動で外へと出ることになったのだ。
◆◇◆
レインの瞬間移動の魔法のあとは――裁判所から少し離れた、広場に出た。
その地面にレインと共に立って、目の前を見つめると。
外の広場にて、立派な建造物だった裁判所が大きな音を立てて――崩れ去った。
「間一髪、でしたね」
「レ、レイン様……ありがとうございます」
「もう、これからは――無茶はしないでくださいね? あなたが危機にさらされるのは……嫌なんです」
「ごめんなさい……」
レインは真剣なまなざしで、そう言った。
彼の目元が赤くなっており……心配をかけすぎてしまったことを反省する。
確かに容疑者である陛下を取り逃がしたくなくて、無茶をしてしまった。
レインに申し訳なくて、「レイン様、本当に申し訳ございません」とそう言うと。
「今度は、絶対にしないでくださいね?」
「はい……しません……ごめんなさい」
私はそう言うと――レインはハッとなったように、慌てながら。
「あ……オリビアを一方的に責めているわけではなくて……。確かに陛下を逃がさないように、魔法で食い止めてくれたことは知っています。だけどそのオリビアが、危険に晒されてしまうのが……嫌だったんです」
「レイン様……」
「無意識のうちに、僕は僕自身よりも、あなたの方が大切に想っているんです」
彼の真っ直ぐな言葉は、私の胸にスッと入っていき――これからは、レインのためだとしても、無茶はしないと心に誓った。
そして広場では、悔しそうな陛下の声が響いた。
「忌々しい……っ、なぜこうも、下々は言う通りにならぬ……っ」
「……父上、司法院に参りましょう」
陛下の手には、氷の手錠がはまっており。
シューベルトが魔法ではめたのが明らかだった。
そしてもう一方では、司法院の騎士たちと話している伯爵家のお父様とお兄様が見えて。
「今回の……虚偽の告発、ならびに事態の究明として、フローレンス伯爵家養女のリアーナ氏を司法院で預からせていただきます」
「……よろしくお願いいたします」
お父様は気絶しているリアーナの身を、司法院の騎士たちに渡していた。
王家、そしてリアーナからの悪意の幕が閉じたのを、本能的に感じた。
「全部……終わったの、ですね」
「ええ、全て――片付きました」
私がぽつりと言葉をこぼすと、レインが返事をしてくれる。
そして彼は、私の方へ視線を向けると――。
「そのため、僕たちには――急ぎ休みが必要だと思いませんか?」
「!」
「ここ二週間ほど、緊張にさらされ……まともに休めていません! 容疑者の拘束を確認し、司法院に取り調べなどを命じたのちは……すぐに休もうと思っているんです。オリビアは、この流れどう思いますか?」
レインが真剣な表情でそう言い募る。
その意見を聞き、確かにと思った私は……。
「ええ! 休みましょう……! 私も手伝えるところは手伝いますので、一緒に……公爵家へすぐに帰りましょう! レイン様!」
もちろんと返事をして――その日は素早く、レインと公爵家に帰って……。
疲れを癒すように、自室のベッドで眠りにつくのであった。
◆◇◆
裁判の日から数週間が経ち……。
世間では国王陛下の不祥事が明るみになった。
もちろんリアーナの虚偽告発も話題になっていた。
司法院では国王陛下の刑罰について――忙しくなっている様子だ。
しかし久しぶりに会った司法院の騎士たちは、陛下が捕まって忙しくなっても――全然苦ではないようで。
さらに、やる気がみなぎっている様子だったのを覚えている。
そして現国王の投獄によって、新国王の誕生を求める声が大きくなり――。
自身の父でありながらも、厳しく不正を正したシューベルトの即位が決まったようだ。
世間では、民たちに優しいシューベルトの今後に期待が高まっている。
目まぐるしくこの国が変化していく中……ようやっとレインが休日をとれるようになり、彼の誘いで――午後から公爵領でのデートをすることになった。
(冬から……段々暖かくなったわね)
季節は春に移ろっている。私は、公爵領にある……広大な花園に来ていた。
公爵領では、領民たちにも花を楽しんでほしいと――専門の庭師を雇って、領民たちの憩いの場を作ったのだそう。
その花園のベンチに、私はレインと隣り合って座っている。
そしてここに来るまでに、買った――あの兄弟たちのパン屋のパンを一緒に、食べていた。
「サクッとして、生地がふわふわで……美味しいですね。レイン様」
「ええ、三日月の形で――初めて食べたのですが、食感が美味しいですね」
現在口にしているのは、前世で言うところのクロワッサンに似たパンだ。
この世界に来てからは、私もクロワッサンを食すのは、初めてではあるのだが――なんだか懐かしさを感じつつ食べていた。
そして目の前でいっぱいに広がる――カラフルな花々の様子に目が輝いた。
春先ということもあり、多くの花が開花したようだ。
前世で知っている桜ではないけれど――まるで花見のようだな……と思いながら、眺めていれば。
レインがぽつりと呟く。
「……とても綺麗ですね」
「ええ、本当に……とっても素敵な花々ですね」
「それもありますが――あなたと来ているから、より今見えている景色が――綺麗に思います」
「!」
レインのその言葉に、私はパンを飲み込もうとした手前、むせてしまいそうになった。
なんとか気を落ち着かせて――彼の方をみると、彼は私の方をじっと見つめて来た。
互いにパンはもう食べ終わっており……何か他の話題を出そうにも、浮かばない。
そんな中、レインはスッと立ち上がって――私の前で跪いた。
「え……っ、レ、レイン様……?」
「オリビア、あなたを愛しています」
「!」
「どうか……死が分かつ時までずっと、共にいてくれませんか?」
レインの言葉を聞き、私は目を見開く。
彼のこうした態度や言葉はまるで、プロポーズのようで……。
すでに結婚してはいるが――真剣な彼の眼差しから、目が離せない。
彼の想いを感じた私は、自然と口が開いて。
「はい。私も……レイン様を愛しておりますわ。どうかずっと側で、一緒に時を過ごしたいです」
そう私が答えると、レインの表情はパァッと明るくなって、「嬉しいです」と言った。
「その……オリビアにあらためて僕の気持ちを伝えたくて……順番が逆ですが、プロポーズをしたかったんです」
「! プロポーズ……!」
「ええ、それに……その……」
レインは少し顔を赤く染めながら――。
「もう一度、結婚式を開きたいと言ったら……困らせてしまいますか?」
「えっ……もう一度……?」
「はい……オリビアのウェディングドレス姿を見たいんです」
「っ!」
「ダメ、でしょうか……?」
レインは跪きながら――私の手を取って、うるうると懇願するように上目遣いで見つめてくる。
そんなレインの顔を見ると、胸がギュッと鷲掴まれたかのような衝撃が走った。
(うぅ……っ、そんな顔、反則過ぎる……)
レインからそう言われてしまうと、「NO」なんて言えない。
私は顔を赤く染めながら――。
「もう一度、結婚式を開くことに……賛成します」
そう返事をすれば、レインの顔は嬉しさいっぱいになってキラキラと輝いていた。
彼自身がすさまじい美貌を持っているので、破壊力がやばい。
というか想いが通じ合ってから――さらにキラキラ見えて、心臓に悪い。
レインはその場で立ち上がって、ベンチに手をつき私の方へ近寄る。
すると、内緒話をするように耳打ちしてきて。
「もう一度結婚式をしたのち――あらためて、僕たちの結婚生活を一から始めてもいいですか?」
「え?」
私はその言葉を聞いて、何かやり直すことがあるだろうか――そう疑問を感じていれば。
レインは艶やかに笑うと。
「まずは僕たちの寝室を共にします。そして――これからはずっと夜も共に過ごしたいです」
「っ! そ、それ、それって……」
レインの声からは、間違いなく「夫婦の時間」を想起させる色が含まれていて……。
これからは、ビジネスパートナーではなく、心身ともに夫婦としての関係が始まるのだと感じた。
「片時もあなたを離したくなくて……こんな気持ちは、重すぎるでしょうか……?」
近距離にいるレインの言葉に、私の心臓は跳ねてしまう。
きっと一般的には、重いと見える発言かもしれないが――その言葉を、嬉しいと感じていて。
「お、重すぎないです……私も……レイン様のお側にずっといたいですから……っ」
バクバクと鼓動する心臓に、頭がくらくらしながら――私は言葉を紡ぐ。
すると彼はニコッと笑って、「同じ気持ちで、嬉しいです」と言ってから――色香のある声で、さらに言葉を紡ぐ。
「なら……遠慮はしませんね。オリビア」
「は、はわ……はい……」
慌てながらも、私は真っ直ぐと――そう返事をした。
レインはそのまま私の顔へと近づいていき……優しいキスを落とした。
彼からのキスを受けながら、私は今後のこのドキドキに耐えられるのか……新たな不安を感じつつも。
(レイン様と過ごすこれからが……とても楽しみだわ)
これからは、既存の乙女ゲームにない物語――レインと私の物語が続いていく。
ゲームの世界ではなく、私の人生を……レインと共に歩んでいこう。優しい太陽の光を感じながら、私はそう思うのであった。
◇END◇