作品タイトル不明
24.目覚め
レインは私の方を見てから、私をギュッと抱きしめて――。
「どんなあなたも――愛おしい。オリビアの悩みはすべて、消し去ってしまいたいですね」
子どもをあやすかのように、背中をぽんぽんとしてくれながら――彼が当然かのようにそう言った。
その言葉を聞いて、私は思わず笑みが浮かんでいて――。
「ふふ、レイン様が言うと心強いですね」
「おや? 心強いのではなく、僕は本当にそうしたいと思っていますよ」
優しい彼の声を聞くと、安心感がどんどん身体の中に広がっていった。
自然と彼からのハグを抱き返すように、彼の身体をギュッと抱きしめていた。
(ここは乙女ゲームの世界だけれど……私もレイン様も、人生を生きているんだわ)
既定のルートと比較して、どうにかしないといけない――間違えたら、もうダメだと思い続けていた。
けれど実際は、もうすでにゲームの物語から変わっていき……レインとはゲームの筋書きにはない時間を過ごした。それが、自分を支えてくれるような気がして。
胸の奥がじんわりと、ぽかぽかした。
(あれ、なんだか安心したら……)
泣き続けたこともあり、目を酷使しすぎたのだろうか。
うまく目を開くことができないような、気だるい倦怠感が――目から全身に伝わっていく。
「オリビア、眠いのですか?」
「ねむ、くな……」
「おや、どうやら――もう夜更けにさしかかっていたようです。長く拘束してしまって……すみません」
「い、いえ……そん、な……」
「ずっと屋敷の仕事や――母のことで一生懸命動いてくれたことを知っています。最近は僕よりも忙しそうでしたから、休みましょうか」
「で、でも……」
「大丈夫です。僕が保証します」
レインから「大丈夫」と言われると、裁判状の話が始まってからずっと――無意識のうちに張り詰めていた身体の力が、緩まっていく。
(けれど、私だけが休むなんて……)
レインからは一緒にずっといたいと言われた。
その言葉通り、私としても一方が働き続けるのは嫌だ。
「なら……レインさ、まも一緒に……ねむ……」
しかし大きくなっていく眠気のせいか、うまくろれつが回らない。
なんとか言い切りたいと思ったのもつかの間……私は自分の最後の力を手放してしまう。
「オリビア……?」
「すぅ……」
レインの腕の中で、私は目を閉じて――眠ってしまうのであった。
◆◇◆
公爵家では何度も聞いたことのある、小鳥の鳴き声が耳に入る。
音に促されて、私の意識は覚醒していく。
「む、うぅ……」
言葉にならない目覚めの声を出しながら、ぼんやりとまぶたを開ける。
(なんだか今日は……とっても温かいわ。あれ? そういえば昨日はあれから……)
そういえば自分の部屋に帰った覚えがない。
ぼんやりとしていた視界が段々とクリアになっていったのち――私は目を見開く。
だって、ベッドで寝ていた私の隣に……レインがいたから。
「っ!」
「ん……? 起きたのですね――おはようございます。オリビア」
「え、なっ……え?」
頭が急速に覚醒し……状況は分かったが、理解は追いつかなかった。
レインはゆっくりと上体を起こして、軽く伸びをする。
「昨日執務室で話したあと――オリビアが僕を抱きしめてくれたので、そのまま僕の自室に帰って……僕も一緒に眠ることにしました」
「一緒に……眠る……」
「ドレスのまま寝るのが苦しそうだったので、侍女たちが気を利かせて――着替えを手伝ってくれましたよ」
「!」
レインの言葉を聞いて、どんどんと顔に熱が集まっていく。
彼の言う通り、私の手は彼の腰の部分をギュッと抱きしめていた。
急いで、パッと放して――「ご、ごめんなさい」と彼に謝った。
最後の記憶ではきっちりと着こんでいたはずの彼は、シャツといったラフの姿になっていて――自分の装いもまたドレスの下に着る……柔らかい生地の薄いワンピースのみになっていた。
「謝らないでください。僕はあなたと過ごせて、とても嬉しいんです」
彼は私のほうへズイッと近づくと、寝癖で乱れた私の髪を優しく梳いてから……艶やかにほほ笑んだ。
「甘えてくれるあなたは、可愛くて……側から離れられなくなりますね」
「なっ、あま……」
けして一夜の過ちなどなかったはずなのに、ただ寝落ちしてしまっただけとは思えない――彼の色気に目がくらくらしてしまう。
「もちろん、寝起きで慌ててる――今のあなたも可愛いらしい」
「レ、レイン様……!」
「ふふ、あまり言いすぎると嫌がられてしまいますね。昨日のことで、舞い上がってしまったみたいです」
彼は優しい笑みを浮かべると、そう言った。
一方の私は、思考のキャパオーバーになり……何も考えられないまま、顔を真っ赤にするほかなかった。
「ちゃんと昨日のことは覚えていますよね? オリビア」
「は、はい……」
「これからはどうするのか……あらためて聞いてもいいですか?」
レインは私の両手をギュッと握ると、心配そうにそう言った。
相変わらず顔に熱が集まって、気が気ではない状態だが――彼を少しでも安心させたくて。
「こ、これからは……レイン様と共にいるために、裁判状のこととか……トラブルは一緒に解決したい……です」
私が昨日からの話で出した結論を、彼に言えば――彼は嬉しそうに目を細めてから。
「ええ、僕もです。愛おしいオリビアのために、全力を尽くしたいです」
「い、愛おし……」
「おや、オリビアは違うのですか?」
レインはしょんぼりと悲しそうに眉尻を下げた。
そんな彼に慌てて、私は返事をする。
「い、いえ! 私も――レイン様が、愛おしいです」
「!」
言いなれていないため、恥ずかしくなりながらもそう言えば――レインは私の言葉を聞いた瞬間、嬉しそうに顔を輝かせた。
そんな彼の表情を見ると、胸がグッと掴まれ――胸いっぱいになってしまった。
(これが……恋ってことなの……っ?)
恋にしては、昨日告白も済ませているので、先を言っている気がするが……。
そうしたレインとの話をしている中で――裁判状を巡る問題は何も片付いていないことに、心に重石を感じた。
「その……昨日起きた裁判状ですが……いかがいたしましょう。私が眠ってしまったせいで、対応が遅れて……」
「大丈夫です。対応は遅くありませんよ。それに、昨日の時点では――どう動くかはこれからの判断もあると思っています」
「判断……?」
レインの話を聞くと彼は何か策があるようで、明るく話していた。
彼は、「昨日、寝る前に魔法で司法院とやり取りをしていたんです」と言っているが――いったい何を話したのだろうか。
「ここで話してもいいですが、何も食べずにいると――頭も動かないですからね。朝食にしましょうか」
レインは全てを話す前にそう提案してきた。
彼の意見がもっともだと思った私は――彼の提案に乗ることにした。
そして自室に一度戻ったのち、侍女のエマに手伝ってもらいながら――朝の支度を始めるのであった。
◆◇◆
朝食を食べ終えたのち、レインは意識を切り替えるように話し始めた。
「早速ですが……裁判について、僕も共に参加しようと思っています」
「さ、参加ですか……?」
「ええ、今回はオリビアだけでなく、公爵家を含めての裁判になるでしょうから――僕も当事者として裁判に参加するつもりです」
「!」
「通常なら、裁判は……現場証拠をもとに、被疑者の意見を聞いたりもして、判断をするのですが……」
レインは、懐から昨日届いた裁判状を手に取り、食堂のテーブルの上に置いた。
「今回の裁判長は国王陛下自らとなり……現在、証拠はすべてあちらが用意したものだけです。そうなると――僕たちに不利な証拠をもとに、裁かれてしまいますから」
「有罪を言い渡されるのですね……?」
「ええ、そうなると思います。けれど今回の裁判は、公開裁判のため……意見審問が可能なんです。国中の貴族が集まる中、互いの意見を言い合う機会がある裁判なんです」
「く、国中の貴族が集まる……」
「はい。貴族同士の裁判の場合は往々にしてよくある形式ですが……今回は陛下も出るとのことで、かなり目立った裁判になるでしょうね」
レインの言葉を聞いて、私は胸の中がざわざわする。
確かに、既存の物語でも「悪女だと断じられたオリビア」が見せしめのように裁かれるシーンはあった。
それと同様なプレッシャーが、二週間後の裁判でもあるのは――想像に難くない。
「きっと陛下は、僕たちが負けると踏んで――こうして多くの者の目に晒そうとしているのでしょうが……僕はそれこそ、チャンスだと思っています」
「チャンス、ですか?」
「ええ、公開裁判は――多くの貴族たちの判断によって刑罰が下されるのです」
「!」
「最後の審判の時に、貴族たちが魔法を……裁判用の魔道具に入れて、集計して――判決が出ます。裁判所内には、僕の魔法によって――集計の不正ができないようにしてあるので……集計ミスや不正は起きえないと考えていいかと」
ゲームの設定や物語で聞いたことのない、裁判の仕組みをレインから教わった。
この国では貴族の罪は厳しく取り締まる傾向があるため、不正が起きないように対策をされているのだろう。
(そうよね……既存のルートだと……私も悪女として断罪されて……容赦ない判決を受けるもの)
今も裁かれる危機には、なっているものの――知っている結末を思い出して、背中に冷や汗をかいた。
ゲーム画面で見た時は満場一致で、オリビアの断罪を周囲が求めていた。
「だから僕たちは今……有益な証拠を、少ない期間で集めないといけないわけですが……」
レインがそう言った時、執事のバートンが速足でレインの方へやってきて。
「坊ちゃま……昨日司法院に連絡された――あの方々がやって来たそうです」
「なるほど、分かりました。彼らは、応接間に通してください」
「あの方々……?」
私がバートンの言葉で疑問を持った様子でいれば。
「……オリビア。昨日、司法院に……まるで出頭するかのようにフローレンス伯爵家のご当主と、ご子息が来ました」
「え!?」
「彼らは、公爵家に関わりを持つなと言われたのに――来たことへの罰と……それでもなお、リアーナが起こした裁判について話したいことがあると連絡を取ってきたのです」
「話したいことが……じゃあ、もしかして――今、来られた方っていうのは……」
「ええ。フローレンス伯爵家のご当主とご子息の方です」
レインからそう告げられて、私は目を見開く。
(お父様とお兄様が……ここに来るなんて……)
そのことを聞いたのをきっかけで、伯爵家での嫌なことを思い出す。
どれも一方的に私を悪だと断じた発言ばかり、時には暴力もあった。
私の顔色が見るからに悪くなったのを見たのか、レインは気遣うように。
「……僕としても、彼らとは会いたくはありませんが――彼らがこちらを欺くつもりで来たのなら、その事実を利用して裁判で明るみしようと思っているのです。いずれにせよ、彼らは裁判で使える材料になります」
「なるほど……」
「だから僕が彼らから聞き取りを行って……証拠を貰おうと思っています」
レインは目論見を持って、伯爵家に会うつもりということが分かった。
しかも「僕が」と言っていることから、今日の聞き取りは私が同伴しなくてもいいようだ。
(レイン様は……本当に優しいわ)
慰労会のことや――結婚式の日で見た「伯爵家と私の関係」を知っているからこそ、彼はこうして私が無理をしないように、配慮をしてくれる。
(けど、私は――レイン様と共に過ごしたいと決めた。だから、彼だけが重荷を背負うのはよくないわ。私だって、自分の目で見て……一つでも使える証拠を見つけたい)
思わず、私は膝の上に置いた手にギュッと力をいれた。
「その聞き取りは……私も参加できるのですか?」
「え? もちろん、かまいませんが……」
私の言葉を聞いたレインが、疑問を浮かべた。
彼に、自分の覚悟を見せるように――私は真っ直ぐと彼の目を見て。
「ぜひ、参加をさせてください。私も――今回の裁判で勝ちたいからこそ、証拠や証言をきちんと理解したいのです」
「!」
私はそう言い切ると、彼は一瞬、目を見開いたのち……すぐに優しく目を細めて。
「オリビアの気持ち、分かりました。では――ともに、フローレンス伯爵家の彼らと会いましょうか」
「はい……!」
レインと私は食堂の椅子から立ち上がる。
そしてレインにエスコートをされながら、お父様とお兄様が待つ応接間へと向かった。