軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15.水

私はレインの目を真っすぐと見つめる――彼の目を見ると、ここ最近多忙だったためか、濃いクマが見て取れた。

そんな彼に私ははっきりと言葉を告げる。

「――この行動が、ふさわしいと思ったからです」

「ふさわしい……?」

「ええ、契約をした――レイン様と私の関係において、するべきだと思ってしたんです」

「何を言って……」

結婚で結んだ契約は、互いに見返りがあるものだ。

レインが私を思いやって、楽な生活や精神状態を作ってくれるのなら……私もレインに返すべきだろう。

(だって、指輪にも……公爵家への貢献を誓ったもの)

何も変なことはしていない。

しかしレインは、さらに混乱が増したのか――私の方をじっと見つめる。

「確かに契約はして……あなたのことを疑う気持ちはないです、ないですが……納得や理解が追い付かなくて……」

「それはきっと……寝不足のせいですわ」

「え?」

私が断言するように、レインに言えば――彼はキョトンとした様子だった。

けれど、それ以外に考えにくい。伯爵家では精神的な苦痛の他に、安心して眠ることができなかったために……かなり体力を消耗した覚えがある。

その状態にレインは近い様子だと思った。だから正常な判断も難しいし、人を信じることも難しい。

「私とは、この指輪を通して……強固な契約をしましたでしょう? だから、もし私の提案が公爵家に害のあるものだったら、この指輪において――私は罰が下ります」

「え、ええ……そうですね」

「だから、レイン様には何も不利益はありません」

私がそう言うと、レインは難しい顔をしながらも――確かにと少し納得しているようだった。

寝不足だけが、彼の不信感の理由とはならないだろうが……それでも、彼の今の状況はよくない。

それに自分としても――辛い彼の状態を見続けるのも、嫌だ。

「今、レイン様に必要なのは睡眠であり……この契約関係がちゃんと果たされるのも、そうした身体の健康があってこそだと思うのですが――いかがでしょうか」

「……」

本音は、見返りを互いに返しあうために――思いやりを返すだけだと言いたいところだが、レインにそうした感情のあいまいさを伝えても、より困惑させるだけなような気がして。

今、一番納得しやすい――間違ってはいない言葉を、彼に伝えた。

すると彼は、私の方を見て、目を見開くと。

「僕のために、まさか……こんな形からの提案を……? そんなまさか……」

「レイン様……?」

「指輪が彼女を攻撃していないのが……事実で……そう、事実だから……」

レインは逡巡しながら、机の方へ視線を落として――そう言葉をぽつぽつと出したのち。

あらためて、私の方を見つめた。

そして彼は、色んな感情がないまぜになった様子で――。

「分かりました。あなたの提案を受けましょう――オリビア」

「!」

「契約……そう、契約があるからこそ、疑う余地はありませんし――なにより、君の目を見ていたら……」

「見ていたら……?」

「――僕の完敗です。疑ってしまい、申し訳ございません……それと」

レインは困った表情ながらも、なんだか嬉しそうな笑みを浮かべていた。

そして彼は、続けて言葉を言った。

「ありがとうございます」

そう、お礼を言った。

「それでは、あなたのお気持ちに甘えて――王家からの命を、一緒に取り組んでいただこうと思います」

「! はい、よろしくお願いいたしますわ……!」

「外で待っているであろう彼らを、呼ばないといけませんね」

レインは目尻をやわらげたのち、再びパチンと指を鳴らす。

その後に、部屋の扉のほうへ声をかけて――。

「妻と話は終わりました。部屋の中へ戻ってきて、いいですよ」

レインがそう呼びかけると、「は、はい……!」と待ってましたと言わんばかりに、騎士たちと侍女のエマが戻ってきて……。

「話した結果……妻に同行してもらおうと思っています。妻は水の属性魔法が使えますから……僕も行くことを含めて、この件では十二分の魔法使いの人数になるでしょう」

「! それは良かったです……! 奥様、お声がけ下さり、ありがとうございますっ!」

「お役に立てられるのなら……嬉しいですわ」

騎士たちが嬉しそうに声をあげた。その様子に私は自然と笑みを浮かべ――そう答えていた。

エマは事の顛末を知って、どこか安心したような表情になっていた。

そんな中、レインが口を開き――。

「王命とはいえ、本件はかなり急でして――早速ですが、明日……僕と一緒に雪山のある地域まで行ってくださいますか? オリビア」

「もちろんです。レイン様」

レインから言われた内容に、私は頷く。明日と聞き……王命で言われていたことはかなり、公爵家に圧をかけていたのだなと知った。

(既存の……シューベルトと行くイベントの時は、準備に余念なく出発していたけれど……立場が違うとこうも、異なる展開になるのね)

今までの知識以外のことにも――自分なりに対応していかねば。

オリビアとして、悪役令嬢を辞める決断をしたからには……自分の選択が未来を決めていくのだと、そう感じた。

そしてこの日は、明日から出かけるということもあり――出発の準備を含めて、一日があっという間に過ぎていくのであった。

◆◇◆

レインと雪山へ行くことになった翌日。

朝から侍女のエマに準備を手伝ってもらった私は、レインと共に馬車に乗っていた。

屋敷から出発する時には、エマや執事のバートンが見送ってくれた。

ガラガラと車輪の音を立てて、馬車が走る中。

「雪山の対処に関わり……魔力を少しでも温存しないといけないので、瞬間移動が使えず、馬車での移動を決めました」

「! そうなのですね」

「ええ、素早く行けずに……あなたには苦労をかけてしまい、すみません」

「そんなことありませんわ! 私としては、こうして出かけるのは初めてですので……少しワクワクする気持ちもあるんです」

「出かけるのが初めて……?」

レインと馬車内で会話をする。レインは相変わらず、どこか申し訳なさそうに私を見ていた。

どうしてそこまで気にしているのか、私には分からないが――ずっと公爵家という立場上、借りは作りたくないのかもしれない。

(私も今は公爵家の一員になったわけだけど……日が浅いから、レインから見るとまだ他人よね)

そう思い至った。

それに、レインに話した「ワクワク」というのは本音で、ここ最近はゆっくりと庭の花を眺めてばかりの生活から見える景色が変わり……新鮮な気持ちになっていた。

もちろん今回は、旅行ではないため遊びに行く感覚ではないのだが――それでも、この世界に転生してからの「はじめて」に胸の中でポジティブな感情が湧いた。

(舞踏会までの道のりとかはあったけれど……あくまで、億劫な対決とかがメインだったから……)

気の持ちようが、あの時とは異なっているのかもしれない。

なにより、レインが側にいることで心強さもあって――こうした外の世界に気をやれるように思う。

だからレインに私へ罪悪感を持ってほしくなくて、さっきの言葉を言った。

――ガラガラガラ。

馬車から見える景色は段々と変わっていき……雪山ということで、雪景色の街の様子に変わっていった。

その街から、十数分ほど馬車を走らせたのち。

「――到着しましたね」

「! ここが……」

馬車は王命にもあった通りの――雪山……そのふもとで止まった。レインと共に外へ出れば。

「お、大きい山ですね……!」

「ええ、この国では随一の山ですから」

ゲーム画面で見るよりも、実物で見る山は迫力があった。

それに気温もとても低いため、肌に冷気が刺さるように感じた。

そして司法院からレインへ伝えに来てくれていた騎士たちも、今回一緒に来てくれたようで……乗っていた馬から下りていた。

彼らは案内するように、こちらへ近づいてきて。

「王命では、山の……あそこですね。街へと流れる川に面した氷塊が、例年にない暑い日があったせいで溶けてしまっていると……」

「ふむ、あそこですか」

騎士が指さしたところは、遠目で視認できる……大きな湖だった。

その湖から滝へと繋がり、街へ流れる川になっていた。

その湖のかさが、満タンといっても差し支えないほど、たくさんの水量があり……もう少しでも、水量が増えたら滝以外の崖から水が溢れてしまいそうで――。

(水がこのまま溢れてしまったら……街は洪水被害になってしまうわね)

だからこそ、既存の物語ではリアーナと王太子であるシューベルトが協力して、この湖の状態に対応していたのだ。

シューベルトは水属性の魔法が使えるため、水を凍らせることができ……リアーナから魔力を受け取って、この場の状態をどうにかすることができるのだ。

その凍らせる役割……というのが、今回は私が魔法を使って担当することになりそうだ。

「かなりの水量ですよね……ここからだと、少し距離があって……」

「ええ、遠いですよね」

「は、はい」

「なので、僕が近くまで案内しましょう――手を握っていただけますか? オリビア」

「あ、ありがとうございます」

どうやって魔法を使おうか、悩んでいたら――レインから声をかけられる。

彼の提案のもと、私は彼の手を握れば……伯爵家まで迎えにきてくれた時と同様に、ふわっと身体が浮いた。

レインと私はそのまま上空へ浮かぶと――ふよふよと飛んで、湖の上空へ辿り着く。

「どうやら……山の中腹の氷塊がとけたようですね」

「あ、あそこ……確かに、ぽっかりと空間が……」

レインが見つめる先には、凍っている山肌の中に――ぽっかりと穴が開いたように、空いているスペースがあった。

そこが溶けて湖に落下し……より溶けるスピードが増し、現在はこれ以上水量が上がってはいけない状況になったのだろう。

「ここの湖は――先先代の国王の火の魔法によって、けして凍らない湖になっていますから……現在の雪がずっと続くと、氾濫してしまいますね」

「!」

レインが言うには、湖の奥深くに先先代の国王によって施された火の魔法があるのだとか。

その結果、ここの湖が凍ることはなく……ずっと街に、ひいては国に飲み水などを供給することができているらしい。

(でもだからこそ、連日雪が降るここでは……この雪はほぼ雨として――水量を増してしまうのね)

湖が凍らないことで、メリットもあればデメリットもあるようだ。

乙女ゲームではそこまで詳細に書かれていなかったため、先先代の国王の魔法と聞いて、「へぇ」となった。

「僕が増えた水を上空に持ち上げて――あの穴へ持っていきますので、それを凍らせていただけますか?」

「水を持ち上げて……穴へ……?」

レインの言った意味が分からず、彼を見つめると。

彼はニコッとほほ笑んだかと思えば、空いている片方の手を下に向けたかと思いきや。

――ザパァ。

「え、み、水が……球体に……」

レインはまるで水を掴むかのように、球体へと変形させて、空中に浮かせたのだ。

氾濫可能性のある水量だったため、その球体の大きさもすさまじく……自分たちの数倍、数十倍の大きさだった。

「さて、オリビア……魔法を頼めますか?」

「え? は、はい……っ!」

思わず、とんでもない魔法の使い方に目が釘付けになっていれば――レインからの言葉にハッとなった。

レインは造作もないように、水の球体を穴の場所へ移動させていた。

(私が今すべきことは――あの水の球体を凍らせること……!)

意識を水の球体の方へ変えて、私はその球体に手を向けてから。

魔法を使った時の記憶を思い出して、口を開く。

「凍れ……!」

私がそう言った瞬間。

――バキンッ!

レインが移動させた球体を、即座に凍らせた。

その様子を見たレインは、嬉しそうにほほ笑んだ。

「ふふ、さすがですね」

一方の私は、自分の魔法の威力に……思わずビックリしていた。

(あ、あれ……以前よりも……凍らせるスピードとか、範囲が大きくなった……?)

個人的には、もう二、三度ほど連続で魔法をかけ続けないと、凍らないかなと思っていたので……あっという間に終わったことに、目を見開いていた。

(もしかして、お義母様から魔力を受け取ったから……その分、魔法の威力が大きくなったのかしら……?)

自分がしたことなのに、信じられない気持ちでいっぱいになっていれば。

「もしオリビアがいなければ、かなり……僕は面倒な作業をしていたので、本当に助かりました」

「面倒な作業ですか?」

「ええ、僕は属性がないので……凍らせることはできません。だから、先ほど見せたように、球体にした水を――別の場所に持って行く作業をしたでしょうね」

「!」

レインの言葉を聞いて、それは大変だと思った。

あの球体の状態を維持しながら、他の場所に持っていくなんて。

(そもそも大量の水を置ける場所なんて……どこにあるのかしら? 他の湖……?)

魔法を使っているのに、なんだかアナログな作業の雰囲気を感じた。

そんな会話をしながら、湖の水量を氾濫しない作業ができたため、レインにエスコートされながら、騎士たちが待つ地上へ連れていかれた。

「公爵様! 奥様! 素晴らしいです! こんなにも短時間で片が付くなんて!」

「ええ、オリビアのおかげです」

「え!? レイン様が水を持ち上げてくださったから、すぐに終わったのですよ……!」

騎士たちが嬉しそうに話しかけてきたことに、レインが自慢げに返すので――私は訂正をした。

だって、凍らせるだけでは解決しなかったことだ。

(私の魔法だけでは、水を運ぶことができないから……やっぱり、レイン様のおかげよ)

既存のイベントシーンでは、王太子のシューベルトが類まれなる魔法の才で、水流を生み出して凍らせることで事態は解決したが……。

そんなことは、私はできない。

そもそもレインの魔法の力が、圧倒的すぎて――確かにアナログな作業が必要にはなるが、彼一人でも解決ができたことに……尊敬の念が止まらない。

だからレインこそ、重要なのだと言ったのに。

「いいえ、今回は――オリビアがいてこそです。あなたがいないと、こんなにもスムーズに終わりませんでしたから」

「な……! 褒めてもらえるのは嬉しいですが、私だけではありません! レイン様のお力あってこそで……」

互いに見解が違うようで、言い合いになってしまう。

そんな時、目の前にいた二人の騎士が、「ふふっ」と笑い声をあげる。

私もレインも、何事かと二人のほうを見れば。

「公爵様と奥様はとても仲がいいのですね」

「俺たちがいるのが……お邪魔でしたね」

「!」

どこか生暖かい視線で、私とレインを見ていたのだ。

その視線に、なんだか気恥ずかしさが募り――顔が熱くなってしまう。どうやらレインも、バツが悪いのか……軽く咳払いをしていた。

「つまり、互いに……今回は頑張ったということで、異論はないですか? オリビア」

「は、はい……」

レインに同意するように、私は頷いた。

そして先ほど凍らせた場所の――山の中腹を見て、ふと乙女ゲームのもともとの展開を思い出していた。

(確か、ゲーム内では……結構このイベントの時間が長かったのよね)

そう、湖の氾濫というトラブルイベントをどうにかするのに……もちろんリアーナの魔力を受け渡すドキドキイベントもあったが、それ以外にも……。

顎に手を当てて、私が考えていると――レインが、私の腰に手を当ててぐっと自分のほうへ引き寄せた。

「え? レイン様……どうかしま……」

「……助けてくれないか」

「っ!」

突然、背後から男性の声が聞こえてきた。

しかしレインが素早く、私を引き寄せたため背後からの存在を、正面から見ることになった。そこには、高身長の茶髪の男性がいて――。

「ほう? この地域の住民でしょうか?」

「……そう思ってくれてもかまわない」

「怪しい者め、公爵様に不用意に声をかけるなんて!」

レインの問いかけに対して、男性は曖昧に返事をした。

その男性に対して、騎士たち二人は厳戒態勢で対峙している。

そんな中、その男性の姿を見た私は――小さく「え」と声をあげてしまう。だってその男性は――。

(どうして、変身魔法を施した……シューベルトがここにいるの!?)

ゲームイベントで目撃したことのある――シューベルトの姿に驚く。

だって、リアーナとこの氾濫を止めに来たシューベルトは、王太子としての姿だと国民が集まってきてしまうからと……もともとの金髪を茶髪に変えている。

加えて目立たないように顔つきも変えて、一般人の装いをしてやってくるのだ。