作品タイトル不明
12.想いのほど
私はゆっくりと、レインの母親の手をベッドにそっと置く。そしてレインは、私の方を向いて――。
「あなたのおかげです……っ、ありがとうございます……」
レインは感極まったように、私の両肩に手をそっと置いてそう言葉にした。
寝ている母親を起こさないように、小さめの声色だったが――彼の思いのたけを十二分に感じられた。
「! い、いえ……でも、お役に立てたのなら、良かったですわ」
私はホッと安心してそう返事をした。
レインの母親の状態をみるとのことで、医師と場所を代わったのち。
「お母上の魔力の受け渡しは、成功しました。ただ……一度にすべては難しかったようで、まだ体内に魔力が残っております。時間を置いて、残りも受け渡せれば元気になるでしょう」
医師から言われた内容に、私もレインも目を見開く。
嬉しい結果と共に、まだ気を緩めすぎてはいけない状況なことに気が付く。
そんな私たちの顔を見て、医師はすぐに安心させるように。
「今回でかなりの魔力の受け渡しが完了しました。そのため、体力が回復していくでしょう」
「なるほど、そうなのですね」
「むしろ――オリビア様が、急激に魔力が増えましたので、ゆっくりと休養してくださいませ」
「! わ、私ですか……?」
「ええ、魔力はなくなる分には、何も問題ありませんが――増えるのは、やはり負荷がかかりますので」
医師が話したことに、私は驚いた。だって既存のイベントではそんなこと書いてなかったのだから。
どうやら、レインもそのことは初耳だったようで驚いている。
「医師よ……魔力の受け渡しのリスクはないと……」
「ええ、通常はありませんが――想定していた魔力以上に、お母上の魔力量が多かった……まさか一回の受け渡しでなくならないほどなんて」
医師は申し訳なさそうに、私とレインに謝ってきた。
そして補足するように「けれど、このルーペで見ますと――オリビア嬢の身体に入った魔力は安定していっているようですから……時間を空ければ、魔力の負荷はなくなり……再び受け渡しができるでしょう」と話した。
医師が手にしていたのは、前世の記憶でも知っているルーペなのだが――この世界専用の効果があるようで、見えるものが違うのだろう。
私の方へそのルーペを向けると、医師はそう診断した。
「診てくれてありがとうございます。オリビア……僕の知識不足で、あなたに負担をかけてしまって、申し訳ございません……」
「そんな……! 私はこの通り、身体に問題は感じませんわ……! 気遣ってくださりありがとうございます」
レインは申し訳なさそうにそう言うので、私は慌てて言葉を紡いで――彼は悪くないことを話した。
私の言葉を聞いた彼は、困ったような様子で、眉を八の字にしていた。
そのまま本日の診療は終わりとなり――私も、レインの母親も休養が必要という結論になった。
医師からは、二か月後に再び……魔力の受け渡しを行おうという話をされたのち、彼の母親の部屋から出て――。
「今日は、早速ながら――母のためにありがとうございます。オリビア」
「私にできることがあって、良かったですわ」
「……僕は、あなたの言葉を聞くたびに……最初の疑っていた自分を悔いてしまいます」
「! それは仕方のないことですので……! 誰だって初対面でしたら、そうなりますもの……!」
そう私が返事をすれば、レインは再び困った表情を浮かべていた。
そんな中、レインの側に来た執事のバートンが「オリビア様の侍女になります」と、一人の女性を紹介した。
「ああ、バートン、連れて来てくれてありがとう。オリビアのお世話について、よろしく頼むね」
「はい、旦那様。承知いたしました。オリビア様、私はエマと申します。これからよろしくお願いしますね」
「ええ、よろしくお願いね。エマ」
侍女は私にお辞儀をして、優しい笑みを浮かべた。
「オリビアがゆっくり休められるように、快適な部屋を用意しました。ゆっくりお休みください」
「ありがとうございます。レイン様」
レインと会話を交わしたのち。
専属であろう侍女に連れられて、私は彼が用意してくれた部屋へと向かい――怒涛な一日の疲れを癒すのであった。
◆◇◆
◇リアーナ視点◇
(はぁ……やっと、うざい女がこの家から消えたわ)
伯爵家の玄関から出ていく赤髪のうざい女――オリビアの背中が消えていくのを見送る。
私はミシェルお兄様に支えられながら、少しずつ涙を引っ込めていく。
孤児院では、先生に可愛がられるために、何度もしたことがある泣きまねは――大得意だ。
孤児院で生きている時も、周囲とは違って魔力があり……見目がいい私は、とびぬけていた。
どう考えても、こんな汚い場所で埋もれていい存在ではないと――幼いながらに気づいていた。
(しかも、神様から……私は特別なのだとお告げももらったわ)
自分がいかに特別なのか……その証明として、孤児院で眠っていた時に、私を取り合う男性たちの姿を、予言として夢に見た。
加えて、存在しない顔ではなく、ちゃんとこの国にいる地位の高い男性たち。
ミシェルお兄様に、この国の王太子であるシューベルト様。
彼らから愛を請われる予知夢。この夢を見た次の日に――ミシェルお兄様が孤児院へいらしたのを見て、確信したのだ。
(そして――ようやっと伯爵家の一員になった。いえ、唯一の娘になった)
私に目をかけてくれた、お兄様とお父様には感謝しきれないと思うのと同時に――その愛を受けるのは当たり前だとすら思う。
現にお父様は、先ほど出ていったオリビアに憤慨したように怒っていて。
「あんなにも礼儀知らずに育っていたなんて、信じられん! 執事よ、今すぐに司法院に行って――破門の申請書を出してこい!」
「は、はい……! ただちに……!」
お父様に命令された執事は、魔法を使ってその場から瞬時に――お父様が言っていた「司法院」に向かったようだ。
「リアーナ、辛かっただろう? もう、君を煩わせるものはいない」
「ミシェルお兄様……お気遣い下さって、うれしいです」
「ああ、僕のリアーナ……なんて、可愛らしいんだ」
お兄様はうっとりとした表情で、こちらに笑顔をむけてくる。
お兄様の気持ちを和らげるように、愛らしい笑顔を浮かべて――彼の腕にそっと手を置いた。
すると身体から何かが抜ける感覚と共に、お兄様の笑顔もより深くなっていく。
(そう、私は――みんなに愛されて当然なのよ)
お父様も、お兄様と同様に私に……オリビアからの言葉について気遣ってくれて、謝ってくれた。
あの女が正式にこの家へ、もう帰れないという事実だけで、私にとっては何も問題ないのだが……。
自分をこんなにも持ち上げてくれる対応は――やみつきになってしまいそうだ。
(あの女に邪魔された……シューベルト様とのお近づきを、お兄様とお父様にお願いして、機会をつくらなきゃね)
自分にとって必要な予定について、頭の中で考えた。
そして今日はもう夜更けに差し掛かっているので、お兄様とお父様に見送られて――部屋に帰ろうとしたその時。
「……ねぇ、私の可愛い娘はどこ?」
「え?」
聞いたことのない声が、屋敷の玄関スペースに響き渡る。
声が聞こえたのと同時に、お父様とお兄様が声がした背後――後ろを振り返った。
そんな二人と同じくして、私も後ろを振り返れば……そこには、生身の人間とは思えない――金色の長髪を持つ女性が立っていた。
だって足元が、まるで火のようにボワッと揺蕩っているのだ。
どうみても人間ではない存在に――私は思わず悲鳴をあげた。
「ひっ……ゆうれ……」
「お母様っ!」
「え……?」
現れた女性を幽霊だと断じ、ミシェルお兄様に縋ろうとした矢先。
お兄様が、感極まったように声をあげた。
「この魔力の反応、間違いない……お母様っ!」
「お、おかあさま……?」
私は状況が分からずに、お兄様の言葉を復唱した。
お兄様は目の前の存在に、釘付けのようでわなわなと震えている。一方で、お父様も目を見開いて「い、愛おしい君が……もう一度……?」と声を震わせていた。
(確か、伯爵家の奥様は……だいぶ前に亡くなったのよね?)
お兄様とお父様からはそう聞いていた。
オリビアを産んだせいで、命を落としてしまった――大切な奥様なのだと。でも亡くなった奥様が、どうしてこの場に……。
「久しぶりね……ミシェル。そしてあなた……会えて嬉しく思うわ」
「ぼ、僕もですっ! お母様っ!」
「ああ、私もだよ……! 魔力の共鳴によって、死後の世界からこちらに来れるという事象は知っていたが……ずっと私たちの魔力を墓石に注いでも、君に会うことは叶わなくて……なぜ急に、ここへ……」
お父様の話を聞いて、魔力によって死者がこうして現れることもあるのかと知った。
それと同時に、この場にいる奥様はお父様とお兄様の大切な人であるため――取り入るべき存在なことにも理解が及ぶ。
「なぜって……オリビアの魔力を感じたからよ?」
「え……?」
奥様の言葉を聞いた瞬間、奥様へ近づいていたお兄様とお父様の足がピタッと止まった。
「最後に会うことも叶わなかった……愛おしい私の娘に会いたくて……。ずっと悔しい気持ちがあったから、オリビアの魔力を受けて――ここに来たのだけど……」
奥様は、屋敷の中をぐるっと見渡したのち。
「ねぇ。あなた……どうして私の愛おしい娘の気配が、この屋敷にはないのかしら?」
「……あ、その……」
まるで極寒の風が吹いたかのように、周囲の気温がぐっと冷えたような気がした。
奥様に問われたお父様は、バツが悪そうに視線を左右に泳がせている。
同様に理解が追い付かないのか、ミシェルお兄様も「ま、まさか……お母様が会いたかったのは……オリビア……? だって、お母様の命を奪ったのに……」とぼそぼそと言葉を紡いでいた。
お兄様の言葉を聞いて、私はハッとする。
(そうよ。あの女のせいで……伯爵家の奥様は亡くなられたわ。オリビアに会いたいなんて、ミシェルお兄様が可哀想すぎるわ……ちゃんと教えて差し上げないと)
きっと死後の世界からこちらに来て、気が動転しているのだろう。
私が優しく寄り添って――奥様の気持ちをなだめよう。そうすれば、お父様とお兄様とのすれ違いもなくなって、私の株もあがるはず。
「私からお伝えします……! 奥様……いえ、お母様っ!」
「はい?」
「オリビアお姉様は、数々の横暴を働いて――伯爵家から破門になったのです!」
「は……?」
「お母様もお腹を痛めて――お姉様のせいで命を散らしてしまったと聞いております。そんな悪女であるお姉様に会いたいなんて、きっと勘違いですわ……どうか、お兄様とお父様への想いを深く……」
私はお兄様とお父様の前に出て、面と向かって奥様に言葉を紡ぐ。
これで、勘違いが解けると――ニコッと笑みを浮かべてそう言えば……。
「赤の他人にこんなことを言われるなんて――不愉快だわ」
「え?」
「ヘンリー……どうして、こんな気味の悪い女性がいるの? 産んだ覚えのない子から、母と呼ばれるのは――不快だわ」
「あ、いや……これには訳が……」
「まさか、私の死後――他の女性と関係を持ったの?」
「ま、まさか……! そんなはずない! この子は――孤児院から養女として引き取ったんだ」
お父様は弁明するように、奥様に言葉を尽くしていた。
一方の奥様は、疑念が晴れないようで、さらに言い募る。
「それにこの子が言ったことは、本当のことなの? 私の愛おしい娘を――破門にしたと」
「……た、確かに破門にしたのだが……それは……」
「――なんてことを……」
奥様は信じられないとばかりに、侮蔑の表情をお父様に向けていた。
私は想定してなかった奥様の反応に言葉を窮してしまう。そんな中、お兄様が反論をするように口を開いた。
「待ってください! お母様! 僕も父上も、大好きなお母様の命を奪った……魔法も使えないあいつが、悪女になってしまったがために、相応の罰を……」
「――お黙りなさい。ミシェル」
「っ!」
奥様は冷え切った声色を出したのと同時に――玄関の周囲を凍らせた。
使用人たちは、奥様の怒りの様子を感じ取って、深くお辞儀をするばかりだった。
(うそ……霊体なのに、魔法を使えるの……!?)
死してなお、こうして強い魔法が使えることに私は目を見開く。
そんな中、奥様は見下したようにお父様とお兄様を睨んで。
「相応の罰……血の繋がった妹に対しての発言とは思えないわね」
「……っ」
「私は二人に――可愛い妹を大切にしてって、死の間際に言ったわよね?」
「……だ、だが……私もミシェルも、君が苦しむ姿ばかりが目に焼き付いて……」
「言ったわよね?」
「……あ、ああ……言っていた……気がする……」
「私の最期の言葉を忘れていたのね……じゃあ、遺言書は? ちゃんと読んでくれたの?」
「ゆ、遺言書……?」
お父様が、奥様の言葉に疑問を表すと――奥様の目はさらに冷ややかになり、玄関で待機していた侍女に目を向ける。
「ねぇ、あなたが――オリビアの世話をお願いした侍女よね? 確か、私が死ぬ間際に――ミシェルと夫に向けての遺言も託したはずなんだけど……」
「なっ……! そうなのか……!?」
「……っ」
奥様の視線の先には、オリビアの侍女をしていた女性がいた。
彼女は、ぶるぶると身体を震わせ続けている。
「息子も夫も……すぐに感情的になってしまうから――落ち着いたタイミングで遺言を渡してほしいと、私はそう伝えたわよね?」
「! お、奥様……っ! 申し訳ございませんっ……! も、申し訳ございません……!」
「どうして渡してないの? 今すぐにでも二人に渡してほしいのだけど……」
「ほ、本当に申し訳ございませんっ、その……誤って暖炉で……燃やしてしまい……」
「……」
侍女の言葉に、無表情の奥様は手をスッと彼女に向けたのち。
――パキンッ!
「ひ、ひぃっ! 私のあ、足が氷漬けに……っ」
「お前から私の娘の魔力を感じるから……間違いなく側にいたのは分かるのだけど――嘘は良くないわ。誤って燃やすってどういうこと?」
「も、申し訳ございませんっ! 誤ってではございません……私が身分を越えて……奥様の遺言書を燃やし――お嬢様の立場を悪くしました……っ!」
「……」
「お嬢様の立場を悪くして、旦那様と坊ちゃまに取り入ろうと……私への待遇を良くするために、行いました……っ」
「!? なんだって……!? お前がオリビアに虐められていると報告を受けて――給金を倍にしていたのに……そんな実態はなかった、だと……!?」
侍女は頭を床にこすりつけて、謝り続けていた。
その様子に、お父様とお兄様は信じられないとばかりに、目を見開いていた。
「私の見る目がなかったばかりに……可愛い娘に苦労をかけてしまったわ。オリビア……ごめんなさい……ダメな母ね」
「……い、いや、私のほうが……オリビアに酷い仕打ちを……」
「ええ、あなたのしでかしたことを――私は許せませんわ」
「!」
「それに、ミシェルとその侍女の犯した過ちも。私はこの怒りを抑えられそうにないわ」
奥様は、鋭く睨んだのち――侍女の方を見た。
「お前が犯した罪は、悪逆非道すぎるわ。ヘンリー、司法院にこの者の処罰を嘆願しなさい」
「そ、そんな……奥様……! 司法院に届けられたら、私は次の仕事がなくなるどころか……投獄に……」
「それの何がいけないの?」
「っ!」
「たしか、主人の命を恣意的に歪めた場合は……鞭打ち刑ののち、国外追放よね?」
奥様は侍女ににっこりと笑みを向けたのち。
「自分の罪としっかり――向き合ってきなさい」
「ひ、ひぃ……!」
「す、すぐに、こいつの罪は司法院に伝えよう……! お、おい……侍女長よ、今すぐに司法院への嘆願書を書く――準備せよ」
「は、はい……!」
玄関口で控えていた女性が慌てて、どこかへ駆けて行った。その様子を見た奥様は、お父様に「ちゃんと届けてね」と言葉を紡いだ。
次に、奥様はミシェルお兄様の方へ視線を向ける。
「ミシェル、あなたは――妹を家族と思えなかったようね?」
「ご、ごめんなさい、お母様、お母様に会いたくて……」
「いいえ、そんな言い訳は関係ないわ。自分より年下の守るべき存在に――いえ、もう叱ることも手遅れね。私はこんなにも――血も涙もない人間を息子にしたことを、恥じるばかりだわ」
「お母様……っ」
「あなたとは家族の縁を切ります。そうね――遺伝した私の魔力を返してもらいましょうか」
「そ、そんな……っ。お母様……っ」
奥様はミシェルの方へ、手を向けると――彼からオーラのような何かが立ち上がっていき、それを吸い上げてしまう。
「もうこれからは――魔法が使えないでしょうね」
「ぼ、僕の魔力が……、ま、魔力が……」
ミシェルお兄様は理解が追い付かないようで、呆然と言葉を紡いでいた。
そんな中、お父様は奥様の機嫌を取るかのように、おずおずと声をかけた。
「そ、その……ミシェルは君のことを想って……」
「……あなたには幻滅しました」
「! ま、待ってくれ話を……! すぐにオリビアの破門は撤回する! だから、君と話が……」
「お父様……!?」
(オリビアの破門を撤回するですって……!?)
私は思わず、大きな声をあげてしまう。
だって、せっかくうざい女が消えて清々したのに。またあの女が戻って来るなんて――許せない。
私が声をあげたことで、お父様は口を閉じて――こちらをバツの悪そうに見つめた。
一方で、奥様は冷え切った瞳で私をじっと睨んだ。
「あなたとの話はないわ。もう夫とも思えないし、醜悪な汚物にしか見えないの。私との契約違反だから……絆を――消させてもらうわね」
「ま、待ってくれ……!」
奥様はお父様に冷ややかな視線を向けたのち、手を向けて――お父様の薬指にハマっていた指輪を消した。まるで溶けて蒸発するかのように、スッと消えた。
この国では、魔力を込めて指輪を交換し……基本的に一生外れない。それくらい神聖なもので、離婚以外で指輪を外す……すなわち指輪の誓いを破ると国中で、後ろ指を指される。
指輪の誓いを破るというのは――約束を反故にする人間性の表れ。信頼に値しない人間だと、蔑まれるのだ。
「僕の命より大切な――君とのつながりが……」
「はぁ……その気持ちを娘に向けるべきだったでしょうに。本当に、救えない人ね」
「!」
「結婚式の時……私は指輪に、二人の子どもたちの未来を願ったけれど――あなたは私との未来が一番だったものね。これからは、自分のしでかしたことに一生……向き合ってください」
奥様はそう言い放った。つまり、お父様は奥様と誓った「子どもたちの未来を守る約束」を反故にした結果――指輪が無くなった。
そして奥様は続けて、口を開くと。
「あの子には――オリビアには、私たちの魔力がちゃんと受け継がれていたのに……あなたは本当に何も感じなかったのですね?」
「……そ、それは……」
「しかも、そこにいる――赤の他人に、変なものをかけられているじゃない」
「なっ……!」
奥様から言われた「赤の他人」発言に、私はギョッとする。
先ほど裁かれた侍女とは違い、私はあくまで自分の愛らしさゆえに、当然の待遇を貰っていただけだ。
それなのに、なんてひどいことを言うのだと――私が声を出す前に、奥様は言葉を紡いだ。
「無意識でやっているのが――より醜悪ね」
「君は、いったい何を言って……」
奥様は、お父様とお兄様の方へ両手を伸ばしたのち……何かを口で唱えた。
「せっかくなら――学んだ魔法知識をオリビアに教えてあげたかったわ。こんな……いい大人たちを介抱することになるなんてね」
奥様は残念そうな声色でそう言うと。
「さようなら、愛しかった……私の息子と夫」
「! ま、待ってくれ……!」
「お母様……っ!」
そのまま奥様は、スッとその場から跡形もなく――消えてしまった。
その瞬間、侍女を拘束していた氷塊から、周囲にあった氷塊なども消えていった。
その様子を見たお父様はハッとなったように――。
侍女に対しては、お父様がすぐさま側にいた使用人たちに声をかけ――あらためて拘束を命じていた。
一方で、ミシェルお兄様はぐったりとその場で崩れ落ち――座り込んでしまった。
周囲は混沌としており……私はため息をつく。
(まったく……人騒がせな奥様だったわ。あんなにも冷たい人だったなんて、こちらから家族の縁なんて、お断りよ)
座り込んでいるミシェルお兄様を可哀想に思い、私はそっと近づいて――彼の肩に優しく手を置いた。
「お兄様……辛いお言葉を言われてしまいましたね……。けれど、私が側にいますので……」
「! リアー……ナ……」
「少しでもお気持ちが和らぎますよう……」
「……手を放してくれないか」
「え……?」
お兄様の口から出た言葉に、私は理解が追い付かずポカンとしてしまう。
だって、どうして彼はこんなにも温度のない瞳で――こちらを見ているのだろうか。
「僕と父が――君をここに連れて来てしまったのが、過ちだった。僕たちが、ちゃんと見るべき問題に蓋をして……見ないふりをしてしまったんだ」
「お、お兄様……? 何を言って……」
「すべて、僕たちが悪かったんだ……」
ミシェルお兄様の変わりように、私は慌ててしまう。
彼はどうして急にそんなことを言っているのだろうか。ミシェルお兄様はすっとその場で立ち上がると――。
「君にもすまないことをしたが――申し訳ない。君とは兄妹ではないから……兄と呼ばないでくれ」
「なっ! なにを……お父様! お兄様の様子が変で……!」
ミシェルの様子があまりにもイメージとかけ離れていて、混乱した私はお父様に声をかけた。
だって、本来なら私を慰めてくれたり――私を思いやってくれるのが普通なのに、こんなのはおかしい。
「リアーナ……」
「お兄様がいつもとちがうんです! お父様からも、お兄様に……」
「ミシェルは何も間違っていないよ」
「え?」
私がお父様に近づこうとした時――お父様からかえってきた淡々とした声色に、立ち止まってしまった。
「なんだろう――憑き物が落ちたように、頭がすっきりするな。いや、そうだとしても――オリビアにしてしまったことは、酷い罪だ」
「お、お父様……?」
「ああ、リアーナ。君にも我が家の問題に巻き込んでしまったね。だからこそ、君との距離をちゃんと保つべきだと思うんだ」
「な、何を言って……」
「確かに君を養女として迎えいれてはいるが――血縁者でない限り……現行の法では、伯爵家の籍に入れられないんだ。通常なら、養子としての接し方をするべきところを――私たちは間違えてしまったな」
「え? 籍……? 入れられない……?」
お父様が何を言っているのか、分からない。
そんな折――玄関に魔法陣が起動し……先ほど司法院に行っていた執事が、汗だくになって玄関へ戻って来た。
「旦那様、お待たせしました!」
「ああ、お前か――すまないが、先ほどの破門の件は……」
「なんと、司法院が素早い対応をしてくださり……オリビア様の破門を許可してくださいました!」
「は?」
「そのため、今この瞬間から――オリビア様はもうフローレンス伯爵家ではないとのことです!」
執事はやりきった感を出して、お父様にそう伝えた。
その瞬間、お父様ではなく――お兄様の声が周囲に響いた。
「う、嘘だ……っ! オリビアがもう妹じゃない……?」
「お、お兄様……?」
「これから、オリビアには贖罪をしなければいけないのに……嘘だ、嘘だ、嘘だ……」
「……バカな……オリビアが……もう私の娘ではない、なんて……」
「お父様……?」
見るからにうろたえているお父様とお兄様の姿に、私の胸はざわざわとしてしまう。
先ほどの奥様に会ってから、何かがおかしい。こんな展開は、私が求めたものじゃない。
「あの子だけが――私の本当の娘なのに……オリビア……ああ、嘘だと言ってくれ……」
「……っ!」
お父様の声を聞いた私は胸に、グサッと刺された痛みが走った。
だって、オリビアだけが「本当の娘」なんて認められない。
あの女が本当の娘なのだとしたら――私はなんになるの?
(価値もない孤児院の女の子……?)
頭によぎったイメージに、私はぎりっと奥歯を噛んだ。
燃えるような憎しみが、胸いっぱいに広がる。そもそもあの奥様は、「オリビアの魔力」を感じて、出てきた……そう言っていた。
つまり――あれは、幽霊でもなんでもなくて……オリビアが生み出した罠。
いったいどんな魔法を使ったのかは分からないが、お父様とお兄様を騙す魔法を使ったのだ。
(許せない……許せないわ……!)
私が愛されるのを良しと思わず、嫉妬ゆえにこんなことをするなんて。絶対に許せない。
(覚えておきなさい。地の底に落としてやるわ……オリビア)
オリビアへの憎しみを胸に抱いて、私は使用人たちに連れられて自分の部屋へ帰っていくことになった。
◇リアーナ視点 終わり◇