作品タイトル不明
11.魔力で
(そ、そうよね……夫を身分で呼ぶのは変よね……けれど……そうなるとつまり)
エヴァンスと呼ぶのもおかしいだろう。
家名であり、契約でありながらも――今後は私もエヴァンスの姓になったのだから。となるとつまり――。
「レ、レイン様……」
「はい」
「……っ」
私がそう名前を呼ぶと、彼は満足そうにほほ笑んだ。
その顔を見た私は、なんだか気恥ずかしさが生まれてしまって、顔に熱が集まってしまった。
「これで心置きなく――動けそうです。早速ですが、あなたが話してくださった提案を受けてもいいでしょうか?」
「!」
「あなたが使用できる――二つの属性の魔力についてです」
レインから切り出された話に、私はハッとする。
舞踏会に会った際には、慎重的だった彼の態度が――結婚を済ませたのちには、こうも前向きになるなんて。
(でも、ずっと王族からの陰謀に晒されている身だから……当然なのかも)
公爵家という立場の中、王族側についているという伯爵家の娘が近寄ってきたら……そりゃあ不信感も湧くだろう。
そんな中でも、母親のためにこうして万全を尽くしているのだ。
「分かりましたわ。魔力も魔法もどちらも――レイン様のお求めに応えますわ」
「ふふ、頼もしいですね」
私の言葉に、レインは嬉しそうに――また少し興味深そうな瞳でじっと見つめてきた。
再び彼の案内で、屋敷の方へ向かおうとした時。
「公爵様……!」
「どうしたんですか?」
焦った様子の騎士が、駆けてくるようにこちらへやってきた。
騎士は一つの書状を手にしているようで、それをレインに渡そうとする中――ギョッとしたように、私の方へ視線を向けている。
「え、あ……その……貴族の……とある申請を受けまして……その……」
「……?」
なんだか言いにくそうな騎士の様子に、私はキョトンとしてしまう。
そんな中、説明をするようにレインが話す。
「ああ、エヴァンス家は、司法や貴族の法務手続きの承認者ですからね。この騎士は、エヴァンス家が配置した司法院という建物で――手続きを受け付ける部署に勤めているんです」
「そ、そうなのですね……?」
「もうすでに勤務時間は過ぎているんですが――こうして急いで来たということは、かなり急務の内容のようですね」
レインは騎士から貰った書状の封を開けて、内容に目を通していた。
すると、面白そうに「おや」と声をあげる。
「なるほど。フローレンス伯爵家からの破門申請ですか。ふむ――どうやら、僕の最愛の人は……舞踏会のあの時に、こうした未来をすでに予見していたのですかね?」
「!」
レインの声を聞いて、私は思わず身体をビクッと反応させた。
その話を聞いて、先ほど目の前の騎士が言いにくそうにしていた理由も、納得がいった。
「破門申請なんて……以前にあったのが数十年前でしたっけ? それほどに、稀な事例ですが……」
「……」
「ちなみに通常であれば、貴族の家からの破門は――本人からの抗議によって止めることもできますが、あなたはどうしたいですか?」
レインは私の方をじっと見つめて、問いかけて来た。
(まさか、破門申請という手続きがあって……彼が管轄していたのは驚きだったけれど――逆に、良かったのかもしれない)
頭の中に浮かぶのは――最後まで私のことを忌み嫌っていた家族の顔。
いやもう、すでに……家族ではない。
「止めなくて大丈夫です――レイン様」
「ほう?」
レインは、私の真意を探るかのような声色を出した。
そんな彼に対して、私は視線をそらさずに真っすぐ見つめて。
「私が向き合うべき方は……レイン様であり、この公爵家です」
「……!」
「だから、むしろ――すぐにでも申請を進めてもらって問題ありませんわ」
そう私が言い切ると、レインは目を見開いた。そののち、笑みを深くして――。
「あなたの覚悟、しかと聞きました。では、この申請は――すぐに進めましょうか」
レインは慣れた手つきで、書状に指で何か文字をなぞったかと思うと。騎士に、再びその書状を渡す。
「僕の署名は魔法で入れました。これで、申請は完了ですね」
「! は、はい……! 何も問題ありません。本日から――オリビア嬢は、伯爵家の籍がなくなります」
「それと――翌朝、神父から申請書が届くと思いますが……僕とオリビアが夫婦になったことを、すぐに反映してくれますか?」
「え……! ふ、夫婦に……」
騎士は寝耳に水とばかりに、私とレインの顔をじっと見てから。
すぐに事情を察知したのか、きびきびとした様子で、「はい! すぐに反映します! おめでとうございます! 公爵様!」と返事をしていた。
レインから破門申請の手続き書状を受け取った騎士は、そのまま深く礼をしたのち、帰っていった。
「僕の魔力には属性がなく――ああいった署名とか、転移とか……イレギュラーな魔法ばかり使うんです」
「え?」
「無属性の魔法について、大切なパートナーであるあなたに言ってなかったと――思って」
(む、無属性の魔法……!?)
私はレインに言われた内容に目を見開く。
そんな魔法の種類は、既存の物語でも聞いたことがない。しかもできることの幅広さからして――どう考えても強すぎる。
ただ彼の力が強いからこそ、その属性は誰も持っておらず――母親から魔力の受け渡しをできなかった……はがゆさが、あったのかもしれない。
(まさに……ラスボスとしての強さのゆえん……ってことなのかしら)
私は額に汗をにじませながら、レインに「そ、そうなんですね」と返事をした。そんな私に対してレインは、明るい声色で話した。
「少しでも、あの愚か者どもから引き離せる助けができたのなら――嬉しいですね」
「!」
そういえば、伯爵家から出ていった時。
レインは、伯爵家の中から聞こえていたであろう――私を追放する声を耳にしていたのだった。
どこか黒さがあるような笑みを浮かべるレインに、私はたじたじになっていれば。
レインが思い立ったように言葉を紡ぐ。
「なんだか、新婚というのは――新鮮な気持ちになりますね」
「そ、そうなのですか?」
「おや、オリビアはそんな気持ちにならないんですか? 僕は――なんだか楽しい気持ちなのに」
彼の言葉を聞いて、否定的な気持ちよりかは……レインのように楽しむようなポジティブな気持ちのほうが、心の持ちようとしてはいいのかもしれない――と思った。
(レインのことはまだまだ知らない一面があるけれど、それでも彼とちゃんと向き合っていこう)
なにより、安泰な生活が懸かっているのだ。
そのためにも、レインのために力を尽くそう。
「レイン様、先ほどの……私の魔力と魔法をどのように使いましょうか?」
「! 突然の訪問に気を取られていましたね。あなたの魔力については――私の母のために、協力してほしいのです」
レインは真剣な面持ちになったのち、私を連れて公爵家の屋敷の中へ入っていくのであった。
◆◇◆
レインに連れられて、屋敷内の階段を上って――廊下の奥側へ向かって行く。
廊下には多くの使用人たちが控えており、誰もが訳知りなようで……静かに私たちにお辞儀をしていた。
そんな中、レインが口を開く。
「僕の母は、オリビアと同じ二つの属性の魔力を持っています」
「!」
「しかし、身体が弱く――その魔力に耐えられません。過ぎる力によって、段々と衰弱しています」
廊下をレインと共に歩いて行けば、重厚な扉の前に行きついた。扉の前には、初老の執事が立っており。
「お坊ちゃま……そのお方が……」
「ああ、僕の妻になった――オリビアです」
「お初にお目にかかります。エヴァンス家で執事をしておりますバートンです」
「! オリビアと申します。これから、よろしくお願いいたします」
執事から丁寧なあいさつを貰い、反射的に返事をした。
すると執事は、柔らかく笑みを浮かべた。そしてレインが確認するように、執事に声をかける。
「部屋の中の様子は……」
「現在、医師を一人待機していただいております。医師の方からは、緊急ではないが――あの件は早めに処置をした方がいい、とのことです」
「……分かった」
レインと執事の話を聞き、おおよそのことが推測できた。
それは、レインの母親の容態が芳しくないということ。まだ王城からの罠にハマる前であるため、死の淵には立たされていないのだろうが――それでも。
(体調がずっと悪いのは……辛いわ)
そう私が考えていると――レインが口を開く。
「オリビア、僕は――あなたに母の治療の協力をお願いしたいと思っております」
「治療……」
「治療といっても、医者として見てもらうのではなく……母の魔力をあなたに受け取ってほしいのです」
母親の状態や私への要望を、レインは話した。
彼との契約によって、命ずることもできたであろうに、彼は私に対して「協力」を請う形をとった。
(既存の物語では、冷酷なレインの一面しか見てなかったけれど――本来は今目にしている……彼の言動が本当の姿なのかもしれない)
物語では、冷酷な悪役というレッテルを貼られてしまっていたレイン。
けれどこうして話していくうちに、血の通った温かな一面を良く目にした。
もちろん、協力と言われずとも――彼の庇護下に入るために力は惜しまなかったが……。
(私としても――彼の状況を、そして彼のお母様の助けができるのならしてあげたい)
そうした想いが自然と胸の中にいっぱいになり――私は口を開いて。
「はい、私にできることを――協力させてくださいませ」
「……! ありがとう」
レインは私の言葉を聞いたのち、嬉しそうに言葉を紡いだ。
そして重厚な扉を開けて、中へと私を案内した。
部屋の中は、オレンジの小さな明かりがランプから漏れ出ており――休むのに適した光加減が調整されていた。
部屋の中央には、眼鏡をかけた医師が控えており、手には医療用の器具が入っているのであろう鞄を持っていた。そしてその医師の奥にあるベッドに――。
(あの方が……レインのお母様)
レインと似ている髪色と目元を持った女性が、ベッドで横になっていた。その姿を見るに、やつれてぐったりとしていて、痛々しかった。
レインは私を中へ案内すると。
「ベッドで休んでいるのが僕の母です。そして医師は、念のために来てもらっています。魔力を貰うのは危険ではないけれど――あなたと母に万が一、何かあった時に対処してもらおうと思っています」
レインから紹介を受けた医師は、私の方を見てペコッとお辞儀をした。
私も医師の挨拶に返事をしたのち――レインと共に、ベッドの方へ近づいていく。
(レインの言う通り、魔力を貰うのは――既存の物語でも、リアーナが攻略対象の人物たちから貰っていたのを見たから、それくらい気兼ねなくできるものなはず。それよりも……レインのお母様の容態のほうが心配だわ)
近くで見ると、レインの母親は生気を失っている様子がありありと分かった。
魔力の異変は、通常の医療ではどうしようもできないため――きっとここにいる医師もうまく対処がしきれないのかもしれない。
「母上……起きておられますか?」
「……レイ、ン……?」
レインの呼びかけに、彼の母親はゆっくりとまぶたをあけて、朧気のように彼の方へ視線を向かわせた。
「母上の魔力と合致する者が来てくれました――オリビアです」
「初めまして、オリビアと申します」
「! ま、ぁ……」
レインが目線で、来てもいいと合図をくれたのをきっかけに、私は彼の母親のもとへ近づき、挨拶をした。
するとレインの母親は、目尻を和らげて声をあげてくれた。
「ご、めん、なさいね……起き上がって、話したいのだけど……」
「! いいえ、お気になさらないでください……! そう言ってもらえて嬉しく思います」
「そう……? 優しく言ってくれて、ありがとう……」
彼女は、会話をするのにも大変な労力がかかっているように見えた。
そんなレインの母親を見ていると、胸がギュッと締め付けられる。
「レイン様、私ができることを……今すぐにしてもいいですか?」
「ええ、お願いします。母上、お手を出させていただきますね。そして魔力を手に溜めてください」
「わか……ったわ。ありがとう、オリビア……」
「……っ」
レインの母親は、自分が辛いのに何度も感謝を口にしていた。
そんな彼女を見ると、一刻でも早く力になってあげたいと思った。
レインが母親の手をベッドの掛布団から、そっと出してあげて――私の方へ向ける。その手に私は自分の両手を挟むように、そっと触れた。
(魔力の受け渡しは――イベントで何度も見たわ。相手の魔力を吸い上げるように、意識をして……)
もともとの知識では、リアーナが攻略対象キャラと力を合わせて、悪役を滅ぼすために魔力の受け渡しを行っていた。
魔力は魔法を使うエネルギーであり、あればあるほど強くなれる。
既存の物語であったのは、攻略対象キャラからリアーナへの受け渡しであったり、その逆もあった。
その時に描かれていた意識を参考にして――今度は私が実践する。
(どうか少しでも……彼女の苦しみが和らぎますように……っ!)
そう思いを込めて、集中するために目を閉じて、レインの母親の手をギュッと支えれば――じんわりとした温かいものが自分の手に伝わってくるのが分かった。
(これは……体温……だけじゃなく、魔力……?)
初めての感覚に戸惑う中、レインがぽつりと言葉をこぼした。
「光が……出て……魔力がちゃんと移動して……?」
レインの口から出た疑問に対して、側に居た医師が返事をする。
「は、はい……! 魔力の属性が同じゆえに……受け渡しができております……!」
医師は嬉しそうな声色だった。
そして、数分間レインの母親の手を握り続けていれば――温かなものを感じなくなる。
不思議に思って、ゆっくりと目を開ければ――。
「……すぅ……」
「! 寝ていらっしゃる……?」
ベッドには先ほど私に声をかけてくれていた彼女が、寝息を立てて寝ていた。
この状況は成功したのかと――レインの方へ視線を向ければ。
「母上が、悪夢にうなされずに……寝て……」
レインは良かったと安堵した様子で、そう言葉を紡いでいた。