作品タイトル不明
【04】
目覚めると、まだ暗かった。だが、暗くてもやらなければならないことがたくさんある。朝はみんなが思っているよりも忙しいのだ。のそりと起き上がったグレースは、そのままベッドを降りようとした。
「何をしている」
低い男の声で問われ、グレースはびくっとした。そして、ぼんやりしていた頭が覚醒した瞬間に思い出した。そうだ。グレースは結婚して、フォートレル男爵家に嫁いだのだ。この人は夫になったユーグ。何もしなかったが、一緒に眠ったのを思い出した。
「お、おはようございます」
「ああ、おはよう。まだ早いぞ」
起き上がって天幕を少しまくって確認したユーグが言った。グレースは戸惑う。実家のデュノア伯爵家では、朝起きて朝食を作るのがグレースの日課だった。高貴な貴族の娘がそんなことをしないのはわかっているが、デュノア伯爵家は裕福ではないのだ。
対して、婚家であるフォートレル男爵家は、事業に成功した貴族で裕福だ。伯爵家であるデュノア家より、よほど。つまり、生活様式が違うのだ。事前に確認しなかったグレースのミスだ。グレースの当然が、ここでは当然でないことに気づくべきだった。
「……実家では、いつも早かったので」
言葉を選んでそう言うと、ユーグも気づいたように「ああ」とうなずいた。
「うちではもう少し寝ていても大丈夫だ。あまり早起きだと、逆に使用人に文句を言われる」
なんと贅沢な。と思ったが、声には出さずに神妙にうなずく。ユーグももうひと眠りするようで、再び横になった。
「それに、一応初夜だったんだ。寝坊しても許されるくらいだ」
「そう……でしょうか」
促されてグレースも横になる。今さら、結婚したとはいえ男性の隣で寝ていることに羞恥を覚えてきた。すでに目を閉じたユーグの横顔がうっすらと見えて、グレースは反対に体を向けてぎゅっと目をつむった。
特段、二度寝するつもりはなかったのだが、いつの間にか眠っていたようで、次に起きたときには横にユーグはいなかった。今何時だろう。結構、天幕越しに差し込む日が強くなっている。寝過ごした、という焦りに飛び起きた。そろりと触れたこともないような天幕を持ち上げて顔を出す。
「おはようございます、グレース様」
「おはようございます……」
グレースよりやや年かさに見えるメイドに声を掛けられ、挨拶を返す。昨日紹介されたサビーヌというメイドだ。グレースもあまり人のことを言えないので言わないが、愛想がない、というか、グレースがユーグに嫁いできたことに納得できない様子だ。それがはっきりとわかる態度だが、グレース自身も状況がいまいち把握できていないため何も言えない。それに、昨日の様子を見る限り、仕事はこなすようなので特に問題ないと思うのだ。
「サビーヌさん、ユーグ様は? 私、寝坊してしまったでしょうか」
「ユーグ様はすでにお仕事へ向かいました。ユーグ様が起こさなくてよい、とおっしゃいましたので、寝坊ではございません」
「そ、そうですか」
淡々と言われ、少しホッとするのと緊張とが同時に押し寄せる。
「それに、グレース様はユーグ様の奥様なのですから、私を呼び捨てにしてください。敬語も結構です」
「……気を付けます」
実家には使用人が男女一人ずつしかおらず、しかもグレースはあまり関りがなかったため、使用人に対する態度がよくわからない。
さらに、今日着る服はどれにするか、と聞かれて戸惑った。クローゼットにはドレスが大量に詰め込まれている。うちが用意できるはずがないので、フォートレル男爵家が嫁いでくる妻のために作ったものだろう。つまり、ナタリーのために。そのため、ナタリーに似合いそうなドレスばかりだった。
それに文句を言うつもりはない。もともと、ナタリーが嫁いでくるはずだった家だ。これだけ準備を整えてくれているのだから、感謝すべきだろう。それに、グレースはこんなにきれいな衣装をまとったことがない。昨日のウエディングドレスも、ナタリーに合わせたものでグレースには微妙に似合っていなかったのだが、きれいなドレスがうれしくて鏡の前でくるっと回ったものだ。スカートに足を取られて倒れたけど。
「ご不満かもしれませんが、今日のところは我慢していただけると」
姉に合わせたドレスが気に入らないのだろうと思われたのか、サビーヌに淡々と言われ、「文句があるわけではありません」と答えた。
「こんな豪華な服、私が着ていいのですか?」
ナタリーとグレースは二歳違いで、体格も似ていたから、必然的にグレースはナタリーのお下がりが多かった。体格も顔立ちも比較的似ていると思うが、それでも髪や目の色、印象などが違うと似合う服は変わってくる。明るくて美人なナタリーに合わせた服が、グレースにはそれほど似合わない。まったく似合わないわけではないのだが。
それも、最低限の数しかない。明るい美人のナタリーには、両親も有用性があるとそれなりの格好をさせていたが、それでもうちの財力には限りがあった。……いや、わかっている。母が浪費をやめれば、もっとましな生活ができていたはずだ。
「グレース様が着なければ誰が着るのですか」
呆れたように言われた。そう言われても、ふさわしい恰好などがよくわからない。いや、状況に適した服は選べるのだが、多すぎて選べないというか。
「ええっと、今日、このお屋敷で私が着ていてもおかしくないものは、どういったドレスでしょう?」
何を言っているんだ、こいつは、みたいな目で見られたが、わからないなら聞くしかない。恐縮しながらサビーヌを見ると、彼女はこれ見よがしにため息をついた。
「そうですね。このあたりでしょうか」
サビーヌが出してきたのは三着のワンピースだった。いわゆる室内着に分類されるものらしい。それにしたって、グレースの目には上等に見えたけれど。
一番シンプルで無難そうなものを選び、着せてもらう。自分でも着られるタイプのものだったが、メイドなどの側仕えがいるときは、主人は使用人に任せるのが正しいらしい。これは昨日聞いたことだ。さらにアクセサリーは、髪飾りは、と聞かれたが、アクセサリーはつけない。つけ慣れていないのだ。髪飾りだけシンプルなバレッタをつけてもらう。
最後に全身が映る鏡を見せてもらう。曇り一つない、大きな鏡だ。これも実家にはなかったものである。鏡に映る自分はきれいに装っていて、自分ではないみたいだ。ただ、この青いワンピースは、当たり前だが本来嫁ぐはずだった姉のナタリーに合わせてある。だからか、微妙にグレースに似合っていない。特に、胸元の格差がひどい。同じようなものを食べて育ったはずなのに、どういうことだろう。今日は体に合わせて仮縫いしてもらったが、昨日着たウエディングドレスはそうもいかず、胸元に詰め物をしていたくらいだ。むなしくなる。