軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【03】

ユーグの両親、フォートレル男爵夫妻に事情を説明すると、父は考え込むように沈黙し、母はわずかに眉をひそめた。

「ナタリーさんが駆け落ちしたのはわかりましたけれど、代わりにグレースさんが嫁いでくる必要はないと思います。そこまで責任を感じなくてよいと思いますよ」

息子の婚約者としてナタリーとかかわりのあった母は、彼女のアグレッシブさを知っているのでそう言ったようだ。ナタリーが駆け落ちしたのはグレースのせいではないので、彼女を責めても仕方がない。平謝りだったグレースは驚いたように何度か瞬いた。

「あ……いえ。でも、うちは賠償金を払う余裕はなくて」

「知っています」

きっぱりと母は言った。当然だ。金銭的に余裕がないことをわかっていて、フォートレル男爵家はナタリーへ縁談を持ち掛けたのだから。

「正直、うちもエドメのことがありますから、相殺しようと思えばできます」

「あ、ありがとうございます」

口を開いた父に、グレースがほっとしたように胸をなでおろした。その様子を見ながら、父は言う。

「その様子を見るに、愚息が強引に連れてきましたかな」

「ユーグ」

母にも咎めるようににらまれ、ユーグは思わず視線をそらした。丸め込んで連れてきた自覚はある。思ったより、婚約者の妹に情を覚えていた。

「家同士の結びつきとしてみれば、婚約者が入れ替わったところで同じです。式も中止しなくて済みますし、我が家には利点が多い。しかし、個人としてみればそう簡単にはいかんでしょう」

父の言う通りである。何事もなかったかのように式を行うなら、三日後になる。ユーグの方は何とでもなるがグレースの方は大変だ。

「私としては、息子の嫁があなたになってもいいと思います。現状を考えれば、合理的ではある」

「あなた。世の中合理的だからと言ってどうにでもなるわけではないのよ」

あきれた母につっこまれつつ、父はそう言う人なので仕方がない。ユーグも父に似たところがあるので、何も言えない。

「……もし、私がユーグ様に嫁いでもよいのでしたら、私にも利点はたくさんあります。少なくとも、親子以上に年の離れた成り上がりの男に嫁がなくて済みますし、実家を出ることができますから」

ユーグと話していた時も話題に出たが、グレースもそれらを嫌だ、と思う気持ちはあったのだな、と安心した。自分で言うのもなんだが、その成り上がり商家に嫁ぐよりはユーグの方がマシだろうし年も近い。困窮したデュノア伯爵家からも解放される。多分グレースは、あきらめていたのだと思う。どうあっても自分の立場が好転することはない、と。それが、違う可能性を示されて、それがかなうかもしれなくて、本音が出てきた。

「金を借りているわけではないが、商品を融通してもらっているようですね。伯爵夫人は相変わらずのご趣味で?」

「変わりません。父も母を止めませんから。……フォートレル男爵家は、服飾系の商家ですよね。つながりができたらたかりに来るかもしれません」

「それはどうとでもなる」

さらりと父が言う。父が言うなら、本当に何とかなるのだ。仕事柄、恨みを買うことが多いので対策くらいはできる。

「……この家には合理主義者しかいないのかしら」

はあ、とため息をついた母の言葉には、グレースのことも含まれている。どうやら、彼女の身上を聞いて、結婚に反対できなくなったようだ。明らかに彼女は実家にいるよりも嫁いだ方がはるかにましだし、朴念仁の自分の次男が、他に好きな女性を作るとも思えないからだろう。

両親の同意を得られたユーグはその勢いのままグレースの両親にも同意を得に行こうとする。それを、父が呼び止めた。

「待て。お前たち二人よりも、私がいた方が話が進めやすいだろう」

実のところ、ユーグ側の決定権も、ユーグ自身ではなく、男爵である父が持っている。グレースの場合とさほど変わらない状況なのだ。当主はそれぞれの父親なので、当然と言えばそうなのだが。

その足でデュノア伯爵家に行ったのだが、婚約者の入れ替えはすんなりと行われた。デュノア伯爵夫妻は、ナタリーが逃げたことで援助を得られなくなることを心配していて、グレースが代わりになることで援助を得られ、さらに賠償を求めないことですっかり気をよくしたのだ。一応、母にはカバーストーリーとしていろいろ言われていたのだが、それを話す必要もなかった。

「私どもとしてもありがたいですが、ナタリーはともかく、グレースのような地味な娘でよろしいのですかな」

デュノア伯爵のそんな発言が耳についた。ナタリーの駆け落ちを責めて、グレースをたたくような人だからろくでもないことはわかっていたが、娘をけなしめて何が楽しいのだろう。母親も追随していて不快だった。確かに、母親は華やかな美人で、ナタリーは明らかに母親似だ。きっと、ナタリーは嫌だっただろう。

きらびやかな年齢不相応の装いをしており、目がちかちかする。娘たちはシンプルな装いなのに、この差。仕方がないのだが、グレースをここに置いて行くのが不安になる。それは父も同じようで、「一緒に男爵家に行きますか」とグレースに尋ねていた。断られていたけど。

「男爵やユーグ様のおかげで機嫌がよいのです。金になるとわかっているのですから、そこまで無体な真似はされませんよ」

そのセリフが心配になる原因なのだが。合理主義者の父とその父に似ていると言われるユーグだが、思わず困惑して顔を見合わせてしまった。

本人の同意も得ずに連れて行けば、それはただの誘拐になってしまうので引き下がったのだが、フォートレル男爵家の屋敷に戻ってから、待ち構えていた母にがっつり怒られた。ここは無理やりにでも連れてくるべきだったようだ。

「うちのやり方に慣れてもらうため、とか、できるだけあなたと交流を持てるようにするため、とか、いろいろ方法はあったでしょう」

「しかし、グレース嬢も引っ越しの準備が」

「それは結婚してからでもなんとかなることよ」

まあ、ものはまた揃えられるが、グレースは一人しかいないのでどちらが優先かはわかり切ったことではある。母に指摘されてにわかに不安になってきた。グレースは大丈夫だろうか。

ユーグの不安と裏腹に、無事に結婚式の日を迎えて今にいたる。引っ越しの準備はどうなるかと思ったが、結婚式当日にグレースは引っ越してきた。彼女の世話をしたメイドによると、新しい暴力の痕は見られなかったそうだ。つまり、それ以前はあったということだが。

デュノア伯爵夫妻も、不安になるくらい機嫌がよかった。ユーグの両親は、向こうの両親の機嫌のいいうちにグレースを保護しておけ、と言う。ユーグもその意見に同意だ。知っている相手だけに、放っておくには目覚めが悪いし、調べれば調べるほどデュノア伯爵家でのグレース……というより娘たちへの扱いはよくなかった。

結婚式当日は、一応初夜、と言うことになる。形式というものはできるだけ踏まえておいた方が、後腐れがない。三日前に決まったこの結婚でもそうだ。と言うわけで、ユーグとグレースは夫婦の寝室にいた。軽く髪を編んでリボンでまとめた彼女は、ひどく緊張した面持ちだった。結婚式のドレスはナタリーのものを流用せざるを得なかったが、今着ているネグリジェは昼間見たドレスよりもグレースに似合っている。彼女に似合うものを用意したのだ。

こわばった顔のグレースの頭を軽くなでると、ぎゅっと目をつむった彼女がそろりと目を開けた。

「何もしませんよ。グレース嬢も、三日前に決まった相手を夫と思うのは難しいでしょう」

ナタリーが駆け落ちして空いた穴を埋めただけで、今すぐ夫婦になる必要はないのだ。そう言うと、グレースは明らかにほっとした顔をした。あまり表情の変化がない彼女がこれだけ安堵を見せるのだから、よほど緊張していたのだろう。

「……私は助かりますが、ユーグ様はそれでよろしいのですか?」

「かまいません。少なくとも、今日は一緒に眠るだけです。……ああ、一つだけ」

「なんでしょうか」

緊張が解けた様子でグレースが首をかしげる。大人びた顔立ちの彼女も、こうしていると年相応に幼く見える。そう言えば、彼女はユーグよりも六つも年下なのだ。

「結婚したのだから、俺たちは夫婦だ。俺はあなたをグレースと呼ぶし、他人行儀な口調はしない」

「かまいません」

なんだ、そんなことか、とばかりにグレースはうなずいた。結婚前はグレースは伯爵令嬢でユーグは男爵子息。グレースの方が身分が上だった。だが、結婚した今はそうではない。ユーグとナタリーは婚約期間中、お互いを呼び捨てていたしそれなりに気さくに話していたが、グレースはそもそも婚約期間が三日だった。

「では、グレースも俺をユーグと呼んでくれ。話し方も」

ナタリーがそうしていたことを覚えているだろうグレースは少し困ったように首をかしげて、「努力します」と言った。難しいだろうか。彼女はナタリーほど社交的ではないし、ユーグの方が年も上だから難しいのかもしれない。

この件はひとまず保留にし、ベッドに並んで横になった。天幕に囲まれて暗いベッドの上で、ふふっと笑う声が聞こえた。

「どうした?」

「いえ……寒い夜はお姉様とこうして並んで眠ったなと思って、懐かしくて。すみません」

金銭的に困窮していた伯爵家だ。暖を取るのに一緒に寝ていたのだろう。事情を考えると笑えないが、仲の良い姉妹が並んで寝ているのを想像すると微笑ましくはある。

だからこそ、なぜナタリーは仲の良かった、可愛がっていた妹を残して駆け落ちしたのかと言う疑問が残る。妹に負担を押し付けて逃げるような娘ではないのだ、彼女は。実の妹であるグレースも、付き合いが浅いはずのユーグも同じことを思っていた。