軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【25】

「全く! 失礼な人たちだこと!」

近衛騎士たちが帰った後、真っ先に怒りの声を上げたのはアメリーだった。対照的にグレースは青ざめている。

「申し訳ありません……私のせいで、皆さんにご迷惑が……」

「君のせいではない」

ユーグはグレースの肩を抱き寄せた。おとなしく抱き込まれたグレースだが、彼女が「私のせいですよ……」とつぶやいた。

「私が嫁いでこなければ、フォートレル男爵家は巻き込まれませんでした」

「私たちはデュノア伯爵家の内情を知ったうえで縁談を了承した。最初からわかっていたことだ。よって、グレースのせいではない」

滅多に口を開かないレイモンがグレースを慰めるようにそう言ったので、ユーグもアメリーも驚いた。グレースも驚きが勝ったようで、何度か瞬いた後、「はい」とつぶやくようにうなずいた。

「……さて、食事にしましょう。おなかがすいているでしょう?」

アメリーがグレースに穏やかに言った。空気を読んだグレースも、はい、とうなずく。しかし、結局彼女は夕食をあまり食べられなかった。もともと少食気味であるが。それでも、最近は普通程度には食べるようになり、だいぶ肉付きもよくなってきていた。

「一緒に眠ってもいいですか?」

そう言ってグレースは、夜中にユーグの部屋を訪ねてきた。いまだに寝室が別になっているので、一緒に寝ようと思えばどちらかを訪ねるしかない。

不安げに揺れる眼で見つめられ、ユーグは拒否できなかった。グレースも非常識であるのはわかっているのか、許可されて少し驚いているように見えた。

ベッドに入れてやりながら、ユーグは「珍しいな」とグレースに言った。

「眠れなかったか?」

「……ちょっと、不安になってしまって」

「そうか」

手を伸ばしてグレースの頭をなでる。暗闇の中でも彼女がほっとしたように目を閉じたのがわかった。しばらくなでていると、すう、と寝息が聞こえ始めた。無事に入眠できたようである。

そっと手を降ろす。本人は未だに自覚が薄いが、目鼻立ちの整っているグレースは、目を閉じると少し幼く見えた。彼女はユーグより六歳も年下の女の子なのだ。

ところで、安心したように眠ったグレースとは対照的に、ユーグは眠れそうにもない。結婚した日にも同衾したが、当時とは心持が違うのだ。自分の者ではない体温を感じ、柔らかなにおいを感じる。せめてグレースを視界に入れないように上を向いた。

「生殺しだ」

何とか眠ろうと、ひとまず目を閉じた。

絶対に眠れないと思っていたのに、ユーグは意外と図太かった。明け方、右腕が妙に暖かくて目が覚めた。何気なく見やると栗色の髪が目に入った。グレースだ。ユーグにしがみつくように眠っている。グレースにしがみつかれている、と言うことに気づくと、どっと体温が上がり、汗が浮かんできた。

柔らかなにおい、弾力のある肌、本人が「ない」と気にしていた胸が、ユーグの腕に当たって柔らかさがわかる程度には「ある」とわかった。

何より好きな女性が無防備に眠っている姿がまず駄目だ。仰向けになったユーグは動かせる方の手で顔を覆った。大きく息を吐く。何度か深呼吸してから、ユーグはグレースの肩をゆすった。

「グレース、朝だ。起きられるか?」

「ん……」

できるだけ優しい声で起こすと、グレースはあえかな声を漏らして目を覚ました。何度か瞬きしてきょとんとした顔になった。

「おはよう……ございます」

「ああ。おはよう」

なぜ目の前にユーグがいるのかわからない、と言った雰囲気だったが、すぐに自分が押し掛けたことを思い出したらしい。恥ずかし気に微笑んだ。

「すみません、子供のようなことをしてしまいました」

そろそろと離れるグレースの腕をつかみ、引き寄せてベッドに体を押し付ける。

「ユーグ様?」

きょとんとユーグを見上げてくる。その幼げな様子にユーグは自分が無体を働こうとしている気分になって、彼女を抱きしめるだけにとどめた。グレースは抱きしめられるのが好きなので、嬉しそうにユーグの背中に腕を回した。

「……名残惜しいが、起きるか」

「はい」

名残惜しいのも事実だが、このままではグレースの意に反して襲ってしまいそうな気がした。いや、夫婦だからそれでもいいのか?

休んである程度落ち着いたグレースに安心し、ユーグは商会の様子を見に行く。行ってらっしゃい、と見送るグレースの頬に口づけたのが、彼女を見た最後になった。

その知らせは、ユーグが王都の店舗にいるときに届いた。そのため、かなり早い段階で彼は状況を知った。知らせを受けたユーグは残りの仕事を店長に押し付け、急いで屋敷に戻った。

「グレースがいなくなったって、どういうことですか?」

勢い込んで駆け込むと、言い終わる前に訪ねてきていたレナエルが「ごめんなさい!」と勢いよく頭を下げた。その勢いに、さすがのユーグも立ち止まる。

「……何がだ?」

ユーグは朝、自分が屋敷を出て以降のグレースの動向を知らない。できるだけ落ち着いて尋ねたが、声がいら立っていたのかレナエルはびくっと肩を震わせた。上げられた顔を見ると、涙目だ。ユーグは慌てて首を左右に振った。

「違う。すまない。怒ったわけではない。何があったのか説明してくれるか?」

できるだけ穏やかに尋ねようとしたが、どうしても口調が早くなってしまった。ユーグは自分の声が、気を付けないと冷淡に聞こえる自覚がある。レナエルは妹なので慣れているはずだが、この動揺している状況では怯えさせてしまったようだ。

「今朝、あなたが出かけた後にレナがグレースを誘いに来たのよ」

レナエルをなだめながら、母のアメリーが口を開いた。買い物などに誘いに来たわけではなく、一緒にお茶をしよう、と言う誘いだった。

「お店に行くのではなくて、ヴァンタール男爵のお屋敷で、と言う話だったから送り出したのだけど……」

人目のある場所ではなく、レナエルの嫁ぎ先の屋敷だ。フォートレル男爵家ではないので気分転換になるだろうと、アメリーも送り出したそうだ。アメリー自身は別の約束があったため、同行しなかった。

昼過ぎ、お茶の時間に間に合うようにグレースは出発し、無事にヴァンタール男爵家に到着している。レナエルが出迎えて、二人で輸入したお茶とお菓子を楽しんだそうだ。

それほど遅くない時間に、グレースは帰路についた。しかし、夕刻になってもグレースは帰宅しなかった。レナエルなら、早い時間にグレースを帰すと思っていたアメリーは、ヴァンタール男爵家に問い合わせた。すると、とうに帰宅した、と言う。

調べてみると、馬車は路地裏で横転しており、御者は殴られて気絶していた。同行していた侍女とそして、グレースの姿はなかった。

「ごめんなさい……! 私が一緒について行けばよかったんだわ……!」

泣きじゃくるレナエルに、ユーグは首を左右に振った。

「いや……レナが一緒でも、その状況では襲われただろう。そして、グレースはレナを巻き込んだことを気に病む。気にするなとは言えないが、レナのせいではない」

話を聞いている間にだいぶ落ち着いてきたユーグだが、レナエルを慰める一方でグレースの行方を考えていた。

「一応、憲兵に連絡したから、軍の捜査が入っていると思うけど……」

うろたえながらもアメリーはすべきことをしていた。馬車が横転していて、御者が負傷していたのなら、何らかの事件に巻き込まれたとして軍の捜査が入る。

「軍の詰め所に行ってくる」

「待て、そちらにはもう人をやっている。落ち着け」

父に肩をつかまれてユーグは行きかけた足を止めた。到着した時よりは落ち着いたが、まだ焦っていた。というか、落ち着くのは無理だ。

「グレースはどこに……」

「彼女の交友関係は広くはない。本人がしっかり者だし、危ないことを自らするとは思えない。無理やり連れて行かれたか、脅されて自らついて行ったと考えるのが自然だ」

父のレイモンが落ち着き払って言う。確かにそうだ。グレースは自分が弱みになるとわかっているから危険な真似をするはずがない。そして、彼女の広くない交友関係から、彼女が狙われる原因はそれほど多くない。フォートレル男爵家の商売関係か、それとも。

「……デュノア伯爵家か?」

「私もそう思う。最近の醜聞を考えれば、娘を取り戻そうとする可能性は高い」

ユーグは冷静に言ったレイモンを見た。多分、レイモンは初めからこれがグレースの実家の仕業だとわかっていた。自分の家族の犯行だとわかっていたから、グレースは自らついて行ったのだろう。

グレースとユーグが結婚した時点で、デュノア伯爵家は爵位だけはある貧乏貴族だった。家政と経営を担っていたナタリーとグレースの姉妹がいなくなり、急速に家計が傾いたのは調べがついているし、グレースも認識していたところだろう。そして、彼女の弟で跡取りだったセヴランも不祥事を起こした。デュノア伯爵家の存亡の危機である。

グレースはセヴランが廃嫡された場合、デュノア伯爵家の相続権がある。彼女は放棄するかもしれないが。そのためにさらわれたのかもしれない。

ユーグと離婚してデュノア伯爵家に戻るように言われても、グレースはうなずかないだろう。ユーグも、というかフォートレル男爵家も許可しない。なら、グレースを脅して離婚を承諾させようとするだろう。グレースが脅されたくらいで屈するとは思えないが、暴力を振るわれたりすればわからない。

少し考えればばれるような犯行だが、可能性は一番高い。もう少し賢ければ、そもそも家計が傾くことはないだろうし、セヴランにもう少しましな教育をすると思う。娘たちはまだしもまともなのに、どういうことだろう。

というか、ユーグが考えるようなことを考えているのなら、グレースの身にそれほど危険はない。だが、忘れてはならないのは彼女はユーグと結婚していなければ、金持ちのじいさんに売られていたという点だ。同じことをされない保証はない。爵位はあきらめ、金だけを手にしようとする可能性は、ないわけではないのだ。

「とにかく、俺はデュノア伯爵家に……」

「待って! ユーグ!」

「は?」

聞きなじみのない若い男の声で呼び止められたので、使用人かと思って剣呑な声が出たが、その姿を映して目を見開いた。

「は?」