軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夢の残骸

ローズは雨の中を走り続けた。

行く先もわからぬままただ走り続け、いつしか雨は止んでいた。

そこは森の中だった。

雨に濡れた木々の隙間から木漏れ日が差し込んでいる。

ローズは木を背に座り込んで荒い息を整えた。

様々な思いが頭の中を巡った。父のこと、国のこと、そしてこれからのこと……。

それらが頭の中で絡まり合って、ローズの心をかき乱した。

どんな理由があろうと、彼女はオリアナ国王を殺した凶悪犯だ。それを否定するつもりはなかったし、その責任から死へ逃れようとする気持ちももう無かった。

彼女は父を殺した責任と、そして王女としての責任、すべてを背負うつもりだった。

しかし、それはあまりに大きすぎる。

考えれば考えるほど、ローズは不安に震えた。

覚悟と信念を、責任と重圧が押し潰していく。

彼女はまだ戦える。戦わねばならない。しかし、17歳の小娘に何ができるというのだ……。

ローズは俯き、膝の間に顔を埋めた。

そして、小さくなって震える。

陽の光が茜色に染まるまで、彼女はそうしていた。

「行こう……」

ローズは自分に言い聞かせるようにそう言って立ち上がる。

行き先は分からない。

しかし、進まねばならない。

前を向いて彼女が歩き出した、その時。

「あなたには、二つの選択がある」

背後から美しい声が届いた。

「ッ!?」

ローズが振り返ると、そこには漆黒のドレスを身に纏ったエルフがいた。

金色の髪に、青い瞳。彫刻のように整った美しい顔立ち。

「あなたは、アルファ……」

アルファは腕を組んで妖しく微笑む。

「独りで戦うか、それとも我らと共に戦うか……選びなさい」

「一緒に……?」

ローズの敵とシャドウガーデンの敵は同じだ。

だが敵が同じだからといって、必ずしも共に戦えるわけではない。

しかし選択肢が少ないのも事実だ。

追手はすぐに掛かるだろう。独りで戦うならどこかに潜伏する必要があるが、しばらく山中に籠るしかない……いや、無法都市という手もある。

今やローズはオリアナ国王を殺害した凶悪犯だ。無法都市に入っても賞金目当てで狙われるだろう。

「オリアナ王国を救うことはできますか?」

「あなた次第よ。今の我らがあなたの為に動くことは無い。国を救いたければ、価値を示しなさい」

「価値……?」

「あなたの価値を……そしてオリアナ王国の価値を……」

「それを示せば、救える……?」

「我らにはそれだけの力がある」

アルファの答えは簡潔だった。彼女はただ選択肢を提示しているだけにすぎない。

ローズを導くことも、手を差し伸べることもしない。

答えを出すのはローズなのだ。

「……スレイヤーさん……いえ、シャドウがあなたたちの組織の長なの?」

「……そうよ」

幼い頃ローズを救い、悪と戦い続ける彼の姿が脳裏に蘇る。

そして、ローズは彼を信じる道を選んだ。

「……共に戦うことを誓います」

「そう。歓迎するわ。付いてきなさい」

アルファは感情のこもらない声でそう言って、森の奥へ進んでいく。

「一つ聞いてもいいですか」

ローズはアルファの後を追いながら訊ねた。

「ええ」

「シャドウはいったい何者ですか……?」

幼い頃から悪と戦い続ける強き心。そして悪を滅ぼす圧倒的な力。力の秘密も、信念も、生い立ちもわからない。彼は謎に包まれた存在だった。

「それを知りたければ、信頼を得なさい」

「信頼……」

「あなたが信じるに値する存在であれば、いずれ知ることになるでしょう……」

そして二人は無言で森の中を進んだ。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

日の光も届かない深い霧の中を進んでいた。

「ここは、まさか……」

「深淵の森よ」

どこにあるのかもわからない。しかし一度入れば二度と出られないとされる、伝説の森だった。

すぐ先にいるはずのアルファの姿すら見失いそうになる。

青紫の霧は濃密な魔力に満ちていてローズの感覚を乱す。

「この霧は龍の吐息よ……」

「龍……」

目撃証言は稀にあるが、ここ百年程討伐された記録は無い、伝説の存在。

「かつて、この地に訪れた彼は『霧の龍』と戦った」

「彼……?」

「幼かった彼は、霧の龍を倒すことはできても、滅ぼすことはできなかった。龍は彼を認め、龍の吐息を吹きかけた」

この幻想的な青紫の霧が龍の吐息……。

「この霧は猛毒よ」

ローズの身体がビクッと震えた。

「だから離れないで。私から離れるとあなたはすぐに死ぬわ」

「わかりました……」

濃い霧の中を二人は進み、そして突然視界が開けた。

「ここは……」

陽の光が降り注ぐ白い古城。

「霧の龍に滅ぼされた古の都アレクサンドリア。ここが我らの拠点よ」

古の都アレクサンドリア。かつて書物で名前だけは読んだことがある。

しかしここは、書物では決して描ききれない美しい都だった。

都の周囲には広大な田畑が広がり、そこには見たこともない作物が実っている。少女たちは熱心に作物の収穫をしている。

「カカオの収穫ね。チョコレートの原料よ。いずれあなたにもやってもらうことになるわ」

「あれが、チョコレートに……まさか、ミツゴシ商会はシャドウガーデンの?」

アルファは微笑んだだけだった。

チョコレートはまだミツゴシ商会しか商品化していない。原料も製法も何一つ分かっていないのだ。

二人は城門を抜け城の中に入った。

「ラムダはいる?」

「ここに」

アルファの呼びかけに、一人の女性が現れて跪いた。

「新入りよ。鍛えなさい」

「はっ。仰せのままに」

「まず力を示しなさい。あなたならすぐに道を開けるはずよ……」

ローズにそう言って、アルファはどこかに行ってしまった。

ローズと、ラムダと呼ばれた女性が残される。

彼女は灰色の髪に金色の瞳の、褐色のエルフだった。長身でしなやかな筋肉をしていることが、黒いボディースーツの上からでも分かる。

目つきは鋭く、唇はふっくらとしている。

「私はラムダ教官だ。付いてこい」

「はい」

ラムダの後に付いて進むと城の裏手に出た。

そこでは多くの少女たちが鍛錬に励んでいた。

「すごい……」

一目見ただけで分かる。ここには実力者しかいない。

「664番、665番!」

「ハイッ!」

「ハッ!」

ラムダが呼ぶと、集団の中から二人の少女が駆けてきた。

エルフの少女と、獣人の少女だ。

「お呼びですか教官!」

エルフの少女が叫ぶように言った。獣人の少女は隣で直立不動だ。

「新入りだ。貴様らの分隊に入れる」

「了解いたしました!」

「666番、脱げ」

「え?」

ローズは何を言われたか理解できなかった。

「666番、貴様のことだ。ここでは番号が貴様の名だ」

「私が、666番……」

「分かったらさっさと脱げ」

「え?」

「二度言わせるなッ!」

次の瞬間、ローズの衣服が切り裂かれた。

一瞬の早業だった。

ローズの裸身が露になる。

「な、なにを!?」

ローズは両手で身体を隠して座り込む。

「今日から貴様はウジ虫だ。貴様はもう何者でもない。名は捨てろ! 服も捨てろ! 何もかも捨て純粋な兵士となれ!」

そしてローズの足元に黒い塊が投げ捨てられた。

それはボヨヨンと跳ねる黒いスライム。

「664番! ウジ虫にソレの使い方を叩き込め」

「ハイッ!」

「ん? なんだこれは?」

ローズの衣服の残骸から、一切れの紙が風に舞った。

ラムダ教官はそれを拾い上げて、ローズの目前に掲げる。

「それはッ……!」

それは、ローズがシドからもらった贈り物。まぐろなるどの包み紙だった。

その瞬間、心の奥に抑え込んでいた彼への想いが溢れ出した。

それは、彼女にとって初めての恋だった。

試合で戦い、襲撃事件で命を助けられ、二人きりで旅行した。

かけがえのない、大切な思い出。

ほんの一週間前まで、ローズは彼と添い遂げる夢を見ていた。

しかしローズはもう戻れない。

二人の道が交わることは、もう二度と無いのだ。

「なんだその顔は? すべて捨てろと言っただろう!」

ローズの目前で無残に切り裂かれる包み紙。

紙切れは風に舞い空高く舞い上がる。

それは、もう叶わない夢の残骸……。

ローズの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。