軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

真の敵は誰か

「アイリス王女……」

ベアトリクスが何かを言いたそうな顔でアイリスを見つめる。

「分かっています。力が足りないことぐらい……」

アイリスは悔しそうな顔を隠すように微笑む。

「ですが、引くことはできません。武神祭を好き勝手荒らされて、何もできず逃がすようなことはできません。意地があるのです。私にも、そしてミドガル王国にも……」

そしてシャドウを睨みつける。

「この命に替えてもシャドウの動きを止めます。ベアトリクス様、その間に仕留めてください」

「……分かった。合わせる」

覚悟を決めたアイリスに、ベアトリクスも同調した。

二人はその瞳に気迫を込めてシャドウと対峙する。

「来るがいい……抗ってみせよ」

シャドウは刀の切っ先を下げて、受けの構えをとる。

アイリスが機を窺いながら、じりじりと間合いを詰める。

しばらく、雨と雷の音だけが響いた。

「せめて一矢、報いさせてもらいます」

大きな雷鳴と同時に、アイリスは仕掛けた。

彼女は間合いを詰めると、その長剣でシャドウの首を狙う。

だがシャドウはほんの半歩下がることで間合いの外に出た。シャドウは空振りを見越して次の動きに移る。

しかし、アイリスの剣は伸びた。

彼女は剣を手放すことで、無理やり射程を伸ばしたのだ。

シャドウは瞬時に動きを変える。反撃に動いていた刀を戻し、アイリスの剣を弾く。

アイリスの反撃はここに潰えた――かに思えた。

しかし、彼女は踏み込んだ勢いをそのままに、身を沈めシャドウの胴に手を伸ばし組み付きにきた。

命に替えても動きを止めようとする、確かな気迫がそこにある。

回避は間に合わない。

「見事だ」

次の瞬間、シャドウの膝がアイリスの顔面を打ち抜いた。

彼女は知る由もなかった。格闘戦はシャドウが最も得意とする領域だったのだ。

アイリスの身体が崩れ落ちる。

しかし、アイリスはその役目を果たした。

膝を放った瞬間、シャドウの動きが一瞬止まった。

そして、彼女にはその一瞬で十分だった。

「ハアッ!!」

ベアトリクスの一閃がシャドウに迫る。

ベアトリクスはその長剣を、漆黒の刀に渾身の力で叩きつけた。

凄まじい衝撃音と共に、シャドウの刀が、手が、腕が、勢いに流される。

死に体のシャドウ。

絶好の瞬間が訪れた。

ベアトリクスの追撃は最速だった。

しかし、それ以上にシャドウが刀を手放す方が早かった。

彼は一瞬の判断で刀を捨て、そして消えた。

そこは、ベアトリクスの視界の外。

「下ッ!?」

彼は体勢を低く屈め、地を這うようにベアトリクスの腰に組み付いた。それはアイリスのそれとは比較にならない、洗練された流麗な動き。

長剣を振るうには近すぎる。

シャドウは容易くベアトリクスを担ぎ上げ、そしてそのまま大地に叩きつけた。

「カハッ!!」

石畳が割れた。肺の中の空気が吐き出された。

しかしその瞬間、長剣を振る間ができた。

ベアトリクスは朦朧とする意識の中で長剣を振る。

シャドウは構わずベアトリクスを持ち上げて、再度そのまま叩きつける――その途中で手を離した。

ベアトリクスの長剣は空振り、彼女はそのまま闘技場の壁に激突する。

激しい音と共に、彼女の身体は闘技場の壁にめり込んだ。

そして、空を切る音を立てながら何かが空から降ってくる。

シャドウが手を伸ばし掴んだそれは――漆黒の刀だった。

まるで、すべてを計算したかのように……。

雷光が、闘技場に倒れ伏した二人を映す。

ベアトリクスとアイリスが二人がかりで手も足も出ない。その衝撃の事実に、誰もが目を疑い恐怖した。

「……終わりだな」

倒れた二人を一瞥し、シャドウは踵を返した。

「ま、待ちなさい……」

その声に、彼は足を止めた。

「わ、私はまだ戦える……」

覚束無い足取りで、アイリスが立ち上がる。

続いて、壁の瓦礫を押しのけてベアトリクスも起き上がった。

「私も……」

立ち上がった二人の剣士。

しかしシャドウは彼女らを一瞥し、そのまま歩き去る。

「待ちなさいッ! 逃げるの!?」

アイリスの声に、シャドウは足を止めた。

「……逃げる?」

次の瞬間、闘技場を青紫の光が染めた。

「なッ……!?」

「ッ!!」

圧倒的な魔力の奔流。

それがシャドウの身体から溢れ出し、螺旋を描きながら渦巻く。

雨が魔力に飲まれて掻き消える。

「まさか……そんな、本当に……!?」

「これは……無理」

想像を絶する力にアイリスとベアトリクスは立ちすくんだ。

彼がこの力を振るえば、この闘技場ごとすべて消しつくすだろう。

アイリスも、ベアトリクスも、観客たちも、この力の前には平等に無力だった。

「逃げる必要が、どこにある……?」

誰も――彼を止められない。その事実を、否応なく理解させられた。

「なぜ……?」

震える声でアイリスが問う。

「それほどの力があるなら……いつだって殺せたはず」

「……目的は達した。貴様らの命に興味は無い……我らは我らの敵を屠るのみ……」

シャドウはアイリスを一瞥し刀に魔力を収束させる。

「真の敵は誰か……見失うな」

そして、シャドウは青紫の魔力を空に放った。

眩い光が闘技場を、王都を、そして空を染めて、雨雲を消し飛ばした。

光が消えると、そこには晴れ渡った青空が広がっていた。

シャドウの姿は見当たらない。

雲も、雨も、雷も、そしてシャドウも……すべてが嘘だったかのように消えていた。

「真の敵を、見失うな……。シャドウ、あなたはいったい……」

アイリスは雲一つない大空を見上げて、シャドウの残した言葉を呟く。

彼の目的……そして真の敵とは……。

「……きれい」

空には大きな虹が架かっていた。