軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

寸止めあるある

試合の時間が近づいた僕は、トイレに行くと言って抜け出して選手控室へと急ぐ。姉さんは1回戦無事勝ったみたいだ。もしかするといいところまで勝ち進むかもしれないな。

そんなことを考えながら廊下を歩いていると、前から来た灰色のローブの人とすれ違った。

その瞬間、僕は足を止めた。

少し遅れて、相手も足を止めた。

そして、振り返ったのは同時だった。

灰色のローブの隙間から青い瞳が、僕を見据えていた。

「エルフの匂いがする」

ハスキーな女性の声だ。

色褪せた灰色のローブはところどころほつれている。

僕は何も言わずに続く言葉を待った。

「エルフの知り合いがいる?」

青い瞳は探るように僕の瞳を覗き込む。

「エルフの友達が何人かいるよ」

特に隠す必要もなかったし、そのまま言った。

「私はエルフを探している」

「そうなんだ」

「かわいい子だった」

「へー」

「心当たりはないか?」

「そう言われましても」

「私とよく似ているはずだ」

「そっか」

「妹の忘れ形見だ」

「へー」

「私とよく似たエルフに心当たりはないか?」

「あの」

「心当たりあるか?」

「ローブで顔が見えないんだけど」

「そうだった」

彼女は顔のローブをとってその素顔を曝した。

僕は何も反応しなかった。

意識して何も反応しないようにした。

彼女の顔は、アルファによく似ていた。

「ちょっと心当たり無いかな」

「本当?」

「うん」

今度アルファに会ったら確認したほうがいいかもな。うり二つとまではいかないけれど、親族と言われれば納得するぐらいよく似ている。

「そうか」

彼女は残念そうに肩をすくめて、自然な動作で剣を抜いた。

殺気も、予備動作すらない、必殺の一撃。

僕は視界の端でそれを見て、受け入れた。

分かってる、寸止めでしょ。

結果、彼女の剣は僕の首に触れて止まった。

ただ触れているだけ。皮一枚も斬っていない。

そしてこの絶妙なタイミングで。

「うわッ!?」

腰が抜けたふりをして座り込む僕。

うん、及第点かな。

「む?」

彼女は首を傾げて剣を引いた。

「間違えた、ごめん」

そしてペコリと頭を下げる。

「もっと強いと思った。君の名は?」

手を差し出して、彼女は言う。

「シ、シド・カゲノーです……」

僕は震える声で言って、その手を取って立ち上がる。

「私はベアトリクス」

ベアトリクスは僕の手を握ったまま離さない。

「あの……?」

「いい手だ。君は強くなる」

そして綺麗な微笑みを見せた。その微笑みはアルファにとてもよく似ていた。

「驚かせてごめん」

最後にもう一度謝って、ベアトリクスは背を向けて立ち去る。

僕は遠ざかる背中を眺めて、

「……けっこう強いかな」

呟き、踵を返した。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

アイリスは特別席で試合が始まるのを待っていた。

特別席からは会場が一望でき、専用の階段から直接試合場へ降りることもできる。

試合場には既に2人の魔剣士が呼ばれていた。

一人はアイリスも注目しているアンネローゼ。水色の髪の女剣士。

もう一人は初めて見る黒髪の剣士ジミナ・セーネン。

アイリスは目を鋭くして二人を眺めていた。

「ちょうど始まりますね」

アイリスの隣に男性が座った。

そこは、シドの席だ。

「その席は……」

「何か?」

アイリスは男の顔を見て言葉を止めた。ごめんなさい、とシドに心の中で謝罪する。

「ドエム殿……」

「アイリス様、ご機嫌麗しゅう」

優雅に微笑むドエムだったが、しかしその目は笑っているように見えなかった。

「アイリス様と観戦できるとは夢のようですな」

「お戯れを。ドエム殿には婚約者がおられるではないですか」

「あいにく逃げられてしまいまして。なに、心配いりません。ただの痴話喧嘩ですよ」

軽快に笑うドエムだった。

三十前後の割と端正な顔立ちをしているが、アイリスはドエムの笑顔が好きになれない。

「オリアナ国王のお加減は優れませんか?」

「残念ですが今日も欠席されるようで。ですが明日は必ず出席すると言われていましたよ」

アイリスの問いにドエムはそつなく答える。

「明日からはちょうどミドガル王も出席されます」

「それは、奇遇ですな」

アイリスはドエムの目から何かを探ろうとするが、その笑わない目からは何も読み取れなかった。

「彼女が噂のアンネローゼですか」

会場を見てドエムが言った。

「ええ」

「今最も勢いに乗っている剣士ですな。ベガルタを出て修行の旅の途中らしいですが、ぜひ我が国にお招きしたいところだ」

「そうですね。彼女ほどの剣士であれば、ぜひミドガル王国にもお招きしたい」

「はは。ミドガル王国には優れた魔剣士がたくさんいるではありませんか。それに比べて我が国は……」

「そのための同盟です」

「ですがミドガル王国に頼りきりというのも心苦しい」

「そうですか……」

疲れる。アイリスは心の中で溜息を吐いた。

まるで人形とでも話しているような気分だ。

「対戦相手のジミナはどうですか?」

「彼の試合を見るのは今日が初めてですが。あまり良い噂は聞きませんし、強そうにも見えません」

「ではアンネローゼの勝ちで決まりですね」

「いえ……彼は少し、不気味です」

アイリスは曖昧な口調だった。

「不気味ですか?」

「はい。彼は決して強そうに見えない。ですが、弱者では在り得ない特徴があるのです」

「ほう……それは?」

「絶対の自信です。私の目には……彼は勝利を確信しているように見える」

「ただの自惚れでは?」

「かもしれません。ですが彼の目に迷いがない。揺ぎない勝利が……少なくとも彼には見えているのです」

「なるほど、少なくとも彼には見えている、か。ならばアイリス様には見えますか?」

「いえ。ドエム殿は?」

「私ですか? 私は剣のことはさっぱり」

「そうですか」

とぼけるドエムの鍛えられた手を、アイリスは一瞥する。

「さすがにアイリス様にはごまかせませんか。オリアナ王国では、剣は蔑まれていますのでお許しください。正直に申し上げますと、それなりに使えますよ」

「それなり、ですか」

「ええ、それなり」

ドエムは目だけが笑わない笑みを浮かべた。

「さて、絶対の自信とやらがどれほどのものなのか……見せてもらいましょうか」

そして、会場を見下ろす。

「アンネローゼ対ジミナ・セーネン!!」

両者の名が呼ばれ。

「試合開始!!」

始まった。