軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

誤射だからセーフ

イプシロンは暗い森の中を駆けていた。

教団の兵は振り切っただろう。しかし――巨大な魔力が背後から迫っていた。

「身体能力は向こうが上か……」

持久戦は止めた方がいい。先に体力がつきるのはイプシロンの方だろう。

足を止めようとした、その時。

左右の森からカイとオメガが合流した。

「襲撃は成功しました」

「教団の戦力を削ぎました……背後の少女は?」

三人は走りながら背後を見た。

「教団の罪であり、シャドウガーデンの罪でもある」

イプシロンはそう言って、足を止めた。カイとオメガも同時に足を止めて振り返る。

イプシロンはオルバを殺害した現場にいた。アルファがミリアを殺したことも報告で聞いていた。もちろん、二人の家族を引き裂いた元凶が教団であることも知っている。

心のどこかで、ミリアだけでも幸せになってほしいという思いがイプシロンにはあったのだろう。

だがそれは、悲劇の先延ばしに過ぎないこともイプシロンは知っている。

「憎しみの連鎖は断ち切るべきね」

三人は剣を構える。

背後から凄まじい速度でミリアが迫り、その瞬間膨大な魔力が弾けた。

「――アトミック」

どこからか、深淵から響くような深い声が響き、周囲は青紫の光に染まった。

そして――。

気がつくと、イプシロンは森の中に倒れていた。

ほんの数秒、気絶していたようだ。

青紫の光は消えていたが、周囲には膨大な魔力の痕跡が残っていた。

「……外したか」

その声に、イプシロンは振り返った。

そこにあったのは黒いロングコートを纏った敬愛すべき主の背中だった。

青紫の光に包まれるその瞬間まで、イプシロンは何の気配も感じることができなかった。

まるで、何もない空間から突然現れたかのような、絶対不可避で最強の一撃。

もし狙われたのがイプシロンだったら、彼女は知覚することもできずに蒸発しただろう。何の前兆も無く、突然凄まじい魔力に襲われる恐ろしさと、それを事もなげにやってのけた主への感動に、イプシロンは打ち震えた。

「シャドウ様……」

流石です、と感動を述べる千の言葉を続けようとしたイプシロンだったが、振り返った主が動揺しているように見えて言葉を止めた。

でもきっと気のせいだろう。

主はただ、焼き尽くされたミリアの遺体を見ていただけなのだから。

いや――遺体ではない。

「まだ生きている……」

驚愕すべき生命力だった。

イプシロンは主が言った「……外したか」という言葉の意味を理解した。完璧を超越した主にとって、これは確かに外したと表現される結果であろう。

主は青紫の魔力をその手に集めてミリアへと近づいていく。

きっと、止めを刺すのだろう。

主はすべて理解しているのだ。ミリアの生い立ちも、非道な実験も、そして彼女の深い憎しみも……。

だからイプシロンがそうしようとしたように、憎しみの連鎖をここで断ち切るのだろう。

「ま、待ってくださいッ!」

イプシロンは主の前に飛び出た。

「どうか、彼女のことは私たちに任せてください! 私たちなら彼女を治療できます!」

イプシロンの声は震えた。主の不興を買うのが何より恐かった。

でも、ミリアがやり直す最後の機会が今なのだ。かつて、イプシロンが主に助けられた時のように。

「シャドウ様のお気持ちは分かります。ですが……彼女は被害者でもあるのです」

主を見るのが恐くて、イプシロンは俯いた。

「もちろんだ」

イプシロンに掛けられた言葉は思いのほか優しかった。

そして青紫の魔力がミリアへと降り注ぎ、彼女を癒していく。

「彼女のことは任せたぞ」

「は、はい!」

イプシロンの頭が優しく撫でられた。イプシロンはその温もりを一生忘れないだろう。

シャドウはそのまま闇の奥に姿を消した。

「すごい……」

「凄まじい魔力でした……」

カイとオメガが呆然とシャドウを見送る。

「す、すぐに彼女をアレクサンドリアに運ぶのよ!!」

主がミリアを癒してくれたが、実験の後遺症も心配だ。完全に回復するには時間が必要だろう。

カイとオメガがミリアを運び、イプシロンが先導し森の奥へと姿を消した。

しばらくして、誰もいなくなった森から声が聞こえてきた。

「誤射だからセーフだよね?」

ペチン。

「痛っ」

そして森は静かになった。