軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二人の夢

ランプの灯りに照らされた天幕の中で、ゴルドー・キンメッキは一人で酒を飲んでいた。

適性試験は終わり、日はもう沈んでいた。

外では新任たちの宴が行われている。最後の晩餐になるとも知らずに……。

「……うまいな」

琥珀色の液体を口に含み、ゴルドーは息を吐いた。

彼が飲んでいるのは現在巷で大人気の新商品『ウィスキー』と呼ばれる酒だ。

大商会連合を傘下に加えてさらに成長をとげたミツゴシ商会が満を持して投入した製品である。情報通の間では発売前から噂になっており、見識があるゴルドーも興味を持っていた。

しかしゴルドーは奴隷の身だ。高価な酒を自由に買うことはできない。

半ば諦めていた彼の元に、主であるツルピカーノが金にものを言わせて買ってきたのだが、ツルピカーノはウィスキーを一口飲んで吐き捨てた。彼には度数が高すぎたようだ。

そんなわけで幸運にもゴルドーは余ったウィスキーを手に入れることができたのだ。

ゴルドーのツルピカーノへの評価は最低だが、このウィスキーを買ってきたことだけは唯一評価している。巷ではプレミアがついて定価の十倍以上の値で取引されていることを、あの成金ハゲ豚は知らないだろう。

ゴルドーはウィスキーを飲みながら一枚の経歴書を取り出した。そこには一人の少年の経歴が書かれている。

「シド・カゲノー。ミドガル王国出身か……」

昼間の適性試験で彼と剣を交えた時、ゴルドーはどこか既視感のようなものを感じた。

試験自体は数秒で終わった。ゴルドーが棒立ちのシドを転がして決着をつけたのだ。

どこも見るべき点のない、普通の少年だったはずだ。

だが、何かがゴルドーの中で引っかかっていた。ゴルドーは相手の実力を見抜く目に長けている。彼の見識で見抜けなかった相手は過去に一度しか……。

「……思い出した」

「何を思い出したって?」

その時、相棒のクイントンが天幕の中に入ってきた。

「外の宴は終わったのか?」

「いや、まだだが……明日死ぬ奴らの顔は覚えたくねぇんだ」

「そうだな……」

二人の顔はどこか沈んでいた。

「それで、何を思い出したって?」

「ああ、この少年のことだ」

ゴルドーはシドの経歴書をクイントンに渡した。

「シド・カゲノー……こいつがどうかしたか?」

「昼間適性試験で戦った時に既視感があってな」

「どんな奴だった?」

「黒髪黒目の平凡な少年だ。試験は一瞬で終わったよ」

「あーもしかして、派手に転んだ奴か?」

「そうだ。思い出したか?」

「ああ、さっき宴で俺に媚び売ってきてよ。覚える気ねーのに覚えちまったぜ。そのシドがどうしたって?」

「既視感だよ。どこかで戦ったような気がして考えていたら思い出した。あれは……ジミナ・セーネンと戦った時に感じたものに似ている」

「ジミナだとッ」

クイントンの目つきが鋭くなった。

「かつて、オレが唯一実力を見抜けなかった相手だ。今でもあの日を思い出す。『常勝金龍』が初めて負けたあの日をな……」

そしてゴルドーは首を横に振った。

「だが、気のせいだろう。ジミナのような男が何人もいるはずがないし、既視感もほんの一瞬の事だった」

「まぁ、そうだろう。ジミナがこんなところにいるはずがない。あの男は……別格だ。あの敗北は今でも思い出す……」

「オレたちの歯車はあいつに負けてから狂いだした」

「――ッ! 俺はあいつを認められなかった。認めたくなかったッ! 俺はあいつを倒さなければ前には進めないんだッ!!」

「同感だ。でもジミナって実はあのシャドウらしいぞ」

「らしいな」

「シャドウは無理だろ」

「……シャドウは無理だな」

あのベアトリクスとアイリスの二人を圧倒した存在だ。直接の戦いは見ていないが二人では絶対に勝てないことが容易に想像できた。

「人生って厳しいな……」

「だな……」

二人はどちらともなくため息を吐いた。

「それで、計画の方はどうなっている」

ゴルドーがクイントンに聞いた。

「新任の数は100名だ。使えそうな奴は五人ぐらいか」

「その五人は計画が終わったら奴隷行きだな。残りは?」

「残りは使えん。予定通り捨て駒だ」

「そうか……計画に変更はないのか?」

「ああ。ツルピカーノはやるつもりだ。確かにリスクは高いが、奴の話が本当ならやる価値がある。成功すれば俺たちの解放もありえる」

「それで国王派を裏切った領主の城を夜襲か……」

「ああ。ラギッタ伯爵だ。伯爵は国王派を裏切った際に莫大な財宝を奪い取ったらしい。国王派が奪還に向かっているが王都からは距離がある。しばらく時間がかかるだろうな。ラギッタ伯爵が油断している間に俺たちが夜襲して財宝を奪いそのまま国外へ逃亡する。こんな計画、戦時中じゃなけりゃできねえな」

「ツルピカーノらしい下衆なやり方だ。だがやはりリスクが高すぎる。小規模な城とはいえ向こうは正規兵が500人はいるだろう。オレたちはたった100人だぞ」

「だから夜襲して捨て駒を使うんだよ。捨て駒が暴れているうちに財宝だけ持ち出せばいい。勝つ必要なんてないんだ」

「だが……捨て駒は全員死ぬぞ」

「わかってるッ。だが俺たちは奴隷だ、従うしかないだろう! 解放されるにはこうするしかないんだよッ」

クイントンは声を荒げて机を叩いた。

「すまん……余計なことを言った。オレたちは従うだけだ。作戦を終えて、解放されて、それでお終いだ」

ゴルドーは諦めたようにため息を吐いた。

どこか沈んだ沈黙が二人の間に流れた。外の宴の喧騒が嫌でも聞こえてくる。

「人生、うまくいかないことばかりだ。オレはもう少し、自分がうまくやれると信じていた……」

「……そうだな」

「なあ、クイントン。お前は解放されたらどうする?」

「どうするって……金もねぇし闘技場でまた稼ぐだろうな」

「そうか……。オレは田舎に帰ろうと思うんだ。田舎に帰って、道場を開く」

「道場? お前が?」

クイントンはゴルドーの横顔を見つめた。

「もうそろそろ現実も、自分の限界も見えてきた。これでもずっと頂点を目指してやってきた。負けなければいつか頂点に立てると信じていた。でも、オレには無理だったよ……」

「ゴルドー……それでお前、ずっと負けないために……」

ゴルドーは目を伏せて寂しそうに笑った。

「そんなオレにもまだ残っているモノがある。それはこの目――相手の能力を見抜く力だ。これだけはなかなかのものがあると思っている。今度はこの目で人を育てようと思ってな。門下生の才能を見抜いて導いてやるんだ。悪くないだろ?」

「ああ、悪くないな……」

クイントンは柔らかく笑った。

「いつか、あのシャドウを超える弟子を育て上げてやる。オレが叶えられなかった夢を弟子に託すのさ。それで……その、クイントン。お前も一緒に来ないか?」

ゴルドーは照れ臭そうに頬を掻いた。

「ふん……」

クイントンは笑った。

「酒をくれ」

ゴルドーは飲みかけのカップに琥珀色のウィスキーを注ぎクイントンに手渡した。クイントンはそれを一気に飲み干し……。

「……ゴホッ、ゴホッ!」

むせた。

「つ、強ぇ酒だな……こんなの初めてだ」

「ウィスキーって酒だ。なんでも蒸留とかいう新しい作り方らしい。うまいだろ」

クイントンは無言でカップを突き出した。

ゴルドーはそこにウィスキーを注ぎ、クイントンは今度はゆっくりと、舌で転がすように飲んで呟いた。

「……うめぇな」

「高い酒だからな」

「なら……酒の分は働かねぇとな」

「……だな」

「道場か……まさか俺が人に教える立場になるなんてよ」

「笑えるぜ」

二人のいる天幕は遅くまで明かりが灯っていた。