軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ひと騒動あってから

「もう一度だ!グリント、まだいけるな!」

「は、はいっ!勿論です殿下っ……!」

「えぇと……ウォーレン様。まだ続けるのですか?」

「もちろん、そのまま続けなさいディル」

舞台は、アムール公の居城にある騎士達の訓練所。

そこに一同は集まり、大きな興奮の中、二人の騎士が剣を競っていた。

どうしてこうなったのか、なにがあったのか。それは会議室で発生した、ある流れから始まったのだった。

各一行、特徴的な面持ちで城内へと戻っていった。

まず城主であるエウロ一行。とうとうエドも落ち着きを失い、どうしたものかという表情を浮かべていた。アムール公は額に浮かぶ汗を止められないようで、落ち着きが感じられない。

次に招かれざる客、ハイムからの一行。

アインの言葉により、顔を真っ赤にした状況はまだ変わらない。いや少しだけ落ち着いたかもしれない。とはいえ彼らが苛立った様子なのに変わりはなく、エウロ一行と違い別の形で落ち着きがなかった。

最後にイシュタリカからの、アイン達一行。

周囲の人間が見る限り、別に変った様子は見受けられない。強いて言うならば、主にウォーレンが主導となっていたがそれがアインへと移った事。そしてウォーレンはただそれに従っているということだろう。

表向き、変わった様子が見受けられないだけで、彼らが内心でどう思っているのかは誰にも分からない。

そしてようやく、城に戻ってから新たに用意された会議室へと到着した。

まずはエウロの一行が中に入り、イシュタリカ一行を通してからハイム一行を中に通した。

ティグルはそのことも苛立つ要因となったが、状況が悪かった。普段の落ち着いた状況ならば、グリントの兄と言われてオリビア達の一件をすぐに思い出せただろう。

だが今日はクローネの件から始まり、頭に多くの血が上っていた。そのせいか、まだイシュタリカの人間たちだと気が付けていなかった。

険悪な雰囲気の中、3つの勢力の人間たちが会議室に集結した。皆が席についたのを確認し、アムール公が意を決して口を開く。

「……アイン殿下。このような状況となったことをお詫びしよう」

「そちらも意図していない様子だ。事故のようなものだろう、構わないよ」

「そう言っていただけると、ただただ感謝するばかりだ。……して、ティグル王子。約束もなしに、王子の立場であるお主がどうして急にここエウロへと参ったのだ」

「っ……そ、そうだ!重要な事があったのだ!よいか!正直に答えるのだぞ!」

恋は盲目といったものだろうか。アイン達の素性を先に調べることもなく、急に割り込んだという事実に謝罪をすることもなく、ただ自分の目的を語り始めるティグル。

「正直に申せとな……?」

「うむ。わが国の貴族が、ここエウロに姿を見せて最後……消息不明となっていた!だが我々は一つの手がかりを見つけたのだ!」

「……続きを頼む」

エウロからハイムの貴族が消えたという話。それを聞いたイシュタリカ一行は、『あれ……?』といった反応をする。ついそばにいるウォーレンへと目線を向けたアイン。そんなウォーレンは、とても楽しそうな笑みを浮かべていた。

「エウロ公国は、数年前よりイシュタリカと正式に取引を行っていると聞いた!そしてその船が何度も往復をしているということもな!……我らがハイムの重鎮、グラーフ・アウグスト大公。そしてその孫娘であり、私の婚約者となるであろう女性……クローネをイシュタリカへと売り飛ばしたのだろう!」

興奮を抑えきれず、立ち上がってアムール公を指さしたティグル。ポカンとした顔を浮かべるしかなかったアムール公、その横では同じような表情をしたエドが立ちすくんでいる。

「ねぇ。ウォーレンさん」

「く、くくくくくっ……っと、申し訳ありません。つい笑みが漏れてしまいました……どうしました?」

小声でウォーレンへと声をかける。どうにも流れが怪しくなってきたからだ。

「いろいろとさ、あの人は何言ってるんだって思ってきたけど。ウォーレンさんの意見を聞きたい」

「ふむ……。そうですな、さしあたりエウロが悪役になっているこの状況は、友好国としては看過しがたい。私にお任せくださいますか?」

「……ほどほどにね」

承知いたしましたと、小声で返事をするウォーレンを見つめるアイン。

「たしかに我々はイシュタリカと貿易をしている。だが人身売買などといったことをした覚えはない。紛れ込んで乗っていることは可能性として、あるかもしれぬ。だが少なくとも我々は何もしていない」

「アムール公が仰る通り、我々は人身売買などしておりませんよ」

人身売買はしていない。だが案内はした。言葉遊びだった。

「で、ではイシュタリカの者達にこのことを聞かせてもらいたい!エウロでは貿易をしているのだから、それぐらい容易であろう?」

「う、うむ確かにそれは可能だが……」

「——失礼、アムール公。私からよろしいかな?」

エウロサイドにとって、まさに天の助けともいえるウォーレンの言葉。その声を聞けて、アムール公とエドの二人は安堵した。

「っウォーレン殿……。あぁ、構わぬ。よろしく頼む」

「では失礼して……。ティグル"殿"、お初にお目にかかる。私は——」

「なっ……殿とは無礼な!貴様は一体——」

「私はウォーレン・ラーク。統一国家イシュタリカの宰相を務めております。我が国の名が出たので、つい口を開いてしまった次第」

その瞬間、ティグルの顔が再度興奮したものとなった。そしてグリントの兄、オリビアの件を同時に思い出した。

「っここにいたとは丁度いいっ!聞かせてもらおうか!なぜ、イシュタリカは我らが国の重鎮を、そして我が姫となるクローネをさらっていったのかを!」

「……ふむ。それは取引でしょうか?」

今日一番の驚きが、ここにいる者達に例外なく生じた瞬間だった。

綺麗にそろえられた白いひげを撫でさすりながら、明後日の方向を見ながらそれを口にしたウォーレン。彼に注目が集まる。

「と……取引、だと……?」

「えぇ、そう申し上げました。もう一度聞きますが……それは取引でしょうか?」

今までで一番の赤い顔になり、興奮を露にするティグル。

「なにを馬鹿な事をっ!なにが取引だ!お主たちが悪しきことをしている可能性があるのだから、それを正すのは当然であろう!」

「ふむ……たしかに、悪しきことをしている可能性があるならば、それは正さねばなりませんな」

「ふ、ふんっ!なかなか正直ではないか、宰相なのだから当然だが……!」

「では早速調査いたしましょう。あぁそこの、今の内容を調べて私に調査書を持って来なさい。猶予は3か月与える、しっかりと調べるのだ。船へと戻り作業に移りなさい」

ウォーレンは、近くにいたイシュタリカの文官へと指示を出す。だがその内容はハイムを舐め切っているもので、ティグルの怒りは収まらない。

笑いを堪えるので必死だった文官は、その指示に従って退室していく。

余談だがその文官はこの日の夜、多くの騎士や文官から恨まれることとなった。理由は笑いを堪えるのに必死な空間から、逃げおおせたことからだった。

「なにを悠長なことをっ……!そんな長い時間をかけては、クローネ達がどうなるかわからぬではないか!」

「なるほど。確かにその通りだ、ではこの後から会議を行いましょう……クローネ嬢に関する会議です。それでよろしいかな?」

「最初からそうすればよいだろうが!全く……まぁそれでよい。では早急に調べ上げ」

「えぇ。調べ上げた内容はしっかりと、我らが陛下へとお伝えしますのでご安心を」

ようやく素直にいうことを聞いたウォーレンの様子に、少しの満足感を得たティグル。だがそばにいたグリントが口を開いた。

「……失礼、殿下。よろしいでしょうか」

「む?どうしたのだグリント」

「勿論調べ上げた結果は、殿下に送ってもらえるのだろうかと思いまして……」

「当たり前だろうそのようなこと。そうだろう宰相よ?」

「む?仰る意味が分からないのですが」

「何を言っているのだ。だからクローネに関して調べた後のことだろう」

そして合点がいったように顔を上げたウォーレン。アイン達からしてみれば、その芝居じみた態度に笑みがこぼれそうになる。

「おぉそのことでしたか。ご安心を、しっかりと我らが陛下へとお伝え致します」

「……そうではなく、私に連絡をだな」

「ですからそれは取引ですな。我々は調べることは致します。それを伝えるかどうかは、別の話でございます」

「っ何を、何を言っているのだ貴様はっ……」

「ですから、調べ上げた内容をハイムに伝えることによる、我々のメリットはございますか?ないでしょう。なにせ国交は断絶している。決して交流があるわけでもない……いわば別世界の話といってもいい。はっきり言うと、我々が費用を払い、それをお伝えする必要性を感じられないのです。だからこそ取引でございましょう」

唖然としたのはティグルだけでない、アムール公も一緒だった。ただ表情を全く変えていないのは、ウォーレンの周囲にいるイシュタリカの一行のみ。

「それで。ハイムからは何を供出して頂けるので?我々が調べた情報に対する対価です」

「足元を見おって……いいだろう。もちろんそれ相応の対価は払う。私の名において約束を」

「あぁ失礼。ハイムの王族との約束は信用が持てません。ですので先に対価を用意いただきたい、用意いただければ……そうですな、我々しか知りえないクローネ嬢の情報をお教えできるでしょう」

ウォーレンには珍しく、相手を大いに煽る態度。だがティグルはすでに手の内だ、なぜならイシュタリカにいるクローネの情報は、この場においてはウォーレンと取引をしなければ手に入らないだろうから。

「っ……あまり我々を舐めていると」

「舐めていると何かございますか?続きを聞きたいものだ」

ティグルは何一つ、強気な態度に出ることが出来なかった。あまりにもウォーレンとの論戦には差がありすぎる。年季もだが、経験もだろう。ティグルはイシュタリカという国について、多くの人間たちよりも詳しく知っている。もちろんその強さもだ。イシュタリカが先制攻撃を仕掛けない、そして侵略行為をしないということを傘に、強気に出ていたのは否定できない。

それでも、このウォーレンという男と話していると、どうしても優位に立つことができない。

今までのイシュタリカは、初代陛下の言葉を守っているということから、ハイムからしてみればただの甘い国家だった。だがウォーレンと話していると、ただ甘いだけでないというのを実感する。

「……対価は、何を望むのだ」

「そうですな。いくつかの首が欲しいといったら……用意をしてくださいますか?」

唐突に強くなったウォーレンの視線。というよりも恐ろしいオーラを感じ取ったティグル。誰の首が欲しいのかなんて、察するのは簡単だ。王族と、ローガスの首だろうと簡単に予想できる。

「……できるわけがないだろう」

「でしたら仕方ありませんね。おまけしてさしあげます」

コロッと表情が変わり、好々爺じみた表情となるウォーレン。

「こんな場で出会ったのも何かの縁だ。如何でしょう、ティグル殿の護衛と我らが王太子殿下の護衛……二人に決闘をさせるのです。もしティグル殿の護衛が勝利した暁には、無償で資料をお送りしましょう」

「っ本当か!」

「えぇ。嘘はつきませんよ」

大きく喜びを露にするティグル、そしてそのティグルに微笑み続けるウォーレン。

やれやれといった顔つきをしたのは、横に座っていたクリスだった。

ウォーレンによってつくられた流れに、まるで蚊帳の外だったアムール公にエド。これから何が始まるのだと……自分たちの居城だというのに、まったく理解が出来なかった。

そして舞台は、訓練所へと戻る。

ウォーレンが提案した、取引の対価としてのこの戦い。

アインはてっきり、クリスが代表として戦うものだと思っていた。……だがそのクリスがこう口にした。

『さすがに弱い者いじめは……ディル。ディルが相手を務めなさい』

『わ、私がですか……?もちろん構いませんが……』

このような会話の後、イシュタリカの代表としてディル。そしてティグルの護衛の中から、てっきり大人の騎士が選ばれるのかと思ったが、選ばれたのはグリントだった。

まだ幼いというのに、ティグルの連れている護衛の中では、トップクラスの実力とのことだ。

決闘が始まる前も、『聖騎士として生まれた、我らの騎士を恐れるがいい』と口にしてたことに、アイン達はなんともいえない反応をするしかなかった。

そしてその決闘は始まり。何度かの終わりを迎えている。

なぜ何度もかというと……

「っも、もう一回だ!くっ……一体何が……」

体を倒され、首に剣を突きつけられたグリントが、何度もそう口にしていたからだ。

ウォーレンの方を見ると、微笑みを浮かべながらディルに許可をだす。

そして次で、その決闘は5回目の始まりとなる。

「いやークリスさん。ディルって強いね」

「我らイシュタリカでも一握りの人材ですよ。それこそアイン様の護衛を任されるほどの……ですがまさかここまで差が大きいとは。少しも思いませんでした」

一撃でもグリントの攻撃が当たったかというと、当たっていない。もちろんディルがグリントの剣を受け止めるシーンは何度かあった、だが受け止めた後はあっさり体ごと流されるか、あるいはカウンターを受けて沈むかのどちらかだった。

「グ……グリント!何をしている!次こそは、次こそは勝利を飾るのだぞ!」

「は……はっ!」

必死の応援をするティグル。そしてなんとしても勝って、ティグルに勝利を捧げようと思っているグリント。

「アイン様。正直に言いますと、聖騎士を生まれ持ったならもう少しやれると思っていました。騎士系の中でもトップクラスですからね」

ついにクリスが苦言を口にする。

「あれ?トップって天騎士じゃないの?」

「あれは……なんというか、自爆に近い部分がありますので推奨致しません。今度詳しくご説明いたしますね」

「なにそれ、すごい気になる。自爆ってなに……」

クリスの言葉に、むしろグリントたちの戦いよりも興味を抱く。だが今度説明すると言われ我慢することにした。

そして5回目の決闘が始まる、ディルとグリントの二人が構え、合図がされた。

「でもクリスさんの戦いも見たかったけどね」

「……でしたら機会がきましたら、一つ私のとっておきをお見せします」

「楽しみだね」

会話している間も、ディルとグリントの戦いは続く。もうすでにディルは自分から仕掛けることなく、ただグリントの攻撃を待っている。その様子にグリントも攻めあぐねているようだ。

「エド。あのディルという者、随分と……」

「強いですね。数年もすれば、ローガス殿も食えるほどの腕となりましょう」

「ほう……そこまで評価しているか」

「あれほどの若さだというのに、イシュタリカの強さを垣間見てしまいますね。恐ろしいばかりだ」

アムール公たちは、純粋にその決闘を楽しむことにしたのだ。精神衛生上も、このほうが良いだろうと考えた。

だが先程から、どうにも落ち着きを見せられないティグルサイド。

「っ……なんなのだ、なんなのだあの相手は!なにかいかさまでもっ……」

ただ的外れなことを口にし続けていた彼は、それでもグリントが勝つことを信じて応援していた。それほどまでに、ハイムでの聖騎士という言葉の意味は大きい。

それに勝てなければ、クローネの情報を得られないと思うと必死にもなる。

だが無情にも、彼が望む結末が来ることは無かった。

「がっ……っ」

グリントの腹に、ディルの剣の柄が強打された。その衝撃でグリントは体の自由を失い、地面へと倒れこんだ。

「グ、グリントっ!?」

「……もう一度というのは酷でしょう。今日はこのあたりで如何でしょうか。ウォーレン様」

「うむ。ディルの言う通りだ、グリント殿は、なかなか年の割に見事な動きをする騎士だったようで……」

「え、えぇ……そう思います」

ディルはグリントに背を向け、アインの方へと戻り始めた。だが腐っても聖騎士、そんなレアなスキルを手に入れたグリントは、その体の回復も早かった。

「まだだ!まだだあああああああっ!」

起き上がって、ディルに向かって走り始めたグリント。驚異的な回復力で、立ち上がり走り出し始めた。

彼のプライドや、いくつもの思いがグリントを奮い立たせた。その様子に驚いたディルは振り返り、再度グリントの方を見る。

「アイン様。ちょうどいい機会です。こういった決闘の場で、私がいかに自分の強さをお見せできるか。その一端を披露いたしま——」

クリスの言葉を聞いて、暴走したグリントを止めるために何かするのかと思ったアイン。だがクリスの言葉は中途半端なところで止まり。一瞬クリスの足元の砂が動いたかと思えば、続きを口にした。

「……披露致しました」

「うあああああっ!!あ……あれ!?っけ、剣が……ど、どこにっ!?」

披露しましたと口にしたクリス。だがアインは何をしたのか全く理解できなかった。相も変わらず止まらないグリント、ついに剣を抜き、ディルに向かおうとしたところでその異変は起きた。

「グ、グリント!?お前……剣の先は、刃はどこにいったのだ!」

「わ……わかりませんっ!抜いたら、なぜか刃の部分だけ無くてっ……」

驚き続ける二人をよそに、クリスは語り続ける。

「数年前、お伝えしたことがありましたよね?私がローガス殿と戦った場合、彼がどうしても私に対抗できない理由があると。それがこれです……如何でしたか?」

「……地面の砂が動いた事しかわからなかったけど。お見事としかいえないかな」

クリスは、おそらくイシュタリカで最も速い騎士だ。その速さを目の当たりにしたアイン、彼女の頼もしさを再確認した。まず彼女と同じ舞台に立つことが難しい、そういうことだった。

グリントが刃を探すと、その刃の部分は剣のさやの中に納まっていた。どうやらクリスが根元から切り落としたようだ。

「っ……兄上!最後だ!最後に俺と戦え!護衛に隠れているだけでなく、数年でどれぐらい強くなったのか俺に見せてみろ!」

一瞬の静寂の後、誰もが予想しなかったことが起こってしまった。

それはイシュタリカの方からであり、一言で言えば何よりも無礼であり。ただひたすらに相手を貶すような態度だった。

「はっはっはっは!!」

「く……くくくっ」

「な、なにを口にするかと思えばっ……殿下を相手にだと?はっはっは!」

イシュタリカの近衛騎士達は限界だった。今日という日のこの茶番に、ついに笑いをこらえきれなかった。

「なにがおかしい!無礼であろう!」

「ぶ……無礼なのはどちらなのか、おかしな話だ」

「あぁ……まったく。こうまで面白い余興だったならば、最初から笑ってしまえばよかった」

「本当だ。殿下の弟君と聞いていたから、どうなるかと思ったが……っ」

グリントはあまりの状況に、イシュタリカの近衛騎士にその怒りをぶつける。だが彼らの態度が変わることは無い。

「……そう笑うものではない」

ついに、ディルが近衛騎士達を諫め始める。彼は年少だが、通常の近衛騎士よりは立場は上だ。だからこそ諫めることができる。

「我らが騎士が失礼した。グリント殿……だが私に勝てないなら、殿下を相手にするのもおかしな話なのだ。なぜなら殿下は私よりも遥かにお強い方だ。護衛として、申し訳ないばかりだがな」

その言葉はグリントに大きな衝撃を与えた。もちろんティグルも同じ思いを抱く。

だがエドはといえば、やはりといったように納得した。アインに感じた、言葉にしづらい彼の威圧感。それは間違いでなかったというのが分かって、少し安心できた。

驚きに包まれた中、一人の文官がウォーレンのそばにより、彼に書類が入った袋を手渡した。

それを受け取ったウォーレンは、芝居がかった態度で語り始める。

「おぉっ!早速クローネ嬢についての情報が届きましたぞティグル殿」

「っ……そ、それは本当か!」

もはや殿といわれても、それ以上に大事な事がある今では気にする余裕はない。グリントが勝てなかったことで、取引は成立しなかったが、それでもどうにかしてその情報を得ようと、頭の中で策を巡らせている。

「本来なら、そちらの騎士が勝てたらという条件でしたね。ですがこれほど多くの戦いをした彼を称え、ティグル殿に今届いた情報をお伝えしてさしあげましょう」

まさかの譲歩に、素直に喜びの表情を浮かべたティグル。

「それはありがたい!ではどういった情報だったのか教えてもらおう!」

「年のせいですかな、ついクローネ嬢のことを失念していた。よく知っている人物だったというのに、申し訳ない」

「……よく、知っていた?」

「えぇ。ではこの書類は差し上げましょう。……アムール公?我々は、今日は休むことに致します。船に戻りますので、何かあれば外の騎士に言伝を」

「う……うむ。承知した」

ウォーレンがその資料を、ティグルの護衛騎士へと手渡した。その後、今日はお開きとすることになったためイシュタリカの一行は、自分達が乗ってきた船に戻り始める。

「さぁアイン様。本日はお疲れさまでした。本日はこれより、船内でゆっくりすることに致しましょう」

「あぁわかった。じゃあ行こうかみんな」

「はっ!」

「承知しました」

アインの言葉に、クリスとディルが順に返事をした。

「……ふ、ふん!最初から素直に渡しておけばよかったのだ」

そう口にしつつも、クローネについての情報を得られたティグル。笑みを浮かべてしまうのを我慢できない。

負け続けたグリントは、自分を打ち負かし続けたディルよりも、はるかにアインが強いと言われ。まだ正気を取り戻せていなかった。ティグルはそんなグリントを気にせず、ただ資料を開封した。

彼のほかの護衛達もその様子に安心し、その資料にいい情報があることを祈り、ティグルの方を見つめている。

だが安心できた時間も束の間。ティグルが呆然とした様子で内容を口にし始める。

「こ、これは……本当なのかっ?嘘だろう……まさか、まさかクローネが……っ?」

護衛が不審に思い、ティグルの様子を窺い続ける。

「……イシュタリカ初日。クローネ嬢は王太子アインを自らの上に乗せ、そのまま寝た。さしあたって見つかった資料は以上……だと?」

まるでクローネが、アインに体を許したと取れる内容に、ついティグルはその資料を破り捨てた。まさかとは思ったが、それ以外に書き込まれた内容は無かった。

「ふ……ふざけるなあああああああああああっ!」

ティグルの声は、すでにホワイトキングへと向かっていたアイン達にも届いた。

「ねぇウォーレンさん。文官にさ、どんなこと指示してたの?あっちの様子、随分荒れてるみたいだけど」

「ふむ。さすがにバレてましたか」

「ウォーレンさんのことだしね。どんなこと資料に書かせたのさ?」

「特に嘘は書いておりませんよ。ただクローネ嬢がイシュタリカに着いた当日……アイン様を体に乗せ、寝かせていたということをお伝えしただけです……無事にクローネ嬢が過ごしていると分ればよいかと」

「体にっていうか。膝枕だからね?……というか、そんな恥ずかしい事書かせたの……」

額に手をやり、恥ずかしくなった表情を隠したアイン。

「おっと、確かに仰る通りですね……ですが、我々にとっては美談でございましたから。……我らの中でも評判の話題ですので」

クローネに膝枕されて、アインが港で寝ていた様子はそこそこ有名だったりした。

その微笑ましい様子と、クローネのまるで聖母のような姿に、アインとクローネ。二人の将来が期待されていたからだ。

「まぁそうだけどね。ったく……なんでこんな大変な名代になったんだか……。予想しなかったよ。というかみんな荒れすぎでしょ!全くもう!」

そのアインの言葉に、くすくすと笑い声をあげる騎士に文官達。

だけど結構スッキリした、そう思ったアイン。できればあの場で、ローガスが居てクリスに倒される姿も見たかった。いやむしろその場合自分でやりたかったと思った。

だがグリントは難しいだろう、ディルとの立ち合いを見て、一目であれはだめだと思った。相手になる気配がしなかったのだ。こうまで差が開いてしまうと、逆に哀れにすら思ってしまう。

相手を舐め切って、足を掬われるというのは良くある話だ。そのような事が無いように、反面教師にすることを心に誓った。