軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

変わりつつある歴史と。

翌朝、アインは城門の内側に居た。青々とした芝生が敷き詰められた庭園にだ。

一人で居たアインだったが、ある一人の騎士の姿に開口する。

「――――え」

視線の先に、マルコの姿があったからだ。

湖の近くで何をしていたのか何て聞いてないし、暴れていたはずの彼が、どうして自由に歩き回っているのか疑問で仕方ない。

だが、その疑問はすぐに晴れる。

「おはよう、マール君。あの子にはお城に仕えてもらうことにしたのよ」

「おはようございます。ちなみに俺は、話の流れが急すぎて良く分かってません」

「あら、ごめんなさい」

シルビアは艶っぽく笑い、アインの頭を撫でた。

「あの名もなきリビングアーマーは彷徨っていたのよ。アンデッドの性……ともいえるのだけれど」

「だからって、どうして城に仕えることに?」

「これまで強者にあったことがなかったから、かしら? 魔物としての本能も強すぎたのね。強い自我を持つ個体に進化していても、闘争本能が強者を求めていたみたい」

「……父上を倒したい、とでも言ってたんですか?」

「さすがマール君ね」

ところで、呼び方がこそばゆい。

指摘しようものなら不要な疑いを持たれるだろうから、口にはしないが。

アインが気を取り直してマルコを見れば、マルコは妙に大きな皮袋を何個も担いで歩いている。何か、仕事の手伝いでもしているのだろう。

「カインが定期的に剣を交わしてあげるそうよ」

「代わりに働けと。いいんですか? そんな交換条件で信じても。城内で暴れたりとかは……」

「無謀よ。お城に居るのは私とカインだけじゃないの。魔王アーシェだっているんだから、暴れようものなら今度こそ魔石と核が砕かれちゃうわ」

「あー、確かに」

「でもカインも気にしてるみたいだから、カインの下で騎士として奉公してもらうの」

大らかというべきか、大雑把と吐き捨てるべきか。

シルビアの言葉に説得力はあったが、大胆な決定にアインは苦笑した。

◇ ◇ ◇ ◇

数日経ち、アインがここでの暮らしに慣れて来た頃。

ここ最近は毎朝、あるいは寝る前は絶対にアーシェと会うようにしていた。理由は当然、シャノンの能力を解除するため。

少し露骨すぎたかもしれないが、あくまでもここでの二人は家族だ。

多少近かろうとそれを指摘する者はおらず、家族の語らいだと認識されるのが常。

夜、玉座の間に二人は居た。

(こんな感じだったんだ)

考えてみれば、魔王城にある玉座の間に足を踏み入れたことはない。

何故かその玉座に座らされたアインは、膝の上で上機嫌に足を動かすアーシェに意識を向ける。

「あいつは何か嘘ついてる。私には分かる」

鼻息荒くアーシェが言う。

「あいつ?」

「赤髪の人のこと。何か隠してると思う」

「直感?」

「ん。直感」

鋭い。その直感は当たっているのだ。

「私たちの国が過ごしやすいと聞いてやってきた――――とか言ってたけど、なんか嘘くさい。あいつの氏族も変な奴が多いから、マールも信じたらダメ」

「……覚えとくよ」

「ん、そうするといい! でも、妙に本を読むのが好きな奴は大丈夫だと思う。あれは割と無害」

その彼はいずれ、未来のイシュタリカで重鎮となる男だろう。

アーシェをもってして無害と言われると、苦笑いが漏れる評価だ。

「俺はそろそろ部屋に戻るけど、姉上は?」

「ここにいる。ぼーっとしてから部屋に帰るから気にしないで」

りょーかい、短く答えたアインが椅子を立つ。

アーシェを玉座に下ろしてから、ホワイトナイトとよく似た玉座の間を後にした。

すると外に居た一人の佳人に気が付く。

紅い髪を揺らし、優雅な立ち姿で壁に背を預けていた。

彼女はアインを見るや否や、艶美に笑いかける。

「仲がよろしいんですのね」

「それはもう、家族ですから」

いつも通りに振る舞いながらも、アインは決して油断していない。

「……私としては、マルク様とも仲良くなりたいのですが」

「すぐにでもなれると思いますよ」

「ふふっ、それはつまり今からでも――――」

不意に彼女が距離を詰めた。大胆に、それでいて違和感を感じさせない静かな動きで。

だが、アインの反応が遅れたと言うことはない。むしろ、遂に動いたかと考えるほどの余裕があり、笑顔を浮かべたままで居られた。

思うのは、彼女が何をするのかという疑問だけだ。

「あら、以前は照れてくださいましたのに。もう可愛いお姿は見せてくださいませんの?」

二人の距離は数十センチほどで、手を伸ばせば届く距離にあった。

「俺も成長したんだと思いますよ?」

「頼もしいですわね。素敵ですわ」

なんだこの茶番は。唾棄したくなる不快感が少しと、彼女の様子に拍子抜けと複雑な感情だ。

何せ、アインが知るシャノンの振る舞いは、旧ハイム城でのことだけ。後はエドに対し、残虐な命令を下した姿を知るのみだ。

「マルク様、御髪に埃が」

彼女が手を伸ばすのを見て、アインはふっと笑った。

「自分で取れるよ」

「いいえ、私にお任せくださいませ。……さぁ」

近づいてくる腕を払いのけるのは、間違いなく悪手だ。

だが、素直に触れるのを許すのも違う。彼女はアインに不信感を抱いているからだ。だから触れて、アインが何か特別な力を持っていないか調べようとしていた。当然、アインはこの事を知っている。

――――が。

「触れられると、困るよ」

ここにいるマルクの中身はアインだ。

多くの物語を紡いで超えて、強く成長したアインなのだ。少なくとも、今のシャノンのような佳人が近くに来たからとしても、照れてしまうような純情からは卒業している。

逆に手を伸ばし、アインは不敵に口角を吊り上げる。

「照れてしまって、思わず魔石を吸ってしまうかもしれないから」

アインが伸ばした腕がじわっと、鈍い光を漏らす。

今も昔も、ドライアドが持つ吸収の力は変わらないようだ。

「ッ……」

生存本能に従って、シャノンは静かに手を引く。

目の前に立つ マルク(アイン) から、感じたことのない覇気を浴びせられた。

しかしすぐに、彼はおどけた。

「なんて、冗談ですよ」

頬を紅く染め上げて、実は照れてたのに無理をしていた……と演技する。

「父上みたいに振舞ってみたんですけど、俺にはまだ無理みたいです」

「ふふっ、でも雄々しくて素敵なお姿でございました」

彼女は毒気を抜かれた様子で、アインから一歩だけ距離をとった。

スカートの裾を摘まみ、優雅にカーテシーを披露する。

「マルク様。今宵もまた、良いお休みを」

「うん。貴女もね」

去り行く後姿を眺めながらアインはふっと息を吐き。油断も隙も無い人だと眉をひそめた。

「それにしても不便だ。名前で呼べないことが不便で仕方ない」

旧王都の文化だったとしても、文句の一つでもつけたい話だ。

現代であれば槍使いはエド。研究好きな奴はオズ。本好きだというのはウォーレンで呼べた。シャノンはシャノンだし、いちいち何か別の表現をすることが不便でならない。

カツン、廊下の奥から足音が届く。

間もなく近づいてきたのは一人の鎧だ。

「なんだ、奴の息子じゃないか。こんなところで何をしている」

彼の事もそうだ。

マルコと呼びたいところだが、それができなくて不便だった。

「部屋に戻る途中なんだよ。君は?」

「私は私の仕事がある。ただそれだけのことだ」

「へぇー……大変そうだね」

「ふんっ、馬鹿にしたような言い草だな」

「いやいやいや、遅くまで大変だなって思っただけだって」

「……まぁいいさ」

「あっ、何処に行くの!?」

「さっき言っただろう。仕事だ」

そう言って、マルコはアインに興味なさげに去ってしまう。

この状況からどうやって、初対面のころのような忠臣に育ったのか不思議でしかない。

◇ ◇ ◇ ◇

また少しの日が経った。

ある日の夕方、訓練場にてマルコが膝をついた。

「くっ……はぁ……はぁ……ッ!」

面前に立つのは剣を突き付けたアイン。

ところで、アインは驚いていた。この時代のマルコに勝ったという事実ではなく、このマルクの身体がとても軽かったからだ。

歴史に名を残した初代国王の素養とやらを、ひしひしと感じて止まない。

「手を、いい勝負だった」

「……お前もまた、私が倒すべき存在であったというわけか」

「そんな肩ひじ張ってたら疲れると思うよ。ほら、いいから手」

模擬戦が終わり、幾人かの観衆が湧く。

マルコはアインの手を握り、悔し気に立ち上がった。今の彼は若干取っつきにくい性格をしていたが、強者に礼を払うところを見れば、本質的にマルコだということが分かる。

これが面白くてアインは頬を緩ませていた。

「また腕を上げたな、マルク」

「父上」

「その調子で励むといい。……さて、貴様はもう疲れているようだし、私との戦いは見送った方がいいな」

「…………」

無言の肯定に、カインが肩をすくませた。

すると、城の方から槍を持った一人の男が足を運ぶ。

彼にはアインが知る面影は全くない。服装も、顔つきや体格に至るすべてにだ。

ただ、立ち居振る舞いや話口調には彼らしさがあった。

「口ほどにもありませんね。何が強者との戦いに飢えている、だ」

きっと正史でもここから因縁がはじまったのだ。

鎧野郎と槍使いの憎しみ合う関係は、これほどに歴史が深い。

立ち上がったマルコからは、余裕が見える。

「またいずれ、今度は私が勝利を収めてみせよう」

「え、ああ……分かったけど――」

「私を無視をするとは、やはりただの粗暴者でしたか……くだらない」

どうしてエドは喧嘩を売ってるのか、その理由はすぐに明らかになった。

彼に遅れて、シャノンが足を運んで来たからだ。きっと敬愛し、深く歪んだ愛情を向ける彼女の前で、自身の価値を証明したいだけなのだろう。

エドは他の兄妹家族に比べて、特にシャノンへの愛が強い。

「はぁ……」

カインがこの状況にため息を漏らした。呆れてものも言えない様子で。

この日の夕方、何の気なしに城を歩いていたアインの耳に、もめるようなやり取りの声が届いた。

「お母様ッ! なぜ、どうしてそのようなことを……ッ!?」

「……貴方が情けないからですわ。意気揚々と勝負を挑み、瞬きの合間に膝をつかされた。私はこんなに失望したことはありません」

「そんな――ッ」

「しばらく頭を冷やしなさい。それまで、私に声を掛けてこないように」

廊下の曲がり角で耳を澄まして、アインは思う。

(色々なところで、多くの物語が動き出してきてるんだ)

しかし、正史の流れはすでに踏襲できていなかった。

アインという存在が、アーシェに掛けられた影響力を弾いているからだ。ここからは間違いなく、アインが知らない物語が繰り広げられるはず。

「――――あ、あらら」

立ち止まって考えていたからか、アインがシャノンと顔をあわせてしまう。

「これはこれは……お恥ずかしい声をお聞かせしてしまいましたわ」

「何のことですか?」

「惚けなくてもいいではありませんか。こちらに居て、私と我が子の話声が聞こえないはずがございません」

「まぁ、聞こえちゃってたけど。どうかしたんですか?」

「お恥ずかしい話です。我が子がリビングアーマーの御仁に勝負を挑んで、何もできずに敗北してしまっただけのことですの」

「……立ち会ったんですね」

「ええ……意気揚々と挑んだ挙句、恥を晒してしまったのです」

話し方は淑やかながら、彼女は不満を隠すことなく露にした。

「貴女の前で格好いいところを見せたかったのでは?」

「だとしても、でございますわ。あの子は何も成し遂げられなかった――――昔の私のようで、吐き気がします」

彼女は昏い、瘴気を纏ったような冷たい笑みを浮かべていた。

ハイム戦争当時にも見たことのない、シャノンが隠す何かが尻尾を見せたような気がする。歴史にも、アインの記憶にも刻まれていない何かがあったのだ。

◇ ◇ ◇ ◇

翌朝、アインの部屋にエドが訪れた。

唐突な訪問に困惑しつつ、アインは彼を部屋の中に招く。

「マルク様。ご立派なお父君たちのように、貴方様も何かをお救いするべきでは」

「……はい?」

急にやってこられて困惑していたっていうのに、随分と脈絡のない話だ。

「この大陸には、まだここイシュタリカと違い救いを求める存在が多く存在しております。北に居を構えるエルフたちも、魔物の脅威に晒されているとか」

「えっと、それで?」

目的が掴めない。

彼は自分に何をさせようとしてるのか。

「先程申し上げた通りです。今こそ、貴方様も城を発ち救いを与える側になるのです」

「ああ、そういうことね」

エドの本心は何処にあるのか、アインはじっと彼の目を見て探った。

正にポーカーフェイスと言うべきか。あるいは演技者と言うべきか感情が伺い辛い。けど、アインはエドの精神的な弱さをよく知っている。

「自分の母にいい姿でも見せたい?」

「ッ――――」

「どうしたの、驚くようなことなのかな」

「いっ、いえッ! ですが母に立派な姿を見せたいと思うことはごく普通の事ではないかと」

「だろうね、俺もそう思うよ」

当時のマルクはどうしたのだろう? 彼はエドの真意を見抜けず、流されるまま城を発ったのだろうか。

シャノンが近づいただけで照れたというのなら、それも可笑しくない。アーシェが取り返しのつかない状況に陥った時には、すべてが手遅れだったと考えられる。

「俺は別にそんな下心があっても気にしない。君が母を愛してることは良く分かるからね」

けど、とアインは言葉をつづける。

「今のは君の思い付き? 例えば誰かに頼まれて……いや、誰かに助言を貰ったとか」

「…………」

「本を読む人? それとも研究が好きな人? 違うね、その顔は違うって言ってるように見えるよ」

やはり、エドは精神的に脆い。

今はマルコに負けて間もないこともあって、揺さぶりに動じすぎてしまった。

こうしてみると、本当にウォーレンはすごい存在と実感する。彼は何があろうと、最後の最後まで自らの種族と過去を明かすことがなかった。エドとは大違いだ。

「まぁ、誰でもいいんだけどね」

立ち上がったアインは、扉に向けて足を進めた。

「マ、マルク様ッ! どちらへ!?」

「父上たちに相談しないと。 色々と(、、、) ね」

ドアノブに手を掛けて外に出る。

ふぅ、息を吐いて静かな廊下を歩き、昇りの階段に足を掛けた。

口を開き、声を出す。

「聞いていないふりをするんだろうけど、これは貴女が焚きつけたってことかな」

スゥ――ッ、息を飲む音が聞こえた。

アインはそれを知っても、下り階段には向かわず上層階に向かって行った。

「本当に貴方は……以前とまるで別人ですわね」

鈴を転がしたような声は虚空に溶けていき、彼女も忽然と気配を消した。

一方で、アイン。

階段をのぼりながら、一つ決心する。

(俺がいない間にアーシェさんに近づこうとしたんだろうけど。悪いけど正史通りにはならない。歴史通りに進むなんて思うなよ――――俺がすべてを止めて見せる)

そして、シャノンがイシュタリカ王家を狙った理由も暴いてやる。

「舐めるなよ」と呟いて、ビシッ、ビシッと窓が揺れるだけの覇気を放った。