軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

土壇場の騒動

季節は巡り、新たな春がやってくる。

それはイシュタリカだけでなく、お隣の大陸でも同様の事だった。

——大陸の北側。

そこにあるのはロックダム共和国。

ハイムに次ぐ、大陸第二位の軍事力と広大な敷地。そしてそれに連なる多くの富を持つ、もう一つの大国だ。

「ではエレナ様。私共が先導致しますので、どうか遅れないように」

「……えぇ」

事の発端は、第三王子ティグルの発案だった。

イシュタリカ同様に、自分たちもスパイ行為を行う。それがようやく実行に移されようとしていたのだ。

リリの時のようなことが発生しないようにと、これまで以上の細心の注意を払ったのだが、実際のところバレてるかは分からない。

「本当に大きな港……」

港町ラウンドハート。ハイムにとって自慢の港だが、ここロックダムの港も負けていない。

船の数を比べるならば、もしかすると負けているかもしれない。それほどまでに、冒険者たちや豪商が保有する船で溢れかえっていた。

今回選定された人員に目をやると、エレナ以上の重鎮は存在しない。

当たり前だが、エレナが参加するのもそれなりの苦労があったのだ。

ティグル曰く、『ならん!エレナにもしもがあってはいけない!』

ハーレイ曰く、『私も反対だ。それに冒険者達との船旅……それ自体も心配だよ』

と、二人ともエレナがイシュタリカに向かうことに反対だった。

だが、それを数か月かけて説得し、なんとか参加までこぎ着けた。

「バードランドからのお客様方ー。そろそろ荷物を詰込みますよー!」

商人達が乗る船に席を設け、なんとかハーレイの不安は解消に向かった。

そうはいっても、危険な船旅というのに違いはない。

「それでは参りましょう、エレナ様」

「……わかったわ」

エレナに声を掛けるのは一人の文官。

彼もそれなりの立場にあったが、ティグルがエレナのためにと用意した。

エレナより年上の男性で、普段はティグルに関する仕事を受け持っている。

「(……これから数日間、海の上ね)」

イシュタリカへの道のりは、長く険しい。

だがそれでも、イシュタリカを自分の目で確認する事。それは必ず何かに役立つ……エレナはそう考えていた。

「そういえばアイン。私も一緒に行きますからね」

「お、お母様?行くってどちらに……ですか?」

学園が終わり、いつものように城に帰り、そしていつものように食事をして風呂に入った。

その後は少しの仕事をこなして、あとは読書でもして休もうと思っていた時の事。

マーサがアインの部屋へとやってきて、オリビアが呼んでる……そうした言葉を残していった。

そしてアインは自室を出て、オリビアの部屋へと向かってきたのだった。

「あぁっ……動いたら駄目ですよ。まだ終わってませんから……ね?」

そして今のアインが何をされてるのか。

何もやましいことは無く、ただアインの髪をオリビアが梳いている。それだけのことだ。

「うん、うん。綺麗に手入れしてるのね、いい子よアイン」

「……ありがとうございます」

クローネ達との約束通り、アインの髪は長めに整えられている。

だがそうなれば、今まで同様の手入れではすぐに荒れてしまうため、アインは今まで以上に髪に気を使うようになっていた。

「それで、その。お母様が一緒に来るというのは……?」

鼻歌を歌いながら、上機嫌でアインの髪に櫛を通し続けるオリビア。

寝る前のオリビアは、結構露出が多い。そのため、アインはなるべく、そのオリビアを見ないようにと気を使っていた。

「うん?あぁ、そのことね。私もマグナに行く……ってことですよ」

「えっ!?お母様が一緒にマグナに来る?そんなの今まで聞いてなかったんですが……」

というか、第二王女まで来るとなればそれなりに大事だ。

実際のところ、アインの方が発言力はあるのだが、人気やこれまでの実績も思えば、オリビアも来るのは只事じゃない。

それどころか、マグナに向かうのはもう二日後の事で、唐突すぎないかと疑問に抱く。

「ふふ……お母様にお願いしたの。それで許可をいただけたから、アインと一緒にマグナに行けるんです」

そこで、父シルヴァードの名を出さないあたりに、イシュタリカ家でのパワーバランスの様なものを感じる。

だが、結局は許可されたのならば、アインとしても文句はない。

「いつの間にそんな話が——」

アインと一緒に遠出ができる。

そのことが、オリビアにとっては何よりも幸せな時間だった。

「だってずるいじゃない。今までクリスも、それにクローネさんまで一緒に遠くに行ったのに。……私だけ、アインと一緒に遠出できてないのよ?」

顔は窺えないが、不満そうな声色で、オリビアの気持ちを察したアイン。

「お母様は、その、第二王女ですし。そう簡単に出かけられないのではないかと……」

「はい、そうですよ。でもアインだって王太子だもの、だからたまには私だって一緒に行きたいの」

アインとしても、その想いは賛同できる。実際のところ、オリビアと二人で遠出する機会なんて無かった、ハイムからイシュタリカへの道のり……それを思えば、無かったとは言い切れないのだが、イシュタリカに着いてからは一度も無かったのだから。

「では久しぶりに、お母様と一緒にマグナの町も楽しめそうですね」

「私はその日が楽しみでしょうがないの。だからアインも、体調に気を付けてくださいね?」

マグナに滞在する予定はおよそ半月。

つまりその間、全日程ではないにしろ、オリビアとも町を楽しめる時間があるという事だ。

「はい、綺麗になりましたよ」

「ありがとうございます。お母様」

アインの髪が梳き終わり、オリビアが櫛を仕舞いに行こうとする。

「あ、お母様。よかったら俺も、お母様の髪を梳いてもいいでしょうか?」

まだ寝るまで時間がある。それに自分がしてもらったのに、それだけで終わるのも悪い気がする。

なによりも、オリビアにもしてあげたいという気持ちが勝っていた。

「……いいの?」

「勿論です。さぁお母様、交代してくださいね」

オリビアの髪は綺麗に梳かれている。自分で手入れをしたのだろうが、まぁこのぐらいのスキンシップなら構わないだろう。

そう思い、遠慮がちな瞳のオリビアを見て、アインは彼女の手を引いて強引に座らせた。

「痛かったら教えてくださいね」

少し困惑した表情だったが、アインはそれを気にせず、オリビアの手から櫛を取った。

「あっ……もう、最近のアインは少し強引なんですね」

不満のように口にしたが、対照的に、その声色と表情は嬉しそうだったため、アインはその言葉を笑って誤魔化す。

「それじゃ、始めますよ」

自分と全く同じ色の髪を見て、アインは優しく櫛を滑らせ始めていった。

それからしばらくして、オリビアの部屋を立ち去ったアイン。

オリビアが嬉しそうにしていた姿を思い返し、同じく上機嫌でベッドに入るのだった。

オリビアとの会話を楽しんだ次の日のこと。

いつものように目覚めて、いつものように学園へと向かってきた。

しかしながら、このいつものように学園に通うことが、もうすぐ終わると考えると徐々に寂しさが募る。

「では、学内対抗戦に関しては以上だ」

春の王立キングスランド学園は、毎年ながら多くの空気に包まれる。

もう少しすれば、新たな一年次が入ってくることや、進級してクラスを上位に食い込みたい者。

特に5年次の漂わせる空気は、その中でも最大級に混沌としている。

「お前たちにとっては卒業前。そして他の学年にしてみれば、試験後のストレス発散になるわけだ。時間はかかったが、なかなかいい時期だろう?」

最高学年のアイン達は、もうすぐ卒業を迎える。そのため学園の空気とは縁がないはずだったのが、今年は違う。

——去年のうちに行われたアンケート……その話題が、今は注目を集めている。

「おいアイン!お前も出るんだろ!」

元気な声で話しかけるバッツを見て、アインはどうしたものかと悩んでしまう。

「(……自惚れるわけじゃないけど、出ちゃだめな気がするんだけどね)」

マルコを打ち倒せるだけの強さを得たアインは、学園のレベルで、自分が出場していいのか迷っていた。

見ている者や出場する者達にとっても、"出来の悪い"出来レースに思われる気がしてならない。水を差してしまわないかが心配だったのだ。

「うん。前向きに考えてるけどさ」

「あ?なんだそりゃ。俺はアインとやれるのを楽しみにしてんだぞ?でっかくなったんだし、余計に楽しみだろ!」

バッツがいうように、アインは大きく成長した。

去年はそのことを公表するのに、いくつかの案が考えられた。しかし、結局は『強い力を持つドライアドの影響』……と公表し、茶を濁す結末となった。

ドライアドは数が少なく、未だどのような生態なのか把握しきれていない部分がある。

そのため、そうした事実があってもおかしくない。イシュタリカの民は、このように納得していたのだった。

「い、いや俺もそれは楽しみだけど……」

最後の最後に、バッツと真面目に剣を交わす。そんな機会があってもいいと思うのだが、どうにも気持ちがはっきりしない。

「はっきりしねえなぁ!どうしたんだよアイン?何か理由でもあんのか?」

なんて答えたものか。それすらも迷っていたアインだが、そうして騒いでいたバッツに注意が入った。

「さて……バッツ?君は何か意見でもあるのか?あるなら手を上げて発言してほしいのだが」

「……舞い上がってました」

「うむ。自覚があるならよろしい」

カイルの鶴の一声がかかり、バッツはそうして口を閉じた。

「……バッツ、殿下は今度マグナに視察に向かわれる。そうした事情もあるのだから、即答できないのではないか?」

「おぉ……なるほどな。ならしょうがねえのかな……」

小声で声を掛け、レオナードがバッツにそう告げた。

アインの懸念とは違うのだが、それでもレオナードの助けはありがたい。

——ありがとう、レオナード。

心の中でそう礼をして、レオナードへと感謝する。

だがレオナードが言うように、確かにアインはマグナへと向かう。

名目としては視察。そう公表がされているが、その内実は赤狐に関する調査団の派遣。

イストやバルトと比べれば、マグナは王都に近く、そして行き来をする者達が多い。そのため、マグナの方がこれまでの調査よりも危険は少ない。

「卒業の数日前、最後の大行事だ。皆それまで健康に過ごすよう、気を付けてほしい。では以上、レオナード」

「はいっ。……起立、礼」

こうしてクラスで集まる機会も、あと何回だろうか。

恐らく、片手の指に納まる程度の機会だが、それを思えば、卒業することが更に現実味を帯びてくる。

「そういえば、マグナは結構な大所帯なんだっけか……」

ふと、思い出すマグナへの旅。

王族はアインとオリビアの二人が来るということで、その分警備も厳重になる。

つまり近衛騎士も多く動員され、実はそれなりに大所帯となるのだ。

遊びに行くわけじゃないが、それでも、マグナに行くのを楽しみにしているオリビアを思えば、アインも自然とそれが楽しみになっていく。

ちなみに、 カティマ(駄猫) も行きたそうにしていたらしいが、 駄猫(カティマ) は却下されたと聞いた。

「——下!殿下っ!大丈夫ですか?」

オリビアとのことを思い返していると、そのアインへとレオナードの声が聞こえてきた。

「……あれ?レオナード、どうしたの?」

「殿下がずっと放心しているようだったので、どうなさったのかと心配になりまして……」

気が付くと、教室に残っているのはアインにレオナード、そしてバッツとロランのいつもの4人だけ。

「あ、あー……。ごめんごめん、ちょっとマグナの事考えてた」

「なるほど、そういうことでしたか……ご視察ですからね。日程が詰まっているかと思いますが、お体には気を付けてください」

——なにせ最近は、ちょっとした流行り病もあるみたいですから。

と、レオナードが語り、アインのことを心配そうな瞳で見つめている。

「うん。ありがとレオナード」

しばらく考え事をしていたせいか、身体が固くなっている。両腕を伸ばしていると、『うぅん……』という声が肺から漏れた。

「……って、ごめんみんな!俺もう行かないと遅れるから、それじゃまた明日!」

和やかな空気だったが、ロランが突如、急いで教室を去っていく。

「そういやあいつ、もう立派な技術職だもんな」

「あぁ。だがお前だって、卒業したら騎士になるんだろう?」

「あ?まぁな。でもレオナードこそ、親父さんのとこで頑張るとかいってたじゃねえか」

皆の進路は確実に違う。

しかしながら、なんだかんだと4人全員が王都で仕事をすることになった。むしろバッツやレオナードに関しては、アインとそう遠くない場所で仕事をすることになる。

「アインはどうするんだ?」

「どうするって、何をさ」

「何をってお前……あれだよ、王太子だから、これからどうするんだろうなって」

「え?そりゃこれからしばらくは王太子だけど」

何を言ってるんだ、そんな表情でバッツに答えた。

「別に俺はそれが変わることはないかな。戴冠したら王太子じゃなくなるけど、それまではずっと王太子だし」

「そういやそうだな……。ってことは、城で王族の仕事ってことか」

「うん。そういうこと」

「私は城に出入りすることがあると思うので、殿下とお会いできることもあるかと」

「……俺はどうだろうな、城勤めの騎士はまだ遠い気がする」

城で務めるには、騎士の場合は高い倍率の中、高い成績を残して選ばれねばならない。

バッツが城で務めるには、まずはそうした成績を残すところからだった。

「まぁみてろって。いつかは俺も近衛騎士に入って見せるからな!」

「いい心がけだ。ところでバッツ、近衛騎士になるための礼儀作法は多いが、しっかりと学べるんだな?」

「うっ……わ、わかってんだよ!なんとかしてやるって!」

「それとバッツ。お前近衛を目指すならば、殿下に対しての態度がだな……」

レオナードが 窘(たしな) めるが、その通りだ。

本気で城の騎士や近衛を目指すならば、正さねばならい部分が多くある。

「……た、頼むから学園にいる間は許してくれ」

アインは呆れた顔をするレオナードをみて、他人事のように、声を上げて笑い始めるのだった。

……その後は、二人も用事があるとのことで、アインも城に帰る支度をした。

実際のところ、そろそろ迎えが来ているはずなので、時間としても丁度良い。

すると一人ずつ学園を後にして、最後はアインが一人、校門に向かって行くのだった。

——今日も今日とて、楽しい時間だった。

こうした学園での時間が、もう少しで終わってしまう。そのことが寂しく感じていたものの、きっと彼らとはこれからも会える。アインはその希望は忘れていない。

「城に戻ったら、マグナに行く前に仕事を片付けないと……」

明日に迫ったマグナへの長旅。

実のところ、イストの時やバルトの時と比べれば、その負担は格段に低い。

それは必要とする時間だけではなく、危険性などの面から見ても、マグナはそういった脅威が少ないからだ。

そのせいもあってか、支度に関しては、前回ほどの騒々しさが無かったといえよう。

「アイン様!お帰りなさいませ」

校門に着いたアインを迎えるのは、いつものクリス……ではなく。珍しく、ディルが一人でアインのことを待っていた。

「あ、あれ?珍しいねディル」

クリスも注目を集めるが、ディルも同様に通行人から見られていた。

最近では、更に縁談の申し込みが増えていると聞く。それほどまでに、彼の容姿は飛びぬけて印象的だった。

「実はその、クリス様はこちらに来れない事情がございまして……」

「何か忙しいとか?」

こんなことは今まで無かったため、アインもどうしたのかとディルに尋ねる。

「体調を崩してしまったようでして、城で休養しているのです。……城に着いたら、バーラ殿に説明していただく予定ですので、詳しい話はバーラ殿から聞きましょう。なにせ私もあまり把握できておらず……」

申し訳なさそうな表情を浮かべるが、ディルも突然アインの迎えに行ってくれと言われ、それなりに困惑していたのだ。

アインを迎えに行くのは構わない。それどころか有難い話なのだが、いかんせん急すぎて詳しい理由が分からない。

一言だけ聞けたのは、クリスが体調を崩した……その情報のみだ。

「じゃあ一緒に聞こうか。心配だし、早く帰るよ」

ディルの言葉を聞いて、アインはいつもより早歩きで城に戻っていった。

「近ごろ流行りの病ですね。一週間も寝ていれば、すぐに良くなりますよ」

城に着いたアインは、ディルを連れてバーラの下に向かった。

訓練所近くに作られた、バーラの仕事場。そこには怪我をした騎士だけでなく、病気になった者や、体に異変を感じる者も足を運ぶ。

「そういえば、レオナードが言ってたな……」

ただの世間話程度の話題だが、レオナードが流行り病がどうのと口にしていた。その事を思い出して、身近で発生したことに驚くアイン。

「時折、こうした時期に流行ることがあるんです。大きな病となるものではありませんし、食事をとって寝れば治るものです」

清潔な白衣を見に纏い、堂々と説明をするバーラは、イストであった時とは比べ物にならない程成長した。

……内心では、アインに対してまだ緊張しているのだが、それが見えないように努力するぐらいはしている。

「なので、クリス様とクローネ様は、一週間程は安静にしていただく必要が……」

「あれ?ちょっと待って、クローネも……?」

バーラが口にするクローネという名前。

アインとしては、クリスだけが病の床についたと考えていたため、突如としてクローネの名が出てきたことに困惑する。

「は、はい。クローネ様も同様に、城内でお休みになってます。ほぼ同時期に発症したようなので、二人とも今日付けでお休みいただくことに……」

「申し訳ありません。アイン様。クローネ殿もというのは、私も聞いておりませんでした……」

となると、いろいろと問題だ。

なにせ明日にはマグナへと向かうというのに、同行予定だった二人が同行不可……どうしたものか。

「だからディルは悪くないって。でも……明日からの日程、どうすればいいんだろ。あ、そうだ! 俺の毒素分解は――」

「安静にしていれば治りますので、免疫力を高めるという意味でも、今回はご無理をなさらなくてもよいのではないかと思いますが……」

バーラが言った。

なるほど、確かに、その言葉にも一理ある。

悪化することもないとのことで、食事をとってゆっくり休む。

それで済むのであれば、医療専門の彼女がいうことに頷くべきなのかもしれない。

しかし、クローネは補佐官。そしてクリスは、アインとオリビア二人の護衛として数えられている。

そんな中、二人が行けないとなればいくつかの問題が生じることとなるが。

「失礼しまーす!……って、アイン様だ!?お帰りなさい!」

元気にやってきたのはメイ。騎士食堂の天使とかいう異名を持つ、騎士達に大人気の給仕だ。

「こらメイ!殿下の前でそんな態度……。だめでしょ?」

「まぁまぁ。気にしないよバーラ、それでメイちゃん?何か用事?」

「はいっ!なんかマーサさんが、アイン様をお呼びしてって言ってたので、アイン様をお呼びに参りましたっ!」

「多分その流行り病のことかな?わかった、マーサさんはどこに?」

丁度説明がほしかったので、メイの登場は絶好のタイミングだった。

「えーっと、えーっと……。中庭のテラスで、王妃様と一緒にいる……って言ってました!」

「お婆様が?それじゃ待たせられないな。……バーラ、教えてくれてありがと。あとで詳しい病状について、俺の執務室に送ってもらってもいいい?」

「しょ、承知致しました!ではそのようにご用意致します……っ」

メイの登場によって、先ほどまでの冷静さが失われかけたバーラ。

アインがララルアの下に行くというので、バーラも慌てて返事をする。

「メイもありがと。……ディル、それじゃ行くよ」

「はっ!」

メイの頭を撫でると、くすぐったそうに笑みを浮かべる。

そんなメイを見て満足したアインは、こうしてバーラの仕事場を離れていった。

足早に向かった中庭のテラス。

オリビアやララルアが好む場所で、多くの美しい花や木々、更には白い石材を使ってできた多くの水路。そのコントラストが美しい場所だ。

「お婆様。何やらお呼びとのことでしたが……」

正確には、アインを呼び出したのはマーサだ。

しかしマーサが自分から来ないで、アインを呼び出すことは無い。となれば、その主はきっとララルアだろう。

「あぁアイン君。お帰りなさい、さぁ座って?まずは一緒にお茶を頂きましょう?」

アインを見つけたララルアは、優しそうな笑みでアインに微笑みかける。

相変わらず若々しい容姿をしていて、たとえ20代と言われても違和感がない。

「それでは、向かいの席に失礼します」

ディルは少し離れて立ち、マーサの近くで護衛に移る。

「そういえば、マーサさんがお婆様のそばにいるのは珍しいですね」

「クリスにクローネの話は聞いたかしら?」

「えぇ。なんでも、流行り病に 罹(かか) ってしまったとか」

安心できるのは、それが大事じゃないという事。

ただ少しの間休んでいれば治ると聞いて、アインは安心していた。

「そうなのよ。それで"ベリア"も珍しく休んじゃってて、マーサにお願いしてたの」

ベリアとは、マーサの師にして、ララルア専属の給仕を務める女性。

給仕長も務めているが、主な仕事は、ララルアの身の回りの世話をしている。

そのため、あまりアイン達にも姿を見せることは無いのだが、給仕としての腕は一級品で、たとえマーサであろうとも勝てない。そう思わせる人物だった。

「そ、それは珍しいですね。ウォーレンさんよりも、休むこと無さそうなのに」

「そうねぇ……。まぁでもね、ベリアも歳だもの。本人は認めないけど、身体は弱くなるものよね」

「……なるほど」

マーサが用意した茶を飲み込み、喉を潤す。

——うん。今日もいい味だ。

「だからね、アイン君にはそのことで話があったの」

両手を合わせて、楽しそうにするララルア。

仕草一つ取っても気品に満ちていて、見る者を恍惚とさせる。

「はい。どのような内容でしょうか?」

「クリスとクローネの二人は、一週間ぐらい遅れて参加します。だから、マーサも一緒に連れて行っていいわよ。マーサなら補佐の仕事もできるでしょうから、そうよねマーサ?」

「勿論です。なのでご安心くださいアイン様」

どうやら、空いた穴を埋めるための人事のようだ。

だがアインとしては有難い。なにせマーサならば、補佐の仕事も安心して任せられる。

「お心遣い、感謝します」

「いいのよこれぐらい。——……あの娘のお目付け役も込みだもの」

ボソッと何かを呟いたようだが、その言葉はアインには届かなかった。

「それとね、アイン君。二人のお見舞いはしたら駄目よ?万が一があったら危ないもの」

「……ですよね」

「だからお手紙にしておいてね。二人はそれでも喜ぶから、手紙を書いたら誰かに渡してもらうの。いい?」

病について詳しく説明を受けていないが、確かに万が一には備えるべきだろう。

ララルアが言うように、アインは後で手紙を用意することに決める。

「わかりました。あとでバーラにでも、渡してもらえるように頼んできます」

「そうね、それなら安心だわ。……それじゃあアイン君、たまには私とのお茶に付き合っていただけるかしら?」

思えば最近は忙しくて、ララルアとの時間も少なかったように感じる。

せっかくの時間だ、まだ余裕もあるので、アインはララルアとの語らいを楽しもう……そうすることにした。

「そのような大役、他の者には任せられませんね」

「あら、アイン君も立派になったのね。……では王太子殿下、しばらくお付き合いいただきますわ」

今の様な台詞を口にするアインを見て、ララルアもアインの成長を感じる。

その後の二人は、夕方になるまでの長い時間を、ただゆっくりとした会話で楽しむのだった。