軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

祖国。

「父上っ……!?」

「ロ、ロイド様っ!骨が砕けたとは一体……」

「そうです!一体何があったのか教えて頂けないでしょうか……っ!」

アインが去っていった後の訓練場、一時は静寂に包まれたこの場だったが、息を吹き返したかのように騎士達が口を開く。

当然ながらその先にはロイドの姿があり、彼の状況もそうだが、先ほどの光景はなんだったのか……その説明を求めて押し寄せてきた。

「……近衛騎士とあろう者たちが狼狽えるなっ!私は怪我をした!ただそれだけのことだ……一々口にすることでもないだろう!」

確かに怪我をしただけかもしれない。

だがロイドが口にしたのは骨が砕けたかもしれないという事に、そしてその怪我をした者はロイドだ。

ロイドに怪我を負わせられる人物なんて、おそらくはクリスぐらいなものだ。彼らは皆がそう考えていたというのに、アインにそれをされてしまったのだから、驚かないはずがない。

実際のところ、アインは年々驚異的な速度で成長を続けており、近衛騎士達もそれはよく目の当たりにしていた。

とはいえこのような結果になるものだろうか?アインの攻撃を受けたロイドは、その勢いに負けて後退する所まで見せてしまったのだから。

「先ほど見たことは口にするな。それと私が怪我をしたことも、アイン様の耳に入らぬように心がけよ!……心優しいあのお方の事だ、きっとお心を痛めてしまうに違いない。いいな!」

先程のアインは、ロイドの怪我に気が付いていなかった。ロイドも隠そうとしていたのだから、むしろ気が付かないでくれてよかったのだが。

「つ、ぅ……それよりも私はバーラ殿の許へと向かう。訓練を続けよっ!」

慌てた様子で訓練に戻る近衛騎士を見て、ロイドは少しばかりほっとした。

先程の彼らの勢いを見れば、まだ食い下がってくるかもしれない……そう思っていたのだ。

その様子を見たロイド。そして再びすぐ傍に立つディルへと視線を戻す。

「というわけだ。ディル、悪いが付き添ってもらうぞ……いいな?」

「……承知しました。では治療が済み次第、どういうことだったのか……その後説明を頂きます」

ディルも同様に多くの疑問を抱くが、そんなことは後でも聞くことができる。まずは父にして上司のロイド、彼の身体を優先しよう。ロイドに肩を貸して、近くのバーラが控える施設へと足を運ぶのだった。

——コンコン。

シルヴァードの自室のドアがノックされ、その場でマーサが来訪の理由を口にする。

「陛下。王太子殿下がお見えになりました」

「うむ……通してくれ」

「畏まりました。……ではアイン様、どうぞお進みください」

「うんわかった」

ロイドとの模擬戦の後、アインは騎士食堂での食事を楽しみ、大浴場へと向かってゆっくりと体を癒した。

その後は火照った体を冷ましながら、来たる祖父との時間に合わせ、精神的にも身体的にも体を整え続ける。

数十分が経ち、サロンで休憩していたアインの許へとマーサがやってくる。

『陛下がいつでも来て構わない。そう仰っております』……そう彼女から聞いたアインは、体を起こして自室へと向かう。気持ちを入れ替えるためにも、いつもと比べて多少気合の入った服装を選ぶ。

珍しく王家の紋章が入ったジャケットを羽織り、髪の毛もそれに向けて整えた。

そうした格好で歩くアインの姿は、すれ違った城の者全てに対して、とある感情を抱かせる。

「……なかなか凛々しい恰好であるなアイン。先日の正装とはまた違うが、そうした格好も悪くない」

「お褒めに預かり光栄です。お爺様」

「その姿を見れば、自然と畏敬の念を抱くことであろうな」

「……お戯れを」

シルヴァードが口にしたように、城の者達は皆が畏敬の念を抱いた。アインは常に良き王太子であり続け、多くの信頼と敬意を集めていたのは言うまでもない。

しかしながら、今日のアインはいつも以上に統治者としての魅力に溢れていた。

それはすれ違う者達が、一瞬言葉を失ってしまう程に。

「戯れなどではないのだがな……まぁよい。それでどうしたのだ、余と話をしたいなどと。そのために学園まで休むのだから……何か大事な事なのだろう?」

シルヴァードにとっても、昨晩のアインとクリスの姿は記憶に新しいことだ。久しぶりに見せたアインの笑顔は、彼にとっても安心できることで、あの後はロイドと共に、一杯の酒で乾杯を交わしたほどの事。

「私にとっては大切な事です」

「……まぁよい。座れ、話を聞こうじゃないか」

「では失礼します」

シルヴァードの座るソファの正面。その席を指さされ、アインはドアの近くからそこに足を運ぶ。

自分の部屋のものよりも座り心地の良いソファ。ゆったりと沈み込む感触を楽しみながらも、これからのために気を引き締める。

「では申せ。明日朝までは時間がある、だからゆっくりでよい」

「……感謝しております。では早速——」

ようやくアインの悩みや不安の種。それを聞くことができると思えば、シルヴァードの心も興奮しだした。

心配に思っているのは確かだったが、それと共にどういった悩みを抱いているのか興味があった。

海龍を倒す英雄にして、身体にデュラハンとエルダーリッチを宿す王太子。そんな男が、どのような悩みを抱えてるのか……それはシルヴァードにも予想が付かない。

「お爺様は、愛されるのが怖いと思ったことはありませんか?」

「……む?すまんがアイン、それはどういった意味なのだ?」

拍子抜けしたわけではないのだが、どうにも目の前のアインが口にした言葉。その言葉の真意へと、理解が追い付かなかったシルヴァード。

「愛されたあげく、捨てられる」

シルヴァードの言葉を受けて、アインが再度口を開き始める。

「愛されたあげく、裏切られる」

アインが怖がっている事。そして懸念していることが、徐々に明らかになり始めた。

真っすぐにシルヴァードを見つめながらも、ただ静かに言葉を続けるアインの姿。それを見てシルヴァードも目が離せない。

「……そして愛されたあげく、自分が裏切ってしまう」

された期待を裏切ってしまうという事。期待するのは相手だが、それでもどこかそれが引っ掛かっていた。

……息継ぎをしなかったのだろう。そう言い終えたアインは、大きく口を開けて新鮮な空気を取り込んだ。

「その……期待に応えられるか、それが分からないんです」

「……ふむ」

簡素な返事を口にするが、シルヴァードはしっかりと考えている。

結局のところは、産まれた時の環境が影響しているのだろう。それは確実な事だ。

ハイムの価値観ではあるが、弟にその価値で負けて疎まれた。

イシュタリカに来るまでの一連の流れが、心の奥底では気にかかっていたことの証明に他ならない。

「一つ聞くが……万人に好かれたい。アインはそう思っておるのか?」

「いえ、それはできない事とわかってます。ですが……」

「——アイン。こちらに参れ」

返事を言い終わる前に、シルヴァードは立ち上がって歩き始めた。その先にはテラスがあり、外を見れば王都中を見ることができる、まさに絶景だった。

「テラスにですか?」

「そうだ。アインの言葉に答える前に、余のたった一つの秘密を教えてやろう。……ララルアであろうとも知らぬ、余の一番の秘密。それをアインに伝えよう」

振り返ることなくそう告げて、シルヴァードは落ち着いた足取りでテラスに向かっていった。そしてアインもそのシルヴァードに付いていき、共にテラスに姿を見せる。

「イシュタリカはこの大陸イシュタルの、どこまでも続くただ一つの国だ」

「……はい」

ホワイトローズどころか、遠くに見える城壁すらも一望できる場所。目線を変えれば学園都市の方角が見え、そこではアインの級友たちが今日も勉学に励んでいることだろう。さらに港の方に目を向けると、大きな影が2つ見える。双子が今日も元気そうで安心した。

「余にはな、たった一人だけ……敬愛しながらも嫉妬し、そして少しばかり憎い気持ちを持つ相手がいる」

「そ、そんな人がいるのですか?……初めて聞きました」

「それはそうだ。なにせこのことを語るのは初めてであるのだから。……王と王太子だけの秘密だ、よいな?」

「……はい」

そして空を見始めたシルヴァードが、複雑な感情に苛まれながらも、初めてその人物について語り始める。

「その相手とは……初代陛下だ」

「——っ!?」

一瞬、自分の悩みを忘れてシルヴァードを見る。

嫉妬しながらも憎らしい?その相手が初代陛下と聞けば、アインが驚かないはずがない。

「な、なんで……どうしてですかっ!?」

「……アインの考えることと、少しばかり似てるかもしれんが」

柵の縁に肘を置き、乾いた笑みを浮かべて口を開く。

「今回の陛下はどうだ?……いい王だが、初代陛下と比べると劣るな。そりゃ相手が悪いだろ、誰であろうと勝てる相手じゃない!……余が即位した頃、よく耳にしていた話だ」

表立ってそう口にされることはなかったが、いくらでもそうした言葉なんて耳に入る。

さすがに城内では耳にしなかったが、永遠に城内で過ごすわけではないのだから、聞こえてくるのも当然のことだった。

「初代陛下のように、どうかご立派な王になってください。……これは昔、余がララルアに言われたことだが。その時の余は、それまでなかったほどの強い嫉妬をしてしまった」

「……」

「イシュタリカの者としてあってはならないことだが、同時に憎んでもしまってな。……我が妻にこうまで尊敬される初代陛下が、憎らしい……とな」

初代イシュタリカ王の影響は強い。例えシルヴァードのような名君で、多くの部下に恵まれていようとも、必ず国民から比較されてしまうのだから。

それを止める気もなければ、わざわざ否定に参ることもない。だがそれでも、言葉にしづらい思いというのは生まれてくる。

「このような思いは持ってはならん。それはイシュタリカに住む者として当たり前のことだが、余はそれを考えてしまったのだ」

「……はい」

「だが国民に悪意がなければ、他意もないのだ。そして初代陛下がそう語られ続けるのも、至極当然のこと……そうだろう?」

「はい。仰る通りかと思います」

「そうなればアイン。つまり余は王として失格……そう思わぬか?」

「……そんな質問を私にするのですか?」

そんなの意地悪だ。どう返事すればいいんだ!アインは頭の中で強く葛藤する。

「くく……はっはっは!冗談だ、気にするなアイン」

好々爺な顔を浮かべ、高笑いをしてアインの頭を力強く撫でる。そうするとアインはムスッとした顔になり、『悪い冗談は止してください』と告げた。

「まぁそういうことなのだアイン。……完璧な人となる、そんなことは誰にもできぬ」

「完璧な人……」

「左様。アインにはそうした節が見え隠れしている。確かにそれは大切な考え方だ、だがしかし、アインは難しく……そして深刻に考えすぎなのだ」

「そ、そんなことはっ……」

「無いとは言わせんぞ。いいからまずは聞くのだ、最後に返事をさせてやる」

肩を強く押され、テラスに置かれた椅子に腰かけるアイン。

シルヴァードが立っているのに、その彼の前で自分だけ座るのは居心地が悪い。だが今は素直に言うことを聞く、そうさせるような空気に包まれていた。

「アインよ。お主は神になりたいとでも思っているのか?」

「っそ、そんなわけないでしょう!いくらなんでも、そんな馬鹿げたことは……」

「ならば無理だ。アインの願いは叶うことがない」

無慈悲にも無理と伝えるシルヴァードが、アインが口を開く前にその言葉を続ける。

「人々を裏切らず、そしてその期待にこたえ続ける。そんなことができるのは神……そう呼ばれる存在のみだ。アインどころか、余にも初代陛下であろとも不可能な事だ」

「っ……ですが!王として最低限の……っ!」

「では王として最低限のこととはなんだ?国に利益をもたらすことか?それとも安心できる統治であるか?」

「……そのどちらも、です!」

天候は晴天が広がり……心地よい暖かさに包まれる今日。その天気とは裏腹に、アインの心境は穏やかじゃない。

「では国に利益をもたらすということ。それならばアインは、王が一生にもたらす財は得た。なれば少しは安心できよう?」

「い、意味が分からないのですが……」

「2体の海龍のことだ」

「……たしかに私が関係していることです。ですがたかが国家予算30年分に満たない量を……」

そう口にするアインを見て、シルヴァードは強い口調でそれを叱責する。

「自惚れるでない!たかがとは何事か!……国民が納める税によって出来るその予算を、それをなんと考えているのだ!」

「っ……も、申し訳ありませんでした……」

「国家予算とは王の力だけで作られるものではない。わかっているであろう?」

「……勿論です」

アインはその言葉を聞いて素直に謝罪する。確かに自分が間違えていた、国民の努力を踏みにじるような発言をしてしまった。そのことを心の中で強く恥じ入っている。

「何もないところから。そう言えば語弊があるが、この際そういうことにする。そうした何もない所から、アインはその年月分の財を国にもたらしたのだ。それは誇るべきこと……忘れるでないぞ」

「はい。しかと肝に銘じます」

「……では次だ。安心できる統治……たしかに愚王では駄目だ。だがそうしたことを考えているうちに、余は感じたことがある。それはアインが、何をするにも独りよがりになっている点だ」

ようやくアインの側に来たシルヴァードが、アイン同様そこに腰を下ろす。そうして深い息を一息吐いて、更に考えを語り続けた。

「アインはたった一人で、このイシュタリカを統治する気なのか?」

「い、いえ。そんなことはできないと思ってます」

「であろうな、その通りだ。……統治には多くの信頼できる臣下たちが必要、そうだな?」

「……仰る通りかと」

アインも一人で統治できるなんて思ってない。当たり前だが、多くの人材があってこそ、国の運営というものは機能する。城での仕事やシルヴァードの事を見ていると、そんなことは痛いほど実感することができる。

「では例えばだ。マーサはどうだ、信用できるか?」

「……?え、えぇ勿論ですが」

「ではディルはどうだ?いい騎士ではないか?」

先ほどの話もあってか、海龍騒動の件を思い出す。

自分の身のことは何も顧みず、ただ自分のために尽くしてくれた男。

「……最高の騎士です」

アインの答えを聞いて満足そうなシルヴァードだったが、その質問はまだ続く。

「では最後にクリスはどうだ。……アインを大切に思ってくれているだろう?」

昨晩の彼女との誓いを思い出す。あんなにも多くの言葉を投げかけてもらっておきながら、それが分からない程の馬鹿じゃない。

「……はい!」

「ならば聞こう。この者達はアインを裏切るか?」

人の気持ちなんてわからない。そうしたことはよく言われることだったが、だがそれでも、先ほどの者達は絶対に裏切らないだろう。アインはそんな気持ちにさせられた。

「いえ……!マーサさんもディルも……そしてクリスも。絶対に裏切らない、そう断言できます」

「はっはっは……!そうかそうか、では話は早いな」

ついさっきのように、アインの頭を強く撫で始めたシルヴァード。その顔には満面の笑みが浮かび始める。

「愛されるのが怖いというのに、その者らに愛されること……そして期待されることは怖くないのだな?」

——っ!?

確かにそうだ。アインは強く実感させられる。

むしろ気持ちは逆で、マーサやディル、そしてクリスに期待されることなどは……むしろ心地よかった。

昔は違ったはずだ。……もっと頑張ろう、そう明るい気持ちで居られたことを思い出す。

「矛盾しただろうアイン。怖かったはずなのに、それが心地よかったことを思い出した……間違いないな?」

「……お爺様は何者なんですか?」

「はっはっはっは!ただの王だ、そしてアインの祖父なだけのことよ。……ではアイン最後だ、余から一つの助言を与えよう」

立ち上がって手すりの柵に向かって歩き出したシルヴァード。そして大きく手を広げて、強い口調でこう語った。

「相手が裏切らない程に惚れさせてしまえ。自分の声、姿、立ち居振る舞い、そしてアインという存在が居なくてはならないと。そう思わせる程に相手の心に入り込んでしまえ!自信をもって相手の前に立ち……独りよがりにならず対話せよ!自信に満ちていた姿を思い出せ!」

そう言ったシルヴァードは振り返り、アインの瞳を強く見つめる。

「城にいる大切な者達と民の違い、その違いなんて多くない。等しくイシュタリカの者であり、アインを知る者達だ。独りよがりになり、自ら壁を作ることをやめれば、新たな道も開けることだろう」

「……ですがお爺様。先ほどの言葉はどうにも強引というか……力業すぎませんか?」

口元と頬を緩め、そう語るアインの表情。どことなく晴れ晴れとしてきたその顔は、ただ自然に笑みを浮かべ始める。

「む?これまた異なことを申すなアイン?……王族で力業なんて、アインの専売特許であろうに」

「お、俺そんなに強引じゃ……」

久しぶりに聞く、アインの俺という言葉。

大人になった姿が見られるのは嬉しく思うが、昔のようにやんちゃな時のアインも嫌いじゃない。そう思っていたシルヴァードにとっては、今のようなアインの姿は嬉しいものだった。

「……おぉアイン!余は一番いいことを思いついたぞ!」

「一番いいこと……?お爺様今度はどういう力業を」

「ぬはははは!アインの悩みを完全に解消できる、最高の手段だ!そしてこっそりと、余の願いも入っておる!」

「……聞きましょう」

もしかすると、今まで一番の愉快な姿かもしれない。シルヴァードはアインがそう感じる程、楽しそうな表情と声をしている。

「この国だからこそできることだ。……アインよ、お主は初代陛下を超えることを目標にせよ!さすれば幸せに生きられるであろう!」

「……はあっ!?お、お爺様何を申して——」

「間違えておるか?」

……間違えてない。確かに初代イシュタリカ王を超えることがあれば、アインの不安なんて関係ない事態となるだろう。だがそんなに軽くいうことじゃないと、アインは今度はそれを不満に思った。

「そんなこと言ったら、罰せられますよ?」

「アインが黙っておればよいのだ。大体先ほど、初代陛下に思ってしまったことは教えただろう?」

「そういえば……まぁ聞きましたけど……」

「余の願いも乗せて、アインにはそれを目指してもらうのが一番かもしれんな」

「お爺様の願い?」

上機嫌なままのシルヴァードが、待ってましたと言わんばかりに、アインの言葉に返事をする。

「初代陛下を超えるなんぞ、余にはできなかったことだ。だが不思議と、アインならできるかもしれないと考えさせられる。そうなれば死後の世界でも、余は鼻が高い。頼んだぞアイン!」

「そんな急に無茶な……」

大陸を統一し、魔王討伐も行った唯一無二の王。それを超えろと言われても、どうすればいいのかすら分からない。

「だが一つ。踏ん切りがついたであろう?」

「……そうかもしれないです」

「なればよい。ちょうどいい機会だ、その格好のまま、一度初代陛下の墓前にでも行って参れ。優しく迎えてくださるだろう」

「また急に……いいんですか?そんなこと許可しても……」

「構わぬ。もともとあの場所は、余の許可があればいつでも行っていい場所なのだからな……っと、そういえば一つ。アインに伝えることがあったのだ」

懐をあさり始めたシルヴァードは、すぐに小さな紙を取り出した。

急に初代王の墓前に行けといったり、伝えることがあると口にしたり……どうにも忙しないシルヴァードだったが、アインはそれを嬉しく感じていた。

「急な話ではあるが、数日後に行ってきてほしい場所があるのだ。元セージ子爵の領地に、少しばかり視察に行ってもらう」

「いろいろと急すぎやしませんかお爺様……」

「本当はカティマが行く予定だったのだがな、予定変更だ。この任務はアインに任せるとしよう……後ほど詳しく伝えるとする。景色のいい地域だ、気分転換でもしてまいれ!」

アインはこれが、シルヴァードなりの気遣いなのだと察した。

思えばちょっとした旅行のように感じて、悪くない気がしてならない。気持ちが久しぶりに上向いてきたのだから、この提案も好意的に受け入れることができた。

「ではお爺様のお気遣いをありがたく頂戴します」

「うむうむ!ついでに景色に食事でも楽しんでくるとよい!」

「お土産でも買ってくればいいでしょうか?」

「……美味い砂糖菓子があるのだ。多めに頼む」

最後は締まらない会話になっていったが、憑き物が落ちたように晴れ晴れとした表情のアイン。こんなに世話になったのだ、食べきれない程の土産を買ってこようと心に決めた。

「わかりました。……それと今日は本当にありがとうございました。お爺様のおかげで、その……どうにかなりそうです」

「それは重畳だ」

「……ではお言葉に甘えて、初代陛下の墓前に行ってきても?なんていうか……決意表明ではないのですが、気持ちを新たにするためにも」

「構わん。先日の作法通りにするのだぞ?」

「承知しております。……では剣を取ってきてから、お言葉に甘えて行って参ります」

さっと立ち上がり、最後はシルヴァードに向けて深く礼をしたアイン。

今日の話はきっと忘れられない。それはもしかしたら自分が死ぬまで絶対に……そう考える程、有意義で大切な時間だった。

王というよりも、一人の祖父として柔らかく微笑み続けるシルヴァード。アインはこの部屋を出ていく前に、もう一度深く礼をして、シルヴァードの部屋から退室していった。

「……いつ来ても、ここは本当に静かだ」

自分の気持ちの整理のため。そんな不純な気持ちで訪れたことをお許しください……そう心の中で謝罪をし、アインはその地に踏み入れた。

「……不肖の王太子ではありますが。失礼します」

そっと静かに呟いて、すべての墓前が見える入り口で頭を下げる。……そしてアインが目指すは真正面、そこにあるのは初代イシュタリカ王の墓。その墓前を目指し、アインはゆっくりと歩を進め始める。

——くしゃり。

柔らかな芝生を踏む音だけが聞こえ、そのほかの騒音なんてものは何一つ届くことがない。それどころか、自らの呼吸音が最もうるさい……こう思わせる程の寂寂たる雰囲気に包まれる。

「……」

時折、腰に携えた剣のこすれる音が聞こえる。

だが芝生を踏む音と相まって、どことなくちょっとした音楽のような感覚を得る。……それは決して不快なものではなかった。

「(じゃあ始めよう)」

墓前に着いたアインは、シルヴァードから習った作法を思い出す。

来る前に受け取ってきた供え物を並べ、一つずつ一つずつ丁寧に、その所作を進めていく。

「……」

ただ無心になり、失礼が無いようにとそれを続ける。

ひたすらに真剣なその態度と、丁寧な仕草。それは相手が初代イシュタリカ王であろうとも、確実に満足してくれるであろう仕草だった、もしアインを見る第三者が居たならば、そう評価したことだろう。

——そして最後は胸元で剣を持つ。

それで必要な作法は終わり。急に訪れてしまったことを謝罪し、最後は気持ちを新たにこの地を去ろう。アインはそのつもりでいた。

「……よしっと」

一連の流れを終えたアインは、間違えが無かったことにほっと息を吐く。

胸元に当てていたリビングアーマーの剣を降ろし、最後に一礼をしてその墓前に背を向けた。

「あ、あれ……?なんか違うような……」

3歩程進んだところで、なにか間違っていたように思えてしまい、ふと足を止める。

今の流れの中で間違いがあったのだろうか。いや最後まで失礼なく終えたはずだ、アインは一つずつ確認を始める。

「いやでも、ちゃんと供え物を置いて……でもその前にもちゃんと礼はしたし……」

間違いない。確実に不備はなく、最後までその儀式めいた所作を終えたはずだ。

だがなんとなく、先日とは違う気がしてならない。

「うん、うん……。最後はしっかりと剣を胸に当てて……当て、て……」

——……まさかね?

最後の動作で一つ思い返したアインは、ゆっくりとした動作で振り返る。その先にある墓前に向けて、もう一度足を運んだ。

「本当に申し訳ありませんマルク様……もう一度参ることをお許しください」

剣を掲げることだけを再度行いたい。その強い欲求を何とか抑え、一からやり直すアイン。

だが先程と違って無心ではいられない。それどころか、困惑し続ける心を抑えられなかった。

心なしか急いでしまったアインは、すぐに最後の剣を掲げるところまで進んでしまう。

焦ってしまったことをマルクの墓前に詫びながらも、剣に手を伸ばし始める。手汗で2度程滑ってしまい、取り出すのに手間取ってしまったが、とうとう剣を握りしめてしまう。

「……」

じっと墓前を見つめながらも、いつもより荒い呼吸で剣を持ち上げる。

少しずつ胸に近づく剣と墓前……それを同時に見ながらも、最後は剣を睨み付ける様に見つめていた。

「剣が……光らない……?」

先代王の墓前では確かに光った。なにせそれがこの剣の特別な能力なのだから、むしろ光るのが当然なのだ。

……だがどうだこの墓前、初代王マルクの墓前は一切光らなかった。

——それが意味することは一体なんだ?

「なんだも何もない……。マルク様はここにはいない、そういうことだ」

この考えに間違いはないはずだ。

そうなると、どうしてここにいないのかが分からない。

「別の場所に埋葬……?そんなの聞いた事が無い。もしそうなら、お爺様が俺に教えてるはずだ」

第一そうする意味があるのだろうか。アインは必死になって考え始める。

漠然とした思いの中、ぼーっとマルクの墓へと目を向ける。……すると一つの文字が気になってしょうがない。

「愛する祖国に眠る……?」

よくある話だ。墓前にそうした文字を彫って、そこに来た者へと想いを伝える。別に特別じゃない、どこにでもある話だ。

だがその文字だけが、アインの興味を強く惹き付ける。

——え、えぇ。ですので私が、"イシュタリカ王家"に尽くす。それは当たり前の事ではないかと……。

「マルコさん。もしかして、貴方は……」

——であるからして、今後の課題としては初代陛下の出身地や環境の発見。家族構成についての研究が挙げられているが……

「カイル教授。そうだよね……それがこれからの、初代陛下についての課題なんだよね……?」

——『みんな仲良くしなきゃダメ!』って、口を酸っぱくするほど言われてたらしいよ。

「初代陛下の言葉。戦いを仕掛けてはならない……偶然?偶然にしては出来すぎてる」

リビングアーマーのマルコが語った言葉に、先日の学園での授業が思い浮かんできた。これらは今起きたことと、決して無関係じゃない……もし、もしもアインが考えた予想が正しいならば。

「ねぇ初代陛下。貴方にとっての"愛する祖国"って……——」

ボトッという音をたてて、アインの持つ剣は芝生の上に転げ落ちた。