軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第81話「文官さんのチェックを受ける」

それから、アグニスたちは洞窟の中に入った。

そこには誰かがいた 痕跡(こんせき) があった。

地面に転がっていたのは木の燃えかすと、ひからびたパン。

おそらく、誰かがここで食事をしたのだろう。

ライゼンガ将軍は「注意せよ」と皆に声をかける。

魔術兵は『灯り』の魔術を使い、視界を確保。

将軍を先頭に、アグニスたちは 洞窟(どうくつ) の奥へと進んで──

──数日後、トール視点──

「──その後、アグニスたちは探索を無事に終えたので」

「待って。魔法陣はどうなったの?」

俺が言うと、アグニスは気まずそうにうつむいた。

ここは、ライゼンガ領にある俺の工房。

今は、探索から帰ってきたアグニスを囲んで、お茶会をしているところだ。

メイベルも 羽妖精(ピクシー) のソレーユも、興味津々といった感じで、話を聞いている。

俺だって同じだ。

探索の途中でなにがあったのか、『魔力探知機』で魔法陣を発見できたのか、すごく気になるんだけど──

「魔法陣は見つかりました。トール・カナンさまの『魔力探知機』は完璧でしたので」

気を取り直したように、アグニスは言った。

それから、俺に向かって頭を下げて、

「でも、ごめんなさい。アグニスは魔法陣を見せてもらえなかったので……」

「そうなの?」

「それが……同行していた文官さんの判断なので。本当は、アグニスはちゃんと魔法陣を見て、それがどんなものなのか、トール・カナンさまに教えて差し上げたかったのに……」

そういえば将軍も、探索には魔王城から来る文官が同行するって言ってたっけ。

その人が、許可を出さなかったってことかな。

「でも、どうして?」

「召喚魔術に使われる魔法陣が完全なかたちで残っていたとしたら、それはとても危険なもの。魔王陛下のもとで厳重に管理して調査すべきだということなので……」

「なるほど。一理あるな」

「調べて安全だとわかったら、希望者には公開すると魔王さまはおっしゃったそうなので。だから、トール・カナンさまは見ることができると思うので」

「なるほど……そういうことか」

「あと、同行した文官さんは、トール・カナンさまが召喚用の魔法陣の知識を手に入れたら、それを組み込んだ予想外の召喚アイテムを作る可能性があるので、警戒すべきだと言っていたので。お父さまもアグニスも、抗議したのに……」

「なるほど……って、ちょっと待って」

召喚用の魔法陣が危険なものだから、厳重に管理するってのはわかるんだけど。

でも、なんで俺が召喚用のマジックアイテムを作ることを警戒してるの?

「そんなに予想外のものを作るつもりはないんだけどな」

「あの、トールさま」

「どしたのメイベル」

「たとえばですけど、魔法陣の正確な形と召喚魔術の術式がわかったら、トールさまはどうされますか?」

「もちろん、ルキエさまが気軽に遊びに来られるように、 召喚(しょうかん) 用と 還送(かんそう) 用のゲートを作るよ?」

俺はこの魔王領を、勇者世界を超えるほど快適な場所にするつもりだ。

これくらいはできなきゃ話にならない。

勇者世界の『スマホ』──魔術儀式に使うアイテムだって『遠くの人と話をする能力』があったんだ。だったら、この世界の召喚魔術を応用して『遠くの人 (に近くに来てもらって、ゆっくり)と話をする能力』を持つアイテムを作らないと。

召喚と還送ができるゲートを作れば、ルキエがいつでも遊びに来られる。

魔王の仕事で疲れたときは、この工房で休むこともできるはずだ。

そのためにリラックス用のアイテムも作ったんだから。

──と、いうことを、俺はメイベルとアグニス、ソレーユに説明した。

「すばらしいでございます! 恩人さま!」

「ありがと、ソレーユ」

「ああ、どうして 羽妖精(ピクシー) は、探索に同行できなかったのでしょう。ソレーユたちが一緒なら、こっそり魔法陣を写し取って、恩人さまである錬金術師さまに差し上げたのに」

「こっそりは駄目だよ。ルキエやライゼンガ将軍に迷惑がかかるからね」

「錬金術師さまは真面目でございますねー」

「俺はルキエさま直属の錬金術師だからね。筋は通さないと」

それから、俺はメイベルとアグニスの方を見て、

「ということで、俺は後でルキエさまに手紙を書くつもりだよ。調査が終わったら魔法陣を見せてくださいって。『召喚・還送ゲート』が役に立つことは説明できるだろうから、ルキエさまならわかってくれると……あれ? メイベル、アグニス、ふたりともどうしたの?」

「……びっくりしてしまいまして」

メイベルは銀色の髪を揺らして、目を見開いてる。

「魔法陣を利用して、他の人を近くに呼び寄せるゲートを作られるというのは、私の想像をはるかに超えていたのです。トールさまのメイドとして……力不足を実感していまして……」

「人が日常的に、一瞬で移動できる世界というのは……想像もつかないので……」

アグニスも、ぽかん、とした顔だ。

「でもでも、トール・カナンさまがお望みなら、アグニスがお父さまにお願いするので。魔法陣についての詳細な情報を、明日にでも持って来ますので!」

「ありがとう。でも、やめとくよ。将軍の立場が悪くなったら困るからね」

それに、魔法陣だけあってもしょうがないんだ。

召喚の儀式に使う呪文がわからなければ、魔法陣は発動しないはずだから。

「それよりアグニス。洞窟では魔法陣の他に、魔術師っぽいローブが見つかったんだよね?」

「そ、そうなので!」

「そちらは秘密ではないのですか? アグニスさま」

「心配しなくていいの、メイベル。ローブの情報は公開して、帝国のソフィア皇女さまにも、話を聞くことになっているので」

アグニスはうなずいた。

魔法陣があった洞窟には、ローブの 残骸(ざいがい) が落ちていたそうだ。

金糸をあしらった高級品で、魔王領で作られたものじゃないかった。帝国や他の国──人間世界のものらしい。

そして、そのローブには血の跡がついていた。

持ち主の姿はどこにもなかったんだ。

「人間の領域から来た者が、あの場所でこっそり召喚魔術を使ったってことかな」

「お父さまはそう考えているようなので」

「召喚魔術の技術を持っているのは帝国だ。だからそのローブをソフィア皇女に見せて、心当たりがないか確認するわけだね」

「はい。おそらくは、交易所を開いた後になると思うので……」

「新種の魔獣を召喚したのは帝国の人間。召喚魔術の技が流出した可能性を考えても、結局は人間の世界の者、ってことか」

本当に、なにを考えてるんだろうな。

魔王領まで来て、妙な魔術を使わないで欲しい。

「魔術を使った本人はどこにいったのでしょうね……?」

「『魔獣ガルガロッサ』に倒されたのかもな」

「召喚した魔獣に、ですか?」

「『魔獣ガルガロッサ』も、あの巨大ムカデも、この世界では同種のものがいない完全な新種だった。使役しようとして呼び出したけど、制御できずに、逆にその餌食になったって可能性もあるよな」

だからその『誰か』は、次の儀式を『眠れる魔獣』の住処でやったのかもしれない。

『眠れる魔獣』が休眠中に、洞窟の入り口で儀式を行えば、召喚された魔獣の注意は『眠れる魔獣』に向くだろうから。

その隙に、使役できるか試して、できなかったから逃げた。

結果、『巨大ムカデ』は『眠れる魔獣』──『グレート・ダークベア』を餌食にした、とか?

「……まぁ、今は手がかりがなさすぎるからね。想像ばっかりしてもしょうがない」

俺は 頭(かぶり) を振った。

魔法陣とローブについての話は、ソフィア皇女と会ってからだ。

せっかくアグニスが帰ってきたんだから、今はもっと楽しい話をしよう。

「実はね、アグニス。例のアイテムが完成したんだよ」

「はい。私もお手伝いしました」

俺の隣でメイベルが手を挙げた。

作ったのは、 羽妖精(ピクシー) も使えるリラックス用のアイテムだ。

作るのには、意外と苦労した。

効果が全体に行き渡って、使う人の邪魔にならないようにしなきゃいけなかったから。

そのためにメイベルには、サイズ合わせと、アイテムの位置を決めるのに付き合ってもらったんだ。もちろん、服は着たままだったけど。

「というわけで、実験をしようと思うんだ。メイベルとアグニスは実際に使って、感想を聞かせてくれるかな? ソレーユも」

「はい。もちろんです!」

「任せて欲しいので!」

「きっと、みんなも大喜びするのでございます!」

「ありがとう。じゃあ、さっそく準備を──」

俺がそう言ったとき──

「──お待ち下さい。 錬金術師(れんきんじゅつし) さま」

玄関のドアの向こうから、声がした。

「魔王城の方から参った者です。マジックアイテムの実験をするなら、自分にも立ち会わせていただけませんか?」

女性の声だ。

姿は見えない。そりゃそうだ。ドアの向こうにいるからね。

「その前に、まずはお詫びいたします。立ち聞きして申し訳ありませんでした」

礼儀正しい人だった。

姿の見えない彼女は2、3回ノックをして、俺の反応を待ってる。

「開いてますから。どうぞ」

「失礼いたします」

ドアの向こうでお辞儀をする気配。

それからゆっくりと、背の高い少女が姿を現す。

着ているのは、黒色のローブ。

その内側に襟のついたシャツを着て、黒いネクタイを締めている。

長い、灰色の髪を首の後ろでまとめて、手には羊皮紙の束。

礼儀正しい口調にふさわしく、一部の隙もない、きっちりとした姿だった。

「初めまして。魔王城から派遣された、文官のエルテと申します」

少女は俺に向かって一礼した。

「このほど、敬愛する魔王陛下と宰相ケルヴさまの命令により、ライゼンガ将軍の領地で働くことになりました。以後、よろしくお願いいたします」

「あ、はい。よろしくお願いします」

俺は慌てて立ち上がり、文官エルテさんに頭を下げた。

「それと、あなたが作られた『魔力探知機』のおかげで、魔法陣の探索もスムーズに終わりました。魔獣から救われたのもあなたのおかげです。ありがとうございました」

再び、深々と頭を下げるエルテさん。

本当に、ていねいな人みたいだ。

……ん? 待てよ。魔法陣の探索がスムーズに……ってことは、

「もしかして、魔法陣の 探索(たんさく) に参加した文官さんというのは……?」

「自分です。そして、あなたに魔法陣を見せる許可を出さなかったのも、このエルテということになります」

文官エルテさんは、俺の方を見て、うなずいた。

「ご不満かもしれませんが、ご了承ください。宰相ケルヴさまの指示ですので」

「 宰相閣下(さいしょうかっか) の指示ならしょうがないですね」

「ええ。ご不満なのはわかります。けれどケルヴさまは、魔王領のことを考えて判断を下されたのです。できれば納得していただきたいと……って、あれ? 今、なんと?」

「はい。宰相閣下の指示ならしょうがないです、と」

「……あれれ?」

「宰相閣下には感謝しているんです。あの方はいつも俺に、アイテム開発のヒントをくれますから」

宰相ケルヴさんと俺の考え方はまったく違う。

だから、あの人の意見はすごく参考になるんだ。

違う視点からの意見はアイテム開発のヒントにもなるし、モチベーションも高めてくれる。

その宰相閣下が『魔法陣を見せるべきではない』と言ったからには、それなりの理由があるんだろう。

もしかしたら『魔王直属の錬金術師が、人間の世界の転移魔術に頼るとは情けない』と、俺を 激励(げきれい) してくれているのかもしれない。

魔王領の錬金術師ならば、自らの手で転移術式を完成させるべきだ、とか。

……あり得るな。

「俺は魔法陣の件については納得してます。宰相閣下の判断に従います……って、あれ? どうされたんですか?」

「……思っていた方と違います」

文官エルテさんは、小声でぶつぶつつぶやいてる。

「錬金術師さんは、叔父さまを困らせてる方ですから、もっと反抗的でいばってると思っていたのに……いい人っぽいです。あれれ? あれぇ?」

「あの。どうされたんですかエルテさん? どうして柱に向かって歩き出して……って、アグニスが肩をつかんで引き止めてるのは? あの、ちょっと!?」

「……はっ!」

我に返ったように、文官エルテさんは俺の方を見た。

「し、失礼しました。えっと……」

大きな胸を押さえて、エルテさんは深呼吸。

言うべきことを確認するように、何度もうなずきながら、

「自分はこれから……宰相府の文官として、ライゼンガ領でお仕事することになります。錬金術師さまにごあいさつにうかがったのも、そのためです。自分のお仕事は、あなたとも関わりがあるものなのです」

「そうなんですか?」

「ええ。自分は国境地帯の交易所の会計係も任されているのです」

「なるほど。交易所には、ソフィア皇女が関係してきますからね」

「そうです。それと、魔王陛下と宰相閣下には、錬金術師さまの作るマジックアイテムの審査を行うように、とも言われております」

不意に、文官エルテさんは言った。

腰に手を当てて、胸を反らして、自信たっぷりの表情で。

「効果や影響が大きそうなアイテムについては魔王城に申請を送り、たいしたことがないものは、自分がその場で、人々に使わせるべきかどうかを判断します」

なるほど。理に適ってる。

いちいち魔王城まで書状を送るのは大変だもんな。

ルキエと宰相ケルヴさんは、そのためにエルテさんを派遣してくれたのか……すごいな。

「敬愛する宰相ケルヴ叔父さまのためにも、自分はこの仕事を完璧に果たすつもりでおります」

「ケルヴ叔父さま? ということは、エルテさんは宰相閣下の」

「姪にあたります。自分は幼いころから叔父さまののお仕事を見ていて、ずっと文官にあこがれてきたのです。叔父のような立派な文官になろうと。紳士である叔父さまを見習って、自分は淑女になろう……と」

そう言って、優雅に一礼する文官エルテさん。

「そうして、ケルヴ叔父さまの手助けをするのが、今の自分の目標なのです。あなたにはわからないかもしれませんが、宰相のお仕事というのは大変なもので──」

「ですよね。魔王領には色々な種族がいますから。その種族の意見をまとめて、みんなが満足するように折衝する。帝国との交渉もあるでしょうし、作物の管理や、兵を派遣するときは兵糧の管理なんかもありますから。人間しかいない帝国と比べて、文官の仕事って大変ですよね」

「……」

「あれ? 違いましたか?」

「……違いません、けど」

「帝国にいたころ、俺はもっと文官の地位を高くするべきだって思っていたんです」

帝国は強さがすべてだから、文官の立場って弱かったんだよな。

文官は『戦えない者』で、武官に『守られる者』って言われてた。

特に貴族で文官になると、『貴族のくせに戦えない者』として、さらに低い扱いを受けてたんだ。

「魔王領では文官の仕事がちゃんと評価されているんですね。さすが魔王陛下です。わかってらっしゃいますね」

「……あれぇ?」

「どうかしましたか?」

「……イメージが違いますよ、叔父さま。あなたを困らせているのだから、もっとこう……わがままで……?」

「あの、エルテさん?」

「……びっくりどっきり錬金術師としていばってると思ってたのに。あれえ?」

エルテさんは、ぶつぶつつぶやきながら頭を抱えてる。

……よくわからないけど、悩んでるみたいだ。

ここは、一服してもらった方がいいな。

「ごめん、メイベル。エルテさんの分のお茶を淹れてくれる?」

「はい。トールさま」

「アグニスは……悪いけど、湯沸かし場に行っていてもらえるかな。実験をはじめる前に、火の管理をしていて欲しいんだ」

「承知いたしましたので」

「ソレーユは……あれ? いなくなってる」

さっきまでいたんだけど。

エルテさんが来たから、隠れちゃったみたいだ。

「羽妖精さんは人見知りですから。初対面の人が来ると、隠れちゃうんですよね……」

「俺やメイベルたちには慣れてきたけどね」

「時々、お風呂にも入ってきますよ? 私に裸を見られるのは恥ずかしいみたいで、背中合わせでお湯に浸かっていますけれど」

「そっか。新しいマジックアイテムの実験に付き合って欲しかったんだけど、その様子じゃ無理かな」

「トールさまの実験なら話は別ですね。みんな、喜んで来ると思います」

「そうなの?」

「さっきも工房のまわりに羽妖精さんが来てるのを見ました。きっとソレーユさんから新しいアイテムのことを聞いたんですね。実験をはじめたら、すぐに我慢できなくなって──」

「そう、それです! 新しいマジックアイテムですっ!!」

いきなりだった。

文官エルテさんは俺を指さして、びしり、と声をあげた。

それから、背筋を伸ばして──

「マジックアイテムについては、さきほどドアの前で聞いてしまいました。改めて、立ち聞きしたことをお詫びいたします。申し訳ありませんでした」

スカートの裾をつまんで、深々と頭を下げた。

本当にていねいな人だった。

「それはさておき、その新しいマジックアイテムを、このエルテにチェックさせていただきたいのですが」

「え?」

エルテさんが、あのアイテムをチェック……って?

「それは、エルテさんがあのアイテムを使うということですか?」

「もちろんです」

「いや、でも……さすがにそれは」

「これもお役目です。自分は錬金術師さまのマジックアイテムに許可を出す立場なのです。魔王領で使うべきものかどうか、正確に判断するためには、自分で体験するのが一番かと」

「でも、初対面のエルテさんに、そんなことをさせるのは……」

「自分には、魔王領の文官として責任があります」

文官エルテさんは胸に手を当てて、宣言した。

「それがどんなにおそろしいアイテムであっても、恐れはしません」

「本当にいいんですね?」

「くどいですよ。錬金術師さま。たとえ凶悪な武器であろうと、びっくり転移システムであろうと、私は──」

「お風呂です」

「構いません! 私には百万のお風呂が襲って来ようとも、恐れずに立ち向かう覚悟が──って、今、なんと?」

「作ったのは、しゅわしゅわして、入るとポカポカして、ゆったりできるお風呂なんです」

正確には『フットバス』の大型ヴァージョンだ。

お風呂の底、その四隅に泡と水流を作り出すアイテムを取り付けて、風呂桶全体が『フットバス』の効果を持つようにしてある。

もっとも、最終実験はまだだけど。

『通販カタログ』に、超大型フットバスというものはなかった。

ただ、存在していることは間違いない。

あの本には勇者世界の人がお風呂に入っている写真が載っていて、そのお湯は、不自然なくらい水流や泡が発生していたから。

メイベルは『お風呂に入っている人の身体を隠すための泡や水流、謎の光では?』言っていたけど、違うと思う。

超絶の力を持つ勇者にとっては、お風呂に乱入して人の裸を見るくらい簡単なはずだ。わざわざ隠す意味がない。

おそらく勇者世界のお風呂はすべて『フットバス』のような機能を備えていたんだろう。

彼らはそのお風呂に入ることで、魔力を活性化させていたのかもしれない。

当たり前のように存在するものだから、『通販カタログ』には記載がない。

あらゆる人が持っているなら、わざわざ買う必要はないからね。

「というわけで、俺は工房のお風呂を『超大型フットバス』にしたんです。名付けて『しゅわしゅわ風呂』です」

「……」

「『フットバス』と同じように、風と火の魔石を使って、水流と泡を生み出すようにしてあります。ただ、お湯の量が多いから、魔石が多めに必要なんですけど」

「……」

「最終的にはこれを、魔王領の公衆浴場に設置してもらおうと思ってます。そうすればみんなゆっくりできるし、魔力の流れもよくなりますからね」

「……ソウデスネ」

「『フットバス』の発展系ですから、安全性は確認されています。魔王陛下も、宰相閣下もちゃんと確認して、許可を出されているんです。だからエルテさんが実験台になる必要は──」

「いいえ!」

エルテさんは、首を横に振った。

「文官に二言はありません! 金銭や土地を管理する文官がたやすく言葉を取り消しては、民が不満に思うでしょう。ケルヴ叔父さまのような立派な文官になるためにも、自分は、あなたのアイテムの実験台にならなければいけないのです!!」

「いや、でも……初対面の人の家でお風呂に入るのなんて嫌ですよね?」

「そ、それは……」

エルテさんはうつむいた。

そうだよな。エルテさん、淑女だって言ってたもんな。

そんな人が初対面の相手の家で、裸になってお風呂に入るわけにはいかないよね。

「……いいえ」

「え?」

「やります。お仕事が優先です! 『しゅわしゅわ風呂』に入らせていただきます!」

「でも……実験と言っても2段階あって、ひとりで入った後は他の人も──」

「あなたが入って来るのですか!?」

「いえ、入るのは女性ですから!」

「だったら問題ありません!! 問題ないと言ったらないのです!!」

あの、ちょっと。

なんで俺をにらんでるの? なんで目に涙を溜めてるんですか、エルテさん。

「じ、自分は、立派な文官として──」

「わかりました! もう、わかりましたから」

真面目なのはいいけど、頭が固い人みたいだ。

しょうがないなぁ。

俺はメイベルにお願いして、タオル (地の 魔織布(ましょくふ) 製で、吸水性ばつぐん)を用意してもらった。

それからお風呂場で『しゅわしゅわ風呂』の準備をはじめたのだった。

──十数分後──

しゅわしゅわー。

風呂場から、お湯の泡立つ音が聞こえてくる。

浴槽の四隅に設置した『しゅわしゅわシステム』は、無事に起動しているようだ。

「どんな感じですか。エルテさん」

俺は脱衣所から、エルテさんに声をかけた。

「……ふわわー」

「エルテさん?」

「あ……は、はい!?」

「水流や泡の量はどうですか。強くないですか?」

「……問題ないです。四方からしゅわしゅわとぶくぶくが押し寄せてきて……身体が溶けていくようです……」

「なるほど」

俺は羊皮紙にメモをした。

「湯加減はどうです? お湯が身体に噴き出す分だけ、熱さを感じると思いますけど」

「……自分は熱いお湯が好きですから」

「なるほど。ちなみに宰相ケルヴさんは?」

「……叔父さまは、熱いお風呂に入ったあと、冷たいお酒を飲むのが好きです」

「『宰相ケルヴさんは熱いお風呂と冷たいお酒が好き』と」

宰相さんに頼み事をするときの参考にしよう。

「…………はっ!?」

ぱしゃり、と、水の跳ねる音がした。

「じ、自分はなにを!? 今はマジックアイテムの評価試験中だというのに、どうしてリラックスしているのですか!?」

「リラックスしててください。そのためのアイテムなんですから」

「ゆ、誘惑を!? やはりあなたは、おそるべき人物のようでふわわ……」

ちゃぽん。

ふたたび、エルテさんがお湯の中に沈む音。

「ま、負けない。立派な文官で淑女の自分が……初対面の人の家のお風呂で……今日はもう仕事したくないなんて考えるわけには……むむ。ふわふわ。むむむ……ふわふわ……」

エルテさんはなにと戦っているんだろう。

「そういえばエルテさん。この『しゅわしゅわ風呂』の使用許可ってもらえますか?」

「…………肩こりが、治っていきます。長年自分を困らせてきた肩こりが……」

「もしもーし。使用許可ですけど」

「……でも、負けない。まだ負けてはいません。錬金術師さまのアイテムで 堕落(だらく) するわけには……」

「……使用許可」

「…………ふわぁ」

エルテさんは黙ってしまった。

その後は、気持ちよさそうなため息が続く。

疲れてるみたいだ。

無理もないよな。

魔王領から来たばっかりで、魔法陣の探索にも同行してるんだもんな。

慣れない土地で仕事するのって大変だよね。

俺みたいに、新しい土地に来たら仕事がめっちゃ楽しくなったなんてのは、例外だろうからね。

「使用許可は後でいいや。今日は、そっとしておいてあげよう」

「そうですね」

「エルテさんは真面目なので、ずっと、気を張っていたと思うので」

俺の隣でメイベルがうなずく。

アグニスは──湯沸かし場の中から、声だけで答えてくれる。

とにかく、実験は成功した。

『しゅわしゅわ風呂』が気持ちいいのは間違いなさそうだ。

使用許可は……たぶん、大丈夫だと思う。

本人が 堪能(たんのう) してるのに、他の人には使わせないとは言わないだろう。宰相ケルヴさんの姪御さんなら、きっといい人だろうから。

あとは──

「ところで、エルテさん」

「……ふわわ」

ドア越しに呼びかけると、気持ち良さそうな声が返ってくる。

「そろそろ、次の実験に入りたいのですが」

「実験……?」

「エルテさんと一緒に、別の人が入る話です」

「……はっ! そ、そういえば」

「いいんですか?」

「お、お仕事中ですから! も、問題なしです」

いいのか。

じゃあ、お言葉に甘えよう。

「エルテさんはいいって言ってるけど、みんな、どうする?」

俺は家の外に向かって呼びかけた。

すると──

「「「はいりますーっ!! それ──っ!!」」」

お風呂場に向かって、たくさんの羽妖精たちが飛び込んで行った。

このために、お風呂場の窓には小さな隙間を空けておいたからね。

この『しゅわしゅわ風呂』は、元々羽妖精たちがみんなで使うために作ったものだ。

『フットバス』だと、1人か2人しか入れないからね。

あれを気に入った羽妖精たちが、いっぺんに入れるようにしたかったんだ。

本当なら、メイベルとアグニスが羽妖精たちと一緒にお風呂に入る予定だったんだけど……いいよね。エルテさん、本人がいいって言ってるんだから。

「──失礼いたします。文官さま」

「──ちゃぷん。しゅわしゅわー」

「──とろける熱さなのです」

「──ふわふわでしゅわしゅわでうきうきー」

羽妖精たちの声が聞こえる。

恥ずかしがり屋の羽妖精だけど、『しゅわしゅわ風呂』の誘惑には勝てなかったみたいだ。

まぁ、でも──

「…………ふわぁ」

──エルテさんも、リラックスしてるみたいだから、いいか。

とりあえず、俺は脱衣所を出て、工房の外へ。

お風呂場の裏に回ると──木の枝に、羽妖精たちの服が掛かってた。

やっぱりかー。

羽妖精さんたち、ここで服を脱いでいったんだね。

とりあえず、枝にタオル (地の魔織布製)を掛けておこう。

このあたりは人も来ないし、着替えを覗く人もいないだろ……と、思ったら、風の羽妖精さんがもう出てきた!? 早すぎない? 『しゅわしゅわ風呂』は気に入らなかったの? え? そうじゃない?

ふむふむ。あまりに気持ちよすぎたので、じっくり楽しみたい。

お風呂に入って、外で身体を冷まして、また入る。そうすれば長時間楽しめる──なるほど、そういう需要もあるのか……盲点だった。教えてくれてありがとう。

だとすると、外に身体を冷ますための場所を作った方がいいな。

このあたりに椅子と、身体を隠すための仕切りを用意すれば──って、あの、風の羽妖精さん? 俺のてのひらの上で寝そべったら困るんだけど。俺の手の高さだと、風がちょうどいい……か。

しょうがないな。湯冷めするといけないから、身体をタオルで包んで、水気を取って……満足するまでこうしてるから、他に感想があったら聞かせて。いいね。

そんな感じで、文官エルテさんと羽妖精たちは『しゅわしゅわ風呂』を楽しんでくれた。

もちろん、大好評だった。

そして、お風呂が終わったあと、エルテさんは──

「……錬金術師さまはおそろしい方です。自分をここまでリラックスさせてしまうとは……で、でも、まだ負けてはいません。自分は魔王領の文官で、危険な相手には目を光らせていなければいけないのですから。あ、肩こりは治りました。ありがとうございます。それと、お風呂の途中で入って来た少女たちは誰だったのでしょう? 声は覚えているのですが……い、いえ、寝てません。起きてましたよ? 仕事中ですから寝るわけないじゃないですか。本当ですってば! 失礼します!」

──そんなことを言いながら、大慌てで帰っていったのだった。

ちなみに『しゅわしゅわ風呂』には『個人使用と、魔王領の公共施設』の使用許可をくれた。

よし、これでソフィア皇女にも使ってもらえる。

交易所に、彼女専用の風呂場を作るように、ライゼンガ将軍に頼んでみよう。

テントの中に、木製の浴槽を設置するようにすれば、そんなに難しくはないはず。外交のためだから、なんとかなると思う。

そのときに、召喚魔術を使った者の心当たりについて聞いてみよう。

あのローブを着ていたのが誰なのか……俺も気になる。

そんなことを考えながら、俺はソフィア皇女用の『しゅわしゅわ風呂』の設計をはじめたのだった。