作品タイトル不明
第153話・光が差し込む可能性①
レジーナの語った、未来を変えるための可能性。その詳細を聞くために、一同はログハウスの中に場所を移した。
居間の席には、詰めるように複数の存在が座る。有羽を始めとする世界の上位存在から、アウローラを始めとする王国の主要人物まで。
その中でもひとり、力なく項垂れている人物が。
「はぁ……落ち着いたら、酔いが戻ってきたわ。やっぱり籠の中は辛いわね、ホントに」
居間の椅子に座ったレジーナが、具合が悪そうに頭を押さえている。
王都から有羽の居住空間まで、どんなに急いでも一昼夜は必要だ。つまり本来ならば、今ここにレジーナが居ること自体がおかしい。
レジーナの右隣に座るアウローラがそのことに気づき、首を傾げて汗を垂らす。
「時間的に考えると……あれ? もしかして結構無茶な早さで来てませんか姉上? 私が有羽のところに来たのが昨日で、姉上が来たのが今朝なら本当にとんでもない道程のような気が」
「気が、じゃなくて本当にとんでもなかったわよ。王宮各所に連絡入れて、陛下に許可取って、王都を離れてもいい段取りを組んで……一直線に走り抜けた結果として、私は今ここにいるの。大急ぎどころの騒ぎじゃないわ」
辟易とした様子でぼやくレジーナ。左隣に座るラディウスも、苦笑しながらレジーナの言葉に同意する。
「流石の僕も疲れたよ。愛しの奥さんを籠に入れて、聖剣の力も全開にして、この魔境を夜通し突っ切ったんだ。正直、二度と御免な強行軍だったね」
肩をすくめて答えるラディウス。供回りとして腕利きの騎士が数名、護衛についていたが……それでも無茶な行動に変わりはない。
なお、その数名の騎士は現在、有羽の家の軒下でへばっている。鎧を脱ぎ、冷えた麦茶を飲みながら、一歩も歩けない様子だ。王族の護衛を任せられる程の騎士が、言葉を失い立てなくなるほどの難事だったということ。
有羽は顔を歪めて、レジーナを見る。その眼の感情は、とんでもない道を進んできた者に向ける畏敬と呆れ。
「無茶がすぎるだろうレジーナさん。どうせ俺は森から離れられないんだから、そんな突き抜けた段取りを組まなくたって」
「そうしたら手遅れだったでしょう」
レジーナは、有羽の言葉を容赦なく断ち切る。
「貴方の性格を考えて……多分、アウローラがここを離れてすぐに行動に移した。違うかしら?」
「――」
思わず有羽は口を閉ざす。レジーナの言葉は、疑問形でありつつ実際は断定であった。彼女は恐ろしいほど正確に、有羽の思考を読んでいる。
「少しでも遅れたら終わりだと思ったのよ。残された時間は、アウローラがここを離れるまでの、王都に帰還するまでの僅かな時間だけ。そこに間に合わなければ、貴方はきっと選択していた。戻れない道を選んで、断崖の先に飛び降りていた」
そこまでの事実をクロエが届けた訳ではない。クロエから得た情報と、レジーナが掴んでいた有羽の印象を総合して弾き出した解答だ。
誰にも語らなかった有羽の心理を、思考能力だけで導き出す。それは「社交の華」あるいは「外交の刃」と呼ばれるレジーナだからこそ可能な計算。彼女はこの力で、幾多の夜会と交渉を乗り越えて来た。王女でありながら、国一番の外交官と称されるのは伊達ではない。
しかし、そんな彼女でも――今回の件は、全て納得している訳ではなかった。
「貴方の隠していた秘密を暴露したこと、その行為の是非については……悪かったと思ってる。許可も取らずに全部ぶち撒けた訳だもの」
社交の華と呼ばれているからこそ、庭先での行動が横暴だと理解していた。
顔色は悪いままだが、レジーナは真摯な色を持って有羽に向き直る。
「……頭を下げろと言われれば、幾らでも下げるわ。私のやったことは強引がすぎた」
「下げなくていいよ。腹が立ったのは確かだけど、その言い方からして全部見透かされてるみたいだし」
「ええ。推測できる範囲まで、だけれどね。貴方みたいな性格の人は、別に珍しくないもの。何もかも背負い込んで、自分の内側だけで事を済ませようとする人。良く言えば責任感が強く、悪く言えば他人を信用しない……そんな困った人は宮廷にもいるのよ」
本当に、全てを見透かすような瞳を、レジーナは有羽に向ける。言われた言葉も、その推測も、全て反論するにはあまりに正確すぎた。
だから有羽は顔を背けることしかできない。文句を言いたくても、当て嵌まりすぎていて。
そんな、もどかしい様子の有羽に、ラディウスが声をかける。
「まあ、レジーナがあれだけ言い切ったんだ。少なくともこの場において、我が王国の者が有羽殿を悪く言うことは「不可能」になった」
「……あ」
アウローラが何かに気づいたのだろう。口から声が漏れる。
激情に任せて、真実を暴露したように見えたレジーナ。実際、感情によるものが大きかったのは事実だろう。しかし、それが全てかと言えば――そんなことはない。
ラディウスは、妻のことなら誰よりもよく知っていた。故に、その補足を口にする。
「そうだよ。我が国の王族、それも第一王女が自らの口で、君の出自を「どうでもいい。大した問題ではない」と言い放ったんだ。この場に居る侍女や護衛、そして今回連れて来た数名の騎士……この者たちは、表立って有羽殿を非難することが不可能になる。排斥も難しい。たとえ君が人とは違う、ゴーレムに近しい存在なのだとしてもね」
そこまで聞かされて――有羽は自分の考え以上に、レジーナの言動には意味があったのだと初めて思い至った。
有羽の成り立ちは、実際問題かなり異常だ。ゴーレムに近しい特殊な生まれ。森に縛られた生命で、とても人間と言えたものではない。その詳細を聞いて、有羽自身を忌避する者が現れたとしてもおかしくない。
だが、国の王族が自ら「どうでもいい」と発言したのなら、臣下はその発言を無視することができなくなる。少なくとも、安易に否定はできない。
レジーナは王族らしく横暴に振舞ったが――その実、その横暴さこそが有羽を守る盾にもなった。王女自ら暴露して「問題無し」と言い放ったからこそ、護れた現実もある。あの時のレジーナの怒号は感情の爆発であると同時に、王族としての強制力を帯びた宣言でもあったのだ。
有羽とアウローラが、自然とレジーナに目を向けた。
向けられたレジーナは――僅かに顔を赤らめ、目を逸らす。
「勘違いしないように。私はただ、妹を泣かせた貴方の……妹を置き去りにしようとした貴方の性根が気に入らなかっただけ。それ以外の意図はないわよ」
ぶっきらぼうに言い放つ第一王女。
アウローラは嬉しそうに笑った――大好きな姉がくれた、ふたりへのエールを確認して。
レジーナは照れくさそうにしながら、改めて向き直る。
「そんなことよりも――今話すべきは、別のことでしょう? 私は、貴方とアウローラの幸せな未来以外は認めるつもりがないのだから」
テーブルに手を置き、背筋を正し、本題に入ろうとする。他の者たちも、空気の変わったレジーナに呼応するように真剣な眼差しに。今は、穏やかなやり取りをしている暇はない。
レジーナは口を開き――かけるのだが、やはり気分はまだ優れない様子。
蒼褪めた表情で、数回頭を振るう。籠の中で揺られた酔いと、ろくに休憩も取っていない疲れが相重なって、本気で具合が悪そうだった。こめかみを押さえ、眉を寄せている。
「……やっぱり駄目ね。頭が回らない」
「無理するなってレジーナさん。以前使った、酔いを治す魔法を唱えようか?」
「……そうね。お願いするわ」
返事と共に、指先に魔力を灯す有羽。
一呼吸の間に構成される魔法術式。それは相も変わらず、人の領域を踏み越える超常の法。
「 ■■ ■■(Aqua vitae) 」
冷たい水が流れる感覚。
体と頭の「狂い」が取り除かれていく。自律神経の混乱が治されて、レジーナの身体の不調が完全に消え去った。
一瞬で目が見開かれて、全てが元通りになる。自身の両手を確かめながら、レジーナは呆れた視線を有羽に。
「……とんでもない魔法よね。ねえ賢者様。この魔法もやっぱり――」
「様とかいらねぇよ。俺のことは、レジーナさんの好きに呼んでくれ」
なんとなく、その呼称がくすぐったく感じた有羽は無意識の内に口を開く。
意識しての言葉ではない。本当になんとなく――目の前の王女の、他人行儀な口調が嫌に感じた。
「……いいのかしら? 私は、貴方の胸倉掴みながら怒鳴り散らかした、乱暴で傲慢な、嫌な王族そのものだと思うけど?」
「あんまり見くびんな。あの罵詈雑言の裏を見通せないほど、俺は盲目じゃない。アンタが、何のために誰のために叫んだのか、それくらいは分かってるよ」
感情の全てをぶつけたレジーナの言葉。
あの時、彼女の瞳に宿っていたモノは紛れもない怒り。しかしその怒りは、理不尽なものではなく、有羽に向けて、有羽のためだけに抱いていた怒気。
その意味を推し量れないわけではなかった――あの怒りがあったから、有羽は崖の手前で足を止めれたのだから。
そんな、レジーナの考えを見透かすような瞳を有羽が向けると……レジーナは、不満げに頬を膨らませる。意図せぬことだが、その顔は妹のそれによく似ていた。
「――ふん。生意気な人。なら今後は普通に「有羽さん」って呼ばせて貰うわ。後から訂正は出来ないから覚悟しときなさい」
「ああ、覚悟しとくよ「義姉さん」」
「誰が義姉か!? 気が早すぎるのよ! 私の可愛いアウローラの心を盗んだ泥棒めっ! 次にこの子を泣かせたりしたら承知しないわよっ!?」
がーっと怒りながら、レジーナは隣に座るアウローラを抱きしめる。
ぎゅうっと力いっぱい、アウローラの全身を覆い隠すみたいに。全力で抱擁されたアウローラは、羞恥の感情で頬が紅潮していく。アウローラ自身、レジーナは大好きな家族だが……人目の多い所での全力ハグは、流石に照れが勝った。
「あ、あの姉上……その、恥ずかしいので、そろそろ本題に……」
なので、顔を俯かせてそんな小声が漏れ出てしまう。
レジーナは恥ずかしがっている妹への抱擁を、名残惜しそうに手放して……今一度、席に座り直した。
真っ直ぐな背筋と瞳。身体の不調は取り除かれ、完璧な状態で席につく。
「そうね。いささか脱線が過ぎたわ。本題に戻りましょうか有羽さん」
呼び方も変わり、話は全ての真相へと。
レジーナが掴んだ、僅かな可能性へと続いていく。