軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第129話・アウストラリス王国「王都ミラヴェルナ」

アウストラリス王国――通称、南王国。

その国の王都は、内陸の盆地に置かれている。

海運と漁業に恵まれた国でありながら、なぜ国家の中枢が海から離れているのか。理由は単純で、そして現実的だ。

まずひとつ。海は豊かだが脆い。

海戦、海賊、海の魔物、そして嵐や津波、または外から運ばれる疫病の類まで。港町は開けている玄関だからこそ、殴られたとき真っ先に壊れやすい。

そしてもうひとつ。

港はその性質上どうしても外の文化が混ざる。流行、価値観、そして悪意までも。王都まで直通した場合、国の中心が踊らされやすくなってしまう。国の政を、外の文化で荒らされるわけにはいかない。

だからこそ南王国は、二つに分けた。

外へ開かれた玄関である港と、内部を統べる頭脳たる王都に。

心臓と頭脳を同じ場所には置かない判断――これは互いが無事でいるための距離でもあった。

そんな、海から離れた土地に創られた都こそ「王都ミラヴェルナ」。

王国の、あらゆる物流と行政の中心地である。

そのミラヴェルナの、それは見事な城壁が遠目に見えかけてきたところで――。

「それじゃ、そろそろ降りなさいなあなた達。特にそこの胡散臭い奴」

ぎろり、と。

王族専用馬車の内部で、第一王女レジーナの視線が、同乗客二名のうち片方を鋭く射抜いた。

豪奢で上品な内装。クッションの利いた座席。走行時の揺れすら出来得る限り最小に抑えられた性能。王家の威信と実用性が見事に両立したその空間の中で、レジーナの向かいには例の二人組が座っている。

白髪の青年ニクスと、笑みの絶やさぬ胡散臭い旅商人である。

「ええー? まだ随分遠いですよー? 確かに遠目に見えてるかもしれませんが、ここから歩きは中々にしんどいような」

「ぐだぐだ言ってないで降りるぞ。充分世話になっただろうが」

「そうかもしれませんけど……あーれー」

溜息を吐きながらニクスが、情けない声を上げる商人の首根っこ掴んで、引き摺りながら下車していく。降りる間際、ニクスは小さく頭を下げる事を忘れなかった。

レジーナとしては、律儀なニクスの方に不満感はない。というよりも、彼は言葉遣いこそぶっきらぼうで荒いが、態度そのものはむしろ大人しかった。

煩い、鬱陶しい、邪魔くさい。この三拍子が揃っていたのは、あの商人のほう。

馬車から姿を消し、完全に見えなくなったところで……レジーナは大きく背もたれに体を預けた。疲れを体の奥底から、全て吐き出したような仕草。

「お疲れ様レジーナ。君でも、あの商人の相手は辛かったみたいだね」

隣に座っているレジーナの夫、聖騎士ラディウスが労わるように声をかける。

けれどその声色には、苦笑の色が混ざっていた。

その僅かな色を見逃すレジーナではない。

小さく口を尖がらせて、身近な者にだけみせる拗ねた顔を浮かべる。

「ふん。ホント食えない商人だったわ……王都までの合間に、どうにか本性暴いてやろうと苦心したのだけどね」

「君が本気を出しても無理だった、と?」

「ええ。只者ではないわ。商人としての格ではなく、あの男本人の性根。あれは毒蛇の類よ」

既にいない商人の顔を思い浮かべて、レジーナは苛立たしく吐き捨てた。

レジーナの本領は社交と外交。場の空気の変化に敏感で、他者の喜びや痛みにすぐ気づける能力の持ち主。

夜会でも交渉の場でも、この力で持って「王国最強の外交官」の名を馳せている。

そんな彼女だからこそ、他人の本質を掴むのは得手としている。

近づくべき距離、超えてはならない一線。そんなあやふやで曖昧な心の境界を、レジーナは即座に判別し、常に交渉事で優位に立ってきた。

だが、それほどの力を持つ彼女でさえ。

「数日観察しても殆ど掴めなかった。……初めてよ、あそこまで底知れない相手は」

「じゃあ白髪の彼――ニクス君はどうだい?」

「彼は……」

そこで一度レジーナは悩む。

艶やかな指先を顎に当てて、困ったように小首を傾げる。

胡散臭い商人に向けていた感情と違い、やけに可愛らしい困惑。

「うーん……まあ善良? チンピラっぽい眼つきと顔立ちだけど、根はむしろ善性だと思うわ」

「チンピラっぽい眼つきと顔立ちって……それ遠回しに有羽殿の悪口になってるよ?」

「あらやだ。おほほほほほほほ」

ぽろっと漏れ出た失言を、高貴な高笑いで無かったことにする第一王女。

これもまた、王族の技法である。

だが、誤魔化しきれない柔らかさがその言葉にはあった。

「でも――私が感じたものは本当にそうだった」

少し苦笑を漏らして、レジーナの目元が僅かだが穏やかに変わる。

眼つきや顔立ちを揶揄したが……悪意は決してない。

「変にお人好しと言うか、捻くれてるだけというか」

いうなれば、目の離せない弟を見るような。

それは一度しか会っていない、かの賢者への感情。

妹が大切に想っている……妹を大切に想っている者へ向けた、親愛のこもった悪態。

「そうね……見た目だけじゃなかったみたい。何か根っこの部分が賢者様と同じなのよ」

「でもそうなると、ますます目が離せないな。有羽殿との関連性が解らなすぎる」

「そうなのよ……そこだけは頑なに話してくれなかったしね」

レジーナとラディウス。二人は揃って思案する。

あまりに有羽に似すぎているニクス。他人の空似なのかも知れないが……それにしても、と言いたくなるほどの類似性。

まるで兄弟だ。

「……賢者様が異世界からの迷い子だという、あの話がなかったら親族の線を疑ったのだけどね」

「神聖国の昔話、いや今話か。君はあの話、どの程度信じているんだい?」

「話の内容の是非はともかく……あの胡散臭い商人は嘘を言っていないと思うわ」

レジーナは鋭く呟き、再びあの商人の顔を思い起こす。

煙を撒くような口調であったものの……レジーナに対して虚言の類は言っていないように感じられた。

確証はない。裏取りもない。単なるレジーナの勘。数多の外交を生き抜いて来た外交官の直感。

「本当に神聖国で語られている話だと思うのよ。ニクスさんも全く否定していなかったし。あの商人……「嘘」だけは吐いていない」

「……その割には、随分と勘ぐっているね」

「当然よ。嘘を吐いていないだけ――真実を語っているとは限らないわ」

そう。レジーナが恐れているのはそこだ。

嘘はつかない。だがそれは決して真実だと限らない。

言葉巧みに言い回しを変えて、相手に本質を誤解させる――油断ならない話術。

虚言ではなく誘導なのだ。ああいう手合いは、下手な詐欺師より質が悪い。

だからこそレジーナは、あの商人を注視している。

一瞬も目が離せない相手として――身分や権威云々の問題がなければ、王都に着くまでどころか、着いてからもこの馬車の中に閉じ込めておきたい程の。

つまり結論は。

「……王都に着いた後も気は抜けないってことよ」

「相も変わらず激務になるってわけだね」

さらりと、慈悲の無い未来を、愛する夫に口にされた。

結果、レジーナは吠える。

「そうよ……その通りよ! ああもう、どうして世界は私を休ませてくれないのかしら!? 何の気兼ねなく賢者様のところ行って、シャンプーやリンスで髪洗いたい! シャワー浴びたい! ふかふかベッドで熟睡したい!!」

普段の優雅さをかなぐり捨てた叫びが、馬車の中に響く。

ラディウスは、思わずほんの少し引いた。

「うわぁ」

「何よその反応は!! だって本当に疲れたのよ!? リュムノワールでは次から次へと問題が起きるし、胡散臭い商人は底が見えないし、ニクスさんは全然喋らないし、神聖国は不穏だし、帝国は面倒の塊だし、賢者様は賢者様で異世界人だし! もう私、現実から逃げてお風呂に浸かりたいの!!」

レジーナ王女、馬車の中で大暴れ。

ぎゃーすかひとしきり騒いだ後……やけに嘘くさい涙目を携えて、レジーナがラディウスの腕に抱き着いてきた。

「えーん。私疲れたのー。あなた慰めてー」

「はいはい……君は頑張ってるよ、レジーナ」

「ほんと?」

「本当だよ。君が居るから、王国が華やかでいられるんだ」

「……もっと褒めてくれないとだめ」

「すごいすごい」

「雑!!」

「そんな君が、僕は好きだよ」

「……許す」

即落ちである。

レジーナは満足げに目を細め、そのまま彼の肩に体重を預ける。

やれやれ、と苦笑しながらも、ラディウスの顔は終始穏やかだった。

◇◇◇

王都ミラヴェルナは、今日も眩しい。

王城へ至る大通りには、人が溢れている。

荷車を押す商人。声を張る売り子。通りの端で小さな楽団が陽気な旋律を奏で、子どもがその周りをくるくると駆け回る。港から運ばれてきた塩や干し魚。山から下ろされた果実や穀物。遠国の織物や香辛料まで。あらゆるものがこの都に集まってくる。

活気に満ちた、まさしく国の華。

王都に着いたレジーナ達は勿論――そんな場所へ一切寄らず、一直線に王城へ。

仕事が山のようにあるのだ。珍しい品々に視線を走らせたり、道端の屋台の匂いに釣られたり、そんな移り気は夢のまた夢。

で、本当に脇目もふらずに王城前まで。

街の賑わいも、商店の呼び込みも、楽師の演奏も眼中にない。

ささっとレジーナ達は馬車から降りる。

あまりに迅速で淀みない動き。馬車の外にいた、あの胡散臭い商人ですら若干口が引き攣っている。

「……効率重視すぎません王女様? 物語に出てくる可憐なお姫様なら、街中の民に優しく声を掛けたり、市井の食べ物を食べてみたいとか可愛く強請ってみたり……」

「はっ。何が可憐な姫よ。しゃらくさい」

鼻で笑うレジーナ。

旅装の裾をひるがえし、金髪を揺らしながら吐き捨てるその様は、あまりに男前すぎた。

「そもそも、先触れもなく第一王女の私が平民に声なんてかけたら、恐縮するだけでしょうが。それに……市井の食べ物ぉ? はん! こちとら政務が忙しい時は、黒パンやチーズを口に詰め込みながら、徹夜で書類片付けてるのよ。今更ちゃんちゃらおかしいわね」

そう。伊達や酔狂で「外交の刃」とかいう怖い異名をつけられていない。

レジーナは、庭園で花を愛でながら優雅に笑うだけの御姫様ではないのだ。

戦闘の才能が無いだけで……案外、血の気は多い。夜会のない夜は、執務室で書類相手に戦うことがあるほどだ。

「物語のお姫様は、結局のところ物語の中にしかいないのよ……本当に」

そこで一度、声量が落ちる。

肩も下がり、視線も落ちて、レジーナの瞳に陰が差す。

「私だってねぇ、できるものならそうやって「あははうふふ」と笑いながら過ごしたいわよ……」

そう言って遠い目になるレジーナ。

どうやら先程のラディウスセラピーによる効果は切れてしまったらしい。案外効果時間は短いようだった。

ただ、ラディウスは慣れたもののようで。

優しくレジーナの手を取り、微笑んだ。

「落ち着いたら、ゆっくりデートでもしよう。星空がよく見えるレストランを貸し切りにして、二人だけで落ち着いた時間を過ごそう、レジーナ」

「ああっ、ラディウスぅ……」

ひしっ、と縋りつくレジーナ。

周囲の護衛や侍女、それに騎士はどうやら見慣れているようで目立った反応はしない。ただ静かに壁になって、この甘々な夫婦のやり取りを他者に見せないように陣形を組んでいる。

見慣れぬニクスと商人だけが、呆れた顔で眺めるばかりだった。

「レストランひとつ貸し切りにするとか言ってたぞ」

「そりゃ、名高き侯爵様ですからねぇ。愛する妻の為なら、金に糸目はつけないでしょう」

「……案外疲れ溜まってんのかもな、王女さん」

「……まあ、それはそうでしょう。確かに、真っ当な王女様なら休む暇も無いくらい、激務な立場ですし」

しみじみと商人は語る。

確かに、現実は物語のように甘くない。蝶よ花よと育てられ、贅沢と享楽に耽られる王族は物語の中だけだ。実際にいたら反発が果てしない。下手をすると「不良品」として同じ王族から「処分」される場合だってある。

南王国の王族は、甘い立場が許されない家系。

「……ふぅ」

やがて、落ち着きを取り戻したのか。

寸劇を終えたレジーナが、優雅な王女スマイルでニクスと商人に向き合う。

先程までのトンチキ具合は欠片もない。

「さて、それでは――御二人には少しの間、お城に滞在してもらいますわ。賢者様の所に行くのは準備を整えてから。三日後といったところです」

「ちょっと待ってくれ」

そこにニクスが声を差し込む。

少しばかり焦りを滲ませた声色。

「悪いが俺は、少しでも早く賢者の所に行きてぇんだ。時間が掛かるなら俺一人でも――」

「ニクスさん」

ぴしゃりと。

にこやかな笑みのまま、レジーナの声が唐竹割りのように落ちる。

まるで斧だ。

思わずニクスも、少したじろぐ。

「お、おう」

「少しくらい時間貰えません? 私、リュムノワールの件の後始末とか色々あるのですよ?」

「わ、わかった……疲れてるならあれか? 俺の術で癒すか?」

「いえ、お気遣いなく」

笑みを少しも崩さぬまま、余計な口出しを許さぬ王女の言。

あの胡散臭い商人でさえ、触らぬ神に何とやらの態度で顔を背けている。

しかし――レジーナの威圧感が増すのには当然の理由があった。

闇ギルドの幹部を捕まえて王都まで連行してきたのだ。しかも実は神聖国の工作員。

リュムノワールの街に長く潜んでおり、先の事件の実質的な黒幕。

これらの件を片付けるのに、正直言って三日では足りない。足りないのだが、レジーナがどうにか三日で目途を立たせるといったのだ。ならばそれが出来得る限りの最速。

それなのにこれ以上駄々をこねるようなら……どんな怒りが巻き起こるか分かったものではない。

「私も賢者様のところには米を届ける役目がありますから……焦らなくとも近日中に森へ向かいます。ええ、絶対に向かいますとも。そして化粧水と乳液と美味しい食事で」

「レジーナ」

「あらいやだ。おほほほほほほ」

愛する夫の静止がかかり、ぎりぎりの所で失言を回避するレジーナ。

回避できていない気もするが、レジーナ基準で出来ているようなので問題ない。

なにしろ国で偉い王族の判断なのだ。王族が大丈夫といったら大丈夫なのである。

ただ問題は。

そこに予定外のことが発生した場合であった。

レジーナたちが城門をくぐる、そのほんの手前。

王城の中から、誰かが飛び出してきた。

見覚えのある金の髪。

レジーナと同じ色なのに、もっと幼く、もっと無防備で、陽だまりみたいな光を帯びた金色。

「……アウローラ?」

レジーナの瞳が、わずかに見開かれる。

ありえない。

帝国との国境線にいるはずの妹が、どうしてここにいるのか。

だが、その疑問よりも先に――レジーナの胸を凍らせたのは、その顔だった。

アウローラの顔から、いつもの明るさが完全に消えていた。

血の気が引き、息は浅く、肩が小刻みに揺れている。目は何かに怯えるように大きく見開かれ、その青い瞳は今にも砕けそうなほど追い詰められていた。

「姉、上――!」

声がひどく掠れていた。

泣いていない。だが泣き出す寸前の子どものように、声の芯が震えている。

次の瞬間、アウローラは周囲の目も何もかなぐり捨てて駆け寄る。護衛が止める暇もない。ラディウスが一歩前に出ようとしたが、レジーナが片手で制した。

「どうしたの、アウローラ」

低く、しかし柔らかく問いかける。

王族の顔ではなく、姉の声で。

アウローラは答えようとして……しかし、うまく言葉が出なかった。喉が詰まっている。何かを口にしようとするたび、呼吸だけが浅く乱れる。

「ゆう、が……」

やっとのことで絞り出した声。

その僅かな言葉だけで、レジーナの背筋にぞくりと悪寒が走った。

妹がこんな顔をする理由を、彼女は知っている。

国が危ないときではない。自分の命が危ないときでもない。

もっと限られた時だけの顔。

そしてこの顔を――三年前に一度目にしている。

アウローラの伴侶の死が伝えられた時。

あの時も今のような絶望を背負って――。

城の奥から、数名の侍女と護衛――アウローラの側近たちが駆けつけてくる。

侍女の腕には、あの小さなクロエの姿まで。

供回りも、愛らしいクロエさえも置いて。

アウローラは一体何処へ行こうとしていたのか。

レジーナは一度息を呑み込んだ。

そして震える妹の肩に手を乗せて、静かに息を吐く。

「詳しく聞かせて、アウローラ」

その声には、もう先ほどまでの疲労も愚痴も残っていなかった。

外交の刃。王国最強の調整役。守るべきもののために、全てを切り分ける王女の声。

だが、その手だけは優しかった。

妹が崩れないように。決して壊さないように。