軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

真夜中の二人

学院初日の夜。

ベッドの縁に座ったルルの膝の上に、横向きに抱えられてわたしは座っている。

完全にルルに寄りかかり、腕の中に閉じ込めるように抱えられて、それに安心する。

べったりくっつくわたしにルルは機嫌が良い。

昼間の話をしたくて「ルル、今日は一緒に寝よ?」と言ったらリニアさんの笑顔が固まったし、メルティさんは持っていた手紙を落としてしまった。

そんなに動揺することだろうか、と考えて、自分の言葉を思い返して頬が赤くなった。

「あ、ち、違うから! そういうことじゃなくて、ただ二人で話したいだけだから!!」

と、わたしまで慌ててしまった。

リニアさんとメルティさんがホッとした顔をして、ルルだけは「オレはそれでも良いけどねぇ」とのほほんと笑っていた。

王族や貴族は純潔を尊ぶので婚前交渉は許されない。

……でも、その、キスくらいはしたいな。

そこまで考えたら更に顔が赤くなってしまったのは言うまでもないが、ルルはそんなわたしを見て「大丈夫〜、分かってるよぉ」と肩を竦めた。

そんなこんなで今夜は一緒に寝ることにしたのだ。

正確には、わたしが寝るまで傍にいてくれるだけなので、実際には普段と何も変わらないのだが。

ファイエット邸に初めて迎え入れられた日から、ずっと、ルルはわたしが夜眠る時についていてくれる。

手を握って、わたしが安心して眠れるように、傍にいてくれて、朝起きても、やはりそこにいる。

わたしの生活はルルで始まってルルで終わる。

「それで話したいことってぇ、リュシーが忘れちゃってきてる『原作』のことぉ?」

心が読めるのではと思うくらいルルは鋭い。

「うん、わたしがルルに話した内容を教えてもらいたいの。記憶は薄れちゃっても、ルルから聞いた話なら多分大丈夫だと思うから」

たとえ前世の記憶が薄れて、原作のことを忘れてきてしまっても、ルルから教えてもらったことは忘れない。

ルルの空いた手がわたしの頬を撫でる。

「もし忘れちゃったら何度でも話してあげるよぉ」

そうしてルルはわたしから聞いた原作について、話してくれた。

わたしはそれを聞きながら自分の記憶と照らし合わせて、忘れた部分や、逆にまだ覚えていて話していない部分があればルルに伝えることにした。

* * * * *

乙女ゲーム『光差す世界で君と』はヒロインちゃんの入学から始まる物語。

ヒロインちゃんは元は平民の男爵令嬢で、貴族の令嬢にしては天真爛漫すぎるところはあるが、可愛らしく、憎めない性格の女の子だ。

まず、入学式前に出会うのがゲームのメインヒーローで王太子の、アリスティード=ロア・ファイエット。お兄様である。

転んだヒロインちゃんを助け、二人は出会う。

次にリシャール=フェザンディエ。一年生の上級クラス、ヒロインちゃんが入るクラスの担任として関わっていく。

そしてレアンドル=ムーラン。アリスティードの側近となる一人であり、近衛騎士を目指す。

迷子になったヒロインちゃんと偶然出会い、学院を案内してくれるのだ。

アンリ=ロチエとの出会いは図書室だ。

レアンドルに教えてもらい、後日本を借りに改めて行くと、そこでアンリを見つけ、好きな本が同じことと同学年と言う共通点から話すようになる。

最後にロイドウェル=アルテミシア。

高い木に登って降りられなくなった子猫を助けるために木に登ったヒロインちゃんを見て、そのお転婆ぶりに驚きながらも周囲にいないタイプなので興味を示す。

それが攻略対象達との出会いである。

その後はヒロインちゃんの行動次第だ。

お兄様とロイド様ルートならば屋上や中庭、生徒会室。

レアンドルルートならば訓練場。

アンリルートならば図書室。

リシャールルートなら教室や職員室。

このような具合で各キャラのいる場所に向かい、それぞれ会話を重ねて好感度を上げていく。

ルートによって多少イベントに違いがあるけれど、大まかなイベントは同じだ。

生徒会入会。

新歓パーティー。

前期試験。

夏期休暇。

対抗祭。

中期試験。

学院祭。

後期試験。

卒業パーティー。

以上が最低でもあるイベントだ。

各試験はヒロインちゃんの優秀さに攻略中のキャラの好感度が自動的に上がっていく上昇イベントである。

これはヒロインちゃんが上位の成績を維持していることが前提だが、ゲームでは、ヒロインちゃんは努力家で勤勉だったので常に上位に食い込んでいた。

しかし今のオリヴィエ=セリエールの成績ではそうはいかないだろう。

学年の上位三位に入らないと入会出来ない生徒会も、当然ながら、到底入会出来るはずもない。

そうなれば残りは新歓パーティー、夏期休暇、対抗祭、学院祭、卒業パーティーである。

新歓パーティーはエスコートが必要なく、そこで誰と踊るかで攻略する対象を選ぶ。

ちなみに誰とも踊らないという選択肢はない。

夏期休暇までの間に会話や会う回数を重ねて好感度を上げると、最も好感度の高いキャラに夏期休暇中に声をかけられる。

そこで一緒に出かけたり、勉強をしたりといった小さなイベントが起こる。

夏期休暇が終わると最も好感度の高いキャラから頻繁に話しかけられるようになり、それにより、攻略対象に合わせた悪役キャラが登場してくる。

最初は何度か警告されるのだ。

それでも仲良くしていると、対抗祭で悪役キャラが敵側に回って現れる。

ちなみに対抗祭とは各学年の上位十名がトーナメント形式で魔法で戦い、勝ち進んだ者には学院から加点と好きな授業を受けなくても良くなる権利が与えられる。

加点されると卒業後の就職がかなり有利になるらしい。

原作ではヒロインちゃんは魔法も得意で、悪役キャラを打ち負かし、一年で堂々の三位に入るのである。

それにより周囲から一目置かれる存在となる。

お兄様とロイド様が一位と二位で、二人のルートでは更に仲が深まるイベントだ。

それ以外の三人のルートでは入賞しないが、やはり悪役キャラを打ち負かし、攻略対象からも一目置かれるようになる。

ここから悪役キャラからの虐めが始まる。

物を隠されたり盗られたり、警告の手紙が机や下駄箱に入れられたり、女生徒達から仲間外れにされ出すのだ。

それでもヒロインちゃんは耐える。

アリスティードルートだと対抗祭と中期試験の間に、街の秋の豊穣祭りがあり、ハッピーエンド確定の場合はヒロインちゃんが祈りの歌を歌うと女神様の加護が得られる。

そしてアリスティードはヒロインちゃんとの関係を国王である父親に話し、婚約者のいないアリスティードはヒロインちゃんとの婚約の許可を得られるのだ。

学院祭はいわゆる文化祭みたいなものだ。

ヒロインちゃんのクラスでは演劇を行い、アンリであれば共に文化祭の準備をし、それ以外では生徒会役員として共に学院祭を成功させるために奮闘する。

学院祭当日はアンリは劇の裏方に、それ以外は演劇の観客となって観に来る。

ヒロインちゃんは心優しい女神の役で、美しく、可愛らしい姿に攻略対象達は本格的にヒロインちゃんに惚れるのだ。

だがこの辺りで最も虐めが酷くなる。

魔法で怪我させられそうになったところを、好感度の最も高いキャラに助けられる。

そこから攻略対象に虐めが知れる。

そして攻略対象は悪役キャラからヒロインちゃんを庇うのだ。

卒業パーティーは断罪イベントである。

パーティーの最中に攻略対象は悪役キャラに婚約破棄を言い渡し──アリスティードのハッピーエンドの場合はヒロインちゃんとの婚約が発表される──、悪役キャラがいかにヒロインちゃんへ非道な虐めを行ってきたかが明るみになる。

アリスティードとロイドウェルルートのリュシエンヌの虐めが最も酷いのだが、それはこの際、割愛しておこう。

そして悪役キャラは退場し、攻略対象とヒロインちゃんは両思いとなって、エンドだ。

その後、悪役キャラ達や攻略対象、ヒロインちゃんがどうなったのかというのが少し流れるが、それでエンドロールである。

「こんな感じだったけどぉ、どう〜?」

話し終えたルルに頷き返す。

「まだ大体覚えてるみたい。でもお兄様とロイド様以外のルートの細かなイベントは結構忘れてるかも」

「それってリュシーに関係ないからじゃないのぉ?」

「うん、そうかもしれない」

お兄様とロイド様のルートは比較的覚えている。

わたしに関係のないルートはあまり思い返すことがなかったので、そのせいで忘れつつあるのだろう。

「ねぇ、この話をアリスティードにも伝えてもい〜ぃ?」

ルルの言葉にわたしは目を瞬かせた。

「わたしが忘れつつあるってこと?」

「うん、それでオレがアリスティードにリュシーから聞いたことを話しておけば、向こうも対策が取りやすいでしょ〜?」

……なるほど、それはいいかもしれない。

前に話した時はお兄様とロイド様のルートについてだけ話したけど、細かなイベントなどについては話さなかった。

「……お願いしてもいい?」

本当はわたしが自分で話すべきなのだ。

でもわたしも忘れつつある。

お兄様とロイド様のルートも比較的覚えているけれど、ルルの話を聞いて、忘れてしまっていた部分もあった。

わたしが話すよりルルの方がよく覚えている。

ルルが一つ頷いた。

「いいよぉ。後で話してくるねぇ」

よしよしと頭を撫でられる。

ルルに頭を撫でられるのは嬉しい。

……でも、わたしだって後一年で成人なのに。

いつまでも子供扱いはちょっとモヤっとする。

「ありがとう、ルル」

ギュッと首に腕を回して引き寄せ、ルルの頬にキスをする。

……ちょっと、ううん、かなり照れ臭い。

ドキドキしながら顔を離す。

ルルを見れば蕩けそうな笑顔を浮かべていた。

「リュシーからしてくれるなんて嬉しいねぇ」

お返しとばかりに頬にキスをされる。

普段は手や髪にされることが多いので、ルルの唇が触れた部分が熱いような気がする。

思わず頬を押さえれば、自分の顔が熱くなっているのが分かった。

きっと今のわたしは真っ赤な顔をしているだろう。

いつもべったりしてるけど、思えば今まで、ルルはわたしにキスをすることはあまりなかった。

「リュシーからしてくれたってことは解禁でいいよねぇ? リュシーももう十五歳だしぃ?」

頬に当てていた手を外されて、頬や鼻先、額にキスの雨が降ってくる。

しないというより控えてくれていたらしい。

灰色の瞳が愉快そうに覗き込んでくるので両手で顔を覆ってみたものの、簡単に外されてしまう。

ルルがふはっと笑う。

「リュシー、顔真っ赤ぁ」

「リンゴみたいだねぇ」と外した手の指に唇を押し当てて、ルルがからかうような視線でわたしを見る。

「……ルルのせいだよ」

少しばかり恨めしくなってジロリと見やれば、ルルが頬を寄せてくる。

「リュシーがかわいいのが悪いんだよぉ」

「それは何か違うと思う」

「違わな〜い。リュシーがかわいいからつい意地悪したくなっちゃうし、触りたくなっちゃうし、甘やかしたくなっちゃうんだぁ」

くっついた頬がすり、と動かされる。

「このまま攫って閉じ込めたいくらいだよぉ」

笑っているけど多分本気だ。

それもいいなと思うわたしがいる。

「あと一年、待てそうにない?」

「いんやぁ、待てるよぉ」

意外にもルルは即答した。

「でも昔から、いつだってリュシーをオレだけのものにしたいって思ってる」

わたしもルルの頬にすり、と頬を寄せる。

「わたしもずっとルルだけのものになりたいって思ってるよ」

「そっか。オレこう見えても我慢強いからさぁ、後一年は待てるよ。でもその後は覚悟してねぇ?」

ルルに笑い返す。

「ルルこそ覚悟してね? わたし、きっと嫉妬深いの。ルルに負けないくらいルルの全部が欲しいって思ってるから」

わたしの言葉にルルが目を丸くした。

そして今までで一番無邪気に笑う。

明るい、少年みたいな笑みだった。

「リュシーは強欲だなぁ」

「オレと同じだ」とルルは笑う。

とても嬉しそうな声音だった。