軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

静けさと手紙

入学して数日が経った。

何か仕掛けてくるかもという予想に反して、男爵令嬢と会うこともなく、穏やかに過ぎていく。

お兄様もロイド様も登校時間を早めて朝早くに学院に来ているからか、会っていないらしい。

わたしはお兄様と一緒に登校したら、生徒会室の隣の休憩室で前日の復習やその日の予習をして過ごしている。

その間、ルルはぴったりわたしにくっついている。

ルルいわく「護衛は対象から離れちゃいけないからねぇ」とのことだったが、わたしも嬉しいので、ルルの好きにしてもらった。

ルルから話を聞いたお兄様は最初は酷く心配していたけれど、ルルとわたしの様子を見て、大丈夫だと判断したようだ。

時々「居心地が悪い……」と馬車の中で呟くことがあって、そこは申し訳ないと思う。

授業はクラスごとだし、他クラスと合同でやったとしても、同学年同士なので男爵令嬢と接触することはない。

それに第二校舎の三階は生徒会役員と教師と、三年生の上位十名以外は立ち入り禁止だ。

そして現状、お兄様やロイド様が彼女を招くはずもなく、一年生の下級クラスの生徒が三年生の上級クラスの上位者と関わる機会もないため、第二校舎の三階に男爵令嬢が現れることはない。

たとえ来たとしてもすぐに追い出されるだろう。

授業もついていけているし、魔法の実技は見ているだけだけど面白いし、音楽の授業は相変わらず楽器は全く扱えないが歌だけはすごく褒められる。

教養の授業も平民の生徒もいるため最初はダンスレッスンから始まって、ルルと踊れて楽しい。

算術の授業と魔法の授業も理解出来ている。

お昼は初日の顔ぶれで集まっている。

昼食は各自で持ってきて、それを食べたり分け合ったりして、楽しい昼食の時間を過ごす。

闇ギルドからの報告書を見る限り、男爵令嬢は学院内をうろついているそうだ。

でもさすがに三年生の教室に突撃することはないようで、少し安心した。

ただ学院内でレアンドルと再会した。

迷子になったところを偶然通りかかったレアンドルが見かねて声をかけ、そこからまた二人はよく話すようになった。

レアンドルは男爵令嬢のことを好いたまま。

男爵令嬢の方は友人関係を保ちつつ、けれどレアンドルとの距離は近い状態で、二人は度々会っている。

何も知らない平民の生徒の中にはレアンドルと男爵令嬢は恋仲だと勘違いする者も出始めているそうだ。

……このままではレアンドルは側近から外れる。

報告書を読んだお兄様は真顔だった。

でも、報告書を持つ手に力が入っていて、苦悩してるのが分かった。

昔から仲の良かった友人を、未来の側近を女性問題で切るというのは苦渋の決断だろう。

だがレアンドルも男爵令嬢もただの友人だと周囲に言っている。

横にぴったりと並んで座ったり、顔を近付けて話したり、放課後に二人だけで出かけたりしておいて、ただの友人ですと言われても説得力がない。

アンリは意図的に彼女を避けているらしい。

報告書では男爵令嬢はアンリに会おうとしてるようだが、アンリの方が行動範囲を変えている。

アンリを昼食の席に呼びたいとお兄様に言われ、わたしはそれを了承した。

近いうちに改めて会うことになるだろう。

レアンドルの件はあるものの、わたし達自身への被害もなく、穏やかなものだった。

だがこれから色々なイベントが起こると思うと、これは嵐の前の静けさに過ぎないのだ。

男爵令嬢は リュシエンヌ(わたし) を相当嫌っているそうで、ブツブツと呟く中に、時折わたしを罵倒するものが混じっているらしい。

……まあ、あの時ルルと一緒にいたからね。

ルルが好きだというのであれば、ルルと一緒にいるわたしを憎らしく思うだろう。

その日、宮に帰って少しするとお兄様が訪ねてきた。

忙しいだろうに珍しいなと思いながらも、お兄様を出迎え、部屋に招く。

「急に訪ねて悪い。ついさっき、この手紙が届いていることに気が付いたんだ」

お兄様が一通の手紙を差し出す。

そこには見覚えのない封蝋がされていた。

でもルルが眉を寄せた。

「ちょっとぉ、それセリエール男爵家の家紋じゃん。そんなもの持って来ないでよぉ」

と、嫌そうな声でルルが言う。

え、と驚いて手紙とお兄様の顔を交互に見た。

「とりあえず読んで欲しい」

お兄様がルルに渡し、まずはルルがサッと中身を確認したが、そのルルも変な顔をしている。

そうして「危険はないよぉ」と眉を寄せたまま、わたしに手紙を差し出した。

それを受け取って、便箋に目を通していく。

時季の挨拶、そして謝罪の言葉から始まる手紙の内容にわたしは目を丸くしてしまった。

「えっ、これって……」

そこには衝撃的なことが書かれていた。

手紙の送り主はオリヴィエ=セリエール。

ただし、わたし達の知るオリヴィエではない。

オリヴィエ=セリエールの中には二つの魂が存在しており、この手紙を書いているのは普段のオリヴィエとは別のオリヴィエ──手紙の中には区別するために自分をオーリと呼んでいた。幼少期の愛称らしい──の方であると言う。

いつの頃から魂が二つ存在し始めたのかは不明だが、物心ついた時には既にオリヴィエ=セリエールの中には魂が二つあった。

そしてこの手紙を書いたオーリこそが本当のオリヴィエ=セリエールで、わたし達が目にしているオリヴィエは、本物のオリヴィエ=セリエールではない。

共有している記憶から、この魂は全く別の場所で生まれ、育った記憶を持つもので、どういうわけかオリヴィエの中に入ってしまっているそうだ。

幼少期は本物のオリヴィエの時間が長かったが、段々と短くなり、現在はほとんど表に出て来られないらしい。

今回はオリヴィエではないオリヴィエの精神が乱れていたため、何とか出てきて、この手紙を書いた。

深い反省が読み取れる謝罪の言葉が書かれており、もう一人のオリヴィエの所業を酷く恥じているのが伝わってきた。

「魂が二つ……」

やはりオリヴィエ=セリエールは転生者だ。

でも、恐らくだがわたしのように本来の魂や人格と上手く混じり合えなかったのではないか。

わたしは多分リュシエンヌの魂とわたし自身の魂が混じり合い、リュシエンヌとして共存出来ている。

一つの個として確立している。

だがオリヴィエとオリヴィエの中に入った魂は混じり合うことが出来なかった。

考えられるのは性格の不一致。

今のオリヴィエ=セリエールと原作のオリヴィエ=セリエールは全く違う。

そのせいで魂が分離したままなのではないだろうか。

……一歩間違えばわたしもそうなっていたのかも。

そう思うとゾッとした。

一つの体に二つの魂なんて。

手紙の便箋は少し歪んでいて、文字も所々、滲んでいる。泣きながら書いたのだろう。

王族や高位貴族の子息達への不敬は全て自分の責任なので、どのような処罰も受けるから、家族にはどうか慈悲をかけてもらえないかとも書かれていた。

……こんな、こんなのって……。

「もし、これが本当なら、もう一人のオリヴィエ──……オーリは、何も悪くないですよね……?」

自分の声が微かに震えている。

ありえない、とは言えなかった。

わたしも転生者だから。

リュシエンヌの中に入った魂だから。

「リュシエンヌはこれを信じるのか?」

お兄様の問いに頷き返す。

「はい、そう考えれば理解出来ることもあります」

「理解出来ること?」

「男爵令嬢の教養や常識のなさ、無作法さです。もしもオリヴィエ=セリエールの中にある別の魂が、本当に別の場所で生まれ育った記憶を持つ魂ならば、常識などに違いがあると思うのです」

「なるほど。国が違えば常識も変わる。それと同じと言うことか……」

お兄様が考えるように口元に手を当てる。

「学院の成績や普段の様子からして、真面目に教育を学んでいる様子もありません」

普通なら別の場所に来たら、その場所について学ぼうとするだろう。

しかしもう一つの魂はそれをしなかった。

学ばなければ、知ろうとしなければ、身につくことはない。

教養も、礼儀作法も、貴族の令嬢どころか一般常識すら危ういかもしれない。

お兄様が顔を顰めた。

「だが十五歳だぞ? 十五年も、全く学ぼうとしないなんてありえるのか?」

「それは分かりません。ですが、実際あのような言動をしているのは確かです」

お兄様が黙って眉間のシワを増やす。

わたしはやはり転生者だったかという気持ちと、もう一人のオリヴィエ、オーリの境遇に同情してしまった。

これが真実であるという証拠はない。

でも、こんな手紙を送ってもオリヴィエ=セリエールに得はない。

むしろこのような内容の手紙を他人に送るなんて、下手したら精神疾患を疑われて、将来の道すら閉ざされてしまうかもしれないのに。

……それともオーリはそれを望んでる?

周囲に迷惑をかけるくらいならいっそ、と思っている可能性もある。

「お兄様、返事はされるのですか?」

お兄様が息を吐く。

「一応、するつもりだ。これが嘘ならば私と関わりを持とうとするだろう。事実なら、恐らく返事は来なくなる」

「何とお返事を書くつもりで?」

「謝罪の気持ちは受け取る。もし申し訳なく思うのであれば、関わらないで欲しい。そう、書くつもりだ」

もしこれがオリヴィエ=セリエールの芝居であったなら、それを無視して近付こうとしてくるだろう。

そして事実であれば、関係を断つために、オーリからは二度と手紙は届かない。

「お兄様、わたしがオーリと文通してもよろしいでしょうか?」

同じ転生者のせいで苦しんでいる子がいる。

それを放っておくのは忍びない。

見て見ぬふりをするのは罪悪感が湧く。

「文通? オリヴィエ=セリエールだぞ?」

「でもこれが事実ならオーリとオリヴィエは別です。わたしはこの手紙を書いたオーリとなら、仲良くしても良いと感じました」

ルルがわたしの手からひょいと手紙を抜き取った。

「でもさぁ、これが本当だったとしても、もう一つの魂はリュシーをものすごぉく嫌ってるでしょ〜? 下手に関わりは持たない方がいいんじゃないのぉ?」

ルルの言葉に二の句が継げなかった。

確かに、もしも転生者の魂の方に文通がバレたらどうなるか分からない。

最悪、それを利用して本物のオリヴィエ=セリエールのふりをしてお兄様に近付いてくるかもしれない。

ルルの傍にいるわたしを邪魔に思って害そうとするかもしれない。

思わず黙ったわたしをルルがジッと見つめてくる。

「そんなに気になるの?」

静かな問いに頷き返す。

「そっかぁ、じゃあ仕方ないねぇ。やるだけやってみたらど〜お?」

ルルがへらりといつもの笑みを浮かべた。

お兄様が「ルフェーヴル」と制止したけれど、ルルが小首を傾げてお兄様を見た。

「だってさぁ、普段あんまりワガママ言わないリュシーがこんなに必死になってるんだよぉ? 正直言うとオレだってその本物の魂ってやつも、もう一つの魂ってのも気に食わないけどぉ、リュシーのオネガイは聞いてあげたいしぃ?」

「失敗したら切ればいいじゃん」とルルが言う。

お兄様をジッと見つめると「う、」と少し身を引いた。

駄目押しで「お兄様、お願いします」と言うと、お兄様は口を真一文字に結び、そして数拍置いて溜め息をこぼした。

「分かった。……だが、もう一つの魂、今現在のオリヴィエ=セリエールに勘付かれたらすぐにやめるんだ」

それに頷き返す。

「はい、お兄様」

今回はお兄様の手紙にわたしの手紙も同封してもらうことにして、わたしはその場でオーリ宛に手紙を書いた。

……少しでも慰めになればいいんだけど。

別の魂が好き勝手に自分の体を動かし、色々なことをやらかしているのを見続けるのはとてもつらいだろう。

きっと、オーリは傷付いている。

「魂を別々に分けることは出来ないのかな……」

わたしの呟きにお兄様が言う。

「それが出来るのは女神様だけだろう」

どうして女神様はこんなことをしたのだろうか。

わたしに加護を授けてくれた女神様だけど、どのような性格の神様かは宗教上の話でしか知らない。

優しい女神様がこんなことをするのか。

それとも何か理由があるのか。

わたし達にはその真意は想像もつかなかった。