軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

昼食はみんなで

訓練場から第二校舎へ戻る。

第二校舎へ入ったところで、午前の授業の終わりを告げるらしき鐘の音がした。

恐らく一年生は今終わったことだろう。

わたし達はそのまま第二校舎の三階へ上がったので、男爵令嬢と接触する可能性はなくなった。

生徒会室の隣の部屋に行くとロイド様とミランダ様が先にいて、ゆったりと過ごしていた。

「おかえり、学院内はどうだった?」

ロイド様に問われてわたしは返す。

「どこも素晴らしい場所でした。図書室もカフェテリアも一日中いてもいいくらい居心地が良さそうでしたし、訓練場の的の自動修復の魔法も学院長のお人柄が窺えてすごいと思います」

ルルが引いてくれた椅子に腰掛ける。

お兄様がエカチェリーナ様に、同様に椅子を引いて、慣れた様子でエカチェリーナ様も座った。

お兄様が部屋に備え付けの保冷庫──食べ物や飲み物を冷やして保存しておける冷蔵庫と同じものだ──からバスケットを二つ取り出した。

……よくあの保冷庫に入ったなあ。

「ああ、リュシエンヌ様はやっぱりそこを見たんだね」

「リュシエンヌ様もすごいですわ。私は既存の魔法は使えますが、魔法式の構築が苦手なのです」

ロイド様とミランダ様の言葉に苦笑する。

「気になってしまってつい……。わたしは魔力がないので構築だけは必死になって学んだんです。使えなくては意味がないかもしれませんが」

魔力のないわたしは魔法が使えない。

だから組み上げた魔法は全て、一度宮廷魔法士に確認してもらった上で、ルルや宮廷魔法士の誰かに試してもらっている。

「そんなことありませんわっ。リュシエンヌ様の努力はとても素晴らしいものですっ」

「そうだよ、リュシエンヌ様の構築した魔法式は役に立つものが多くて、あっという間に人々に広がった。それはリュシエンヌ様の努力の結果だと思うよ」

わたしの生み出した魔法のいくつかは既に民の間にも広まっている。

特に服を傷めずにシミ抜きを出来る魔法や空中に文字が書ける魔法なんかは驚くほどの速さで広まった。

シミ抜きはファイエット邸のメイド達から他の貴族の屋敷のメイド達に、そこから彼女達の家族に、家族から他の者にといった具合に広まったらしい。

空中に文字が書ける魔法は宮廷魔法士から他の魔法士、教師達に、そこから街の教育者達に、そして孤児院への慰問の際に子供達へ、そして平民の子供達へ伝わった。

彼らはインクや紙などの消耗品を沢山買えるわけではないため、普段の勉強は地面に書いていたが、孤児院へ来た貴族達や教育者達は外で教えることはない。

そのため、空中に文字を書くという方法は非常に重宝されたようだ。

屋内で教える際に、教育者が空中に文字を書く。

それを子供達は真似て空中に書く。

すると子供達の書いた文字が間違っているかどうかが一目で分かるという。

子供達も魔力があれば書けるので、いつでも、どこでも練習出来る。

何より空中で光る文字は子供達の興味を引いた。

勉強嫌いの子も、光る文字を書きたくて勉強をするようになったり、それを教わるために勉強に加わるようになったり、子供達の気持ちの変化にも繋がった。

「ほら、難しい話はそれまでにして昼食にしよう」

お兄様が紅茶を淹れてくれた。

この隣室は休憩室なので小さいキッチンが備え付けられている。

全員分の紅茶がそれぞれに配られる。

「お兄様、ありがとうございます」

「ありがとうございます、アリスティード」

「ありがとうございます」

「ああ、ありがとう」

「どうもぉ」

お兄様は騎士にもティーカップを渡す。

人数分の皿も用意された。

それからバスケットを開ける。

それまで控えていた護衛騎士とルルがバスケットの中から軽食を無作為にいくつか皿に手に取り、口にする。

……毒味って何度されても慣れないな。

ジッとルルを見れば「美味しいよぉ」と言う。

騎士の方も問題なかったのか頷いた。

お兄様の雰囲気も少しだけ和らいだ。

騎士とルルにそれぞれ労いの言葉をかけて、食事の挨拶をしてから、わたし達も軽食を食べることにした。

「はい、リュシー」

差し出された皿を受け取る。

小さなスコーンが二つ載っている。

お兄様の宮のお菓子専門の料理人が作ったスコーンは温かいと感動するくらい美味しくて、冷めてもとっても美味しいのだ。

「ありがとう」

しっかりクリームとジャムも用意されていた。

ルルがクリームとジャムをスコーンに塗ってくれる。クリーム少なめ、ジャム増し増しのわたしの好きな味だ。

ぱく、とスコーンにかじりつく。

ナイフもフォークも使わないので少々お行儀の悪い食べ方だけど、お兄様達もそうやって食べている。

ナイフやフォークは用意すればあるだろう。

でもお兄様もわたしも、ロイド様もこのお行儀の悪い食べ方が実は好きなのだ。

……ちょっと悪いことしてる気分なんだよね。

エカチェリーナ様とミランダ様はわたし達の食べ方を見て、見よう見真似で食べ、互いに顔を見合わせるとクスクス笑っていた。

「お行儀が悪いわね」

「でも何だか楽しいですわ」

「ええ、子供の頃に戻った気分よ」

エカチェリーナ様もミランダ様もそう言って、もくもくとクリームとジャムたっぷりのスコーンを食べている。

お兄様とロイド様はサンドウィッチを食べている。

わたしがスコーンをかじる横で、ルルも一口大のサンドウィッチをぽいと口に放り込む。

その雑な食べ方にお兄様が「相変わらずだな」と言ったけれど、ルルはそれを華麗に無視して食べ続けた。

でもわたしのスコーンの上にクリームやジャムがなくなると、サッと塗ってくれて、スコーンがなくなると今度はサンドウィッチを持たされる。

甘いものの後は味を変えて交互に楽しみたい派のわたしの好みは完全に把握されているらしい。

手元のサンドウィッチにかじりつくと塩気の強いベーコンとトマト、葉野菜が具で、甘いものの後の塩気が食欲を刺激する。

「おい、ルフェーヴル、肉ばかり取り過ぎだ。他のものも食え」

「ええ〜、でもお甘いものは女の子の方が好きでしょ〜? オレが食べたらすぐなくなっちゃうしぃ」

「僕達の分もこのままではなくなってしまうんですけど……」

「あはは〜、ごめんごめん。リュシーの世話に集中しててぇ、食べるペース間違えちゃったぁ」

お兄様とルルとロイド様がワイワイと話している。

相変わらずロイド様はちょっとルルが苦手らしくて、ルルに対して少しばかり丁寧だ。

ルルの方もそれに気付いているが、ロイド様の態度については全く気にしていない。

……まあ、ルルは基本的にあんまり物事に執着しないから気にしないタイプなんだけど。

周囲のことはよく見ているが、それは職業柄という部分が大きいのだろう。

「ふふっ」

「あらあら」

「まあっ」

思わず笑うと、エカチェリーナ様とミランダ様と被った。

互いに顔を見合わせてもう一度吹き出した。

「ルル、一緒にゆっくり食べよう?」

横にいるルルに体を寄せると、ルルが振り向き、それまでポイポイ食べていた手が止まる。

バスケットから野菜多めのサンドウィッチを取り出して、ルルの口元に寄せる。

「はい、あーん」

灰色の瞳が丸くなり、嬉しそうに細まる。

「あー、ん」

差し出しだサンドウィッチにルルがかじりつく。

そしてもぐもぐと咀嚼する。

それをわたしは眺める。

……食べてるルルかわいい。

しばらく咀嚼してから飲み込んだ。

少しだけ開けられた口にまたサンドウィッチを寄せて、ルルがそれにぱくりとかじりつく。

そしてもぐもぐと咀嚼する。

「うふふ、お二人は本当に仲睦まじいですわね」

エカチェリーナ様が頬杖をついて笑う。

ニコニコしているので嫌味などではない。

どちらかと言うと微笑ましいという感じだろう。

最後の一口をルルの口に入れる。

それを食べ終えたルルが表情を緩めた。

「リュシーから『あーん』してくれるのも久しぶりだねぇ。はい、お返し〜」

わたしの好きなたまごのサンドウィッチが差し出される。

ぱく、とそれにかじりつく。

……うん、こっちも美味しい。

ルルがニコニコしている。

お兄様とロイド様は「また始まった」みたいな顔でやれやれと肩を竦め、ミランダ様は口に手を当てて少し頬を赤く染めていた。

そういえばお茶会でルルが席に着くことはあっても、食べさせ合いしたことはなかった。

ファイエット邸ではよくしていたけれど、王城の離宮に移ってからは滅多にしなくなったのだ。

特に理由はない。

でもルルがとても嬉しそうなので、これからは積極的にやっていこう。

そうしてルルとわたしは交互に食べさせ合って昼食を摂った。

* * * * *

「──……ところで、今朝の件をどう思う?」

昼食を摂って人心地ついた頃、ロイド様がそう切り出した。

みんなの顔つきが変わる。

「正直に申し上げて、あのご令嬢は頭がおかしいと思いますわ」

ミランダ様がズバリと言う。

エカチェリーナ様が同意の頷きをした。

「そうですわね。平民ですら貴族や王族の通行を妨げてはならないと知っていますもの。男爵令嬢が分からないはずもないでしょう」

「正直、僕もあの令嬢からは妙な気持ち悪さというか、不気味さを感じるんだよね」

「まあ、ロイドウェル様もですか?」

ロイド様の言葉にエカチェリーナ様が目を瞬かせ、ロイド様も少し目を丸くしてエカチェリーナ様を見る。

「エカチェリーナ様も?」

「ええ、あの方はアリスティードが避けていらっしゃるから、どんな方なのか一度話しかけてみたことがあるのですが……」

エカチェリーナ様の言葉につい「話したのですか?!」と声を上げてしまった。

エカチェリーナ様はお兄様が時々とある男爵令嬢についてぼやいていたため、どのような人物なのか知るために、他の令嬢達に頼み込んで紹介してもらったらしい。

でも元々友人や知人が極端に少ないようで、紹介してくれたご令嬢も男爵令嬢の親戚の親戚、といった感じで紹介してくれたご令嬢自身は男爵令嬢を避けている風だったという。

エカチェリーナ様が紹介されている間、男爵令嬢は明らかに「誰だこの人?」という顔をしていたそうだ。

「クリューガー公爵家の長女エカチェリーナ=クリューガーと申します」

「こちらのクリューガー公爵令嬢は王太子殿下の婚約者でいらっしゃるのですよ」

そう紹介された途端。

「嘘っ! アリスティードは婚約者なんていないはずでしょ?!」

と、男爵令嬢は叫んだ。

エカチェリーナ様は当然眉を 顰(ひそ) めたし、紹介したご令嬢は真っ青な顔で男爵令嬢に注意をした。

「王太子殿下を呼び捨てにするなんて不敬ですわよ! 二度とそのようなことをしてはいけません! それにエカチェリーナ様と王太子殿下のご婚約は国王陛下のお認めになられた正式なものでいらっしゃるのですよ?! 今すぐに謝罪なさい!!」

ご令嬢が半ば叱るような口調で注意しても、男爵令嬢は全く意に介しておらず、それどころか迷惑そうな顔をしたという。

「何よ、うるさいわね。……原作は婚約者なんていないはずなのに……。アンリも原作と違うし、やっぱり原作通りに進めないと上手くいかないのかしら? でも五人同時って難しいのよね……」

そして謝罪どころか意味不明なことをブツブツと呟き出して、エカチェリーナ様や紹介したご令嬢を完全に無視して去っていったらしい。

話し終えたエカチェリーナが溜め息を吐く。

…………そんなに酷いんだ。

報告書で読むよりも、実際に会った人の話を聞くとより男爵令嬢の異質さが際立っている。

ミランダ様もあまりのことに絶句していた。

一年の下位クラスに入学するらしいと報告書では知っていたけれど、話を聞く限り、礼儀作法や教養は全くなっていないのが分かる。

……転生者だから勉強は多分ギリギリ合格ラインくらいは出来たのかもしれない。

「よく、それで貴族の令嬢として暮らして来れましたわね、あの方……」

ミランダ様が何とかそう絞り出した。

「一応さぁ、闇ギルドで監視してもらってるんだけどぉ、両親の前ではそれなりに良い子のふりしてるみたいで親もものすごぉく甘やかしてるんだよぉ」

「それはまた典型的な……」

ルルの言葉にミランダ様が呆れた顔をする。

爵位が高い家ほど教育は徹底される。

だが男爵家ではさほど教育に重きを置かない。

大抵が同じ男爵位か豪商などに嫁ぐことが多く、稀に子爵位に嫁ぐこともあるが、結局は下位貴族同士なのでそこまでみっちり貴族の教養を詰め込む必要がないからだ。

しかし、それにしては教養がなさすぎる。

お兄様とロイド様が揃って何とも言えない顔で食後の紅茶を飲んでいる。

無教養で無作法と聞いても驚かない辺り、恐らくこの二人は何度も接触しようとする男爵令嬢の姿から察していたのだろう。

「あれは確かに近付きたくない気持ちも分かりますわ。わたくしもそう思いましたもの」

エカチェリーナ様が頬に手を添えて困ったような顔で言い、お兄様とロイド様が深く、本当にとても深く頷いた。

「そうだろう、 あれ(・・) は異常だ」

「ええ、 あれ(・・) に常識は通じないと思った方がいい」

「とにかく皆も極力近付かないよう。特にルフェーヴル。よく分からないがあの男爵令嬢はお前の名前をよく口にしているそうだしな、不用意に近付くなよ?」

ルルが「分かってるよぉ」と返す。

「まあ、あの方はニコルソン男爵にまで近付こうとしているのですか?」

「アリスティード様やロイド様、側近の皆様だけでなく?」

エカチェリーナ様とミランダ様が口に手を当てる。

驚くのも無理はない。

報告書を見ているけれど、あれだけお兄様達に近付こうとしているのに、更にルルにまで、となれば誰だって驚くだろう。

すぐに二人の顔が驚愕から呆れ、そしてそれを通り越して感心しているような表情に変わる。

「そこまでいきますと、もはや気の多いという言葉では済まされませんわね。しかも全員婚約者のいる方々ですのに」

「ああ、皆には何度か注意している。本当なら男爵令嬢について全て話したいんだが、陛下が『側近としての資質を見る良い機会だろう』とおっしゃったのでな。……私としても少々思うところがある」

……レアンドル=ムーランのことかな。

お兄様の険しい表情にみんなの表情も硬くなる。

「あの男爵令嬢はどうやらルフェーヴルを一番気に入っているらしい。だが今後も私達にも近付こうとするだろう」

「僕達に出来るのは あれ(・・) との接触を避けることくらいしかないんだよね」

お兄様とロイド様が大きく息を吐く。

そして左右にいた婚約者にそれぞれ慰めるように背中を撫でられている。

……でも 学院(ここ) は逃げ場がないからなあ。

それを分かっているようでお兄様達はどこか遠い目をして、冷めた紅茶に口をつけていた。

平穏な学院生活を過ごすのは難しそうだ。

それを見たルルの「 殺(け) しちゃえばラクだよぉ?」という悪魔の囁きは黙殺された。